 |
セツナカウラ
-----------------------------------------------------------------------------------------
生活必需品の買出しに、都の繁華街へ。
買い忘れた物はないかと思い返しながらメインストリートを行く。
その最中、鐘が鳴り響いた。都全域に響き渡る、正午を告げる鐘の音。
少し、のんびりし過ぎた。午後からの仕事に備えて準備せねばならないのに。
急いで戻ろうとした時、ふと目に飛び込む薄暗い路地。
何度か利用したことのあるその路地は、近道。
使いどころは、まさに今。
賑やかなメインストリートから路地裏へ移動し、急ぎ足。
まず、あれを片付けて。次は、あれを片付けて……。
手際良く作業できるように、頭の中でシミュレーション。
どういうわけか、最近異様に忙しい。
だから、こうして予行する時間も大切なわけで。
ジャマしないでもらいたいわけで。
急いでいるという事実が前提にあるわけで。
「おいおい、シカトかよ」
ガッと腕を掴んで不愉快そうに言った男。
あぁ、面倒くさい。路地裏に入ってすぐに絡まれた。
聞く耳持たずで無視し続けてきたけれど。
このキツネ顔の男は、どうしても構って欲しいらしい。
仕方なく立ち止まり、手短に願おうとしたのだけれど。
ガシャァンッ―
「いっ……つ……」
立ち止まった途端、鉄拳制裁。
不意を突かれたこともあり、勢い良く吹っ飛んでしまった。
拍子に、せっかく買った生活必需品もバラバラに。
苦笑しながら、散らばったそれらを拾っていると、目に留まる。
吹き飛んだ時、懐から落ち出てしまった "証"
当然、生活必需品なんて後回しだ。
証を拾おうと手を伸ばす。だが。
「―！」
踏んだ。目の前で。男は、証を踏みつけた。
頭上に降ってくる嫌味な笑い声と理不尽な制裁理由。
普段ならば、ヤレヤレと肩を竦めて呆れるところ。
けれど、今日は。この状況では。
言葉では言い表せぬ怒りが、沸々と込み上げた。
神を踏みつけるとは、何様か。
退けろ。今すぐに、その足を退けろ。
怒りに震え、俯いたまま小さな声で呟いた。
気付かなかった。我失せんと堪えていたから。
指先の一閃に。
-----------------------------------------------------------------------------------------
それは刹那の― 刹那の出来事―
「小華ちゃんは、凄いね……」
「うにゅ？」
「ボクには出来ないから……」
「そんなことないのね。簡単なのね」
「…………」
「教えてあげるのね」
「本当に？ いいの？」
「もちろんなのね。うっとね、ここをね、こうしてね……」
俯いたままの男の子を元気付けようと、小華は微笑んだ。
自分に出来ることがあれば、何でも言ってねと微笑んだ。
ただ純粋に、悲しい顔を見たくなかったから。
申し訳なさそうにする男の子に、小華は何度も言った。
友達が困っていたり悩んでいるなら、助けるのは当然のことだと。
その言葉に、男の子は笑った。ありがとうと、何度も言いながら。
それなのに。
ある日のこと、小華は言葉を失う。
ガラスケースの中、スピーカーから聞こえてくる指示なんて耳に入らない。
ケースの隅で蹲り、肩を揺らして震えた。怖くて仕方なかったから。
目の前にいる "存在" が、怖くて堪らなかったから。
動こうとしない小華をモニターを介して見やる赤い目の男と黒衣の男。
黒衣の男は何度も指示を飛ばすが、小華は、震えたまま立ち上がろうとしない。
「駄目ですね。どうしますか？」
「制御タグを外せ」
「ですが……」
「壊れたら壊れたで構わん。それから、あの帽子は何だ？」
「同様のものです。昨日、私が作りました」
「では、あれも外せ。早くしろ。手遅れになってしまうぞ」
「……。了解しました」
赤い目の男の指示に従い、黒衣の男はスイッチを押した。
ガラスケースの中に、紫色の煙が流れ込む。
その煙を吸い込んでしまい、小華の身体はビクンと波打つ。
パサリと床に落ちるティガロンハット、チャリンと床に落ちる銀色のタグ。
顔を上げた時、既に小華の意識は飛んでいた。
プツンプツンと頻繁に途切れる意識の中、目が捉えるもの。
それは魔物。異形と化してしまった、友達。
僅かに残る意識が必死に抵抗するものの、抗うことは出来ず。
小華は、スピーカーから聞こえてくる指示に従って、殺めた。
大切な友達を、その手で殺めた。
その場にベシャッと座り込み、小華は血に染まった自分の手を頬に当てて泣き叫ぶ。
意識は虚ろ。どうして泣いているのか、自分でも理解らない。
ただ、大切なものを失った、その感覚だけが手指に残って。
大声で泣き叫んだ後、小華はパタリとその場に倒れこんでしまう。
黒衣の男はヘッドホンを外し、気を失ってしまった小華の回収に向かった。
モニターを見つめながら、赤い目の男は不敵な笑みを浮かべる。
「小華は賢い。すぐに理解するさ」
選ばれたことの名誉を―
迸るかのように。頭の中を駆け巡った過去。
過去から現在へ意識が戻って来た、その瞬間。
パサリと、足元に帽子が落ちた。
吹き飛ばされた際、風に舞って飛んでしまった帽子。
キツネ顔の男が踏みつけているのは、ふたつの証。
小華は、いつも首に掛けているタグのチェーンにカウラの指輪を通していた。
男の一撃でチェーンは外れ、ふたつの証は同時に地面に落ちてしまう。
何ひとつ纏っていない状態ということだ。
白いティガロンハットも、銀色のタグも、狼の指輪も。
中でも、前者ふたつは "制御" の役目を果たすもの。
それらがなくなってしまった状態ということは……。
「くくくく。何だ、泣いてんのか？」
肩を揺らして笑いながら、更にグリグリと証を踏みつけるキツネ顔の男。
俯いたまま、小華は小さな声で呟いた。
「こういうのは、先に手を出したほうが悪いのね」
「あぁ？」
「最後のチャンスなのね。その足を退けるのね」
「ははははっ！ 何カッコつけてんだぁ？」
「……もういいのね。無駄なのね」
ハァと溜息を落とした小華。
その溜息には、ふたつの意味がある。
ひとつは、怠慢。そして、もうひとつは……同情。
小華は、躊躇いながらも、ゆっくりと立ち上がる。
どうして躊躇うのか？ その理由は、身体に起きている異変。
手足の爪先がチリチリと痛む。頭と、お尻にも鈍い痛み。
それは、露わになる前兆。しかも、すぐに終わってしまう。
心の準備も出来ぬまま、小華は変貌を遂げた。
長く鋭い爪、黒い耳、黒い尻尾。頬には奇妙な黒い模様。
制御を失ったことで解放されてしまった秘めし能力 "凶猫"
姿を変えた小華に、キツネ顔の男は、息を飲んだ。
「……！？」
戸惑うその様子にクスクス笑って、小華は音もなく移動する。
男の背後へと回り、躊躇なく。鋭い爪を男の首に刺した。
「っ！？ ぎゃぁぁぁぁ！！」
さほど突き刺したわけでもないのに。ちょっとだけなのに。
随分と大袈裟に痛むものだ。役者さんになれるかもしれないよ？
痛みにのた打ち回る男を見下ろしてクスクス笑う小華。
この能力を表沙汰にしたのは、あの日以来。
いつまでも付き纏う過去。
体に宿る能力は、その過去と一緒に組成されるもの。
すなわち、忌々しいものであり、当然の如く嫌悪してしまう。
ヒトではない。この体は、そう、まるで―
「ばっ、化け物っ！！」
流血する首を押さえながら大声で叫んだキツネ顔の男。
小華は俯き、拾い上げた証を首に戻しながら呟いた。
「……何度聞いても悲しい言葉なのね」
慣れたつもりでいたけれど、そうでもないみたい。
でも、小華もそう思う。小華は、ヒトじゃない。
化け物って表現、間違っていないと思う。
でもね、好きでこんな身体になったわけじゃない。
化け物になりたいだなんて、一度も思ったことはない。
もしも、このチカラがなかったら、どんな感じだったんだろうって考えることはある。
普通の生活って、どんな感じだったのかなぁって。
でもね、考えた所でどうにもならないの。
小華は小華で。小華でしかなくて。
今、こうして存在している小華が全てなの。
でもね。でもね。本当は……不安で怖くて仕方ないんだよ。
怖い気持ちを誤魔化すみたいにね、小華は笑うの。
笑顔の裏にある不安を知ってるのは、にぃにだけ。
でもね。にぃにの前でも明るく元気に振舞うの。
そうしないと、にぃにも迷子になってしまうから。
一緒に歩いて行くって決めたから、しっかりしなきゃ駄目なの。
にぃにに頼ってばかりじゃ駄目なの。小華も、しっかりしなきゃ駄目なの。
大切な存在。かけがえのない、たったひとりの兄。
今までも、これからも、後にも先にも、ひとりだけ。
にぃにの隣、手を繋ぐ。一緒に歩く。にぃにを護りながら。
そう決めたから、小華はね、ここにいるの。
でも最近は、もうひとつ。にぃにの他に、大切なものができたよ。
まだ、はっきりとは理解らないけれど。
もしかしたらね、いつかね、宝物リストに入るかもしれないの。
ううん。違う。そうなればいいなって、心のどこかで思ってるんだよ。
でもね、いつかの話。まだ、きっと、もっと先の話だから。危ういの。
歩きながら、確信できる瞬間を探してる。
きっと小華はね、その道の途中にいるの。
生きていくことを幸せだとか楽しいだとか。
ようやく、そう思えるようになってきたの。
でもね。悲しいね。過去は過去で、いつまでも。
化け物だと罵られたのも久しぶり。
だからこそ、見失う。
どこに放てばいいのかな？ この怒りを、悲しみを。
小華は、どこに向けて放てばいい？
この過去は、このチカラは、
いつまでも、こうして邪魔するのかな。
もしかして、小華は道を間違っているのかな。
迷子にならないように歩いてきたつもりだったけれど。
もう既に迷子になっていたのかな。いつからかな。
もしも、迷子になっていたのなら、いつからかな。
独り言のように呟きながら、男へと歩み寄る小華。
誰にも理解らない。答えなんて返ってこない。
わからない。結局、どうすればいいのか。
それならば。
原型すら残らぬくらいに、切り裂いてしまえばいいんじゃない？
そうすれば、この悲怒の感情も鎮まるんじゃない？
そうすることでしか、鎮められないんじゃない？
そうだ。あの日と同じ。
切り裂いてしまえば良い。
何もかも、切り裂いてしまえば良いんだ。
そもそも、こんな無礼な男、生かす価値なんぞないもの。
歩み寄る小華の瞳は、氷のように冷め切っていた。
刻んでしまえ。裂いてしまえ、何もかも。
そうすれば。いいや、そうすることでしか―
ひとつしか用意されていない手段に縋る小華。
だが。
小華の身体を包み込み、その歩みを、唯一の手段を阻む者がいた。
ふと見やれば、指先に一閃。その眩い光の間隔は次第に狭まっていく。
ピタリと立ち止まって、小華は光の灯る自身の指先を見つめた。
両手指先で小刻みに揺れる１０の閃光。
何これ。首を傾げた小華。
すると、小華の身体を包むかのように、青い花びらが舞った。
首にかけた証、指輪から、とめどなく噴き出す花びら。
目を細めて驚く小華。どこからか、声が聞こえた。
『可愛い子。そんな顔をしては台無しですよ』
「……へっ？」
キョトンと目を丸くした小華。
声は、肩に乗った一際大きな花びらから聞こえてくる。
『委ねてごらんなさい』
青い花びらは、ユラユラと小さく左右に揺れながら続けた。
何もかもを一人で背負うだなんて、無理なのですよ。
あなたは、優しすぎるのです。それが長所でもあり、短所でもあり。
立派なことですよ。強くなろうと、強く在りたいと思うことは。
でも、背伸びしていませんか？ 目線を少しでも上に持っていこうとしていませんか？
ありのままで良いのです。あなたは、そのまま。着飾る必要なんてないのです。
気付いていないのでしょうね。自分が頑固な性格であることに。
無邪気に、天真爛漫に振舞っているようで、実は頑なであることに。
先を急がないで。誰も置いて行きはしませんよ。
あなたが愛する兄はもちろん、仲間だって。誰も置いてなど行きませんよ。
必死になる姿もまた愛くるしいですが、少々、胸が痛みます。
過去に縋り、過去のままに、また切り裂いてしまうのですか？
後悔すると知って、それでも縋ってしまうのですか？
置いていかれる気がしたから、と言い訳をするのですか？
納得なんて出来ないでしょう。あなたは、優しい子なのですから。
危うい迷い子よ。あなたの悲怒、私が食しましょう。
あなたが成長できるように。
張り詰めた挙句、弾けてしまわぬように。
『ちょうど、お腹も空いていることですしね』
フワリと舞い上がり、青い花びらは眩い光を放った。
賑やかなメインストリート。
その雑踏が、まだ微かに聞こえる。
路地裏で一人、小華はペタリと座り込む。
目の前には、仰向けに寝転ぶキツネ顔の男。
ふっと目を覚ました男は、小華を見るや否や慌てて逃げ出した。
途中で躓き、豪快に転んでゴミ箱をひっくり返して。
ゴミにまみれたまま、そそくさと逃げていく男の背中は、妙に滑稽だった。
クスクス笑っている自分に気付き、小華はハッとする。
秘めたつ能力を解放して、笑っていられるだなんて。
「……初めてなのね」
嬉しそうに微笑んだ小華。
けれど、直後に胸を占める安堵感にポロリと涙が零れる。
ヒラヒラと舞い、指先に落ちる青い花びらが一枚。
指で摘み、そっと口付けたのは、無意識で。
＊
変貌した姿、黒い猫耳と尻尾が消え、やがて長い爪も元に戻る。
心のざわめきは、まだ少し残っているけれど。
それも、こうして帽子を頭に乗せれば、スッと消える。
深呼吸して、ゆっくりと目を開けば全てが元通り。
小華は一人、何度かニコリと微笑んで路地裏を後にする。
その姿は、まるで "笑顔の作り方" を練習しているかのようだった。
薄暗い路地を抜けて、南のメインストリートへ。
小走りで急ぐ小華の目は、既にＣＬＣ本部を捉えている。
そんな小華と、擦れ違う男が一人。
（む。あれは……）
前方から駆けてくる小華を確認した黄灯の頭に、一昨日の朝刊、その一面が浮かんだ。
掲載されていた写真と同じ。白いティガロンハットの女の子。
最近、ＣＬＣに入団したばかりの新入りだが、その活躍は目を見張る。
早々に新聞の一面を埋めたことにしても、噂で耳にした潜在能力にしても。
多くの人が行き交うメインストリートにて、二人は擦れ違った。
互いに言葉を交わしたことはない。
相手の素性を知っているのは片方、黄灯だけ。
擦れ違った瞬間、黄灯の鼻を華の香りがくすぐった。
（―まさか……）
咄嗟にパッと振り返った黄灯。
駆ける小華の首元から、ヒラリと一枚、青い花びらが舞った。
その花びらは風に乗り、立ち止まる黄灯の胸元に張り付く。
（早いな……）
花びらを摘み、神妙な面持ちで見つめた黄灯。
遠ざかっていく小華の背中が、やけに大きく見えた。
グシャリと花びらを握り潰し、ゴミのように放って再び歩き出す黄灯。
足早になったのは、感化によるものか、それとも……。
小華の首元、ぼんやりと白い光が灯る銀尾の指輪。
それは、証。仮証が、正式な証となった証拠。
ここで視ていてあげましょう。あなたが迷わぬように。
悲怒なんぞ、喰らってくれる。いくらでも平らげてみせましょう。
そうすることで、あなたが救われるというのなら。
何故、そこまでするのかと？ 愚問ですね。
あなたの力が、必要とされているものだから。それだけのこと。
可愛い子。小さな身体に秘めた、その力を誇りなさい。
その力が重荷になるというのなら、幾分か、私が持ちましょう。
要らぬだなんて、決して言わないで。カウラが悲しみます。
愛せよ己。焦らずとも、ゆっくりで良いのです。
見届けましょう。あなたの、刹那華裏を。
-----------------------------------------------------------------------------------------
■■■■■ ＣＡＳＴ ■■■■■■■■■■■■■
７９４４ / 四葉・小華 / １０歳 / 治療師
ＮＰＣ / 黄灯 / ２７歳 / ＺＥＲＯ：メンバー
こんにちは、いらっしゃいませ。
シナリオ『 セツナカウラ 』への御参加、ありがとうございます。
証アイテムである "カウラの指輪" に、"神華（カカ）" が宿りました。
習得特殊能力コード 【K-004-KAKA】 頭の片隅にでも御留め置き下さい。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました＾＾
-----------------------------------------------------------------------------------------
櫻井かのと （Kanoto Sakurai）
-----------------------------------------------------------------------------------------
|
|
 |
