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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


愛憎のスケープゴート


 カスミはある生徒の手紙を読んでいた。今どき手紙とは珍しいかもしれないが、秘密を告白するには有効な手段といえる。またカスミは迷える生徒を導く存在として広く知られていた。彼女に届くメッセージの多くは助けを求めるものである。今回もそんな内容だった。

 同封されている4枚の便箋には、びっしりと文字が詰め込まれている。差出人は『水川』という高等部の男子生徒。手紙の内容は陶芸部で起こった事件の釈明だった。
 ある日、神聖都学園出身の新進気鋭の陶芸家が寄贈したという高価な花瓶が不自然な状態で割れていたという。第一発見者は部長で、すぐさま顧問の教師に連絡した。事件現場はなぜか『鑑識クラブ』が調査、数少ない部員からの事情聴取は『推理探偵部』が行い、結論として水川が犯人となったそうだ。ところが彼は「これは陰謀だ」と主張し、いつでも部室に入ることのできる部長や顧問が犯人である可能性を追求するよう求めた。事を荒立てたくない顧問は「隙間風で割れたのかもしれない」と言い出し、無理やり事件の収拾を図ったのである。かくして事件は玉虫色の決着を迎えた。
 ところが、水川の怒りは収まらない。自分の犯人扱いが明確に取り消されたわけではないので、クラスでは白い目で見られて困っているそうだ。そこでカスミから顧問に『不慮の事故でないことを公式の場で発表し、謝罪するように勧めてほしい』と書かれている。

 カスミは真偽を確かめるべく、関係各所を当たった。すると鑑識クラブも探偵推理部もカンカンに怒っており、「犯人は水川で間違いない!」と胸を張って答えるではないか。しかもちゃんとした証拠まであるという。『出るところに出れば、必ず追い詰めることができるのに!』と地団駄踏んで悔しがる両者。カスミは手紙の内容との隔たりを感じずにはいられなかった。
 さらに陶芸部の部長と顧問からも話を聞くと、事件前日には完璧なアリバイがあると主張する。その中でももっとも興味深かったのが、水川という生徒の人となりであった。実はこの生徒、人にちゃんと謝るような性格ではなく、常に誰かのせいにして責任を逃れるズルい人間であるらしい。今回の事件以外にもたびたびそういうことがあって、水川の巧みな誘導……正確には「逃げ」で、誰かが折れなければならない状況になってしまうという。
 これを聞いたカスミは愕然とした。彼女はこの手の手紙の内容を鵜呑みにすることはないが、ここまで事実とかけ離れていると驚くしかない。こうなると別の意味で水川を見過ごすわけにはいかない。ちゃんと「ごめんなさい」の言える人にしないと、彼の今後が危ぶまれる。正しい方向へ生徒を導くのが教師。彼女はお灸を据えてくれるであろう人たちに協力を求めた。この学園に狼少年はいらない。


 そんなカスミの切なる願いを聞き取ったのは、なんと人間ではなかった。はっきりと言おう。チンパンジーである。紫色の装束がやけに似合う雄のチンパンジー。彼こそが今回の救世主となるのだ。どこからか情報を聞きつけたチンパンジーはカスミの待つ音楽準備室へと忍び込むと同時にケータイを器用に操る。なんと彼は人語を解することができるのだ。そしてまもなく入室するであろうカスミに、ご挨拶のケータイメールを送信。部屋の主を驚かせまいとする憎い演出であった。
 だが、さすがにチンパンジーが部屋の中にいるとなると、普通は誰でも驚いてしまう。特に心霊現象に弱いカスミは華奢な体をビクッと震わせたが、ケータイを見ることですべてを理解した。メールには『突然の訪問、申し訳ないでごザル。拙者、才蔵と申す者でごザル』とご丁寧な自己紹介が記されている。人間とは不思議なもので、自分の言葉にある程度の反応を示すだけで、相手をまるで人間のように扱ってしまう。カスミも例外ではなかった。

 まずは水川の件を知っているか尋ねると、才蔵は大きく頷いた。どうやら知っているようである。そこでカスミはくどくならないよう、要点だけをかいつまんで説明した。そこで事件の裏を取らずとも、本人の自供さえあれば反省させることができることを知った才蔵はあごに手をやってしばし思案すると、ひとりで事件現場へと向かった。もちろんカスミが後を追ったが、才蔵はあえてそれを制止する。

 「ウキキ!(訳:カスミ殿、ここは拙者が引き受けたでごザル)」
 「あ、ああ。大丈夫ってことね。わかったわ。私もあなたのために学園の事務課へ連絡しておくから。何かあったら言ってください。お力になります。」
 「ウキキー(訳:お心遣い、感謝するでごザル)」

 声のトーンと仕草だけで話を成立させるチンパンジーと人間。それはそれはすばらしい光景であった。かくして才蔵の単独調査が始まる。
 ちなみにカスミのフォローで、才蔵の扱いは『カスミの遠縁にあたる外国帰りの帰国子女が狩っている気のいいチンパンジー』ということになっていた。任せろと言ったわりに、なんとも適当な説明である。後に才蔵は一月ほど学園七不思議のひとつに数えられてしまうのだが……


 陶芸部の部室は鑑識クラブと推理探偵部の申し出で現場を保存されていた。高等部の生徒会が承認して実現したのである。おかげで調査はやりやすい。さっそく才蔵は指をくわえると、つばで適度に指を湿らせた。こうすることでわずかな風の流れを察知するのだ。人間の忍者も使う、基本的な忍術である。顧問の話では『隙間風が……』とのことだったが、花瓶が倒れるほどの風が発生する要素はどこにもない。才蔵は鑑識クラブにも推理探偵部にもない、感覚的なものを大事にしている。自分が現場に赴き、何か感じることで一定の結論を出す。これが才蔵のスタイルだ。
 結論から言えば、やはり水川を自白させるしか方法がないらしい。またしても思案の時間かと思いきや、状況は意外な方向へと流れ出した。才蔵は物の怪らしき影を察知すると、機敏な動きで懐から卍型手裏剣を取り出し、異形に備える!

 「ウキ……!(訳:む、何奴でごザル……!)」

 それに反応するかのように、急に尻尾の生えた壷がひとつ。才蔵は構えこそ解かないが、すでに気を許していた。この大きな尻尾は間違いない。狸だ。才蔵は風の噂で聞いたことがある。化け狸の世界も変革を余儀なくされており、最近では一人前の化け狸と認められるためには都会での化け成果を挙げなくてはならないということを。人間以外の動物にも、しっかりとした時代があるのだ。才蔵は狸に話しかけると、相手も安心して変身を解除する。その姿は年端も行かぬ男の子だった。なかなかの化けっぷりに賞賛を贈るとともに、この部屋で起きた事件について知っていることはないか尋ねる。
 結論から言えば、化け狸は唯一の目撃者だった。うまく化けおおせて数ヶ月、そろそろ胸を張って里に帰ろうかと思った矢先の出来事だったらしい。なんとあの水川なる少年が不慮の事故で花瓶を割ったのだという。その後は責任逃れのためのアリバイ作りに精を出し、本人は偶然にも誰とも会わずに逃げおおせたとのこと。さすがの才蔵も話を聞いていて、途中から疲れてしまった。小心者によくあるタイプだが、これは非常に性質の悪いケースだ。このまま見逃すわけにはいかない。カスミもそれを望んではいないはず。そこで才蔵は化け狸のうまさを信用し、協力を申し入れた。化け狸も決して打算ではないが、『人間を正道に戻すことは修行の一環だ』とこれを快諾。ここに猿と狸のタッグが誕生した!

 「ウキキ!(訳:よろしく頼むでごザル)」
 「ポンポコポン!(訳:お任せください!)」

 ふたりはさっそく準備に追われた。相手はある意味「言い逃れの天才」である。その辺を考慮し、古風なコンビは昔ながらの作戦を実行することにした。狸には『あるもの』に化けてもらい、才蔵は幻術を駆使して雰囲気を盛り上げる手はず。それには大きな空間が必要なので、カスミに『しばらくの間、体育館を借りたいごザル』とメールで連絡。ご希望に応える形で『あいやカスミ、第3体育館を押さえたでござる』との返信を頂戴した。才蔵は自分の古風が理解されて、しばしご満悦であった。


 機は熟した。後は水川の到着を待つばかり。カスミには「フォローしてあげるから話を聞かせて」と第3体育館に来るように連絡が行っている。この約束をあの少年が反故にするわけがない。のこのこと体育館に現れたところを、才蔵が目にも止まらぬ速さでバスケットボールを足元に仕掛けて豪快に転ばせた!

 「どわっ! むぐ……」
 「ウキキ……(訳:峰打ちでごザル……)」

 準備が整うまでしばし気絶していただき、才蔵と狸はセッティングに入った。さすがは若くして修行に来た狸だけあって、閻魔様の化けっぷりは本格的だ。これに負けてはおれぬと、才蔵も精神集中。赤く染まる世界に霧が立ち込める怪しい雰囲気を体育館内に作り出す。容疑者が起きれば、すぐにでも裁判開始である。

 「う、ううーーーん、な、なんだったんだ、さっきのは……」
 『おお、お主か。三途の川を渡って、わしの裁きを受けるのは!』

 さっきまでの気のいい化け狸とは打って変わって、閻魔様となった彼は腹の底にまで響く声でまくし立てる。才蔵も感心しきりだが、ここで幻術がおろそかになっては元も子もない。こちらも気を緩めずに精神集中を繰り返す。

 「そっ、そんな……まさかあれで死んじゃったのか?!」
 『さっそくお主の刑を言い渡す!』
 「なっ! ちょっと待ってください! なんでいきなり刑罰を決めることから始めるんです? さ、最初はお裁きから……」
 『問答無用! それは身に覚えがあるからこそ言えることであろう!』
 「あっ……! そ、それは、その、あの……」

 さすがの水川も返す言葉がない。巧みな誘導尋問に引っかかってしまった。そう、誰も「お前が嘘つきだ」とは言っていない……閻魔様はここぞとばかりに責め立てる。

 『人を思う嘘ならまだしも、自らの保身のために撒き散らす嘘など許されてなるものか! いい機会だ。地獄へ行っても喋れないように、わしが直々に舌を引っこ抜いてやるわ!』
 「そっ、そんな! 嘘でしょ! そんなの嘘ですよね?」
 『残酷な嘘で人々を貶めた者が、残酷な真実に怯えるとは何事だ! 腹を括れ、腹を!』

 こうなると完全に閻魔様のペースだ。泣きじゃくっている水川は完全に放心状態。見るも無残な姿になっている。そこを容赦なく閻魔様が持ち上げるのだから、その恐怖は計り知れない。そしてついに彼の口から謝罪の言葉が出てきた。才蔵は目を光らせる。

 「ゆ、許してください! 僕が、僕が悪かったです! ちゃんと謝ります! 嘘もつきません! だから、だから地獄にだけはっ!」
 『お主……このわしまで騙すつもりか?!』
 「そんなことありませぇん! うう、ぐずっ。も、もうじまぜんがらぁぁぁーーーーーぐあっ!」

 再び水川の後頭部にバスケットボールがヒットすると、周りの景色は地獄から体育館へと戻った。そう、才蔵は幻術を解除し、化け狸も元の姿になったのである。これにて任務完了とばかりに、才蔵と化け狸は固く握手する。見事なコンビプレーで依頼を達成することができた。そしてカスミにメールで体育館に来るよう指示。『今なら本当のことを口にするでごザル』と説明した。そして一度だけ水川を見る。

 「ウキキ……(訳:お主の人生、これからでごザル……)」

 そう声をかけると、才蔵と化け狸は颯爽とその場を立ち去ろうとした。しかし、カスミもそれを見越していたらしい。体育館の出口には報酬といわんばかりに、大きなかごに盛られてたバナナが置いてあるではないか。才蔵は少し困った顔をしたが、すぐにケータイで文章を送信するとふたりで仲良く分配した。そしていずこともなく消え去ったのである。


 水川の自供で事件が解決した後、カスミはケータイを開いた。するとそこには、丁寧なお礼文が記されていた。もちろん才蔵からである。

 『報酬はありがたく頂いたでごザル。』

 ああ、才蔵。人間の世界で次は何を見る。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

7187/ー・才蔵  /男性/11歳/自称『クールで古風な忍び猿』

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。久々の神聖都学園からの物語をお届けします。
今回はお一人様を深く深く書くことができて、逆に新鮮でした。楽しかったです!

才蔵は非常に親しみが持てて面白いキャラクターですね。設定からイメージが膨らみました。
また書いてると勝手に動いてくれるので、本当に魅力的なんだなと痛感しました。
今度は集合系で書けることを楽しみにしております。今回はありがとうございました!

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!