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神の名の下に 〜憎むものと愛するもの〜
――『小さきもの』のことなど、別に放っておいてもよいはずだった。
青い髪の少女が一人、戸惑いながらも白い虎に語りかけているのを見たときも、ガルヴァドスは最初、通り過ぎるつもりだった。
だがそもそもが気紛れな一人旅。気紛れついでにふと、足を止める。
「あの……すみません」
彼女が振り返るよりも早く、ためらいがちに声がかかった。
「私その、道に迷ってしまったようなのです。ここがどういうところなのか……教えてくださいませんか」
白いローブに身を包んだ少女が、捨て犬のような目で覗き込んでくる。
道に迷った、とは言っているが、この世界の人間でないことはすぐにわかった。
「ここは東京。人間という小さな生き物が跋扈する街だ。我のように違った種族のものも紛れておるし、貴様のように迷い込んでくるものもある」
黒い髪に青い目した背の高い美女、ガルヴァドスは威厳たっぷりに答える。
「人間が小さな生き物、なんですか? 違う種族というと、一体どのような……」
「我はタイタン。巨人族だ。ここで生活するには不便なので人の大きさになっておるがな」
ガルヴァドスは腕組みをして、どこか誇らしげだった。
「まぁ……そうなのですか。勉強不足でお恥ずかしいです。トウキョウという街の名も初めて耳にするものですから……。それにしても、不思議なところですね。森にいた頃、伝え聞いていた『外』の様子とはまるで違います」
少女は感心するように声をあげ、それから周囲を見渡した。
アスファルト、色とりどりのネオン、立ち並ぶビル、車やバイク。その全てを、物珍しげに眺めている。
――どうやら、別世界に来たと理解していないようだな。
「あの生き物は一体、何というものですか? 随分と速度のある……。あ、中に人がいますよ。食べられたのでしょうか、救出して差し上げなければ……」
慌てて駆けつけようとする少女のフードを、ガルヴァドスはガシッとつかんだ。
青髪の少女は、びっくりしたような目で振り返り、見上げてくる。供の虎が、彼女をかばうように前にでてきた。
しかし頭がよいのか、唸ってくるような真似はしない。
「アレは生き物ではなく、車という名の、人のつくった乗り物だ」
ガルヴァドスはため息をつき、そうつぶやく。
「乗り物……けれど牽いている馬が見当りませんよ」
幌馬車のようなものだと思っているのだろう、説明するのは中々、骨が折れそうだった。
面倒なので、捨て置いてもよいのだが……。
「そういえば、お名前を聞き忘れていましたね。私はミラ・レスターと申します。こちらはリオン。……あなたのお名前は?」
だが屈託のない笑みを向けられ、気がそがれてしまう。
「……ガルヴァドスだ」
それに、たまにはこうした暇つぶしもよいかもしれない。別世界からの来訪者との戯れも。
「わぁ、何ですかこの箱は。綺麗ですね。光っていますよ」
自動販売機を前にして、ミラは喜びの声をあげた。
様々な色の缶やペットボトルが並んでいるのが珍しいらしい。
ガルヴァドスはポケットの中を探り、小銭を探し出すとそこへ入れていく。
ミラはそれを、不思議そうに見つめていた。
ピッ、ガシャンッ。
大きな物音に、ミラはビクッと身を避ける。
「な、何ですかこれは。どういった魔術ですか?」
「魔術ではない。機械……からくりを使ったものだ。力の持たぬものは、それに代わる何かをつくり出す。おもしろいものだな」
ガルヴァドスは言って、ミラにお茶の缶を差し出した。
炭酸を渡して反応を見るのも楽しそうだが、あえて苛めることもないだろう。
「えと、これは……どうするのですか?」
戸惑うミラの代わりに、プルタブを開けてやる。
少女はまるで、手品でも見ているような歓声をあげた。
それを見ていると、少しだけ懐かしい気持ちになる。
もうすっかり慣れたとはいえ、ガルヴァドスも永いときを地底の牢獄で過ごしたのだ。
当初は驚きと困惑の連続だった。自分の知る世界とはあまりに勝手が違ったから。
もちろん、その戸惑いを他人に見せたり、頼ったりなどはしなかったが、周囲を見て学んだことを今や自分が教える立場にあると思うと、おもしろい気がした。
「飲め」
「これ、飲み物なんですか。わぁ、ありがとうございます」
嬉しそうに缶を握りしめ、お礼を言ってくる。
それからベンチに腰をかけ、先ほど自動販売機に入れたコイン――つまりお金のことや、それを手に入れるにはどうすればよいかなどを説明してやる。
ミラは熱心に耳を傾けていた。
「この世界には、人や動物以外にどのような種族がいるのですか?」
「色々だな。獣人のようなものもいれば、神や精霊、魔物に天使。同じようなものでも呼び名が違ったりもするしな。善悪などの是非も、それぞれだ」
「けれど、神が悪であるはずがありません!」
思わず叫ぶミラの前を、拳がかすめた。
ドゴッ。奇妙な音がして、自動販売機の側面がへこむ。
その衝撃で壊れたのか、ゴトゴトと缶が落ちていく音が聞こえてくる。
ミラは缶を地面に落としてしまい、まん丸な目をしてガルヴァドスと見返していた。
驚いているようだが、その表情に恐怖はない。
「神にも色々ある。貴様にとってはどうか知らんが、我にとっての神は敵だ。言葉を慎め」
「……一体、何があったのですか?」
口調と表情に、怒りと非難があらわれていたのだろう。ミラは少し考え込んだ後、ためらいがちに尋ねてきた。
「――遥か昔、タイタン族は天界に住み、人々を平和と繁栄に導いていた。だが其処に神々が現れ、『自分達が人間の指導者となる』と言い出したのだ。そして我々を天界から追い出した。タイタン族は怒り、大戦の幕が開けた。しかし勝利を得たのは神々だった。タイタン族は『神に逆らった罰』として地底に生き埋めにされ……我も鎖で拘束され、地底の牢獄に幽閉されたのだ」
「そんな……」
ミラは口元をおおい、信じられない、とばかりに声をあげる。
うつむき、きゅっと手を握りしめる。
――この者にとって、神という存在は愛すべきものだったのだな。
それはガルヴァドスの敵対する神々とは違うもののようだが、同じ『神』と呼ばれるものと敵対する相手を、許せないと思う気持ちはあるかもしれない。
自分には敵対する理由はないのだが、とガルヴァドスは心の中でつぶやいた。
「ひどいです。そんな……そんなことをするものが、同じ『神』の名を持つだなんて、許せません!」
だが彼女の怒りは、別のところに向けられているようだった。
「私たちの神は平和を愛するものです。そのような狼藉を働くものを、神だなどと認めません」
潔癖すぎるほどに真っ直ぐな言葉に、ガルヴァドスは苦笑を浮かべる。
――この娘は中々、おもしろいものだな。
「だが狼藉を働くのは、奴らだけはないようだぞ」
ガルヴァドスは言って、公園の周囲に目を配った。
悪しき気配が、2人を取り囲んでいる。
ミラは気づいていないのか、首を傾げるばかりだ。
「我の肩をつかめ。そこの虎もだ」
声をかけると、1人と1匹はわけもわからぬまま、手をかけてくる。
するとガルヴァドスは見る見るうちに巨大化してゆき、街灯を越え、木々を越えて、周囲のマンションやビルに負けぬほど高く、夜空へと伸びていった。
それを追うようにして、4つの黒い影が飛び上がる。
「な、何ですか!?」
肩に乗っていたミラは、その首にすがるようにして緊張した声をあげる。
間近に迫るガルヴァドスの容貌は、大きさが変わってもやはり美しい。
「ガーゴイルだ。このところ、夜中に動いては悪さをしていると聞いたことがある」
鳥のように尖った嘴と爬虫類のような姿は石でできていて、その背には大きなコウモリ羽が生えている。
かつては異教の神であったともいわれる、教会を守護する魔物。
色々形の『神』に関わるものばかりが集まるとは、不思議なものだ。
ガルヴァドスの左肩で、白い虎が吠えたてた。
「おとなしくしておけ。せっかくの牙と爪が台無しになるぞ」
言うなり、大きな掌で石の魔物を捕らえ、握りしめる。
ガーゴイルは手の中でギャアギャアと騒ぎ、噛みついてくる。
そのまま握りつぶそうかと思ったが、他の魔物がうっとうしくからんできてそれを振り払う隙に逃げられてしまった。
はたいてみても、加減をしたせいもあり、すぐに体勢を立て直して向かってくる。
――うっとうしいな。
ガルヴァドスは虫でも追い払うかのようにガーゴイルを打ちのめすのに飽き、背の双剣に手をかける。
「一体、彼らはどのような悪さを働いたのですか?」
「悪霊を追い払うはずが、教会の周囲の人を襲うのだ。殺しはしないが、大怪我をしたものが続出している」
答えたときに、ふっとある考えが頭をよぎった。
――これもかつての、異教の神ならば。闘って敗れたものなのだとすれば。別の神の下で悪魔とされたことを、恨んでいるのだろうか。
駄目だ。怒りが増強するどころか、しぼんでいく。このような状態では、剣をふれない……。
「教会の……つまり神の名を汚すもの、ですね」
答えるミラの声色が、少しだけ低くなる。
「わかりました。――ご協力致します」
「何を……」
「『我、望むは黒の魔術。その紋章、刻むものに制限をもたらす』」
突然呪文を唱え出すミラに、ガルヴァドスはぎょっとする。
見ると、首に下げた石の1つを握りしめ、目を閉じていた。
思わず呆れるほどに純粋に神を慕う少女。それがまさか、教会を守護するものに対し、黒の魔術という怪しげなものを使うなんて――?
「『これより紋章、消えることなく。決して人を襲うことは許されない。徘徊する際も決して害を及ぼさず、生来の目的に務めよ。紋章解除の呪を唱えぬ限り、これを破れば永劫の苦しみを負うこととなる』」
円の中に模様を描いたような黒い光が、空を飛び、判を押すように魔物たちに焼きついた。
ギィー、ギャアー、と甲高い鳴き声があがり、ガーゴイルたちは逃げ出すように背を向ける。
「……何をしたのだ?」
剣にかけていた手を離し、ガルヴァドスは尋ねかける。
「私たち、古の魔術師(アブソリート)に伝わる紋章魔術というものです。黒の紋章は、制限を刻むもの。白の紋章で解かない限り、人を襲うことはないでしょう。――これは秘伝のものなのですが、神の威光を守るためであれば、問題ないかと」
すると右肩で、青い髪の少女はにっこりと笑う。
どうやら、教会にいる神と自身の神とを混同しているらしい。
――おかしなものだな。神を憎む我が攻撃をためらい、神を愛する娘が攻撃を行なうとは。
「だが、殺そうとはしないのだな」
「私の神は、争いを嫌うものですから。……それにあの方は、悪霊を追い払うという任務があるのでしょう。存在そのものが許されないわけではありません」
存在そのものが許されない……そんなものが、あるのだろうか。
少なくとも、彼女はそう信じているのだろう。自身の信ずる神のためなら、命を捨てることも辞さないほどの決意を感じる。
神への憎しみに身を焦がす自分と、献身的な神への愛に身を尽くす彼女と。
相反するようでいて、どこか似ているようにも思った。
「……今後も気が向けば、この世界のことを教えてやろう、わからぬことがあれば、訊きにくるがいい」
身体を元のサイズに戻していきながら、ガルヴァドスはそうつぶやいた。
「本当ですか? 助かります」
彼女はぎゅっとしがみついたまま、嬉しそうな声をあげる。
「ガルヴァドスさんのおっしゃる敵のこと、もし私に何かできることがあれば、おっしゃってくださいね。頼りないかもしれませんが、お手伝いさせていただきますから」
ミラはぽんと地面に降りたち、くるりと振り返った。白い虎も、それに寄り添うようにしてうなずいて見せる。
「――気が向いたらな」
街灯に照らされ、ガルヴァドスはいつもよりも柔らかな笑みを見せるのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:7868 / PC名:ガルヴァドス・タイタン / 性別:女性 / 年齢:999歳 / 職業:タイタン】
【NPC番号:4517/ NPC名:ミラ・レスター / 性別:女性 /年齢:16歳 / 職業:古の魔術師(アブソリート)】
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■ ライター通信 ■
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ガルヴァドス・タイタン様
はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、誠にありがとうございます。
ガルヴァドス様の過去などを踏まえ、様々な神と、神への想いをメインにさせていただきました。
同じ立場、相反する立場に対する共感や反発。普段ならば感情的になるはずが、若干ためらうような形にさせていただいたのですが大丈夫でしたでしょうか。
お気に召していただけましたら幸いです。
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