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<東京怪談・PCゲームノベル>


 えにしは途切れず


 斎家の双子、瑠璃と緋穂付きのメイドは優秀だ。
 冬頃双子に仕えるようになった彼女の名はエリヴィア・クリュチコワという。
 家事は万能でとても仕事が速く、そして使用人という一線を守りながらも時には双子を姉のように見守る彼女。
 瑠璃と緋穂は彼女にとてもなついており、頼っている。


「んー……まだ寝たいー」
「緋穂お嬢様、そろそろお目覚めになりませんと遅刻してしまいます」
 寝起きの悪い緋穂への対処もだいぶなれた。毎朝着替えて食事を取るのにぎりぎりの時間まで寝かせてあげるという配慮もしている。
 反対に瑠璃は寝起きもよいし朝も早い。身支度も一人でさっとやってのけてしまうのだが、エリヴィアが手伝っても文句は言わない。
「エリヴィアさん、そろそろ緋穂を起こしてきて」
 食堂でクロワッサンを手にしながら瑠璃が言う。
「かしこまりました」
 エリヴィアはきちんと礼をして場を辞するが、そのまま緋穂の部屋には向かわない。向かうのはキッチンだ。緋穂の食べる分の朝食を暖めるのである。
 では、誰が起こしに行くのかというと――
「緋穂お嬢様」
 同時刻、緋穂の部屋にはエリヴィアがすでに居た。何度目かの呼びかけを繰り返す。
 そう、こちらはエリヴィアの分身。彼女の能力「夢幻分身」によって作り出されたエリヴィア。
 瑠璃と緋穂の2人を同時に世話するには、この力を使うほうが効率が良かった。勿論2人はおろか他の人にも見られないように細心の注意を図っている。
「制服はこちらです」
「んー‥‥」
 目をこすりながらなんとかベッドから這い出した緋穂を、エリヴィアは制服を手に待っている。ネグリジェ姿の緋穂がもそもそと着替えを始めると、彼女の動きを妨げないように上手に着替えのお手伝い。その後はドレッサーの前に座らせ、波打つ銀髪に櫛を通す。
「今日の髪型のご希望は」
「んとーいつものでー‥‥」
 絡まった髪を引っ張らないように注意して解きながら、ミストを振りかけて後頭部の辺りで止める。いつもの髪型。
 この頃になると漸く目覚めてきた緋穂を伴い、階下に降りたエリヴィアは彼女を食堂へと促す。そしてこっそりと緋穂の側を離れ、別の仕事に移るのだ。彼女が食堂に入った後は、キッチンにいたエリヴィアが相手をするはず。
「朝食でございます」
 流れるような動作で緋穂の前に朝食を並べるエリヴィア。紅茶も緋穂好みの温度に調節してある。
 そう、こうしてエリヴィアは2人同時に世話をしている。もちろん、2人が学校から帰宅した後もだ。
 細心の注意を払っているのだから、ばれるどころか疑われるはずは無かった。



 その日は瑠璃の様子がおかしかった。
 彼女がいつも目覚める時間に瑠璃の部屋を訪れたエリヴィラは、すでにベッドの上に起き上がっていた彼女に少しばかり驚いて。
「おはよう、エリヴィアさん」
「おはようございます、瑠璃お嬢様」
 だが、こういう日もあるだろう、そのくらいにしか思っていなかった。ところが。
「ちょっとここで待っててくれる? 用を足してくるから」
 そう言ったかと思うと、瑠璃パジャマ姿のまま部屋を出て行った。いつもならきっちり着替えてから部屋を出るはずの彼女が‥‥と思ったが、ここで待っていろというのが主命。エリヴィアはそのまま瑠璃の帰還を待つ。
「やっぱり……」
 そんな呟きが廊下の外から聞こえた。
「!?」
 エリヴィアはまさか、と思いつつ身体を硬くした。そして。
「どうもおかしいと思ったのよ。悪い事じゃないのだけれど、手が行き届きすぎているから」
 部屋に戻ってきた瑠璃は、そんな言葉を口にしていた。そして後ろに引き連れているのは眠そうな緋穂。
「うわっ、エリヴィアさんが2人!?」
 そう、緋穂の部屋に居るエリヴィアを瑠璃は見たのだ。そして、疑い半分の緋穂をつれて自分の部屋にやってきたのである。
 まだ寝ぼけているのかな、と自分の頬をつねる緋穂と詰問するわけではないが「どういうことなのかしら」と視線を向ける瑠璃。
「すべて……お話します。お座りください」
 エリヴィアは覚悟を決めて、二人をベッドに座らせた。



「私のこの力は『夢幻分身』といい、自分と同じ分身を作り出すことが出来ます。お二人のお世話をしっかりとこなしたいと思い、この力を使わせていただいておりました」
「夢幻分身……」
 緋穂が不思議そうに口を開いた。
「うちの者は誰も気づいてなかったわよね。他者に気づかれないよう動くのも大変だったでしょう?」
「いえ……」
 瑠璃の質問にエリヴィアは首を振って。慣れていますから、と告げる。
「お二人を騙す形になってしまったこと、お詫びいたします」
 深々と頭を下げたエリヴィアは、二人に仕える事をやめる覚悟で居た。
 大体今まで知らない者がこの事実を知ると、気味悪がられて解雇されてきたのだ。だから勿論、今回とて例外ではない。知られてしまった以上、やめる覚悟で居る。
「………」
「………」
 重い沈黙が、部屋を支配する。まだ開けられていないカーテンの隙間から、太陽の光が注ぎ込んでいた。
 エリヴィアは頭を下げたまま、解雇の言葉を待っている。だが、2人のどちらもその言葉を口にしない。
 どれくらいそうして時間がたっただろうか、沈黙を破ったのは緋穂だった。
「別に謝る必要ないんじゃないかな。だって、私達のために力を使ってくれたんでしょう?」
「そうね、私達はあなたの働きに不満はないわ」
「!?」
 驚いて顔を上げたエリヴィアを、双子は笑って見つめていた。
「わたくしめは、辞職を……」
「なんで?」
 無邪気に問い返されては言葉もない。それは、と口ごもったエリヴィアに、瑠璃が。
「もう私達に仕えるのに飽きたの?」
「そんな、滅相もございません」
「だったら、ねぇ?」
 瑠璃と緋穂が顔を見合わせ合い、そして微笑む。
「まだお仕えしても構わないのですか?」
「そもそもやめていいなんて、言ってないわ」
 首をかしげたエリヴィアに、瑠璃が悪戯っぽく怒った顔を作った。
「それでは、わたくしめの能力は三人だけの秘密にしてくださいますか?」
 視線を合わせるように床に膝を突いたエリヴィアに、2人が返した答えは――抱擁。
 これからもいい相談相手であり、いい姉であり、そしていい友達であってほしい……2人分の温もりを感じながら、エリヴィアは双子の願いをしかと感じ取った。


■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【7658/エリヴィア・クリュチコワ様/女性/27歳/メイド】


■         ライター通信          ■

 お待たせして申し訳ありませんでした。
 いかがだったでしょうか。
 どうやって能力を見破らせようかとだいぶ悩みましたが…。
 やはり日常の一部であることが「らしい」かなと思い、この形になりました。

 この度はご発注、ありがとうございました。
 瑠璃と緋穂への温かい心遣い、感謝しております。

            天音