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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


圧力の向こう側
●オープニング【0】
 春4月――意外な人物が草間興信所を訪れていた。映画監督の内海良司監督である。付き合いの長い人物ではあるが、こうして事務所にやってくるというのは珍しいことだ。
「どうやら親馬鹿をしに来た……って訳じゃなさそうですね」
 やってきた内海を一目見て、草間武彦はそう言い放った。何しろ内海は、非常に重苦しい表情であったのだから。それも、内に怒りを秘めたような……。
「ああ。力を借りに来た。バロン東村ってお笑いの奴、知ってるか?」
「いいえ、全く」
 内海の言葉に対し、即座に首を振る草間。
「ま、テレビにゃまだろくに出てもないし、これからの若手だからな……」
 内海はそうつぶやいてから溜息を吐いた。
「じゃあ、西口猛って若手俳優は知ってるか」
「そっちはさすがに。今売り出し中でしたっけ、爽やかさが売りの。若い娘に人気で」
「……そいつの本性を暴いてくれ。それも捏造だの何だの言われない形で、世間に広く公表出来るように」
「は?」
 草間が怪訝な表情を浮かべる。内海のその言葉は、まるでその西口という若手俳優を潰せと言っているようなものではないか?
「東村が……ライブのトークで喋ったんだ。西口が真夜中、繁華街の裏路地で両脇に可愛い娘連れてご機嫌だったのを見たってな。そうしたらその話が西口の事務所に伝わって……」
「伝わって?」
「事実無根だ、中傷だなんだと東村の小さな事務所に抗議して……謝罪させられ無期限謹慎に追い込まれた」
「なら、事実じゃなかったってことですか」
「いや。あいつは芸人だから誇張はするが、少なくとも見たというのは事実のはずだ。それは俺がよーく知ってる。それにだ」
 内海が身を乗り出し、ぐいと顔を草間に近付けて言った。
「……どうしてこんな発言で無期限謹慎にまで追い込まれる? いくら事務所が、西口を爽やかさで売ってるといってもだ」
「そりゃあ……妙な話ですね」
「だろ? それにな、あれなんだよ。人を撮ってきた奴の勘とでも言うのかな……あの爽やかさの裏にどうも嫌なもんを感じるんだよ」
「……なるほど」
 内海の言葉に、草間が納得して頷いた。草間に探偵としての勘というものがあるように、内海にも監督としての勘があるということだろう。
「ま、ここに向こう1週間分の西口のスケジュールがある。渡しておくからぜひとも頼む。……東村のためにもな」
 内海は懐から折り畳んだ紙を取り出すと、草間の前にそれを置いた。
「1ついいですか。その、東村って奴は今……どうしてるんです?」
「別にどうもしやしないさ。ただ病院のベッドで眠ってるだけだ、意識不明で。ちょいと薬をラムネ代わりにしたみたいでな」
 と言って内海はソファから立ち上がった。
 さあ……色々な意味で危険な依頼だ、これは。

●芸能界・その光と闇【1】
 芸能界は華やかな世界だ。
 ステージ上で全身に浴びるスポットライトや観客の歓声などは、何事にも代えられぬ快感であると言う者も居る。まさに、光り輝く世界と言えよう。
 だがしかし。よく言うではないか……光ある所には必ず影が存在する、と。それは芸能界も例外ではないのだ。
(……ずいぶん巧妙なのねえ)
 聞き込みをひとまず終えて草間興信所へ1度戻る途中の道すがら、シュライン・エマは開いた手帳を胸へ当てて、ふう……と溜息を吐いた。
 何はともあれ、まずは西口の所属する事務所について調べてみようと、シュラインはその手の事情に詳しいと思われる知人たちへそれとなく尋ね回ってきたのである。具体的にはあれだ、裏社会について追いかけているノンフィクション作家やらフリーライター、またそれらのネタを扱う編集者といった者たちだ。
 西口の所属事務所は、業界大手の某グループの系列である。7年前にグループの中核となっている事務所から、のれん分けのような形で独立したマネージャーが立ち上げた事務所であった。
 事務所の会社概要や役員といった情報は、最近は便利なもので公式ホームページ上で紹介されていたりする。なので、どのような事務所で何という名前の人間が居るのかということは簡単に分かる。しかし、その人物がいったいどういった素性なのかということは、ホームページを見ただけでは分からない。そこでシュラインは、これら役員の名前をリストアップして、尋ね回った知人たちに見せてみたのだ。
 その行動は正解だった。役員の中の1人に反応した知人が居たのである。
「ん? この名前……確かあの組の……?」
 その知人曰く、数年前に追いかけていたとある暴力団の直系下部組織のナンバー2の名前と一緒だということだった。だが同一人物かどうか分からないと言うので、その辺を調べてもらえるよう事情を話してシュラインはお願いしてきていた。なので判明次第、携帯電話に知人からメールが送られてくるはずである。
 それ以外にも、他の知人たちから役立ちそうな話は聞くことが出来た。芸能界と暴力団は、ある時期においては密接な関係があったということである。
 これは別に変な意味合いではない。歌や芝居といった芸事は様々な土地へ赴き興行を打つことも少なくないのだが、それを取り仕切るのがその土地の有力者で……結構な場合その有力者というのがいわゆるその土地を縄張りとする暴力団であったりする訳だ。中にはこの『有力者』に気に入られ、バックアップを受けるようになった芸能人も居る。名前を出せば、今なお誰でも知っているような人だ。
 今の話はまあ、ある部分では昔話である。けれども、じゃあ今は芸能界と暴力団の縁が切れているのかと言えば……そういう訳でもなく。暴力団関係者の結婚式やらゴルフコンペやらに芸能人が出席していただとかで、時折芸能ニュースを賑わせていたりするのだから、その辺は推して知るべしだろう。
「そうそう簡単には切ることも出来ない……わよね」
 手帳を閉じ、ぼそっとつぶやくシュライン。
(築地刑事からもお話を聞ければよかったんだけど……)
 実はシュライン、桜桃署の捜査課刑事・築地大蔵警部補からも話を聞いてみようと思っていたのだ。職業柄、その手の事情に詳しいだろうと考えてのことだった。
 しかし桜桃署に連絡してみると、築地は外出中であるとのこと。ならばと思い、同じく桜桃署捜査課刑事の月島美紅にも連絡を取ってみるが、携帯電話をマナーモードにでもしているのかこちらもまた連絡が取れない。
(何か事件を追いかけているのかしら)
 だとすれば仕方がない。捜査の邪魔をする訳にもゆくまい。

●芸能ニュースの裏側【2】
 さて、シュラインが草間興信所に戻ってくると中に居たのは草間零1人だけであった。
「あ、お帰りなさいです、シュラインさん!」
「ただいま零ちゃん。……武彦さんは?」
 台所の方を覗き込むシュライン。だが草間の姿はそこにはない。
「あの。家出された娘さんを探しに……」
「あ」
 言われてシュラインは思い出した。確かあれは2月のこと、センター試験に失敗し家出した浪人生の娘を探してほしいと依頼があったのだ。
 あいにくその時期は皆忙しかったようで、草間が1人で捜索を開始したのだが……。新年度4月になっても、草間は未だ見付けることが出来ずにいたのである。
「あとですね。内海監督からの伝言です。『薬の件だが、あいつが自分で用意したようだ。薬局を何軒か回ってたのが確認出来た』と伝えてほしいと」
「ありがと零ちゃん」
 シュラインは零に礼を言うと、すぐ思案顔になった。
(つまり、誰かに飲まされたとかではなさそうね)
 芸人にとって無期限謹慎処分というのは、ある意味芸能界から消えてしまえと言われているのとほぼ同義であるだろう。東村自身が、何も悪いことをやっていないのならなおさらのことだ。その絶望たるや――。
(芸能記者の人たちも事務所からかしら、何だか手を回されている感じだし……)
 この件に関し、そもそも報道自体がさほど行われていなかった。まあ東村が無名だということも大きいのかもしれないが、それにしても扱われていないな……というのが、シュラインが調べてみた印象である。売り出し中の若手俳優にまつわるスキャンダルだなんてネタ、彼らは好む傾向にあると思えるのに……。
 だが考えてみれば芸能記者の多くは、基本的に事務所やタレントたちと持ちつ持たれつの関係なのである。それはそうだろう、芸能記者の飯の種であるのだし、逆にタレント側からすれば活動内容をメディアで宣伝してくれる人たちである訳だから。なので、この関係を出来るだけ崩さずにゆくのが両者にとっては好ましいのだ。
 そうすれば何か都合の悪いネタが出てきたとしても、それを出さない代わりにこっちのネタを出すから……などと交渉出来たりもする訳で。またタレント側が何か大きな発表などをする時に、親しくしている芸能記者に会見の場を仕切らせたりなど、この手の話は挙げてゆけばきりがなくなってくる。
「芸能界は魑魅魍魎の跋扈する世界って言うけど、本当よね」
 思わずシュラインはそう漏らしてしまっていた、溜息混じりに。

●動いている者たち【3】
 夜になり、シュラインはまた調査を行っていた。東村が西口を見たという場所の辺りに来ていたのである。シュラインは裏路地から表の方へと回り込んでみた。
「どんなお店があるのかと思ったら……」
 と店の前に立ち、つぶやくシュライン。そこにあったのは、少し大きめなクラブへの入口だ。
 クラブといっても飲む方のそれではなく、踊る方のあれだ。なるほど、この手の店ならば西口が出入りしても何らおかしくはない。むしろ自然だ。
 位置関係からして、西口が裏路地に居たのは店の裏口から出たか、あるいは近道をしようとしてたかのどちらかであろう。確か裏路地を抜けてゆくと大通りに繋がる道へ出るし、裏路地であれば人目を避けるのにも適している。
(さて、入ってみましょ)
 店内へと足を踏み入れるシュライン。半地下とでも言うのだろうか、入ってすぐに少し下ってゆく感じになっていた。その理由は中に入ってすぐ分かった。天井を高くするために半地下の状態にしていたのだ。天井までの高さがそこそこあると、不思議と解放感が出てくるのである。それだからだろうか、まだ浅い時間帯ではあるけれども、フロアではそれなりの数の若い男女が音楽にのって踊っていた。
(ここは流行っているみたいね)
 シュラインは店内の様子をざっと眺めた後、飲み物を出している従業員の方へと近付いていった。今回の目的である聞き込みを行うために。
 まずは飲み物を1杯注文し、それを受け取ってからシュラインは従業員に話を切り出した。
「最近、ここや界隈で流行っていることって何かしら?」
「はい? 何でそんなことを聞かれるんです、お客さん?」
 ……従業員が明らかに警戒している。そこでシュラインは夜の女性をテーマに取材を行っているライターだと称し、協力してくれないかと従業員に話してみた。
「ああ……そういうことでしたら」
 すると従業員は警戒を解いて、シュラインに話してくれることになった。そうなると、先程の警戒感が何だったのかが気になってくるので、シュラインはそれとなくその辺りを突いてみることにした。
「さっき何かぴりぴりしてたように感じたのだけれど、気のせいだったかしら?」
「いえ、何、先程ちょっと刑事さんたちが来ましてね。あれこれ聞かれましたから」
 苦笑して答える従業員。
(刑事……?)
 驚いたのはシュラインである。いったい何の捜査でこの店を訪れたというのだろう。気になったので、その辺りも聞いてみることにした。
「……あら、それは物騒ね。強盗犯でも逃げ込んできたの?」
「違いますよ。何ですか、行方不明になっていた女子大生さんだかの遺体が見付かって、その行方不明になった日の足取りを追ってるなんて話でしたけどね。こう、写真2枚見せられて……」
「え、2人遺体が?」
「いやいや、亡くなったのは1人で。何でも、その日一緒に居た娘も未だに行方知れずだそうで」
「ふうん……。それで? 見覚えある顔だったの?」
「やあ、常連さんならねえ、うっすらとでも覚えてるでしょうけど。1、2回だけだったらなかなかねえ。よっぽど特徴があったらあれですけど、少なくとも私は記憶になかったですよ」
「そう」
「……特徴っていえば、さっきの刑事さんたちは印象強い感じだったかな」
「どんな刑事さんだったのかしら」
「ちょっとくたびれた感じな中年の男性と、妙に若くて胸の大きな女性で、どう見ても親子か愛人かって感じでしたよ、ありゃ」
(……何だか心当たりある2人組ね……)
 シュラインの脳裏に見知った顔が2つ浮かんできた。もし、それが当たっているのだとすれば……。
「ひょっとして女性の刑事さん、紅いスーツなんか着たりしてなかった?」
「は? お客さんご存知なんですか?」
(やっぱり!!!)
 従業員のその驚きで、シュラインの推測が確信に変わった。先程訪れたという刑事たちは、築地と美紅に間違いないと思われる。
「……ちなみに。行方不明になった日はいつのこと?」
「ええと確か言ってたのは……」
 そして従業員は日にちを口にする。それは何と、東村が西口を目撃したらしき日であった――。

●西口猛のこと【4】
 翌日――シュラインは都内にある某スタジオに潜入していた。潜入といっても非合法に入り込んだのではなく、ちゃんと出入りのためのパスを受け取っていた。
 予め内海に頼み、パスが発行されるようにしていたのだ。名目は『撮影スタジオ24時』といった記事の取材のためということになっている。シュラインが単独でパスの申請をしていたなら多少は時間もかかったであろうが、さすが内海が手を回したこともあって即座に発行されるという手早さであった。
 今日、西口はこのスタジオでドラマの撮影に挑んでいる。なので、シュラインもここへやってきたという訳だ。
 スタジオに来る前に、シュラインは西口のプロフィールを軽く調べてきていた。西口は現在24歳で、去年の夏前に東北の某都市で事務所の人間にスカウトされて上京、それから単発ドラマにいくつかエキストラや端役で出演した後、今年1月の連続ドラマにそこそこ出番のある役で出演したことで世間に知られるようになってきた……という経歴である。
 不思議だったのはスカウトされる前の経歴がよく分からないということなのだが、調べてみるとこれは早くに両親を亡くしたりして色々と苦労していたことから、過去の自分と今の自分は違うのだというアピールで、過去については非公開にするという事務所の意向があるらしい。実際『西口猛』という名前も芸名で、本名もまた非公開である、
(ん……これで大丈夫ね)
 シュラインは肩から下げた鞄にちらと目をやった。外観を上手くカモフラージュし、鞄の中に小型カメラを仕込んでいたのである。これでスタジオ内での西口の移動の様子や、休憩時間中の動きなどを拾おうというのだ。
 もちろん仕込んでいる小型カメラの存在に気付かれぬよう、手には少々大きめのデジタルカメラをシュラインは持っていた。取材で来ているということなのだから持ってても当然なのだが、人間というのは目立つような物があればそちらへ目が向くものなので、そうすることによって小型カメラの方には気付かせないようにしようという算段もあったのである。
 ともあれ周囲に怪しまれぬよう、スタジオ内にある食堂の従業員や、廊下やトイレなどを掃除している清掃員などに話を聞くシュライン。その最中にも、それとなく西口の話を聞き出したり出来ないかと試みてみた。例えば、最近気になっている若手俳優は居るかなどの質問をしてみたのだ。が、あいにく西口の名前は出てこなかった。
 そのうちに西口の入っている撮影が休憩に入ったらしく、スタジオの1つからぞろぞろと人が出てきた。シュラインは素早く西口の姿を確認すると、その後をそっと追った。
 西口はマネージャーらしき男性とともに、まっすぐに楽屋へ向かった。そして西口たちが楽屋へ入る所までをシュラインは見届けた。
(中での会話も知りたいけど……)
 ちょっと楽屋前を行き交う者たちも少なくはなかったので、今の所はそうすることをシュラインは見送った。今怪しまれると、この後のスタジオ内での調査ややりにくくなるということも頭にはあったからだ。
 楽屋に入った以上、しばしは出てこないと考えたシュラインは、西口が今収録中のドラマのスタッフに接触してみることにした。そちらから何か出てくるかもしれないからだ。
(ええと……あ、あの人たちかしら)
 飲み物の自動販売機の前に居た3人組の男性を見付け、シュラインは声をかけてみた。「あの、すみません」
 腰に金槌をぶら下げていることからして、彼らは大道具のスタッフたちであるのだろう。
「実は今……」
 シュラインは取材の目的を告げ、彼らから話を聞くことに成功した。最初は仕事の内容や、大変だったエピソードを聞きながら、次第に今の仕事について尋ねてゆく。
「……そういえばそのドラマ、西口さんとか若手の俳優さんが出演されているんですよね」
 とシュラインが言うと、彼らは口々に答えた。
「ああそうそう、頑張ってるよー」
「熱意はあるよね」
「スタッフにもちゃんと挨拶してくれるし」
(俳優としてはちゃんとしているのかしら)
 彼らの話を聞きながらそんなことを考えるシュライン。彼らの話はさらに続いた。
「けど、演技はこれからだよなー」
「中の下……いや中の中かな?」
「経験積んできゃ伸びそうだけどさ。ま、バーターで起用されたんだと思うよ、今回は」
(バーター?)
 バーターは芸能界ではよくあることだ。誰々を出す代わりに、こいつも使ってくれ……というような、要するに抱合せでの出演だ。そうすることによって、事務所の売り出し中の若手をプッシュしたりなどということが可能となってくるのである。言われてみれば、このドラマの3番手辺りの俳優が確か西口と同じ事務所であったはずだ。
 その時だった、マナーモードにしていたシュラインの携帯電話が震えたのは。シュラインは彼らに礼を言って話を切り上げると、人気のない所まで移動して携帯電話を取り出した。着信を見ると、判明次第連絡すると言っていた知人からであった。
「はい、もしもし?」
「おいあんた! いったい何の事件調べてるんだよ!!」
 シュラインが電話に出ると、開口一番知人からそんなことを言われてしまった。と言われても、事情は調査をお願いした時に話しているはずだが……?
「ああ聞いたよ! けどな……今となってはとてもそうは思えるか! いいかよく聞いてくれ、まず件の奴は同一人物で間違いない。それでだ、ついでにグループ会社を調べてみたら……とんでもないぞ」
「……何が分かったの?」
 声を潜めてシュラインが尋ねると、その知人は驚くべきことを口にした。
「グループの中核以外、全部の事務所に例の暴力団の息がかかった連中が入り込んでる! 1人で複数の事務所の役員にさせたりして、人数としてはほんの4、5人って感じだが、影響力をしっかり食い込ませてるじゃないか、あれは!! ……いったい何を相手にしてるんだよ、あんた……。何なら……俺も手伝うぞ?」
「何って……」
 答えに困るシュライン。後ろ暗い何かが、この事件の背後で蠢いているのだろうか……。

●アフター【5】
 夜遅くになり、シュラインは西口の尾行を続けていた。夕方からスタジオを出て、外でのロケになっていたのだがそれも無事に終わり、着替えを済ませた西口は徒歩でロケ場所を後にしていたのであった。
(聞いてるスケジュールでは、もう今日の仕事は終わりよね。さあ、これからどこへ向かうのかしら)
 西口に気付かれぬよう、距離を空けたり、道1本挟んだり慎重に追いかけるシュライン。歩きながら西口は眼鏡を取り出してかけたり、手ぐしで髪型の雰囲気を少し変えてみたりなどしていた。変装と言うには稚拙だが、一見しただけでは西口本人だと断言出来ないようにはなっているのではないか、と思われる。
 やがて西口は繁華街へ入り、1軒のクラブへと足を踏み入れた。昨日シュラインが訪れたクラブとは全く別の地域、別の場所にあるクラブだ。
「またクラブなの?」
 西口はクラブ好きなのだろうかと思いつつ、シュラインも後を追って中に入る。飲み物を頼んだ西口はしばし店内を物色していたようだが、やがて端の方で1人で居た女性のそばへと向かっていった。
 シュラインもそちらの方へ行き、意識を集中させて西口と女性の会話に耳を傾けてみた。会話の内容は他愛もない、一緒に踊らないかというものであった。そして連れ立って踊りに向かう2人。
 シュラインは自分に声をかけてくる輩を時折追い払いながら、30分ほど2人の観察を続けた。数分踊って休憩し、また数分踊って休憩するというサイクルを何度か繰り返していた2人だったが、やがて西口が場所を変えないかというような仕草を見せ、連れ立って店を出てゆこうとした。
(どこへ行くつもり?)
 2人の後を追ってシュラインも店を出る。2人はタクシーなどには乗らず、徒歩で繁華街から離れようとしていた。しかし、気になることが1つ。
(……なるべく人気がないような道を選んでいるように思えるんだけど)
 まあ西口は芸能人なのだから、なるべく人に見られないようにするのも当然のことなのかもしれない。昨日訪れた店の周辺の道のことを思い返してみても、それはよく分かる。
 けれども、だったらとっととタクシーでも拾って目的地に急いだ方が見られる確率も減るのではないかという疑問がある。目的地が近いからタクシーに遠慮しているのかもしれないが、今のこの景気なら近場であってもタクシーを使ってくれる客は喜ばれるだろうし……。何にせよ、シュラインには少し引っかかるものがあった。
 やがて2人はかなり立派なマンションの前へとやってきた。14階建てだろうか、見るからにして金がかかりそうなマンションだ。玄関のオートロックを開けて中へと消えてゆく2人。シュラインはその様子を見つめていた。
「ずいぶん立派な所に住んでいるのね……」
 と口ではいいつつも、シュラインの中で広がってゆく違和感。こんな立派なマンション、果たして去年デビューしたばかりの新人が住めるような所だろうか?
 事務所が借り上げた部屋に住ませてもらっている線もなくはないが、それにしてもこれは立派過ぎやしないだろうか。しかし、現実に西口はこの中へ消えていった。
(ともあれ1時間ほど待って動きがなかったら、今日はこれで引き上げましょ)
 そう決めたシュラインは、状況を報告するメールを零の携帯電話へと送り、身を潜めて待ち続けた。途中零から返信が来たが、草間もまだ事務所には戻ってきていないそうである。
 そして40分ほどが経っただろうか――動きが、あった。
(あら……?)
 玄関から西口が出てきたのである。それも、1人きりで。
(彼女はどうしたのかしら)
 部屋に1人残されているのだろうか。とすると、西口はちょっと軽い買い出しへ向かおうとしているのかもしれない。ともあれ、出かける以上は尾行をしなければ。
 西口の後を再び追うシュライン。そして何気なく周囲に目をやった時だ。
 横道の暗闇に、人の姿があったのだ。
「…………!?」
 一瞬あっと声を出しそうになり、シュラインは慌てて口を押さえた。その人の姿が、よく似ていたからだ――草間に。
(武彦さん? え、何でここに? 零ちゃんが連絡したの……?)
 あれこれと頭の中に浮かぶが、今はそれを確かめている場合ではない。尾行を続けなければならない。
 コンビニなどに立ち寄る気配も見せず歩き続ける西口を、追い続けるシュライン。30分近くは経っただろうか、西口は別のマンションへと入っていった。ここも玄関はオートロックだが、さほど立派な感じはしないマンションである。
「え……?」
 シュラインはマンションの部屋の窓が見える場所へと回り込むと、目を皿のようにして見てみた。そのうちに、1つの部屋で明かりがついた。タイミングからして、その部屋に西口が入ったのであろう。
「ちょっと待って、どういうことなの……?」
 シュラインの頭の中で疑問が渦を巻いていた。
 西口は一旦入ったマンションを出て、この別のマンションに入った。連れ出した女性は先程のマンションに居るままだ。連れ出した時の様子からして、あのマンションは女性の住むマンションである可能性は極めて薄い。じゃあ、何故女性はあそこに1人残されている訳なのか?
「……武彦さんにも話を聞かなくちゃ」
 シュラインは携帯電話を取り出すと、草間に向けてメールを打ち始めた。

●そして交錯する【6】
 そして真夜中。草間興信所には草間と零、そしてシュラインの姿があった。
「あれは武彦さんなのね?」
 そんな気はなかったのだが、シュラインのその時の口調は若干草間を問い詰めるような感じであった。
「……まさかお前が居たとはなあ」
 ぼりぼりと頭を掻く草間。その表情はやや険しい。
「俺の方はあれだよ。家出した浪人生の娘を探しててだな……あのマンションに行き着いたんだ」
「はい?」
 草間のその言葉はシュラインにとって驚きであった。
「しらみつぶしに探しててな。ようやくとあるクラブで、彼女に見覚えがある奴を見付けたんだ。そこの従業員なんだが、彼女がグラスを落としたりしたから覚えてたらしい。でだ、男に声をかけられてついていった……という話らしい。その時耳にした会話で、あのマンションがある一帯の地名が出てたそうだから、俺もあそこへやってきた訳だ。まあ残念ながら、男の顔なんざ覚えちゃいないそうだがな」
「でも……似てるわね」
 シュラインがぼそっとつぶやいた。クラブで声をかけられ連れ出される――今さっきシュラインが見てきた光景そのものではないか。
「そっちの話で気になるのは、連れ出された女性があそこに残っているらしいってことだよな。西口は別のマンションへ行ったのに」
「……あのマンションに何があるのかしら」
 草間の話を聞いてから、シュラインが小さな溜息を吐く。
「何がある、か。きっと何かがあるんだろう。ひょっとしたら、表沙汰に出来ない何かが」
 と言ってから、草間が思い出したように付け加えた。
「……そういや桜桃署の2人が動いてるのか」
「ええ、そうよ。こっちのことと関わりがあるのかどうか分からないけど……」
 分からないけれども、妙にこちらとリンクする部分があるのは事実である。
「なるほど……よし。零」
「はい」
「連絡取って、こっちの話を向こうに知らせてやれ。俺はしばらくあのマンションに出入りする奴らをチェックしてみる。シュラインはそのまま西口を追ってみてくれ」
「分かったわ、武彦さん」
 頷くシュライン。
「さて、何が出てくるか……」
 草間が険しい表情のまま、天井を見上げてぼそりとつぶやいた。

●黒い関係【7】
 それから数日、シュラインは西口を追い続けた。が、普通に撮影をこなし、終わったらまっすぐに立派な感じはしないマンションへと戻るという毎日であった。クラブへ出かけたりといった素振りは全く見られなかった。
(警戒しているのかしら?)
 連日訪れていたらそれだけ目につくだろうから、それを避けようとしているのかもしれない。だとしたら、若いのによく考えているものだ。
 その一方、件のマンションの出入りをチェックしていた草間が大変な事実をつかんでいた。
「この写真を内海監督に見せたんだがな」
 シュラインが事務所に戻ってきて早々、テーブルの上に写真の束を置いて草間が言った。それは件のマンションの地下駐車場へと出入りする車の様子を映した写真。後部座席に座っている者の顔が確認出来るものも少なくない。
「……何人か各局のドラマのプロデューサーが混じっているそうだ」
「プロデューサーが? ちょっと待って武彦さん、どうしてここに出入りしているの? 誰か有名な俳優さんが住んでいる……とか?」
「住んでいないとしたらどうする?」
「……じゃあ、どうしてこうも出入りしているのよ」
「まあ待てよ。もう1つ、面白い情報がある。あのマンション、上の3つの階の部屋が各々同じ人間の名義になってるそうだ。つまり、1フロア毎に名義1つだな。そのうちの1つが、西口の事務所の役員名義だ」
「え……!!」
 絶句するシュライン。けれども、それが事実なら納得出来ることが1つある。その部屋の存在をきっと西口は知っていたのであろうと――。
「思うに、その部屋で何かしてるんだろう……色々と、な」
 妙に含みのある草間の言葉。シュラインがはっとして草間に尋ねる。
「武彦さん! ……他の2フロアが誰の名義になっているか分かる?」
「ああ、これだ」
 草間が名義が記されている紙をシュラインに手渡した。するとシュラインはすぐに携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「もしもし? あのね、これから言う名前に心当たりがあるか教えてほしいの」
 繋がってすぐにそう言うと、シュラインは記されている名義を読み上げた。すると相手は驚いたように言った。
「そいつらだよ! 例の事務所のグループに、入り込んでる連中は!!」
「やっぱり……」
 シュラインが電話をかけていたのは、例の知人である。つまりこういうことだ、件のマンションの上3つのフロアは、非常にきな臭いのだと……。
「……さて、と。シュライン、零、一緒に散歩にでも行くか?」
「どこへ?」
「どこにですか?」
 草間の言葉を聞いて、シュラインと零が同時に言った。草間は表情を変えずに言い放つ。
「桜桃署へ――」

●解決?【8】
 それから3日後。件のマンションに、警察が踏み込んだ。もちろん踏み込んだのは築地や美紅をはじめとした桜桃署の者たちである。
 先だって桜桃署を訪れていた草間は、件のマンションに出入りしていたプロデューサー連中の写真を築地に見せ、この連中に遺体となった女子大生のことを尋ねてみてはどうかと進言したのだった。その結果、このように件のマンションへの捜索へと繋がったのだ。
「……そうですか、見付かりましたか……。ええ、後で署に出向きますよ。それじゃどうも……」
 築地からの電話を受けた草間は、そう言って電話を切った。その表情は……重苦しい。
「家出してた例の浪人生、あのマンションで見付かったよ。……薬漬けでな」
 最悪だ。見付かったとはいえ、まるで喜ぶべき状態ではないではないか。
「他の……他の娘たちは……?」
 シュラインもそう尋ねるのがやっとだった。
「…………」
 草間は答えない。というか、その質問への回答はすでに出ているようなものだ。例の浪人生が薬漬けで見付かっているのだから、他の娘たちもどうなっているかは推して知るべしだろう。
「零」
「は、はいっ?」
 草間から急に名前を呼ばれて驚く零。
「お前……もしこれから芸能界にスカウトされたとしても、絶対に受けるんじゃないぞ。いいな、分かったな?」
「は……はい!」
 語気強い草間の言葉に対し、零はこくこくと頷いて返事をした。
「たく……あそこは激しく歪んだ世界だな……」
 草間はそうつぶやくと、浪人生の親にどのように説明すべきか頭を悩ませ始めた……。

●からくり【9】
 その後の警察の調べで判明したことと合わせ、一連の話を整理してみることにしよう。
 まず西口の事務所が属しているグループは、暴力団の後ろ楯を得て芸能界における地位や影響力を高めようとしていたのだ。暴力団の方としても、芸能界に関わることは色々と美味しい。なので事務所に役員を送り込んだりして、こちらもまた影響力を得ようとしたのである。
 そして芸能界における影響力を高めるため、いくつかの手段をこのグループは取ることにした。その1つが、ドラマやバラエティといった番組プロデューサーなどに対する接待。その見返りとして、自分たちの事務所のタレント・俳優を使ってもらおうという訳だ。
 接待の手段として手っ取り早いのは、色仕掛けであろう。特に、プロデューサー連中というのは男性が多いのだから、この手は非常に有効である。
 色仕掛けの相手として、女性タレントの卵などが使われたりすることも中にはあるだろうが、このグループが取った行動は違っていた。一般素人の女性を連れてきて、相手をさせたということだ。それも薬を使ったりするなど、非常に乱暴な方法を用いて……。
 一般素人の女性を連れてくるのは、顔のよい新人の俳優やタレントといった連中であった。その中には無論西口も含まれる。どうやらそういったことに罪悪感を感じない連中を、事務所はスカウトしていた節も調べの進む中で出てきている。そんな連中に、浪人生も引っかかったのである。
 そうやって一般素人の女性を連れてきたのにも理由はあって、薬の代金代わりに海外へ売り飛ばしたりもしていたようである。それは、薬を与え過ぎた女性の処分方法としての側面もあったのかもしれない。
 だが、そんなことがいつまでも続くはずがない。現に、女子大生の遺体が桜桃署の管内で見付かってしまっている訳で――。
 それが見付かったのは、現在空き地となっている宅地であった。野良犬が土を掘り返した場所に、その遺体が埋められていたのだ。
 遺体を司法解剖した結果、死後数日経過していたことと薬物反応があったことが判明した。推測された死因は、薬物の過剰摂取によるものだった。そして、築地や美紅たちが捜査を始めていたという訳だ。
 で、草間の進言を受けて、件のマンションに出入りしていたプロデューサー連中に女子大生の写真を見せて、彼女に見覚えのあるプロデューサーを突き止め、会った場所や出来事などを白状させた上で、最終的にマンションへ踏み込んだのであった。
 かくして白日の下にさらされた芸能界の大スキャンダル。当分の間、色々な意味で世間を賑わわせることだろう。何しろ、政治家の名前もちらほら出始めているようだから……。
 さて。最後に1つだけ、よいニュースを報告しておこう。
 意識不明だったバロン東村だが、マンション捜索の翌日に意識を回復し、現在は快方へと向かっているそうだ――。

【圧力の向こう側 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ようやくここに、芸能界にまつわる黒さあふれるお話をお届けいたします。
・あれこれと描写を抑えたりしていますが、このお話は本気で黒いです。危険なネタに走りそうになって、途中で何度も引き返したくらいですから。それだけ今現在の芸能界に対して、あれやこれや思う所があるのでしょうね……高原の中で。
・芸能界に限らず、圧力なんてのはどこにでもあるものです。理由も分からず突然終了したりしたような事柄があれば、その裏を探ってみるのも面白いかもしれません。まあ探っている途中で何か起こっても、それは自己責任ですが。
・業務連絡です。高原のお話でいくつか不成立になっているものがありますが、それらの扱いは基本的に『NPCは動いているが、解決し切れていない状態』となっています。後のお話にまともに影響してくることもありますので、何はともあれご注意を。
・……などと言っていますが、このお話が実際そうだったりします。家出した浪人生がそれです、ええ。
・シュライン・エマさん、144度目のご参加ありがとうございます。暴力団関連などを疑ってみたのは非常によかったと思います。最終的に、非常に大きなスキャンダルが出てくることになりましたし……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。