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<東京怪談・PCゲームノベル>


絵本倶楽部







 どこかのファーストフード店だろうか、それともどこかの教室?
 4人の中学生があーでもないこーでもないと言葉を交わす。
 その中心にある机に置かれているのは、何も書かれていない真っ白な本。
 そう、これから物語を考えるのだ。
 ここではないどこか。
 今とは違う自分。
「じゃぁ…僕、が……書いて、いく…ね」
 本を広げてペンを持ったのは、4人の中で一番見た目が小さい柊秋杜。
 その隣でいすの背もたれにどっぷり背中を預け、瀬乃伊吹が眉根を寄せる。
「主役どんな感じにすれば面白いかなぁ」
 と、ネタを探して辺りを見回せば、びしっと真正面からチョップが入った。
「いでっ」
「主役もだけど、テーマも設定もまっさらなんだけど」
 思いっきり突っ込んだ草薙高良は、額を押さえる伊吹とは裏腹に平然としている。
「ねぇ」
 くいくいっと、袖が引っ張られる感覚に高良が視線を向ければ、
「あの人、主役にしてみるとかどうかな?」
 最後、柏木深々那がふと通りかかった人を指差していた。
 そんな人差し指の先を追いかけて、3人の視線が移動していく。
「店員さんかー」
 明るい笑顔で一生懸命に接客をしている店員さんは、お客が帰ったテーブルを布巾で拭いている真っ最中。
 地毛なのか染めているのかは分からないが、下ろせば長いだろう茶髪をちゃんとアップに結い上げて、さすが大人、弁えているといった感じ。
 じろじろと(本人たちは思っていないが)見つめられている視線を感じ、店員こと赤城千里はふと顔をあげる。
 ぱちっと視線がかち合い、どうして中学生に見られているのか分からず一瞬キョトンとするも、千里がニコリと笑顔で返せば、
「あ……すいま、せん…用事では、ないです……」
 秋杜が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
 千里はそんな言葉をかけられたことにも一瞬眼を瞬かせたが、確かにその店の店員と眼が合った場合、客からすれば用事があるから店員を探し見るわけで、それなのに何事もなければ他に客も居るのだし店員に迷惑がかかる。
「いえいえ。何かありましたら呼んでくださいね」
 それを思って謝ったのだろうと思うと悪い気分ではない。千里は営業スマイルで営業文句を口にしてキッチンへと戻った。
 程なくシフト交代の時間が訪れ千里は店員の制服から私服へと着替えると、先ほどの中学生ズはまだ居るだろうかと店内を見回す。
「あら」
 変わらない一角で、何か話し合っている中学生ズ。
(面白いオーラなのよね、4人とも)
 千里は内心呟いて、ふふっと笑うとその一角へと近付いた。
「こんにちは」
「うわあ!」
 話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
 まだドクドクと大きく鳴り響く胸に手を当てて、伊吹は机につっぷす。
「さっきの店員さん?」
 仕事も終わり、髪を下ろすだけで女性の印象は大きく変わってくる。
 高良の確認するような問いかけに千里は頷いて、残りのメンバーを見るように視線を移動させる。
 次いで、こんなにもファーストフード店にたむろするような理由を何だろうと探せば、先ほどは気にかけていなかったテーブルの上に白紙の本が広げられていることに気がついた。
「その本、真っ白なのね」
「あ、はい。私たち、物語を考えてるんです」
「文芸部か何か?」
「ん、まぁそんなところ」
 最初の質問に深々那が答え、次の質問にいつのまにやら復活していた伊吹が答える。
「店員さんバイトだよね。大学生?」
「え、あたし? 違う、違う。あたしはフリータ…じゃなくて、傭兵、よ。フリーターは世を忍ぶ仮の姿」
 周りを気にして幾分か声を落とし、千里は4人に告げる。
 秋杜と深々那の物静か組はただ千里を見つめ、元気印の伊吹は楽しそうに、最後、高良は眼を細めて、
「……ふぅん」
 と、小さく告げて囲むテーブルへと視線を戻した。
(あ、あれ?)
 外しちゃった?
 そんな中学生の反応に、千里は笑顔のまま固まる。
 ま、そんなことはどっちでもいいかと、テーブルに視線を向ければ、ペンが走り出していた。


















【ルドベキアの鼓動】







 千里はしゅんと肩を落とし、気難しそうに眉間に皺を刻んだ店長の前で深々と頭を下げた。
「……………」
「何ですか? 聞こえませんよ」
 小さく動かした口では店長にその声までは届かず、千里はぎゅっと手を握りしめる。
(もう、速くしてよ!!)
 ポケットの中に入れていた携帯電話がマナーのバイブでブルブルと震え続けている。
 しかも、この震え方は緊急事態。
 発信先によって設定を別にしておいた、千里が本来所属している組織の本部からのものだ。
「すいませんでした!」
 千里は90度くらい軽くいってそうなほど腰を折って、頭を下げる。
 余りに大きな声に店長の方が驚いて、眼を瞬かせてしどろもどろに受け答える。
 その言葉も心半分に受け取りながら、「分かりました。もうしません。急いでます」と叫んでバックルームから飛び出すと、エプロンも乱雑にロッカーに放り込んで本部へと走る。
「遅いぞ千里!」
「バイト中だったのよ」
 また何を言われるか分からないため、怒られていたとは流石に言えないが。
「だからバイトなど止めろと言ってるんだ!」
「バイトしなきゃ生活できないよ!! そう言うなら給料でも出してみなさいよ!」
 千里に電話をかけてきた相手、この所謂地球防衛隊のような組織の本部長は、千里が叫んだ言葉に二の句が続けずぐっと言葉を詰まらせる。
 そう、TVの戦隊ヒーローが四六時中本部に居て、都合よく敵が出たら駆けつけるなんて、そんな都合のいい話は無い。
 あれは架空のドラマだから敵が現れた時以外の描写はしなくてもいい。とても都合よく出来ているものだと思う。本当なら、彼らだって敵と戦いつつ現実で生きていくためにお金を稼ぐ必要があるはずなのに。(そりゃ元々資産家とかなら別だが)
 現実、千里が直面しているのはそこだった。
 世のため人のため侵略者と戦うヒーローはボランティア。
 ボランティアじゃお腹は膨れない。
 お腹を膨らますためには働くしかない。
 で、働けば呼び出しに遅れる。
 そんでもって、呼び出しに応じればバイトを突然無断で休んだだの抜け出しただのと言われて怒られ、最後にはクビになる。
 そしてまたお腹を膨らますために働き口を探す。
 何だこの堂々巡りは。
 段々腹が立ってきたぞ。
 千里の米神に浮かぶ青筋。
 ヒクヒクと口元を引きつらせつつ、千里は手早く隊服に着替えヘルメットをかぶり、戦闘機に乗り込む。
 いっそのことコレがウルトラマンだったら、組織として成り立ってお金も出てると思うのに!
「このやろおおお!」
 あのバイトがクビになったらお前のせいだああああ!
 と、言うような恨みも込めて、千里は巨大生物に向けてミサイルの引き金を引いた。









 昨今、地球(と、言いつつ日本内のみ)には謎の巨大生物が現れ、一般の人々を恐怖に陥れていた。
 その巨大生物に対抗する術を持つ、謎の組織(としておいたほうがカッコいいからとは本部長談)にスカウトされ、自分の力が世のためになるのならと軽い気持ちでOKしたのが悪かった。
 巨大生物はいつ何時現れるか分からないため、明確なバイトのシフトは組めないし、今日のようにバイト中に行き成り呼び出されることもあるし、戦闘が長引けばバイトを無断で休むことにもなる。
 幼い頃に見た特撮みたいと、どこか夢見心地だったのだろうと千里は激しく後悔する。
 もし、あの世界が本当にあったのだとしたら、こうして戦いの裏で生活のために汗水流しているかもしれないのだから。
(もっと現実に則すべきよね)
 そうすれば、幼い内から今の世の中は不景気で、ヒーローだって何処かで働かないとダメなんだと思い込ませられるかもしれない。
(ドラマなんて夢を見せるものだもの。そんなこと思っちゃダメね)
 地球を護るためと息巻いているけれど、そんな曖昧なもので人は動けるのだろうか。
(私は―――…)
 どうして、この操縦桿を握るのだろう。
 最初は軽い気持ちだった。けれど、今は?
 止めずに、逃げ出さずに続けているのは何故?
 地球を護るなんて大それたことを、誇りにでもしているの?
 違う。そんなこと、違う気がする。
 ただ余りにも平坦に生が流れすぎて、自分が世に必要とされているのか分からなかった。
 あの日、あの時、本部長が千里を捕まえ、真剣な必死な表情で言った言葉。

『あなたの力が必要なんだ!』

 誰かに必要とされている喜び。
 別に本部長に恋心を抱いているとか、そう言ったことは全く微塵も無いのだけれど。
 何事も恙無くこなすことは出来ても、自分にしかできないことは1つも無くて、誰でも変わりが効くような、そんな所に自分は居た。
 けれど、これは自分にしか出来なくて、代わりなんていなくて。
「自分のため、なのかな」
 今この世を、この時を、自分は生きているんだと感じるために。
 それで死んでしまったら元も子もないのだけれど、もとから死ぬつもりなんてサラサラ無い。
 隊服で他人と出会うときは、いつも顔を隠して。
「あ! ママ! あのふく、いっつもかいじゅうたおしてくれるひとだよ!」
 小さな女の子の声が響く。
 千里はそちらへ視線を向けて、見えないと分かりつつもにっこり微笑んで手を振る。
 手を振られた少女は、はちきれんばかりの笑顔を浮かべ、
「いつもありがとうおねえちゃん!」
 と、大きく大きく手を振り返す。
(ああ、それだけじゃないわね)
 あの笑顔を護りたい。
 地球なんて大きなものは護れなくても、近くにある小さな笑顔が護れるなら、それだけでいい。
 吹っ切れたように笑う。
 そうして、千里はまた次の出動要請に、全速力で駆けるのだった。







終わり。(※この話はフィクションです)






























 書きあがってみれば、この物語の主人公はどうやら自分らしい。
「主役に選んでいただけて光栄だわ」
 それにしても、ヒーローものの主役というのは予想外だったが。
 現実と夢と、その狭間に揺れつつも、両方に足を突っ込んだそんな存在な自分が面白い。
「また聞かせてもらいたいわ」
 そう言って微笑んだ千里に、ペンを置いた中学生ズは嬉しそうにそれぞれ性格が分かるような微笑を浮かべて、
「勿論!」
 と、GJポーズで親指を立てた。














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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7754/赤城・千里/女性/27歳/フリーター】


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■         ライター通信          ■
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 絵本倶楽部にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 こちらこそ初めまして。フリーターで傭兵のお言葉で、戦いつつもバイターという構図が思いついたので、こんな話にしてみました。
 店長とちょっと仲が悪そうなところが、黙っていると近寄りがたいの辺りに引っかかっているといいなと画策しています。
 それではまた、千里様に出会えることを祈って……