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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 背を押す風の様に +



 東京の街中。
 歩行者が行き交う珍しくも無い景色。時間をやたら気にしながら早足で歩くサラリーマン、学校帰りであろう女子高生のグループ、子供の手を引きながら歩く母親。
 夕暮れ時の其れは当たり前の「日常」のように思えた。けれど彼にはそうではなかった。彼――天音 彰人(あまね あきと)は目の前に立つ一人の初老の男性をその赤瞳で見遣る。男性はその皺の多い手で東京の街中を指し示す。


 時間にして三分にも満たなかっただろう。
 なのに、それだけが彼を先に進めた。



■■■■



 渾身の力を込めても折る事は叶わなかった。
 焔揺らめく焼却炉に数時間放置しても無傷で在り続けた。
 薬品で溶かす事もしてみた。爆薬で破壊する事も試してみた。
 考え得る限りの処分方法を行ってみても今自分の目の前にある剣は姿を変えることは無かった。


 同じ過ちは繰り返したく無い。
 あの様な惨劇は二度と起こさせたりしない。其の為には原因となったものをこの世から消し去る必要性がある。
 彰人は焦っていた。
 恐れていた。
 未だ自身の手から離れぬ剣の存在を。
 未だ自身の傍から離す事の出来ない呪いの様な存在を。


 魔剣に分類されるその剣はアルカードという名が付いており、人の鮮血に飢えており、手にした者に強い殺人衝動を湧かせる。斬った者の血を一滴残さず、吸い尽くす力があり……正に呪われた剣と言えた。
 現持ち主の彰人はその剣の存在を抹殺しようと試みるも結果は惨敗。
 売り払う事も可能だったがそれは自分以外の誰かを被害者に仕立て上げるだけで根本的な解決にはならない。
 彼は他に何を試してみようかとあやかし荘の近くにある通りのガードレールに腰掛け空を見る。風が服をはためかせサイドの長い髪を撫でては通り抜けていった。


 そんな折に現れた初老の男性。
 彼の周りだけ雰囲気が違っており彰人は訝る様に彼を眺めた。何処にでも居そうな男性なのにどこか違和感を覚える。其れが何かなど彼には思い当たらず、視線を反らそうとした瞬間男性は彰人に声を掛けてきた。


「心が荒れているようじゃのう」
「……貴方、何」
「私には手に取る様にその心の揺らぎが分かる。それは深い闇だ。邪悪、とも言っても良いかもしれん。今の侭じゃ喰われてしまうぞ」
「闇? 喰われる?」
「それはお前さんが一番良く分かっているんじゃないのかな」
「…………」
「ところでお前さんは『邪な心を静めてくれる刀』の存在を知っているかな」


 皺が深く刻まれた肌からそれなりの年月を過ごして来た者の貫禄が見えた。
 彰人は男性の言葉の中に潜む真意を探ろうと目を細める。無意識に片手を前に差し出し話を進めるよう指先を引く。情報を寄越せと暗に言うように。


 男性は手を上げる。
 それは東京の街中を示していた。
 彼は優しく微笑む。彰人はその指先を追い掛け軽く首を傾けた。夕日が家々の向こう側へと沈んでいく。眩しくて片手を額に当てて瞳の中に入ってくる光の量を調節した。


「売っている店が近くにあるから、探してみなさい」


 彰人が視線を戻した時には既に男性は去っていた。
 残された彰人は再び男性の指差した街を見遣る。人々が動きどこかへと消えていく。とても当たり前の光景なのに、彼には何故か違って見えた。男性の声が脳内にリフレインし彰人は眉を寄せる。
 掛けられた言葉に信憑性があるかも分からない。
 だけど、もし、……。


 直感的なものとしか言えない。
 男性が纏っていた温かな雰囲気がそうさせたのかもしれない。男性の持つ独特の気配に彰人の気が馴染む様な感覚を覚えていた。
 ガードレールから腰をあげ尻を叩き埃を払う。


「行ってみるか」


 表情は此の場に来た時よりも軽く気が抜けたもの。
 彼は行く。
 指先が示した方向に。



■■■■



 男性が示した方向はあまりにも大まか過ぎて範囲が広くむやみやたらと歩き回るのは効率が悪かった。
 刀、と言うからには扱っているのはそれなりの店なんだろうと推測する。
 まず刃や剣の専門店に立ち寄る。それから武器屋、骨董品店へ。
 だがどの店も「邪な心を静めてくれる刀」というものは無かった。
 「刀じゃなくて壷ならあるよ」と違うものを奨めてくる店員に愛想笑いを浮かべながら立ち去ればいつの間にか町には夜が訪れていた。電柱に取り付けられた灯りが彰人の足元を照らし出す。多方面から照らす光によって彼の影は幾通りにも分裂し、時に融合して消えていく。


 彰人は溜息を吐いた。
 やはり男性の言葉を信じるべきではなかった、きっと自分はからかわれただけなのだろう、そう考えながら自身が住まうあやかし荘の方へと足を向ける――――だがふと見慣れぬ店の存在に気付いた。
 こんなところにこんな店があっただろうか、と彼は一考する。だがその店の看板にアンティークショップの文字を見つけると彼は少しだけ目を開いた。


 導かれる様に足が進む。
 カラン……。
 訪問者を知らせる音が鳴り、それが耳に入ってきた時彼は自分が戸を開いている事を知った。



■■■■



「ああ、それなら此処に有るよ」


 チャイナドレスに身を包む妙齢の女性――アンティークショップ・レンの女主人である碧摩 蓮(へきま れん)は一言言った。
 其の手には煙管が握られており唇からは細い煙があがる。店の中は古びたアンティーク達で飾られており彰人は仄かに鼻を擽る黴の様な埃の香りを感じた。
 蓮は組んでいた足を解き店の奥へと消える。やがて戻って来た時にはその細い腕には日本刀が抱えられていた。
 彰人は蓮の手に握られているその刀の存在に酷く目を惹かれるのを感じずにはいられなかった。一目見る、それだけでその刀が男性が語った『邪な心を静めてくれる刀』である事が分かった。
 触れても居ないのに肌が泡立つ様な緊張感が身を襲う。
 蓮は刀を彰人に差し出す。彰人は震える手で其れを取った。


「これは霊刀・阿弐夢(あにむ)。実体を持たない、霊的存在のみを斬る事が出来る日本刀だ。所有者の荒ぶる心を癒す力も持つそうだよ」
「阿弐夢……これが……」
「あんたが言う邪な心を静めてくれる「刀」はこれしかない。ああ、でも壷なら其処にあるけどね。先日入ってきたんだよ」
「その壷流行ってるんですか?」


 このアンティークショップに辿り着くまでに見た覚えのある茶色の壷が彰人の目に入る。蓮がお奨めする様子に苦笑いを浮かべながら彼は首を左右に振った。
 彼は一度深く息を吸い込み柄と鞘を掴みゆっくりと引き抜く。
 僅かな光を吸い銀色に輝くその刃身は刃毀れ一つもない。手に馴染む重さ、負担の掛からない長さ、何に対しても賞賛の声しか零れなかった。
 店の中なので振る事は叶わなかったが彰人の心はもう決まっていた。
 魔剣とは違う魅力。それも心地良い惹かれ方をしたと彰人は思う。
 そんな彼を見ながら蓮はカウンターに肘を付きその手の甲を顎に当てながら紅の引いた唇を引き上げる。それから何度も口にしてきた言葉を吐いた。


「お買い上げ有難う御座います」



■■■■



 また逢うとは思っていなかった。
 彰人は購入したばかりの阿弐夢を握り締めアンティークショップの扉が背後で閉まるのを感じながら正面を見遣る。
 其処にはあの初老の男性が笑みを浮かべ立っていた。


「見つけたかね」
「……ええ、見つけました。――ところで貴方は何故これの存在を知っていたんですか」
「昔、私は其れを持っていた。……何十年前になるかの。私もお前さんの様に若かった頃だ。其の頃の私は極悪非道な詐欺師として生きていた。当時は人を追い込む事も死に至らしめる事もなんとも思わなかった……だが、ある日騙した男からその阿弐夢を取り上げ手に入れた時自分の中の邪悪な念が浄化されるのを感じたよ」
「これが霊刀だと知らずに手にしたと、そういうことですか」
「知らなかった。何も知らなかったねぇ。それまで怪奇的なものには縁は無かった。しかし其れは違った。手にしたその時から私は心洗われ自分の行ってきた詐欺行為を恥じる様になった。それからは改心して罪を償い今はこうして幸せな日常を送っている」
「何故俺にこの刀の存在を教えてくれたんですか」
「あの時のお前さんが闇を纏っておったから、それだけじゃ――人生を楽しみなさい」


 男性が懐かしむように彰人の手にある刀を眺める。
 その目はとても優しく朗らかだった。男は一度会釈をすると用事は済んだとばかりに身を翻す。素早くない歩みだったが彰人は去っていくその背から中々視線が外せずにいた。


 じわりと何かが染み出るように刀から零れ彰人の身を包む。
 それはまるで人の体温の様に温かくて、柔らかくて、心がとても落ち着いて……。


―― 空を見れば風に流されていく雲の合間から欠けた月が見えた。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7895 / 天音・彰人 (あまね・あきと) / 男 / 26歳 / 暗殺特化型霊鬼兵】

【NPCA009 / 碧摩・蓮(へきま・れん) / 女 / 26歳 /アンティークショップ・レンの店主】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座いました!
 阿弐夢を手にするまでの経緯を今回書かせて頂きました。このような形に仕上がりましたがいかがでしょうか。初老の男性の雰囲気、彰人様の揺らぎが表現出来ていれば幸いです。