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<東京怪談・PCゲームノベル>


 三日月の手帳

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 アイベルスケルス本部内にあるトレーニングルーム。
 いつでも開放されており、メンバーなら誰でも使うことができる。
 ふと時計を見やれば、現在時刻0時50分。
 明日もきっと、ハントやら会議やらで忙しいはず。
 そろそろ眠らないと、とは思うけれど。
 もう少しだけ。もうちょっとで完成しそうなんだ。
 とっておきの "新技" が。

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 夏穂が得意としている治癒魔法は、かなりの回復量を誇る。
 掠り傷程度の負傷ならば、それこそ触れただけで、すぐに完治。
 致命傷に至るほどの負傷でも、数分あれば完治させることが出来る。
 攻撃魔法の威力も、それなりに高く全体攻撃が可能だが、
 それでも、妹や兄の威力には劣ってしまう。
 人には、それぞれ向き不向きというものがあり。
 自分を客観的に見つめることで、おのずと、それは理解ってくる。
 その結果、夏穂は自身の "得手" を見出し、さらなる飛躍を求む。
 自慢の治癒魔法。
 ただ、これは、対象が単独だ。
 もしもの話、同時に複数の仲間が深手を負ってしまった場合、
 順番に治療していくことしかできない。同時に回復ができない。
 今のところ、そんな事態に陥ったことはないけれど。
 この先、そういう事態が起こる可能性は、ゼロじゃない。
 それならば、何とか。何とか、克服しておきたいところ。
 全体治療を可能に。
 要は、回復魔法の全体化を。
 だが、魔法というものは、全体化してしまうと、その分、威力が落ちてしまう。
 不思議なことに、攻撃魔法よりも治癒魔法のほうが、威力減少が大きい。
「威力が落ちちゃうと、意味ないのよね……」
 フゥと溜息を吐き落として考える夏穂。
 治癒魔法の全体化は、容易に達成できた。
 残る問題は、威力の分散を、いかに抑えるか。
 全体に、フル状態でかかるように出来るか。そこである。
 治癒魔法の全体化、その考案と同時に、セットで頭に浮かんだ方法もあった。
 それが、これ。
「多分、いけると思うんだけど……」
 懐から取り出したのは、いくつもの鈴が付いた白いリボン。
 揺れる度に、リン、リリンと鈴の音が響く。
 これは、妹が作った魔具の一種で "魔音機" という代物。
 放つ声を魔法に変えてしまうという、凄いアイテムだ。
 これを用いて、夏穂は問題点の改良に挑む。
 声を歌に、歌を魔法に変える "魔唄" と呼ばれる技。
 ある程度、魔法に関する勉強をしている者ならば、一度は目耳にしたことがあるだろう。
 だが、この技は難易度が高い。調整が難しいのだ。
 直接魔法を放つわけではなく、魔具というものを介するわけだから、
 調整しながら声を放たねば、うまく魔法に変えることができない。
 過剰に放ってしまうと、魔具がうまく変換できずに壊れてしまうこともある。
 まぁ、妹の作る魔具は、そう容易く壊れたりしないけれど。
 ん? そう思うと、何だか頼もしい。
 夏穂は、クスッと嬉しそうに微笑んで技の改良に取りかかる。
 鈴の付いた白いリボンを揺らしながら、クルクルと回って。
 ミュージカルのように、踊って、歌って。
 夏穂の鈴の音のような歌声は、よく響き、よく通る。
 時間が時間だし、みんなを起こしてしまわないだろうかと、
 彼女は少しハラハラしているようだけれど、その心配は不要。
 トレーニングルームの個室は、完全防音で外に音が漏れることは絶対にない。
 好きなように好きなだけ、練習に励むことが出来るのだ。
 そうして歌い続けていれば、気分も乗ってくる。
 不安に思う気持ちも、いつしか自然と消えて。
 夏穂の歌声は、魔具を介して魔法になり、雨のように降り注ぐ。
 キラキラと輝く白い光と白い粒。それは、まるでスポットライトのようで。
 確かな手ごたえ。この快感。
 成功を肌で感じた夏穂は、ピタリと歌うことを止めた。
 見上げれば降り注ぐ白い光。その光は、身体に当たると音もなく消える。
 当たった箇所からは、疲れという疲れが吹き飛んで。
「良かった。成功したみたい……」
 満足そうに淡く微笑んだ夏穂。
 一緒にトレーニングルームに赴き、別の個室で新技の開発に励んでいる兄妹の調子はどうだろう。
(多分、二人もうまくいってると思うけど)
 夏穂は、兄妹の様子を見に行こうとした。
 だが、クルリと反転した瞬間。
「……!」
 視界に飛び込んできた人物。
 それは、黒いローブを身に纏った……マスター・裁也だった。
 いつの間に? というか、いつから、そこに?
 目を丸くして驚く夏穂。とりあえず挨拶を。
「こんばんは」
「あぁ。お疲れ様」
「えと……。いつから、そこに?」
「つい、さっきじゃよ。お前さんの技が完成する少し前じゃな」
「そうなんですか。全然気付かなかった……」
「夢中じゃったな。見ているこっちまで楽しくなったぞ」
「…………」
 何だか照れ臭い。全部見られていただなんて。
 夏穂は、俯いて恥ずかしそうに微笑みながら、懐に鈴の付いたリボンを戻す。
 そんな夏穂へ、裁也は不思議なものを差し出した。
「これを。今後の為にな」
 受け取ったのは、黒い……手帳?
 夏穂は、首を傾げて尋ねた。
「何ですか? これ」
「為になるものじゃよ。開いてごらん」
「……?」
 疑問に思いながらも、夏穂は手帳を開いてみた。
 表紙にアイベルスケルスのシンボル、白い三日月が刻印された手帳は、中紙も全て真っ黒だった。
 何だか不思議な手帳。ここに何かを記すとなると、黒に映える色のインクじゃないと駄目だ。
 そう考えると、やっぱり白インクのペン……だろうか。
 そんなペン、持っていたかなぁと考えながら、パラパラと捲る。
 最中、夏穂は妙な感覚を覚えた。
 手帳を持つ手が、だんだん熱くなっていく。
 いや、手が熱くなっているわけじゃない。
 手帳が熱くなってきて……その熱が手に伝わってきている?
 放出される熱は、上がる一方で。やがて、持っていられなくなるほどに熱くなる。
「……熱っ」
 耐えられなくなって、手帳を手放してしまう夏穂。
 だが、手帳は床に落ちることなく空中に留まった。
 フワフワと浮かびながら赤く光って。
 やがて、手帳のページが、ひとりでにパラパラと捲れる。
 まるで強風に煽られて捲れ乱れるかのように。
「…………」
 その光景を、目を丸くして見つめていた夏穂。
 手帳は、そのまま延々と捲れ続けて、最後のページまで。
 最終的に、背表紙を上にした状態でバサッと床に落ちた。
「……?」
 足元に落ちた手帳を拾い上げる夏穂。まだ、ほんのりと温かい。
 首を傾げながら、パラパラとページを捲ってみた夏穂は、また目を丸くした。
 先程まで、真っ黒だったページに記述が施されていたのだ。
 記されていたのは、夏穂の能力、そのもの。
 魔扇子による攻撃魔法から、治癒魔法、彼女の傍にいる護獣の情報まで。
 手帳には、事細かに、それらの情報が記されていた。
 夏穂本人しか知らないことまで、しっかりと記述されている。
「これ……。いったい、どういう……」
 手帳を捲りながら、ポツポツと呟いた夏穂。
 裁也は、目を伏せて淡く微笑んだ。
「初回は自動記述じゃ」
「私のことが、記録されていくってこと……ですか?」
「そういうことじゃな。完成したばかりの技も記されておるじゃろう?」
「あっ。本当だ……」
「次回からは、紡鍵を使って自分で書き留めるようにな」
「え? 紡鍵って……」
「見返しにポケットがあるじゃろう? その中じゃ」
「……あっ」
 言われるがまま、見返し部分にあったポケットに手を差し込んでみれば、
 そこには確かに、鍵のような……細い棒が入っていた。長さは10cmくらいか。
 まるで、ペンのように先端が尖っている。
 夏穂は、ポケットに棒を戻して尋ねてみた。
「どうして、これを私に?」
「メンバーの証じゃよ」
「みんなも、持ってるんですか?」
「勿論。あまり目にすることはないと思うがのぅ」
「そうなんですか……」
「失くさぬようにな」
「あ、はい」
 夏穂の返事に微笑み、裁也は呪文を唱えた。
 ポンッと煙になって、どこかへと消えてしまった裁也。
 残された夏穂は、沈黙したまま。手に持つ手帳に視線を落とした。
 証だというのなら、ありがたく頂戴するけれど。大切にするけれど。
 訊こうと思っていたことは、訊けぬまま。
 まるで、その質問から逃げるように裁也は去っていったかのようにも思えた。
 表紙に刻印された白い三日月を指でなぞりながら、夏穂は心の中で呟く。
 全てのページが埋まったら……どうするの? どうなるの?

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7182 / 白樺・夏穂 / 12歳 / 学生・スナイパー
 NPC / 裁也 / ??歳 / アイベルスケルス責任者

 こんにちは、いらっしゃいませ。
 シナリオ『 三日月の手帳 』への御参加、ありがとうございます。
 所有アイテム、ひとつ増えてます。御確認下さいませ。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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