|
青春の必然
--------------------
「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。
だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。
「お前に頼みがある」
草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。
--------------------
■T■
--------------------
ソール・バレンタインが武彦に紹介されたのは田中・雄一という名で、28歳だという。少し腹が出た平凡な男性で、身長はソールと同じくらいだ。最もヒールを履いたソールと並ぶと小さくなってしまうのだが。
アニメキャラのティーシャツは腹のおかげで伸びていて、細身のジーンズは丈が長いのかニ、三回捲くった状態。あまりみっとも良くない。背負ったリュックサックからは何やらポスターめいたものが丸まって刺さっていた。
この秋葉原という街に置いて、何ら珍しくない様相の男が雄一だ。
しかし並んで歩くソールの方は、どうして雄一の連れなのだ!? と道行く人全てが疑問に思うくらい、不似合いな美少女だった。
まず何よりも目を引くのが、艶やかな金髪である。後頭部の高い位置で揺った長髪は、彼女の歩みに合わせて軽やかに揺れている。豊満なバストを包むトップスはほとんど下着で、胸の下5センチといった所。白く滑らかな腹部を惜しげなく曝し、ボトムも深いスリットの入ったミニスカート。長い足を引き立たせるニーハイソックスにショートブーツといった、ひどく魅惑的な出で立ちだ。
そしてその顔形といったら、文句の言いようも無いくらいに整っている。明るい海のように輝く大きな双眸が特徴の、北欧系美少女だ。
パーフェクトである。
だからこそ並び立つ二人は異様に目立った。
しかし当の本人達は、ちっとも気にした風が無い。
ソールは雄一と腕を組み、そのたおやかな胸を彼に押し付けるようにして歩いている。雄一の顔はにやけっ放しだ。
「それで、何処にいくの?」
素晴らしく美しい微笑を喰らって雄一は、顔面を真っ赤にして。もごもごと口内で呟きながら、ソールの腕をぐいっと引っ張って先導した。
--------------------
■U■
--------------------
「……かかか可愛いなぁっ!!」
とある店内の一角。
雄一は鼻息を荒くして、ソールを見つめた。雄一だけでなく店内に居た何人かも、店員らしきお店のロゴが入ったエプロンをした青年も、惚けた様に見入っていた。
ソールは雄一の希望通り、「ニャン♪」と言いながら、ポーズを取った。頭には黒猫ミミのついたカチューシャ、同じく黒いファーのベアトップとミニスカート。露出している範囲は最初に着ていた私服とほぼ同じだったが、これはある程度恥かしい。自分だけがその格好をしているのも羞恥を誘う。
ああ、でも何時もの仕事とそう変わりないかもしれない。
「つ、次は、コレ!!」
そう言って差し出されたのは、某漫画の鬼娘の衣装である。
――雄一に連れられたのは、コスプレショップだった。
雄一の望むままに何度か着替えをすると、その度に興奮の度合いが上がっていくようだった。勿論店内全体で。
異様な熱気がプンプンする。何かのイベント会場のようだ。
「今度は、コレ! これ、着てっ!」
次から次へと強引に手渡される衣装に、若干辟易しながらも、ソールはにっこり笑顔を崩さない。
「……分かったよ」
けれど着てみた衣装は――ピチピチだった。
「ひえぇ……こ、これはちょっと、む、無理かなあ……」
脅威のGカップを隠しきれない。胸元から手を放したらポロリといってしまいそうな、バニーガールの姿。ちっとも人工には見えない豊かな胸から、腰にかけたウエストラインがなやましい。網タイツがエロチックだ。
店内の視線が釘付けになる。
「やっぱ、恥かしいよー!!」
思わず背を向けて座り込んでしまったソールに、店内の男性陣が拳を振り上げて熱狂した。
――尻の兎尻尾にどうやら、ボルテージは最高潮。
--------------------
■V■
--------------------
それから雄一厳選の衣装を幾つか購入して、二人は店を後にした。
――とてつもない熱視線を浴びながら。
その後に向かったのは、ソールの自宅アパートだ。
「部屋を見てみたい」という雄一に、ソールは一瞬悩みながらも是と頷いた。やはりそこはそれ、乙女の部屋であるからそう軽々しく男性を上げるものではない、という躊躇いもあり。自分に好意を持ってくれた事への感謝もあり。最後の一日、という雄一の事情もあり。
最後には要求を受け入れる形で、雄一を部屋に上げた。
「これがソールちゃんの部屋かぁ……」
リビングに通すなりぐるぐると辺りを見回す雄一。
「別に、普通の部屋でしょ?」
そこまで興味深げにされると気恥ずかしい。変なものは出ていない、筈。
ソールの方は不安げに瞳を揺らしながら、同じように部屋に視線を投げた。
ところがそうしている内に、
「わぁ、ここソールちゃんの寝室だね!? べ、ベッドに寝てみていい!?」
「えぇ!?」
隣接した部屋へのドアを勝手に開けて、返事も待たずにソールのベッドにダイビングする雄一が居た。
「うわーソールちゃんの匂いがするぅ!」
枕に顔を埋めて、何やら匂いを嗅いでいるらしい。ぐりぐりと頭や体をベッドに擦りつけるようにしていて、ソールは咄嗟に反応出来なかった。
これは、許容範囲だろうか。許容していいのだろうか。図々しいと怒鳴っていいものなのか!?
そんな風にうろたえていると、満足したのか雄一が戻ってきたので、機を逸したソールだった。
部屋の物色に飽きたのか、本来の目的を思い出したらしい雄一に、購入した衣装に着替えるように言われて、ソールはにゃんこ衣装に着替えた。
「やっぱり可愛いなぁ」
「あ、ありがとニャン」
この衣装の時は語尾にニャンとつけないといけないらしい。
「ようーし、ハグしてやるぞー♪」
と、飼い主気取りの雄一が広げた胸の中に収まってみたり。
バニーガール姿で、膝枕。ついでに耳掻きを所望する雄一に応えてみたり。
「気持ちイイですか〜?」
「苦しゅうない〜」
独特のテンションには、ついていきにくかったが。
「じゃあ次は、ボクがソールちゃんの耳掻きしてあげるよっ!」
元々ボディは人形のそれなので、実際には耳掻きの必要のない雄一だ。ものの数分で「完了ー」となってしまうと、そんな事を申し出て来た。
「えぇー? 僕はいいよぉ!!」
しかし有難迷惑というか、ちょっと不安というか、そこはご遠慮願いたい。と思ってしまうソールの本音。
ソールの手からもぎ取った耳掻きでソールの首筋を擽ってくる雄一に、思わず体が仰け反る。
――が、あまりに傾き過ぎて。
ころり、と。
気がついた時には、何やら押し倒されるような格好になってしまって。
ソールの目の前には、お世辞にも格好良いとは言えない、居たって平凡な雄一の顔。
至近距離で見つめ合った雄一の瞳が、何やら剣呑な光を帯びた。
「ソ、ソールちゃぁん!!」
「きゃあぁあ!」
逃げる隙も無く、抱きしめられて悲鳴が上がる。やはり貧弱に見えてもそこは男の力。ソールとて同様だが、全体重を上からかけられると身動きも封じられてしまう。
「ちょ、ちょとちょっとタンマ〜!」
しかしそんな言葉が抑止になる筈も無く。べたついた掌が体を這う感触に、ソールはもう一度小さく悲鳴を上げた。
「――あれ?」
唐突に、その手が。
信じられないといった風に、雄一の顔が固まった。
「ソール……くん?」
「! そう、そうなの!! 僕って一応、男なの!」
いじったのは胸だけで、あとは生まれたままだ。別に性別詐称しているわけでは無い。
しかしほっとしたのも束の間だった。
「それでも、イイ〜!!」
野獣は止まらなかった。
「駄目だったらー!!」
ソールは思わず腕を振り上げる。
――とてつもなく小気味良い音が、部屋に響いた。
--------------------
■W■
--------------------
平手を喰らった事でどうやら平静を取り戻したらしい雄一は、ソールの潤んだ瞳を見て胸でも痛んだのか、すぐさまソールの上から飛び退いて、土下座しながら何度も頭を下げた。
強引で、ちょっと図々しいけれど、それでも悪人ではないのだ。
必死に、それも床に頭を擦りつけるぐらいの雄一に、ソールは大きな溜息をついた後。
「もう、いいよ……」
笑顔を取り戻して、そう呟いた。
それから気まずい雰囲気を払拭するように、半ば開き直ったソールと雄一は一緒にお風呂に入った。そこでも一悶着あったのは、言わずもがなだけれど。
二人してさっぱりした後は、早々にベッドに移動だ。
そこでは二人並んで、手だけ繋ぎ合って。他愛も無い会話に興じた。
雄一がソールに一目惚れする事になった駅構内での話しだとか、彼の学生時代の話だとか。生きている間に会いたかったと少しだけ悲しそうに呟いた雄一に、返す言葉を失ってしまったり。
朝が来るまで飽きもせず、話した。
やがてカーテンの外が明るくなって、夜明けを告げる。
繋いだ手から、温もりが消えていく気配。無機質な肌触り。
「ソールちゃん、有難う……」
向かい合った雄一の、満ち足りた笑い顔が淡く明滅して、輪郭を朧にしていく。
たった一日だ。たった一日一緒だっただけだ。
それでも別れというのは、どうして何時もこんなにも。
涙を堪えて、ソールは笑顔を作る。
そうして、ソールから顔を近づけた。
触れるだけのの口付けは、涙の味がした。
END
--------------------
■登場人物■
--------------------
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【7833/ソール・バレンタイン/男性/24/ニューハーフ/魔法少女?】
--------------------
■ライター通信■
--------------------
初めまして!この度は発注有難うございました。
なるべくプレイングに忠実に、と思ったのですが、こんな感じで如何でしょうか?
こういった内容のお話を書くのは初めてなので、少々ドキドキなのですが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
本当に有難うございました。
また機会がありましたら、お会いできると嬉しいです。
|
|
|