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<東京怪談・PCゲームノベル>


 破魔の血

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 あと一発。それで、討伐は完了する。
 身構えて、トドメの一撃を放とうとした時だった。
 魔獣が、奇妙な動きを見せる。
(……?)
 自らの頭を、何度も何度も木に叩きつけるのだ。
 気でも触れたのか。そんなことを考えていると、
 魔獣が、我に返ったかのようにピタリと動きを止めた。
 何事もなかったかのように、唸りながら、こちらを見やる魔獣。
 額からは、ダラダラと濁赤の血が垂れている。
 何だ? いったい、今のは何だったんだ?
 不可解な挙動に疑問を抱いていると。
「っ!?」
 魔獣が、ブルンブルンと頭を振った。
 辺りに飛び散る血液。その血液が、ピピッと顔にかかった。
 満足そうに構える魔獣を見やり、眉を寄せて、顔についた血を拭う。
 まったくもって、意図が読めない。だから何だというのだ。

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(汚らわしいですわ……)
 頬についた血を拭うアリスの不愉快そうな顔。
 まぁ、気持ちは理解らないでもない。
 意味不明な行動、飛び散った魔物の血液。
 それを浴びてしまっては、不快になって当然だ。
 更に、態度もイラッとさせる要因のひとつ。
 唸る魔獣が、やたらと満足気に見える。
 気のせい? いいや、違う。
 唸り声すら、笑い声に聞こえてくる。
 唸り続ける魔獣を前に、アリスは溜息を落とした。
 いったい、何だと言うのかしら。形勢逆転したわけでもあるまいし。
 何も変わってませんのよ? あなたが劣勢であることに変わりはないの。
 口が聞けるのなら、満足気な、その理由を尋問してみるところだけど。
 残念ながら、あなたとお話することは出来ませんものね。
 どうしてかしら。わからないのだけれど、物凄くイライラするの。
 何を笑っているの? 何がそんなに嬉しいの? 楽しいの?
 小馬鹿にされているような気がするからかしら。こんなにもイラつくのは。
 まぁ、構いませんわ。どうぞ、そのまま。笑っていれば良いです。
 どうせ、すぐに笑えなくなるんだから。
 何故って? 簡単なこと。
 あなたは、私をイラつかせた。
 ううん、過去じゃない。今も、イラつかせてる。
 それが答えよ。どういうことか……わからないでしょうね、あなたには。
 クスクス笑いながら、アリスは自身の右目を掌で覆い隠した。
 手を離せば、アリスの瞳は、ぼんやりと紫色に発光。
 それは、魔眼が発動状態にあることを意味する。
 もし、ここが都の繁華街だったら、魔眼なんて発動しない。
 面倒なことになるであろうことは理解っているから。
 でも、ここは森の中。誰もいない。躊躇う必要なんてない。
 片目だけ発動したのは、躊躇いじゃないのかって?
 違うよ。躊躇いじゃなくて、調整。
 表情は、いつもどおり平然としているけれど。
 実際のところ、アリスは、かなり不機嫌。
 じゃあ、調整の意味を教えろって?
 口で説明するより、目で見たほうが早いのではなかろうか。
「……ふふ」
 妖しい笑みを浮かべながら、腰元から魂銃を抜いたアリス。
 対峙している魔獣は、魔眼の魔力にあてられて、動きが鈍っている。
 とはいえ、両目ではなく片目の発動だから、さほどの効果はない。
 ちょっと動きにくいような気がする。違和感を覚える程度。
 でも、そういう状態こそ、実は一番動きにくい。
 払おうとすればするほど、違和感は、どんどん増していく。
 陰湿なやり方だって? だから、言ったじゃないか。
 アリスは、不機嫌なんだと。
「ふふ。なかなか良い動きじゃない?」
 口元に笑みを浮かべながら、アリスは発砲を続ける。
 銃口から放たれるのは、装填された "石化" に該当する魔法。
 小さな銃口から放たれたものとは思えないほど、巨大な石の槍が魔獣を襲う。
 急所を突いて一撃で仕留めるような真似はしない。
 満足に動けないのを良いことに、弄ぶ。
 当たるか当たらないか、ギリギリのところへ放ってみたり、
 動きを確認しながら、逃げ場を封鎖する目的で、石の槍を地に突き刺してみたり。
 動けるスペースが、どんどん狭まっていくがゆえ、魔獣の動きは滑稽なものに。
 まるで、不得手な人形師に操られる人形のように、不自然な動きを繰り返す。
 そうして弄ばれているうち、魔獣は気付く。
 もはや、どこにも逃げ場がなくなっていることに。
「もう終わり? 足掻いてみませんの?」
 もっと色々と試してみては、いかがかしら。
 例えば、ほら、そこの隙間。あなたならば、抜けることが出来るんじゃない?
 チラリと見やってアドバイスしてみせるものの。魔獣は気付かないようで。
「本当、つまらない生き物ですわね」
 アリスは、肩を竦め、鼻で笑った。
 まぁ、諦めたというならば、それまで。
 足掻く姿を愉しみながら追い詰めるのが心地良いわけで。
 ピクリとも動かなくなった玩具なんて、何の価値もありませんの。
 クスッと笑い、アリスは再装填を始めた。
 いよいよ、始末される。
 さすがに、この状況では笑うことなんて出来まい。
 結局、満足気に唸っていた理由は理解らなかったけれど。
 今となっては、もう、どうでもいい。終わるんだから。この一発で。
 装填を終え、アリスは微笑を浮かべながら魔獣を見やった。
 御愁傷様。そう、憐みの眼差しを向けようとした、のに。
「…………」
 アリスの口元から、笑みが消えた。
 何故なら、相変わらず、魔獣が満足そうな顔をしていたから。
 状況が把握できていないのか。窮地に追い込まれて、おかしくなったのか。
 いや、違う。魔獣の表情からは、焦りも恐怖も感じられない。
 形勢逆転だとか、そういうレベルじゃなくて。
 あれは、勝利をおさめたものが浮かべる表情ではないか。
 勝った? 勝ったつもりでいますの?
 あなたが、私に勝ったと?
 よくもまぁ、この状況で、そんな大層な顔が出来ますわね。
 本当、不愉快。どこまでも、不快にさせますわ。
 込み上げて、即座に爆発する想い。
「消えて」
 一言そう言い放ち、アリスは怒なる感情に任せて引き金を引いた。
 銃口から放たれるのは、巨大な石の蛇。
 石とは思えぬほど、しなやかな動きで魔獣に絡みつく。
 全身を、すっぽりと包まれて、そのまま絞め上げられてしまっては、もはや成す術なし。
 アリスは、躊躇うことなく魔獣にトドメを刺した。
 一瞬でカタはついた。砕ける鈍い音も、確かに聞こえた。
 おそらく、もう魔獣は、ラクリマクロスを残して消えている。
 けれど、アリスは、石の蛇で絞め続けた。中には何もいないと理解っていながら。
 どうしてかしら。確かに終わったのに。終わっているはずなのに。終わった気がしない。
 今もなお、中で満足そうな顔をしているんじゃないかって。
 そう思えてしまうから、イライラが続く。
 勝ったのは、わたくし。それは、紛れもなき事実。
 それなのに、なぁに? この敗北感は。
 逆に、わたくしが弄ばれているかのような。
 何ですの。この、何ともいえない不快感は……。
 不可解な敗北感に、アリスは俯いて下唇を軽く噛んだ。
 そのときだ。アリスが手に持つ魂銃の銃口が眩く輝き、キィィンと音を鳴らす。
 超音波のような、その音を耳にして、アリスの意識は、どんどん遠のいて。
 魂銃を持ったまま、アリスは、その場にドサリと倒れてしまう。
 いったい、何なの。この不快感は。
 もう、やめて。笑わないで。見たくない。
 何よ。何なの。何が、可笑しいの。説明してみなさいよ―

 *

 意識を失っているアリスを抱き起こして、藤二は苦笑を浮かべた。
 一緒に来た海斗も、変形したアリスの魂銃を拾い上げて苦笑する。
 アリスが気を失って倒れた、その数秒後のこと。
 アリスが倒れていた森を中心として、放射線状に都全域が波打った。
 荒れ狂う水面のように、大地が波打った。
 何事かと都民は困惑したけれど、幸い死者は一人も出ず。
 地下にある本部にいた海斗たちは、情報室にて騒動を目で確認し、
 すぐさま、アリスが赴いた、この森へと急いだ。
 迷うことなく特定した原因。騒動の原因。
 アリスが持っていた魂銃は、原型を留めぬほどに変形していた。
 グニャグニャになった、その有様こそ、まさに "蛇" のようで。
 アリスの顔を覗き込んで、海斗は眉を寄せた。
「飲んじゃったっぽい?」
 海斗の言葉に、藤二は無言のまま頷いて。
 アリスの唇に乗っている濁赤の血に、そっと触れた。
 時間が経過しすぎた。既に乾いてしまっている。
 藤二は、少々乱暴にアリスの唇を擦り、血を拭った。
 アリスを抱き抱えて歩き出す藤二の後を追いながら、海斗は溜息交じりに言った。
「やっぱ、俺も一緒に行けば良かったなー」
「今更、そんなこと言ってもな」
「そーだけどさ。どーすんの? このまま?」
「あぁ。どうしようもねぇよ」
「だよなー」
「面倒なことになったな、しかし」
「だなー。あ、説明は?」
「俺がしておく。まぁ、しばらくは起きないだろうけどな」
「ショック受けるんじゃね?」
「だろうな。とりあえず、先にマスターに報告しとけ」
「ほいほい。……あ。慌ててきたから、ケータイ部屋に忘れてきた。藤二の貸してー」
「……ったく」

 アイベルスケルスに存在していた神話、キリト神話。
 語られていたのは、遠い昔。今や、誰も知らない、その神話の中。
 破魔の血と呼ばれるものが、人々の心を惑わしたと綴られていた。
 魔女が、自らを傷付けて流した血液。それこそが、破魔の血。
 その名のとおり、破壊をもたらす血液。
 その血液を何らかの形で摂取した者は、途方もない魔力を得る。
 その代わりに、心や感情、人として持ち合わせるべきものの全てを失ってしまう。
 虚ろな意識の中、アリスは聞かされたような気がした。
 耳元で何度も、誰かが囁いた。語ってくれた。
 綺麗な歌のような、お話を。
 優しい声。懐かしくも思える声。
 囁く声の主を明らかにしようと、アリスは、必死に探った。
 けれど、探れば探るほど、意識は遠のいて。
(あなたは、誰……?)
 疑問を声に出来ぬまま、世界は白む―
 魔獣が、自らを傷付けてまで放った血液。
 魔獣が、勝ち誇ったかのような表情を浮かべていた理由。
 その二つは、イコールで結ばれる。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / 海斗 / 17歳 / ハンター(アイベルスケルス所属)
 NPC / 藤二 / 25歳 / ハンター(アイベルスケルス所属)

 こんにちは、いらっしゃいませ。
 シナリオ『 破魔の血 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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