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お父さんといっしょ。
「お父さん、お帰りなさい!」
玄関の扉が開く音を聞きつけ、みなもは靴を脱ぐ暇も与えず、抱きつきにいった。
家にいることは少ないから、顔を合わせるのは久しぶりだ。胸元に顔をうずめると、『お父さん』独特の匂いがする。
「ただいま。元気にしてたかい?」
若干バランスを崩しながらも優しく抱きとめられ、大きな手が包むように頭を撫でた。
「お土産を買ってきたよ。ドリームランド名物の夢見饅頭っていう……」
「どうせまた、変なものなんでしょ。ね、それよりどこか遊びにいこ?」
みなもは腕にしがみつくようにして、甘えてみる。いつもはしっかりしているのだが、満面の笑みではしゃぐ様子は実に子供らしいものだった。
「いいよ。あんまり時間がないから遠出はできないけど、どこに行きたい?」
荷物を置くなり、嫌な顔一つせずに聞き返してくれる。こういうところが、お父さんのいいところだと思う。
ともかく他の家族が帰ってくる前に独り占めしてしまおう、とばかりに、みなもは連れ立って外へと出て行った。
しっかりと手をつないで、寄り添うようにしながら顔を見上げる。こうして歩くのも久しぶりだ。今日は、うーんと甘えちゃおう。
「そういえば、最近よく遊んでいるお友達がいるんだったね。えーと確か……」
「藤凪さん?」
「そう、藤凪くんだ。お世話になってるようだし、一度挨拶に行かないとな」
お父さんはつないでいるのとは反対側の手で頭をかき、苦笑を浮かべる。
「だったら、まずは公園だね。夢世界なら時間の流れ方も違うし、お父さんとたくさん一緒にいられるかも。藤凪さんにお願いしてみようかな」
「いい考えだね。向こうの人にも挨拶に伺いたいと思ってたんだ。大事な娘を預けてるんだ、どんなところなのか見てみたいしね」
「そんな風に思ってくれるなんて、なんだか嬉しいな」
みなもはそう言って、ますます腕にしがみつくのだった。
「え……お、お父さん?」
紹介されるなり、一流はしまおうとしていた手品の道具をバラバラと落とし、わかりやすいほどに慌てて見せた。
みなもの父は落ちたものの1つを拾い上げ、それをしばらく見つめてから、ふっと笑って一流に差し出す。
「どうも初めまして。いつも娘がお世話になっています」
相手の目をじっと見据えたまま、父親は声をあげた。
「あ……いえ、とんでもない。僕の方こそ、色々とお世話になって」
一流は緊張した様子で頭を下げてから、差し出されたものを受け取った。
「藤凪くん、だったかな。確かみなもの一つ上だとか」
「あ、はい。14歳です」
「若いのに随分とうまいんですね、手品」
「いえ、恐縮です」
声をかけられればかけられるほど、一流は萎縮していくようだった。
誰にでも人なっつこい感じなのに、珍しいな、とみなもは首を傾げる。
「もう、お父さん。質問ばかりするから藤凪さん困ってるじゃない」
よくはわからないが、お父さんの袖をひいて助け舟を出す。
「ん? そうか、それは悪かったね。色々と話に聞いていたものだから、どんな相手だか気になって」
父は頭をかいて、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「僕も、みなもちゃんから話を聴いて、一度お会いしたいと思っていました」
「みなもちゃん、ですか」
「あ、いえみなもさん。娘さんです」
「冗談ですよ。がっかりしたでしょう。あまりに普通のおじさんで」
「いえ、そんな」
一流は慌てて首を振るが、青い髪に青い瞳の美少女と並ぶと、確かに『普通』というのがしっくりくるような人だった。
どこにでもいそうな、誰もが何となく思い浮かべそうな、『温厚なお父さん』像をそのまま形にしたような感じだ。
「藤凪さん、あたしとお父さん、2人で夢世界に行くことってできますか? お父さんが皆さんに挨拶したいって」
「モチロン。せっかくだし、思いきり堪能してやってください」
みなもの言葉に、一流は二つ返事で引き受ける。
人目を避けるために立ち入り禁止の草むらを越え、3人そろって芝生の上に座り込む。
「みなもちゃんのお父さんは初めてですよね。僕たちと手をつないで、目を閉じて。今から行く世界をイメージしてください。そこは獣人の住む夕闇の森に、月が輝き、花びらの舞う人魚の水辺。そして青空の中、逆さに建物が立ち並ぶ浮遊島には翼人たち――。3つの空に、それぞれの種族が暮らしています……」
互いのイメージを同調させていくと、やがて温かな光に包まれる。
次に目を開けたとき、3人の姿は宙に浮かんでいた。頭に思い描いたものと同じ、3つの空に太陽と月が混在する世界で。
浮かんでいるといっても、実際にはそのうちの1人――みなもの姿はオオコウモリの獣人となっており、その翼で羽ばたいていたのだが。
「それがみなもの、こっちでの姿か。中々可愛らしいね」
父はそれを目にして、目を細めた。
人間の姿をした2人は魔法の絨毯に乗って、花びらの舞う夜空に浮いている。
「……お父さんって、こういうことによく遭遇するんですか?」
一流はためらいがちに声をかける。すると父は意外そうな顔をして見せた。
「どうしてですか?」
「慣れているというか、驚いた感じがしないので。それに――みなもちゃんがこの世界で生きていくことについて、色々アドバイスをされたとか」
「いや、そんなことはないですよ。驚いてますし、混乱してます。ただ、それを見せずにきっとこれはこうなんだろう、と理屈で考えるのが大人ってヤツなのでしょうね」
口ではそんなことを言いながらも、落ち着き払った様子で笑っている。この状況を楽しんでいるようだった。
「けどお父さん、変わったお友達多いよね。色々なとこに旅行いくし、趣味もどこかおかしいんだもん」
蝙蝠娘のみなもはくすくすと笑う。随分と親しみのこもった言い方だ。
「仲がいいんだね」
一流の言葉に、父と娘は顔を見合わせる。それでも否定することなく笑い合うあたり、今どき珍しい関係性だ。
「そういえば、お父さんは普通の格好なんだね」
みなもは少し照れくさかったのか、人間の姿のままの父の袖をつまんで話題を変える。
「あ、もし希望があれば今からでも変えられますけど」
「確かに、絨毯で移動するのは少し不便かもしれませんね。とりあえず、翼は欲しいかもしれない」
その言葉に呼応するように、父親の背中にバサッと白い翼が生える。
この世界の翼人は、昆虫の翅を持つものは腕があり、翼を持つものはそれが腕の代わりになっているのだが、彼の場合は腕とは別に翼があった。
「わぁ、お父さん似合う! さすが藤凪さんですね」
「え?」
みなもの言葉に、父は照れたように頭をかいた。しかし一流の方はきょとんとしている。
「それより、せっかく来たのだから早くまわろうじゃないか」
「あまり時間ないもんね。あたしが案内してもいいですか? 藤凪さん」
「うん。その方がいいと思うよ」
一流は気をきかせたのか、少し後ろにひいて見せた。
蝙蝠娘となったみなもは、腕がそのまま翼となっているため手をつなぐことはできないが、父とできるだけ寄り添うようにして夜空を滑空する。
「あ、みなもー。どうしたの、また観光客の案内?」
「みなもちゃん、せっかくだから一緒に遊んでいかない?」
岩場に降り立つと、人魚のお姉さんたちが顔を出し、親しげに声をかけてくる。
「お友達かい?」
「授業やお仕事の手伝いでよく会うの。いつも可愛がってもらってるよ」
父の言葉に、みなもは嬉しそうに答えた。
「そうか。……どうもこんにちは、いつもみなもがお世話になってます」
それを聞くと、父は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
観光客だとばかり思っていた人魚たちは、首を傾げ、互いに顔を見合わせた。
「私はみなもの父親で――」
「ちょっと待っ……」
一流は慌てて止めようとする。が、間に合わなかったようだった。
人魚たちはわけがわからず、きょとんとしている。
みなもちゃんには一応、この世界での両親がいることになっているのだ。
案内人の一流や、観光で遊びにくる旅行客とは違う。この世界の住人として、家族を持つみなもの存在は説明のしがたいものだし、混乱を招くからと秘密になっている。
そんなところで、父親の名乗りをあげたら……。
「あら、もしかして一流くんのお父様?」
「――え?」
しかし、3人の予期せぬ答えが返ってきた。
「ついに結婚に踏みきるわけね!」
「だったら、私たちに挨拶してる場合じゃないわよ〜。ご両親にはもうお会いになったの?
ちゃんと長老に許可をもらわなくっちゃダメなんだからね」
人魚たちは勝手に決めつけ、話を進める。
「ち、違います。そんなんじゃ……」
「またまた、照れちゃってー」
みなもと一流が慌てて否定するが、効果はない。早いところ挨拶をするように、と送り出されてしまった。
人魚の水辺を離れ、翼人たちの住む浮島へ移動する中、父親はじっと考え込んでいた。
「――こっちのみなもには、私とは別に両親がいることになっている。父親の名乗りはあげないほうがいい、ということですかね」
説明をせずとも、状況を把握したようだ。一流は申し訳なさそうにうなずいてみせる。
「それは残念だなぁ。父親として挨拶はできない、ということですか。どころか、相手からは親として挨拶をされることになるのか」
「……お父さんが、どっちの世界でもお父さんだったらよかったのにね」
「それでも、私にとってお前が娘であることには変わりはないよ」
父は大きな手でみなもの頭をそっと撫でてやった。
みなもはそれを、嬉しそうに見返す。父親に対する信頼が、目に見えてわかるようだった。
「――ところで藤凪くん、結婚に踏みきる、というのはどういうことですか。こっちの世界ではそういう話になっているんですか?」
「え? い、いえ。別にそういうわけでは」
微笑みながらもどこか鋭い目を向ける父に、一流は慌てて首を振る。
「お父さんったら、変なこと言わないで。一緒にいることが多いから、からかわれてるだけだもん」
みなもも恥ずかしそうに弁解する。
浮島の家に行く途中にも、みなもの友人に声をかけられ、人魚たちと同じような反応を示される。
一流は父の視線を受け、萎縮しつつも苦笑を浮かべるばかりだった。
昼間だった浮島がちょうど夕暮れどきに変わり、家に帰るものと起き出すものとで、浮島はごった返していた。
大きな木の天辺……木も建物も逆さに伸びている浮島では、海に近い側につくられた家のひとつが、みなもの住む場所だった。
最近は階段や梯子も取りつけられているが、浮島の住人には正直いって必要ない。
「一流さんのお父様なのですってね」
美しい蝶の翅を持つみなもの母が、木の器に入れられたハニーウォーターを出してくれる。単純に、蜂蜜に水を入れただけの飲み物だ。
天井にはみなもがぶら下がる用の枝もあるが、蝙蝠の足でも座りやすい椅子が置いてあるため、そこに腰を落ち着かせ、テーブルを囲む。
「いえ、そうではなく……向こうの世界で、お世話になっている人なんです。みなもちゃんも観光旅行などに協力してもらっているので、だったら挨拶に伺いたいと……」
一流は必死になって説明をしようとする。手品を披露するときなどは口がうまいのに、突然のフォローはどうも苦手らしい。
「……みなもは、こちらではどのような感じですか」
「え? ええ、いい子ですよ。私たちがいうのもなんですけれど。おとなしすぎるかしらと危惧していたところもあったのですが、最近では実習で特別に頑張った、とか観光客の皆様を喜ばせている、とか。嬉しい報告をいただいて」
蝶の母は、美しい顔をほころばせ、幸せそうに答える。それは紛れもなく、母親の顔だった。
例え夢の中でつくられた、偽りの親子関係であっても。本人たちにとっては大切な家族なのだ。
みなもも、本当の父親に甘えるのをここでは多少控えているようだった。みなもの父は複雑そうに微笑んで見せる。
「私は夜行性のみなもとは起きている時間がずれていて、ゆっくり話す時間が少ないのは残念ですけど。そういえば、お父さんは遅いわね。そろそろ起きてきてもいいはずなのに」
蝶の翅を揺らして、母親は父親を呼びにいく。
連れられてきたのは、フクロウの姿をした男性だった。
母親の方から説明を受けたのか、入ってくるなり会釈をする。
「どうも、いつもみなもがお世話になっているようで」
「いえいえ、こちらこそ」
一方は知らないとはいえ、父親と父親の対面とはどうも不思議なものだった。
互いにどこか威嚇し合っているように見えるのは、気のせいなのだろうか。
「ところで、藤凪くん? 今日はお父様をお連れして、何か重大な用事でもあるのかな?」
フクロウの父は、ゴホンと咳払いをして尋ねてくる。
「いえ、そういうわけじゃ……」
「そうやって、言葉を濁すのはやめたまえ。巷では君たちの仲は有名だということじゃないか。それを噂で聞かされるというのはね……」
「やっぱりそうなのですか、藤凪くん」
フクロウの父の言葉に、みなもの父親も身を乗り出す。
「確かにみなもは可愛い。よくできた娘だ。で、どうだなんだね君は。うちの娘をどう思っているんだね!?」
「それは私も是非聞きたいところですね」
2人の父親に詰問され、一流はすっかり言葉を失くしていた。
「もう、お父さん! 今日はそういう話をしに来たわけじゃないでしょ。藤凪さん困ってるから」
みなもは自分の父親の袖をつかみ、止めに入る。
「とりあえず、お父さ……この人を案内する約束だから、ちょっと出かけてくるね」
それから、フクロウの父に声をかけて宙に飛び上がる。
「みなも、まだ話は終わってないぞ」
「私もはっきりさせた方がいいと思うな」
2人の父に、みなもは「ごめんなさい」と言いながらも逃げ出してしまう。
次に向かった場所は、獣人の森だった。もうすでに、闇に落ちて真っ暗になっている。
時折、夜行性の獣たちがガサガサと茂みを進む音が聞こえるが、基本的に静かな場所だった。
ようやく解放された、とばかりに、みなもはほっと息をつく。
「ごめんね、お父さん。ゆっくり観光できなくて」
せっかく色々と案内するつもりだったのに、と。みなもは肩を落としてしまう。
「いや、みなものこっちでの生活に触れられて嬉しいよ。いい人たちに囲まれて、大事にされているようで安心した」
だけど優しく言葉を返され、思わず笑顔になってしまう。
「そうだ、みなもちゃん。あまり時間がないけど、特別にあそこに案内したら?」
「あそこって?」
「本来なら観光客立ち入り禁止、のところ。みなもちゃんのお父さんなら大丈夫でしょ」
しぃっと指を立てて見せる一流に、ハッとする。
――『神の降り立つ場所』。
この世界における伝説の地であり、聖域でもある場所だ。
それにその近くには、別の聖域が見える場所もある。
「うん、あそこに行ってみよう。お父さんに、見せてあげたい」
みなもはすっかりその気になって、父を先導していく。
向かう先は、鍾乳洞の中だった。
同じ岩山に滝があるのでしばらくは滝の音が聞こえていたが、やがてそれも薄れ、静寂に包まれる。
時折、ぴちょん、と滴の落ちる音が聞こえるばかりだ。
昼間ならば多少は光が入るのだが、夜となれば完全な闇だ。
オオコウモリのみなもでさえ完全な闇では見えないので、一流が背後から懐中電灯を照らす。
鍾乳洞は滑りやすいが、3人とも翼を生やして飛んでいるので足元に気を使う必要がないのは救いだ。
しばらく歩くと、水の流れるところに出た。
頭上は吹き抜けになっていて、プラネタリウムのように夜空がぽっかりと浮いて見えた。 蔓が垂れ下がり、ちょろちょろと流れる水が地面を濡らしていた。その付近は苔むしていて、岩肌を緑に染めている。
それだけではない。月光を受け、懐中電灯に照らされ。キラキラ光るのはどうやら、質の高い原石のようだった。
「これは……確かに、観光客を入れない方がいいだろうね」
荒らされた形跡のない、自然のままの洞窟。この世界の人々の無欲さと、この場所を大切にしたいという思いが伝わってくるようだった。
「夕方や朝の光によっても、輝き方が全然違うんだよ。『神の降り立つ場所』っていわれてるの」
「神の……」
「それに、まだあるの。一緒についてきて」
みなもはそのまま、吹き抜けの空へと飛び上がる。
本来なら、森を抜けるべきなのだけど、今回ばかりは仕方がない。周囲が暗いから、おそらく大丈夫だろう。
岩場をぐるりとまわった先にある、見晴らしのいい場所へと降り立った。
みなもたちの住む浮島が、遠くに浮いて見える。
逆さに木や建物の生えた島。その裏側、まっさらな大地の上に虹色の物体があった。
大きな、卵のような形をしたものだ。
真っ暗な闇の中、昼の水辺の空を抜けて、夕陽を受ける、虹色の光が反射する。
水面がそれを受けてキラキラと光る。水辺の太陽の光は、獣人の森の夜空には届かないのに、虹色の光だけはその境界を越え、届くのだ。
暗がりの森に、赤や青、黄色や緑に色を変える光を投げかけるのだ。
「あれは一体……?」
「『虹色の卵』っていうの。色々と伝説はあるけど、本当のことはわからない。ただ不思議なのはね、あの卵、浮島からは見えないの。大地の裏側に立ってみても何もないの」
みなもは半ば興奮ぎみに説明する。
「そうか。……今日は色々と、みなもに教えてもらうことになったね。いつまでも子供だと思っていたのに、いつの間にか随分と成長したものだな」
父はそう言って、少し遠い目をする。みなもは半ば激突するように、勢いよくしがみつきにいった。
「あたしは、お父さんの子供だよ。ずっと……いつまでも」
手は翼の形をしているので、手をつなぐことはできない。足は蝙蝠と同じ形なので、並んで歩くこともできない。
その上、親子なのに親子として振舞えない状況が、みなもにとってよほどつらかったらしい。
押し倒すような形で父の上に乗り、その胸に顔をうずめる。
黒い蝙蝠の皮膜が、包むように父の周囲をおおう。
大きな手が、優しくみなもの頭を撫でた。
「わかってるよ。そんなの、当たり前じゃないか」
それを聞いて、ほっとしたように微笑むが、みなもは離れようとはしなかった。
父はそれをなだめるように、ぽんぽんと頭に触れていたが、やがてぽつりと。
「……藤凪くんが、居心地が悪そうにしているよ」
苦笑まじりのつぶやきに、みなもは真っ赤な顔をしてバッと飛び起きる。
「すみませんね、みなものヤツ、本当に甘えん坊で」
「いやぁ、知りませんでした。意外と激しいんですね。いつもこうなんですか?」
「べ、別にそんなに甘えてないですよ。ただちょっと、久しぶりに会えたから……」
赤い顔のままで答えるが、説得力はない。
「いいじゃない、素敵なお父さんで」
だが一流の言葉に、思わず笑顔を返す。周りからは『似てない』とか『冴えない』とか言われることが多いので、父が褒められるのは嬉しかった。
やがて、獣人の森に朝陽が差し込む。その光の強さに虹色の光はかき消された。
浮島は今頃夜だから、光の反射も弱くなっているのかもしれない。
そうした移り変わりを、父と一緒に見られるのは嬉しい。それで、喜んでもらえるのは嬉しい。
だけど現実世界に戻ったら、もっといっぱい手をつなごうと、みなもは心の中でつぶやくのだった。
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