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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に〜祓〜

 首筋に汗が滲んで、流れていく感触が伝わる。
 日差しは既に、春を通り越して、初夏のものだった。
 これから数ヶ月の酷暑を感じさせる、そんな日。
 ついこの間まで寒いくらいだったのに、季節の移り変わりは突然だ。
 正直言えば、あれが必要な時期は過ぎたのかもしれないけれど
 それでも、忘れられない。
 我ながら、懲りないな、と思うけれど。
 そう思いながら、いつもの門をくぐる。
 久々津館の、門を。

「あれから、調子はどう?」
 声には、みなもを気遣うような、申し訳ないような響きがあった。
 いつもの応接室。向かいには、声の主、レティシアが座っている。テーブルには、浮かぶ氷も涼しげなアイスティーが置かれていた。
 彼女が心配しているのは、数ヶ月も前の出来事のことだった。
 今日と同じように、いつもと同じように、ここに来て。駄目元で、聞いてみた。
 ――着ぐるみが置いてないかと。
 意外にもその答は、イエス、だった。
 けれど、その着ぐるみは――みなもに、悪夢を見せた。
 思い出すと、いまだに背筋が凍りつく。
 でも、それでも。
「あれからは、大丈夫……です」
 胸の奥に引っかかった思いが、躊躇いに現れてしまう。
「何か、気になることがあるのね?」
 すぐに読み取られてしまう。レティシアが鋭いのか、自分がわかりやすすぎるのか。たぶん、どちらもだろう。
 俯きがちだった顔を上げる。眼前に広がっていたアイスティーの鮮やかな紅色が、レティシアの黄金の髪と白亜の肌に変わった。冬は温かみを、夏は涼しげに表情を変えるその瞳に、吸い込まれそうになる。
 彼女は何も言わない。だけれどいつのまにか、話さなければいけないような心持ちにさせられてしまう。
「えっとですね、あの、この前の着ぐるみパジャマなんですけど……」
 そうして、結局は話し始めてしまう。
「悪夢のことは別として……、気に入ったんです。あのデザインに、着心地。そう、ピッタリ吸い付くように身を包んでくれるところ、温かくも通気性のいい涼やかさに、蹄のミトン手袋や室内スリッパなんかも可愛らしいし。とにかく、どうしても忘れられなくて」
 口に出しているうちに、どんどん勢いがついてきていた。興奮と言うべきか、陶酔と言うべきか。とにかく、そこまで言って初めて、自分のテンションの高さに気づく。手で口を抑えて、言葉を止める。
 恐る恐る、目を合わせる。
 何も言葉はない。それでも、なぜか促されているように感じてしまう。気づけば、さらに口を開いている自分がいた。
「あの、曰くを、なんとかしたいんです。やっぱり、欲しくて……あ、もちろん、自分でなんとかするつもりです! と言っても……お祓いとか完全な専門外なんですけど、出来る限りがんばりますっ!」
 自分を後押しするかのように、最後は力強く締めてみた。拳を握り締める。立ち上がる。
 そして。
 そして、そのままの体勢で、固まる。
 こういうとき、反応がないと、困る。戸惑う。
「まあ、ちょっと落ち着いて。んー……正直なところ、お勧めはできないのよ。危険、とまでは言わないけれど……ね」
 やっとのことで発せられたレティシアの言葉は、珍しく歯切れが悪かった。心配と同時に、責任を感じさせてしまっているのかもしれない。
 でも、ここまで来たら、後には引けない。
「責任は、全部自分で取ります」
 はっきり、きっぱりと、告げる。自分の気持ちは揺らがないのだと、分かってもらえるように、しっかりと相手の目を見る。
「……分かった。でも、そうね、場所も物も、できる限り希望のものを取り揃えてあげるから、この館からあの着ぐるみを持ち出さないこと。いい?」
 根負けした、というような調子の返事だった。
 一も二もなく、頷く。むしろ有難い願い出だった。こちらが悪いと思ってしまうほどに。

 そして、試行錯誤の毎日が始まった。
 貸してもらった部屋は、どうだろう、十二畳くらいはあった。
 館の地下。本当に何もない、ひび一つない、灰色のコンクリートで包まれた部屋。
 何か必要なものがあれば準備するし、調べ物があるなら、と館内の書庫に案内される。
 ――というか、書庫もあったんだ、ここ。
 もうかなりの常連になったと思っていたのに、まだまだ知らないところだらけだ。
「かなりジャンルは偏ってるけどね。でも、今回の用途に合った本は、それなりにそろってるはずよ」
 そういうレティシアの言うとおり、ジャンルの偏りは相当なものだった。まずその半数以上が、当たり前だが人形関連の本。残りは、宗教学、神秘学。それらの中でも、明らかに明確な方向性が見えるもの――そう、今回の用途に合った、非科学的なものを取り扱った本が並んでいた。

 まずは、来歴を調べてみようとした。
 どうして曰くがついてしまったのかが分かれば、対処も見えてくるだろうと思ったからだ。
 しかし、これがまず難航する。というか、結論から言えば、無理だった。まずは着ぐるみに持ち込んだ人のところへ行ってみた――が、いきなりそこで空振り。本人とは接触しないと約束した上で教えてもらった賃貸マンションは、もぬけの殻。どうやら、引越ししてしまったらしい。どこへ行ったのかは不明だった。
 少しでも厄介なものと縁を切りたい。そういう気持ちからだろうか。当事者になってみれば、分からないでもなかった。自分のような行動に走る人間は少数派だろう。
 仕方ないので、書庫に居並ぶ本達を次々と読んでいく。
 呪いを解く――と言っても、神道、密教など仏教系、修験道、陰陽道、その他の民俗信仰。日本だけでも多種多様なものがある。
 世界に目を向ければ、呪術・祈祷・儀式の類はそれこそきりがない。
 そして、いくら自力でとは言っても、時間のかかる修行や習練などをしている訳にもいかない。
 できる限り勉強しながら、一つ一つ試していく。
 儀式に必要なものは、レティシアたち館の住人が本当に揃えてくれた。どこからか借りてきているらしい。祭壇や衣装、道具類も。住人の一人である鴉が、そういったものを揃えられるだけのコネクションがあるようだった。
 ただ――やはり。
 必死になってやったと思う、けれど。素人の付け焼刃なのは間違いない。
 そのどれもが、何ら、結果を出さなかった。
 どれだけ何をしても、結局、身に着けて見るのは悪夢。そのたびに、久々津館の皆に助けてもらった。徒労に終わる努力と悪夢とが精神を蝕み、それが体力の喪失にもつながっていく。ついには、疲労からか、着けていないときでさえ悪夢を見るようになってしまった。
 そんな日々が続いた、ある日のこと。
 用意してもらっている部屋に、様子を見に来たのか、鴉とレティシアが入ってきた。
「――やっぱり、駄目ですかね。軽い気持ち、って訳じゃなかったんですけど……」
 思わず、そんな言葉が口を衝いて出てしまう。
 床に座り込み項垂れる自分に、二人が近づいてきた。レティシアは自分の前に座って、目線を合わせてくる。鴉はそのまま通り過ぎて、部屋の奥へ向かった。奥の壁には、例の着ぐるみが置いてある。それを見に行ったのだろう。乾いた足音が部屋全体に反響を残した。
「うまく、いってないみたいね」
 レティシアの慰めも、ただ耳から耳へと流れて行くだけだった。頷く元気さえない。
 彼女は立ち上がる。たおやかな脚が見えた。
「貴方の力が足りないわけではないわ」
 その声に、顔を上げる。
「確かに、技術は必要よ。ただね、技術、手順というのは、言ってしまえば目的のための手段。肝心なのは、そうである、と思うこと、思わせることなの。その点では、あれに対して、みなもちゃんの力が劣っていたとは思えない」
 話の半分も分からない。その気配が相手にも伝わったのだろう。鴉が話をつなぐ。
「つまり――こういったものは、今あるこの現象を、そうではない、こうである、と定義することなのです。呪いは解けた。奇跡は起こる。そう強く思い、願うことを越えて――そうであることが当たり前だと認識されるにいたれば――それが現実に影響を及ぼすのです。今回のような祓いであるならば、こうすれば元の状態、曰くが無かったと言える状況を作りだすこと」
「つまり――雰囲気作りですか?」
 みなもの答えに、満足したかのように鴉は頷く。
「そうです。それこそがもっとも大事なのです。そうしてできた認識は、現実を如何様にも変えます。むしろ、認識することこそが現実そのものだと言えるでしょう。ただ、誰もが知っている常識を変えるのは難しい。その来歴が古い、由緒あるものもそうです。重みが違う。けれど、今回のものは」
「そんなものではないし、悪夢を見せる、というものも常識じゃない。そうじゃない、と認識することは難しいことではない?」
 だんだんと頭が追いついてくる。でも、それならば、なぜ。
「そう、なぜ――うまくいかないか」
 鴉が、みなもの頭の中を読んだかのように答える。
「推測される答えはあるのよ。ただ」
 レティシアの声は、宣託のように鳴り響いた。
 一拍、間をおいて。
「それは、きっとみなもちゃん、貴女にとっては望む結果じゃない。分かる?」
 分からない。首を振る。
 レティシアが、ため息を衝いたような、そんな気がした。
「悪夢を、消してあげる。祓うのは、鴉の専売特許よ。ただし、どうなってもいいというなら」
 一も二も無く、うなずく。なんとかしてくれるなら、多少の苦労は仕方ないと思えた。

 そんな考えは、甘かったのだろう。

 鴉が、どこからか、大鎌を取り出す。振るう。それは着ぐるみには届かない。その寸前で、空を切る。
 けれど。
 着ぐるみに、火がつく。青白い、熱を感じさせない炎。
 あっという間に、灰になっていく。
「この着ぐるみはね、たぶん、たぶんだけど、最初から、そう作られていたの。人に悪意をもたらすために作られてた。『曰くがついていた』わけではなく、『そう作られていた』のよ。だから、元に戻そう、悪夢だけを消そうとした貴女はうまくいかなかったし、悪夢をただ消した鴉は、着ぐるみの存在すらも、崩してしまった……最初からそう定義されていたものが否定されれば、それは存在が無かったことになる」
 ごめんね、と言うレティシアを背にして、灰と消えたそれを掌に包む。
 言いようのない無力感が襲う。最初、レティシアが乗り気でなかったのも、その仮説を薄々感じていたからかもしれない。
 どうにもならないことだと、言い聞かせたけれど。
 涙が一筋、零れた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
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■         ライター通信          ■
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ご依頼ありがとうございます。
たまには、ということで完全に後味の悪い終わりにしてしまいました。
納得いくかというと不安な点も多い実験的なものとなりましたが……
いかがでしたでしょうか?