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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


制服幽霊

 誰もいない静かな図書館ではページをめくる音さえも良く響く。神聖都学園の図書館で、寺田 藍美(てらだ あいみ)は手にし
た本を読みふけっていた。
 あと少しで日付が変わってしまうこの時刻、宿直の教師以外にこの校内への立ち入りを
許可されている者はいない。だが。
 生きた人間ではない藍美には、関係のないことだ。

 高等部への進学を目前に控えた日だった。デパートに買い物へ行った帰り、横断歩道を 渡っていた藍美にトラックが突進してき
たのだ。しかし一瞬の出来事だったからか、痛み を感じた記憶はない。
 目が覚めたときには、幽体になっていた。生前イメージしていた姿とは違い、足もあり、 和服を着てもいない。藍美の身を包ん
でいたのは学園の制服だった。

 あれからちょうど一年が経つ。霊と化してからは宙に浮き自由に移動できたが、藍美は ほとんど学園から出ずにいた。高等部へ
の憧れを捨てられなかったからだ。
 高等部へ進んだら部活にも入りたかったし、新しい友達も作りたかった。同級生たちの 楽しそうな姿を見ていると、後悔と寂し
さが襲ってくる。
 藍美が小さくため息を吐いたとき、窓を叩く音が静かな館内に響いた。

 大きな音を立てぬよう注意しながら、月夢 優名(つきゆめ ゆうな)はそっと図書館の窓ガラスを叩く。
(さっきのあれ……見間違いじゃないよね? 誰かいる?)
 先ほど目にしたものの姿を、もう一度頭に描いた。
 優名が辞書を図書館に忘れたことに気付いたのはほんの十分ほど前のことだ。自室のベッドで熟睡していたとき、ふと脳裏に分厚
い辞書が浮かんだのだ。
 辞書を使う課題があることも同時に思い出し、優名は手早く身支度をして宿直の教師のもとへと向かった。優名が過ごす部屋は相
部屋ではあるが住人は優名しかいないため、ルームメイトから借りるというわけにもいかないのだ。しかし、夜中であっても課題が
出来ることは幸いだった。
 この時間、学園の施設は当然全て閉まっているため、教師に無理を言ってマスターキーを借り図書館まで来たのだが――先ほど窓
から人影のようなものが見えたのだ。
 ガラスの向こうには、やはり人に似た形をしたものがいる。先ほどのノックに反応したのか、視線をこちらに向けているようだ。
 優名はドアノブの穴に鍵を差し込み、静かに右に回した。
「あの……」
 館内に入り、電気を点けて声をかける。何となくだが、不思議な雰囲気を感じた。
「――私? 私に声をかけてくれているんですか?」
 ややあって、少女のものと思われる声が返って来た。やはり人――いや、幽霊はいたようだ。
「は、はい。失礼かな、とは思ったんですけど……」
 優名は身を強張らせた。急に声をかけたことで彼女を怒らせてしまっていては困る。
「――いえ、そんなことはありません」
 音もなく近づいてきた少女は優名のすぐ前で立ち止まった。声は想像していたよりもずっと穏やかだ。
「そうですか、良かった……」
 優名は安堵の息を吐き、その少女を見つめた。
 黒髪の優名とは違い髪は焦茶色だ。それをサイドポニーにしており、まだ真新しい高等部の制服を着ている。生前はここの生徒だ
ったようだ。身体は小柄な優名より少しだけ大きく、顔は愛らしい。歩く音はしなかったがきちんと足はあるようだ。自分には神秘
的な力など備わっていないため輪郭はぼやけているが、近くにいると様々なことが分かる。
(この幽霊さんよほど想いが強いのか、ここが神聖都学園だからなのか……ううん。きっと両方だよね)
 恐らく彼女の並々ならぬ想いは、この学園にいるためにより強くなっているのだろう。今まで優名も何度か幽霊と呼ばれる存在を
見たことがあるが、その霊は全て強い想いを抱いている者たちだった。
 強い想いを抱いた幽霊。彼女を見ながら、優名は思った。
(この子はどうしてここにいるんだろう、一体どんな想いを秘めているんだろう……?)
 彼女の心を知り――そして、少しでも力になりたい、と。
「どうしました?」
「あ、何でもないです。あの――あたし、月夢 優名と申します」
 怪訝そうな表情の少女に思い切って優名は切り出した。まずは自分の名を教えなければ彼女を助けることなど出来ないだろう。
「あ、私は寺田 藍美といいます」
「寺田さん……」
 その名前を繰り返す。寺田 藍美。彼女は一体どのようなことを想っているのだろうか。
「――そういえば月夢さん。こんな時間にどうしてここに来たんですか?」
 藍美について色々と考えを巡らせていた優名は、その声ではっと我に返った。
(辞書のこと忘れてた……)
 制服を着た幽霊に惹かれ、本来の目的を忘れてしまうところだった。
「あ、辞書を置き忘れてしまって。課題をやるのに必要なんです」
「――課題……」
 優名が答えると藍美はポツリと呟いた。声は、どこか沈んでいる。
「――寺田さん?」
「……ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてしまって。辞書ならあちらの机にありますよ」
 藍美は軽く首を横に振り、少し遠くにある机を指で示した。確かにそこにあるのは優名が置き忘れた辞書だ。
 だが、それよりも気になることがある。
(どうしてさっき、寂しそうな顔をしたんだろう?)
 課題に使う辞書を置き忘れたと伝えたとき、藍美は表情を曇らせたように見えた。それが気になって仕方がないのだ。
「あ、ありがとうございます。あの……」
「何でしょう?」
 微かに首を傾ける藍美。少し悩んだ後、優名は感じたことを告げた。
「――外れていたらごめんなさい。元気がないように見えたので……」
 間違っているのかもしれない。だが、藍美が酷く寂しげな表情を浮かべていたように思えてならなかった。理由があるのなら、彼
女の口からそれを聞きたい。
 藍美は目を見開き口を噤んでいたが、やがて優名に真実を教えてくれた。
「――当たりです。課題なんて随分長いことやってないなと思ったら、少し寂しくなってしまって……」
 藍美は俯いている。その姿はとても寂しげで、優名の胸にも痛みをもたらした。
 成績が悪いというわけではないが、優名も大多数の生徒と同じように課題はあまり好きではない。だがある日突然、自分だけ日常
の一部である課題が出来なくなってしまったら――やはり藍美と同じように寂しさを感じるのかもしれない。
(寺田さん、寂しいんだ……)
 当然だろう、課題だけでなく、何ひとつとしてかつての仲間たちと同じことは出来ないのだから。
 彼女を、救いたい。藍美の力になりたいという気持ちが、優名の中でより強くなった。
「……寺田さん。もし良かったら、あたしの部屋に来ませんか? あたし、女子寮に住んでるんです」
 もっと落ち着ける場所で彼女と話したい、と思った。ここよりも自室のほうが会話に集中出来るだろう。
「え? でも同室の方が……」
「心配いりません、個室ですから」
 驚いたように声を上げる藍美に優名は微笑みかけた。ルームメイトのいない広い部屋に、心の片隅で感謝する。
「――ありがとうございます。お邪魔させて下さい」
「はい。行きましょう」
 藍美が笑っているような気がして、優名は目を細める。辞書を手に取ってから、藍美と共に図書館を後にした。

「――私、高等部に上がる少し前に事故で死んでしまったんです。丁度一年になります」
 教師にマスターキーを返して優名が部屋から出た直後、ドアの傍に待機していた藍美が言った。
「え?」
「――ごめんなさい、いきなりこんなことを言って。でも……何となく月夢さんに聞いて欲しいな、と思ったんです」
 藍美は戸惑っているのか目を伏せていた。
「――謝る必要なんてありませんよ。寺田さんのことが分かって嬉しいです」
 複雑な想いを抱きながらも、優名は微笑した。亡くなったときの彼女の気持ちを考え胸が締め付けられたが、彼女が自身について
話してくれたことが嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。あの……そういえば、月夢さんっておいくつですか?」
 柔らかな表情で尋ねる藍美。彼女から質問をしてきてくれたことに喜びを感じながら、優名は答えた。
「十七歳です」
「あ、私よりも年上なんですね。それなら敬語は使わなくて良いですよ」
 藍美は言った。確かに彼女は優名よりも背は高いものの年下のようだ。敬語を取ることにおかしな点はない。けれど、それならば
彼女にひとつ頼みたいことがある。
「そ、そう? あの、でも……それなら寺田さんにも普通に話して貰いたい、な」
 慣れぬ口調に難儀しながらゆっくりと優名は伝えた。彼女とは真っ直ぐに向き合いたい。だから、可能ならばよそよそしくない言
葉で話して欲しいのだ。
「え? 私も、ですか?」
「うん。あたし、ゆ〜なって呼ばれてるの。そう呼んで欲しいな」
 きょとんとしている藍美に提案すると、彼女は少し沈黙してから頷き、言った。
「――分かった、ゆ〜な。じゃあ、私のことも藍美って呼んでくれる?」
 答えなど決まっている。一度深呼吸してから、優名はそっと口を開いた。
「ん、分かった……藍美」
 初めて声に乗せたその名前はとても温かく響いた。敬語をやめ下の名前で呼びあっただけなのに、距離がぐっと近づいたような気
がする。
「――ありがと。何か、嬉しいな」
 藍美は優しい笑顔で呟いた。優名の気持ちも彼女と同じだ。
「うん、あたしも嬉しい。ありがとう」
 二人で顔を見あわせ、笑う。それからたわいもない話を楽しんで、部屋に向かった。

「――ねえ、ゆ〜な。今更かもしれないけど……私のこと、怖くないの? 私、幽霊だよ?」
 優名の部屋に入り小さなテーブルの前に座ったとき、藍美は小さな声で言い、下を向いた。
 けれど、優名は彼女に対し恐怖心など抱いてはいない。
「――怖くないよ。この学園に幽霊はいっぱいいるし、藍美からは悪い雰囲気を感じない。だから、怖くなんてないよ」
 優名は自分と同じ色をしている黒い瞳を見た。直感的に彼女は悪い霊ではないと分かった。だからこそ、話しかけたのだ。
「そっか……ありがとう」
「藍美?」
 ありがとう、とはどういう意味なのだろう。そう考えている優名に、藍美は語った。
「――私ね、この一年ほとんど誰とも話さずにいたの。生徒や先生たちからは逃げてたし、他の幽霊と話そうって気にもなれなかっ
たから、あんまり好きってわけじゃないけど本ばっかり読んでた。今日はあんな時間に突然話しかけられたから思わず返事しちゃっ
たけど……相手がゆ〜なで本当に良かったって思う」
 彼女はとても幸せそうな笑みを湛えていた。
「藍美……」
 以前の藍美の孤独感は想像を絶するものだっただろう。だが今、彼女は笑っている。
(あたし……少しでも藍美の力になれたのかな?)
 もしもそうならば、嬉しい。自分には大したことは出来なかったが、少しでも彼女の心を満たすことが出来たのならば幸いだ。
「――ずっとずっとここに捕らわれてたけど、やっと空の上に行くことが出来そう。ゆ〜な、課題、頑張ってね」
 藍美は立ち上がった。身体が目映い光に包まれている。もう、別れなければならないようだ。
「――藍美も元気でね」
 寂しい。だが、優名の胸は喜びで溢れていた。短い時間ではあったが藍美と交流し、彼女を救うことが出来たのだから。
「うん。ゆ〜な、ときどきは、私に話しかけてね」
 そう残し、藍美は静かにゆっくりと消えていった。
 
 翌日。カーテンを開けた優名の目に映ったのは、とても明るく美しい空だった。
 窓を開け、空に向かって呼びかける。
「藍美」
『ゆ〜な』
 優しい声が、伝わってきた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2803 / 月夢・優名 (つきゆめ・ゆうな) / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生】


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■         ライター通信          ■
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月夢 優名さん、はじめまして。鳥村 悠里と申します。この度のご参加に心より感謝致します。
至らない点もあったと思いますが、少しでも気に入っていただけると嬉しいです。月夢さんはとても可愛らしくかつ神秘的な女性
で、楽しくノベルを作成することが出来ました。
またお会い出来る日を心よりお待ちしております。それでは、失礼致します。