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<東京怪談ノベル(シングル)>


欲しかったのは、ただ平凡な。
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 一昨日までは、幸せだった。
 三島・玲奈は何の変哲も無い、普通の女子高生だった筈なのだ。料理や洋裁が好きで、友達と好きなアイドルの話で盛り上がったり、学校帰りの寄り道を楽しみにしているような。
 将来の夢は専業主婦として、子供とまったり暮らす事。
 石油でも掘り起こして大金持ちになるとか、テレビで引っ張りダコの歌手になりたいわ、なんて、分不相応な夢を持っていたわけじゃない。
 そんな大袈裟な事、考えてなんかいない。

 ねえ、神様――?
 それなのに、こんな仕打ちあんまりです。


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 月間アトラスは怪奇現象を取り扱う雑誌としては、有名所である。その編集部が内包された白王社ビルには、編集者と思しき者の他に、脛に傷を持ちそうないかにもな強面だとか、玲奈のような高校生も良く出入りしている。
 オカルト現象に携われる者であれば、素性を問わないのがアトラスの編集長・碇・麗香だった。
 玲奈もそのやり手の編集長に、写真家の資質を見抜かれて雇用された。
 クールビューティな編集長様は、女王様のように編集部を牛耳り、部下を顎で使っているような人だ。言動は辛辣、時々突拍子も無い事を口にしたりする。基本現実主義者、かといって怪奇現象否定論者という事でもなく、結局の所「面白ければ良し」の方針で辣腕を振るっている。
 だからこそ、玲奈の外見なんて気にした風は無い。
 彼女に見出されたのは、救いかもしれない。
 けれどそんな気分になれないのが、今の玲奈だ。
 ビルの中のロッカールーム、備え付けの鏡に自身の身を映しながら、恨みがましく溜息をつく。そうすると鏡の中のそれも同じ態度を返すものだから、益々気が滅入る。嫌が応にも、鏡の中のそれが自分だと認識せざる得ない。
 鏡を睨みながらもう死んじゃえ、と口内で呟く。
 艶やかなストレートの黒髪、左目は紫、右目は黒のオッドアイは神秘的で、それだけならばちょっと格好良いんじゃないかと満更でも無いのに。
 尖った耳、天使の翼、鮫の鰓を持つ亜人間メイドサーバントです、ってにっこり笑って自己紹介なんて出来やしない。肩甲骨から生える純白の翼で、私は天使なんです? 頭のいかれた小娘扱いが関の山だ。
 しかもこの体はとある方達に言わせれば、操り人形。今の私は心を持った宇宙船らしい。漫画の中の話ですか? 時代を間違えたスペクタル漫画の話ですよね!?
 まだ機械の女だと言われた方がましだったよ!
 そもそもこんな事になったのが、2日前。忌まわしい以外の何物でも無い。
 今の玲奈は白王社のアルバイト記者であり、女子高生である上に、こんな肩書きまでついてくる。

【神聖都学園高等部に潜入しているIO2調査員】

 ――IO2って何!?
 ここに来るまで認識した事も無いような、長ったらしい何たらという英文の略名であるそれは、超国家的非公開組織らしい。怪奇現象や超常能力者が民間に影響を及ぼさないように監視し、事件が起ころうとしているならばそれを未然に防ぐ等という活動、ご立派ですとも。
 でも玲奈にはこれっぽっちも、ちっとも関係無い。
 何だか分からないままに拉致されて、侵略者を倒す兵器の原材料扱いされて。気がついた時にはこんな姿だ。宇宙船は使い魔の如くテレパシーで操って、スプーンから宇宙船まで製造する超生産能力があったりして、耐霊障フィールド、超精密攻撃レーザー、超生産能力、テレパス、念動力が使えるんです、なんて興奮して説明されても、
「素晴らしい!!」
なんて、あなた方のようにこれっぽっちも思えないんですけども!?
 キモいしもう死んだ方がマシだよ!
 そんな嘆きも、
「永久に死なない」
 なんて付加価値を突きつけられて、まるで地獄に落とされたような衝撃が走った。

 再び、鏡に視線をやる。
 何度見たって、目に映る姿は変わらない。
 これが、自分なのだと思うたび憂鬱になる。
 死にたい。
 でも死ねないから、悪循環。
 何時までもそうしてぼうっと突っ立っているわけにはいかなかった。今の玲奈は、アルバイト中。長い耳を髪で隠し、翼を服にたくし込み、午後から仕事先に編集長と一緒に挨拶周りに行かなければいけない。
 早く着替えなきゃ、と分かっているのに、ボタンを外す指は一向に動かない。
 絶望以外の何物でも無い。
 恋をしても、それが例え成就しても、一緒に生きていく事が出来ない。夫や、子供や、友人や――そういった人が年を重ねていくのに、自分は老いない体を持ってそれらを見送っていくしか無いのだ。
 例えば今、貴方は明日死にますなんて言われても怖い。でも、永遠に死なないのだって怖い。人は皆、何時か来る死を恐れながらも、だからこそ生きている今を大切に過ごしていく――そういう生き物である筈なのに。
 
【空を海をあらゆる世界を旅する事が出来ます】

 何処の旅行会社のキャッチコピーなのだ。
 そんな能力も体もいらない。
 だから、元に戻してよっ!!

 悲痛な叫びは、神様にだって届かない。


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 永遠に死なない、なんて言われても、やっぱり何もかもを唐突に失った玲奈は、その選択を実行した。
 だけど、自殺は未遂に終わった。
 太陽に飛び込めば流石に、その灼熱に焼けて消えられるんじゃないか、なんて――夢に終わったけど。
 しかもその時に宇宙船が偶然撮った風景写真が、芸術的な程美しかったらしい。
 大絶賛された。

 知らねーよ!!

 それが慰めだったんだとしたら、相当いかれている。
 私って才能ある!? やったーなんて誰が喜ぶというのか。
 才能で家族は買えない。お金があったって、変えるのは物品だけで、玲奈が欲しいものは手に入らないのだ。
 無いもの強請り。
 そういう人生を、これからずっと、ひとりぼっちで過ごして行くのだ。
 もう死にたい。
 死にたい。
 死にたい。
 考える度頭を占めるのは、それだけ。でもどんなに願っても望んでも、誰かを恨んだり呪ったり憎んだりしても、

 ――死ねないんだって。


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 「地球が終わる日」なんて題名で、自然破壊を抑止するような映画が提供されている昨今だ。
 例えばそんな日が本当に来て。
 世界が滅んで、生物が絶えて。
 もし、玲奈が一人残されて。
 本当の、本当に、誰も居ない孤独がやって来て。
 ただ、広い宇宙を彷徨うような日が来たとしたら。
 その時、玲奈はやっぱり死にたいと願うのだろうか。それともどこかで諦められるのだろうか。
 一人長い長い月日をただ流離って、そうして誰からも忘れ去られて、宇宙の塵芥になる事も出来ずに――何時か心を手放すのだろうか。
 そういう事も、あるのだろうか。


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 放っておけばいつまでも思考の海にたゆたっていたであろう玲奈を現実に引き戻したのは、廊下に響き渡った碇編集長の怒号だった。
 はっとして辺りを見渡せば、自分はまだロッカールームでちっとも着替えは進んでいない。
「こんな事してる場合じゃなかった!!」
 まるで自分が怒られたかのように認識して、慌てて上着を脱ぎ始めると、どうやら編集長の矛先は自分には向いていないようだった。
 どうやら三下君がまた怒鳴られているらしい。何時もの事だ。
 ぐちぐちと続く説教が聞こえてくる。
 その会話の最中に、玲瓏な声がきっぱりと言い放った。
「面白ければ、それで良いのよ!!」
 編集長の、何時ものお決まりのフレーズ。聞き慣れた台詞。
「……面白ければ、」
 とても、今の玲奈がその心境に落ち着くことは出来っこない。
「それで、良い……?」
 例えばコンビニでプリンでも買って。さあ食べようという段でスプーンが無い事に気付いたりなんかして。そんな時に「あたしスプーン作れるよ」なんて笑う事が出来れば。宇宙船に大切な人を乗せて。綺麗な景色なんかを喜んでくれる事を、嬉しいと思う事が出来たりして。
 何時か、同じ境遇の相手を見つける事が出来たりなんかして? 二人で広い宇宙を、寄り添って何処までも駆けるのだ。
 ――それは妄想が過ぎるか。

 死にたい。
 これからもきっと、その思いは消えない。
 だからって、今あるもの全てを否定して生きていくのは悲しい。寂しい。

 バタン、とロッカールームのドアが、ノックも無しに開いた。
 ロッカーの陰から顔を出したのは、眉間に皺を寄せた編集長。
「ほら、早く着替えなさい!」
「! ごめんなさ〜い!!」
 玲奈は反射で大きく頭を下げた。

 顔を上げて編集長と目が合った時、少しだけ、笑う事が出来た。



FIN
 


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初めまして! ご発注有難うございました!
悲壮感を漂わせつつ、少しだけ前向きに……と考えながら、執筆させて頂きました。こんな感じで如何でしょうか?
お楽しみ頂ければ幸いです。