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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


+ 貴方に赦された気がした +



「はぁああっ!」
「ッ、く! ……相変わらず速いね」
「私は絶対に許さない、貴方を絶対に許さないからっ!」


 銀色の髪が舞う。
 その下に隠されていた瞳が露わになれば、それは憎しみの赤い炎を宿していた。彼女は自分の武器であるデザートイーグルを改造した二丁拳銃を相手に向け引き金を引く。勢い良く飛び出す弾丸は彼女の敵である男へと一直線に向かう――が、しかし到達するよりの先に男が持つ魔剣アルカードによって弾き飛ばされてしまった。
 だがそれも予測の範囲内。男が弾を弾くため身体を止めたのを確認すると同時に彼女は男の懐へと一気に入り込み憎き相手の腹に撃ち込もうと銃口を押し付ける。


 女の目は男から逸らす事はない。
 けれど男は女を真っ直ぐ見れずにいた。
 否、戦闘の最中敵から目を反らすことは死に値する。正しくは男の心が彼女と向き合う事を恐れていた。


 何度こうして彼と対峙しただろう。
 何度こうして彼女と対峙しただろう。
 互いに自分の中にある罪と、そして過去が二人を引き寄せては荒く心を揺さぶりあう。


 銃弾が放たれる。
 だが男は女の手を掴み払い、角度を変えて致命傷を避けた。肌を掠った弾丸が地面に食い込む音が聞こえる。すでに二人の戦闘によって道路の両サイドに建てられているビルの窓の一部や壁が無残にも破壊され、欠片が辺りに散っている。酷ければビルが全壊していた。
 深夜のオフィス街ということで人気は無いがいつ誰が来るとも分からない。


 女は音に構う事無く男に攻撃を続ける。
 撥ね除けられた銃とは違うもう一つの銀の銃で男を撃ち抜こうと手を持ち上げる。しかし男とてやられっぱなしなわけではない。まず剣を大きく振りかざし女との距離を取った。当然ながら男よりも小柄な相手は身体の軸がぶれ体勢を立て直すのに時間が掛かる。その隙に彼は接近戦を持ち込むように地面を蹴った。


 魔剣が血を求めるように、風を切る。
 女は両手から銃を捨て左腕を露わにした。其処に刻まれているのは炎を模した赤い紋章。肩から手先まで青白く変色したその部分に力を込めれば淡く赤い光が腕を包む。
 破壊の左腕――それに触れられた者は、生物・幽霊関係なく一瞬で塵となる。本気で男を殺したいと彼女は願っている。そして男もそれを感じ取っていた。


「私は絶対に私の家族を殺した貴方を許さないっ……!!」
「ッ、!」


 彼女の手が男の巻いていた迷彩のバンダナに触れようとした瞬間、男は踏み込んでいた足を止め、慌ててその布を外した。
 当然そうなれば隙が出来る。
 女はそれを見逃しはしなかった。


―― 指先が男の皮膚を、肉を、その奥へと食い込んでいく。
 触れた瞬間から塵へと還って行く光景は奇妙だ。
 顔の皮膚が溶ける様に解け、赤黒い筋肉が爛れる様に解け、奥に潜む人工的に埋め込まれた機械の部分が解けていく。
 痛みは無かった。
 痛みすら解された、と男は思う。


 顔の右半分が丁寧に抉り取られ露出したのは暗殺特化型の霊鬼兵として改造された証。彼はそれを晒しながら口元だけで嗤った。
 手の中にあるバンダナが無事であった事に安堵の息を吐く。彼にとっては自身がダメージを受けるよりも触れられたく無い大事な物だった。
 この世で一番心を縛る大切な女からの贈り物。十三歳の誕生日に送られたものだ。


「今回は貴方の勝ちだ」
「また逃げるのか!!」
「今までみたいにきっとまた逢えるよ。じゃあね、吉良乃ちゃん」


 男はそう言って地を蹴りビルの上へと飛び上がる。そして女の声を振り払うかのようにその場から撤退した。
 後に残された女は落とした銃を睨み付けながら両手を拳にする。彼女の中で消化出来ずにいる想いが――家族を、姉を殺した「姉の恋人だった男」に対しての念が渦巻く。
 いつかこの手で必ず殺す。
 彼女は今まで何度と無く繰り返し誓った言葉を形にはせず、ただ噛んだ。



■■■■



 偶然と言う言葉が運命に変わる瞬間を、二人はその時感じた。


 ショッピングモールへと行くバスの中、先の戦闘で顔を破壊された男――天音 彰人(あまね あきと)は修復の際黒から金色へと色の変わってしまった前髪を指先で摘み引っ張る。ガラスへと視線を向ければ僅かに映る自分の影があった。破損した右顔、新しく埋め込まれた瞳の色は今までの赤ではなく海の様な青だった。


「あの、隣に座っても良いですか?」


 あるバス停に到着すれば若い女性の声が彼に掛けられる。慌ててそちらに視線を向けどうぞ、と声を掛けようと口を開く。――瞬間、彼は目を大きく見開いた。


「麻吉良(まきら)……?」


 まさか、と彼は思わず口にしていた。その言葉を聞き届けた女性――銀色の髪に赤い瞳は彼の記憶の中で一番根強い部分に存在している女の姿に良く似ていた。
 いや記憶の中の彼女は中学時代のものだ。幾ら彼女が大人びた人だったといえど最後に触れたあの日から十年は軽く経っている。きっと人違いだ。
 それに彼女は死んだはずだ。
 死んだはずなのだ。
 彼はそれを知っている。
 死んだはずなのだ。
 死んだのだ。


 彼が、殺したのだから――。


「彰人?」


 だが目の前の女性はそんな彼の心中を読むかのように名を呼んだ。


「うそ、彰人、よね? なんだかすっかり変わっちゃってて一瞬分かんなかったけど」
「……麻吉良? 麻吉良なのか?」
「ええ、黒崎 麻吉良(くろさき まきら)っていう名前に心当たりがあれば。あと、貴方が天音 彰人であるというなら多分私達は知り合いだと思うの」
「っ……! ある、心当たりあるよ!」
「えっとこのまま立ち話しててもなんだから隣に座っても良いかな?」
「ああ、御免御免! ほら座って」


 動き出すバスにバランスが崩れそうになり麻吉良は素早く彰人の隣に腰を下ろす。よろめく様に座る彼女の横顔を見ながら彰人は心がざわつくのを感じていた。
 殺したはずのこの世で一番愛しい女。
 幻覚ではない。
 確かに彼女は此の世界に存在している。今彰人の隣で笑いかけてきてくれている。
 胸が痛くなった。顔を破壊されても痛まなかったこの身がただ隣にいるだけの女性に痛みを覚えさせられている。
 彼は無意識に彼女の手を取った。懐かしい体温だと彼は安堵する。そんな彼の行動に彼女は首を傾げた。


「彰人?」
「あの日麻吉良も死んだかと、思ってた……」


 彰人の呟きに麻吉良は息を止める。
 祈るような、赦された様な、小さな言葉だった。
 たとえ首に痛々しい傷痕があっても彼女が今生きている――それだけで少しだけ許された気がした。


 対して麻吉良の方は少しだけ悲しげに目を細める。
 本当の事など口には出来ない。少なくとも今この時、恋人だった彼に言うわけにはいかない。彼が今握っている手は「死体」であること、など。
 彼が口にしたあの日――家族が惨殺された日に自分もまた命を落としているのだと。


 また彼女自身、自分を殺した人物が誰であるか知らなかった。
 だからこそ彼に優しく微笑めたのかもしれない。優しくその手を握り返せたのかもしれない。


「私は今彰人の傍にいるわ」


 運命が二人を引き寄せたのなら、――



■■■■



 二人の目的地が同じショッピングモールにであることを知ると何と無く気恥ずかしさを覚えつつも別れて行動しようとは思わなかった。
 彰人は新しい靴を探しに、麻吉良は自分の好きなキャラクターグッズの縫い包みを買いに来たと言う。逢っていなかった期間を埋めるかの様に手を繋ぎ、今までの時間をどう過ごしていたのか他愛の無い雑談をした。
 すれ違う恋人達と全く同じように愛しく指を絡め甘えるように肩に頭を寄せたのは麻吉良。そんな彼女の肩に腕を回し引き寄せたのは彰人だ。


 二人は話せば話すほど互いを恋しく感じた。
 彰人の靴を一緒に買いに行けば麻吉良が彼の好みにあわせたものを選んでくる。麻吉良が縫い包みを抱けば彰人は「昔からそういうの好きだったね」とからかうように笑う。
 水が滲み込む様に何気ない時間が自然に二人の胸を満たす。


 イタリアンレストランで食事をすれば幼き日と変わっていない嗜好に二人で顔を突き合わせ微笑んだ。
 昔はあれが好きだった。今もあれは大好き。
 実はそれは嫌いだったけど、今は大嫌いになっちゃった、と。
 下らない会話と人は言うかもしれない。けれどただ楽しく会話する、それだけの空間を二人は楽しんでいた。


「ねえ彰人。また、逢えるかな」
「麻吉良の方こそ俺とまた逢ってくれるの?」
「変に意地悪なところも変わらないわね」
「逢いたい?」
「それは私の方が彰人に聞きたい」


 運ばれて来たパスタを口にしながらじゃれ合うような言葉を交し合う。
 二人の隣には買ったばかりの靴や縫い包みがあり、まるで相手と出逢った証の様。麻吉良がグラスに注がれた水を飲み込んでご馳走様と両手を合わせる。彰人も同じように両手を合わせた。


 ガラスの外を見ればもう夜と呼べる時間が来ていて、別れの時間を知らす。
 彰人は首に巻いていたバンダナを解き麻吉良に握らせた。意味が分からないまま彼女はそれを握り彰人はバンダナごと彼女の手を握り締めた。


「また逢えるよ、君が贈ってくれたこのバンダナに誓って」
「……まだ持っていてくれるなんて思わなかったな」


 麻吉良が照れ臭そうに仄かに頬を染める。
 その変化を彰人は嬉しく思いもう一方の手を麻吉良の手の下に差し込み挟み込むように包んだ。やがて熱の移ったバンダナを掴み取り再び首に巻く。先に立ち上がってから手を差し出せば麻吉良は迷わず彼の手を取った。


「連絡先教えてね」
「うん」
「また今日みたいに……昔みたいにデートしたいな」
「奇遇だね。俺もおんなじ気持ちしてる」


 十年前、二人で恋をしていた。
 十年後、二人愛しさを感じた。


 変わらずある感情と変わってしまった感情と秤に掛けて。
 それでも二人はもう一度と願う。
 もう一度、傍に。


「また恋したらどうしよう」
「もう既に恋し直した俺はどうしたらいい?」


 嘘吐きの恋人、二人。
 それでも君が、貴方が、。


 ―――― 今此処に居る事を赦された気がした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7293 / 黒崎・吉良乃 (くろさき・きらの) / 女 / 23歳 / 暗殺者】
【7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / 女 / 26歳 / 死人】
【7895 / 天音・彰人 (あまね・あきと) / 男 / 26歳 / 暗殺特化型霊鬼兵】


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■         ライター通信          ■
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 発注有難う御座いました!
 戦闘、再会、そしてデートと続きこの様な展開となりましたがどうでしょうか。始めは辛く、少しだけ甘く。彰人様中心となっておりますが端々に染み込んだ姉妹の感情も伝われば嬉しいなと思います。