 |
夢魔の出現〜夢と現〜
オープニング
ツンとした病院独特の消毒液のにおいが鼻をかすめる。
白いカーテンがはためき、窓際のベッドには一人の女の子が眠っていた。
その少女の上になにかが具現化を始める。少女の中から黒い煙となってでたそいつは、一匹の黒い狼へと姿を変えた。
毛並みは漆黒、瞳は赤。
体はその少女ほど大きく、彼女の生命力を吸って具現化したことが伺えた。
その狼をそのままにしておけば、少女は一生目覚めない。
その狼はそのことを知っているのかいないのか、ただ一声鳴くと、そのまま明るい町へ飛び出していった。
***
「ここで・・いい・・かな」
久々に仕事の依頼を受けた五降臨 時雨は、やわらかな雨が降る中、傘もささずに公園のブランコの前にたたずんでいた。
彼に仕事の依頼をしてきた依頼人の名前は、常葉 メイア。『夢屋』という夢にかかわる事件の依頼を受けている少女だった。時雨とメイアは初対面だったが、お互い特殊な仕事をしている間柄なので、噂ぐらいは耳にしたことがあった。
雨の降る公園には子供たちの影も、恋人たちの影すらもなかった。
そのため、メイアが時雨を見つけるのは簡単だった。
「五降臨、時雨さん！？」
「あ・・うん」
白とピンクのかわいらしいチェックの傘をさしている少女が、時雨の目の前に現れた。制服姿のところを見ると、学校帰りということが伺えた。
彼女がメイアかと、時雨はぼんやり考える。
「ちょ、傘、持ってないんですか？」
「うん・・かさ・・ささない・・から」
「風邪引いちゃいますよ！」
「大丈夫・・寒いの・・慣れてる」
「そういう問題じゃないです！ 私の傘に一緒に入ってください」
「うん・・ありが・・とう」
身長の高い時雨が不似合いな可愛い傘をさす。
メイアは喫茶店に入りたいという希望を彼に伝えると、二人そろって公園から出た。
適当な喫茶店に入ると、コーヒーを頼み、メイアは早速仕事の話にはいった。
「時雨さんに依頼したいのは、ナイトメア退治の手伝いです」
「ナイト・・メア？」
「はい、私『夢屋』という仕事をしているんですが、厄介なナイトメア退治の仕事が入ったんです」
店員がコーヒーを持ってきたので、メイアは短く礼を言うと、コーヒーに口をつけた。
「どうやら、動物の形に具現化したナイトメアで、それを倒さないと少女の目を覚ますことが出来ないんですが、そのナイトメアがどこにいるかわからなくて・・・時雨さん、動物と話すことって出来ますよね？」
「うん・・できる」
「その時雨さんのうわさを聞いて、協力していただけたらと思ったんです。もちろん報酬は半分ずつにします。協力していただけませんか？」
「居場所が・・わかれば・・大丈夫？」
「ええ、居場所さえわかれば、きっと私の能力で倒せると思います」
「じゃあ・・援護に・・回る・・よ・・」
「ありがとうございます！ 心強いです」
メイアは安心したように笑い、コーヒーを飲み干した。
***
「そう・・あり・・がとう」
何匹かの動物にたずね、やっと有用な情報が手に入ったらしく、時雨は真っ赤な瞳でメイアを見つめる。
「大きな・・黒い・・狼・・いたって」
「どこにですか！？」
「彼が・・見たの・・は・・いつも・・郊外・・廃屋」
「郊外の廃屋？ あの、つぶれたホテルかな？」
「そうだと・・思う」
「じゃあ、行ってみましょう」
「うん・・」
興奮するメイアに対して、時雨はゆっくりと頷いた。
二人はすぐに廃屋となったホテルへと向かった。廃屋にたどり着いたときは、雨はさらに激しさをましていた。
臆することなく、メイアが先頭を切って廃屋へと入っていく。
「なかなか、見つけることが出来なかったんです」
「狼？」
「ええ。彼女の意識が戻らないのがナイトメアの所為だとわかっていたんですが、なかなかつかまらなくて」
「今回・・大丈夫・・かな・・」
「今までつかまらなかったのはやつが気まぐれに現れていたところを張っていたからです。今回は何度もやつをここで見てるって言うことでしたよね。それなら、きっと出てくると思います」
「狼さん・・倒しちゃっても・・女の子・・大丈夫？」
「ええ、それは『夢屋』の私が保証します」
にっこりと笑ったメイアの顔には自信があった。
時雨もメイアに釣られて微笑んだ。
二人は廃屋の奥へと進んでいった。
廊下を抜けて、広い場所に出た、と思ったその瞬間、嫌な気配が時雨の背筋をなでた。
ぞくり、とした。
彼は思わず上を見る。
すると、そこには、一匹の黒い狼がいた。
狼は青い炎のような光をその身に纏っている。それを見る限り、その狼がただの狼ではないことがわかった。メイアの緊張が、時雨に伝わってきた。
『お前たち、普通の人間じゃないな』
狼がしゃべる。
メイアが狼をにらむと、ふっと笑った。
「よくわかっているじゃない！」
メイアが叫ぶと、その瞬間狼の姿が二人の視界から消えた。
頭に浮かんだのは逃げられたという言葉だったが、狼は一瞬でメイアの前に現れると、彼女の頭をトンと軽く蹴った。
軽く蹴ったと思った瞬間、メイアの体から力が抜け、彼女の体が地面に倒れこむ。
時雨はメイアを支えた。
「大丈・・夫？」
「い・・っつうう」
メイアは頭を抑える。
『我は、ナイトメアだ。人の精神にダメージを与えるなどたやすいこと、お前たち、無事に帰れると思うなよ』
狼はそういうと、また姿を消した。
時雨は、メイアを支えながら、まぶたを閉じる。
その瞬間、時雨は腰から血桜を抜き、何もない虚空をきりつけた。
『ぎやぁぁぁぁ』
魔炎が虚空から噴出し、断末魔の叫び声が聞こえた。
黒い狼が炎に包まれて、地面に落ちる。
「メイア・・大丈夫・・・」
「ええ、だいじょ・・うぶです！！」
メイアは頭を抑えながらも、息を吸い込み、燃え盛る狼を見つめた。
時雨の腕から体を離し、立ち上がる。
彼女は右手をぐっと握り締めた。
右手に一瞬強く力を入れた後、その手を開く。
すると彼女の右手には太陽の色に輝く一つの玉が乗っていた。
「時雨さん、目を閉じて。私の攻撃は激しいですよ！」
時雨はメイアに言われるまままぶたを閉じる。
その瞬間、瞳の裏に強い光の衝撃を感じた。
だが、それも一瞬だった。
光の衝撃が消えたとき、彼が恐る恐る目を開くと、たたずんでいたのはメイアだけで、狼の姿はなかった。
メイアは時雨を見ると、にっこりと微笑んだ。
「仕事、完了です！」
メイアの微笑みにつられ、時雨も自然と笑顔になる。
暗い廃墟の中に、雨がやんだのか、太陽の光が差し込んだ。
きっとこれで本当の依頼者の少女が救われたのだろうと思ってから、時雨は静かにまぶたを閉じた。
エンド
|
|
 |
