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『夢から覚めない少女』
○オープニング
草間興信所にやってきた、桐谷・由夢(きりや・ゆうむ)は他人の夢に入るという不思議な力の持ち主であった。由夢は、母親の死を受け入れられず、夢の中で作り出した母親とずっと一緒にいたいが為に、夢から覚めること拒否している少女、凛を助けてほしいと言う。
凛に現実を受け入れさせるか、それともこのまま少女の望み通り、永遠に夢から覚めなくなるようにするのか。小さな少女の運命を決める為、一行は凛の夢へと赴いた。
「たまに遊びに来りゃこれか。こりゃ放っておけぇよ、凛って娘もその母親も、そして父親もな」
来生・十四郎(きすぎ・としろう)は、担当している雑誌・週刊民衆の原稿をギリギリで完成させ、ようやく手に入れたつかの間の休息の時間を、この草間興信所の所長であり彼にとっては友人でも有る、草間・武彦と飲んで過ごそうと思い、やってきたところであった。
近くの駅前でちょうどオープンしたばかりの居酒屋の、無料ドリンクチケットが仕事場のデスクに置かれたチラシに挟み込まれていたので、それを手にして武彦を飲みに誘うとしたのはつい数分前の話。
無料ドリンクで一杯でもタダ酒を飲もうと考えていた十四郎は、興信所の扉に手をかけた時、夢の中から出てこない娘の話を聞き、それまで頭の中を浮遊していた酒は全て吹っ飛んでしまったのであった。
「十四郎か。随分と久しぶりだなここへ来るのは。新年にパチンコで稼いだ金は、その後どうしたんだ。仕事は相変わらずか?」
「おいおい、今はそんな事はどうでもいいだろうが。話聞いちまったんだ、手伝うよ」
十四郎はそう答えて、由夢へと視線を移した。まだ若いがしっかりとした顔つきをしている。
他人の夢に入るという力は、果たして楽しいものなのか。十四郎は、彼女がこれまで他人の夢でどの様なものを見てきたのか、記者ならではの観察力で、彼女の思いをその表情から読み取っていた。
「子を想う親の気持ち。親を想う子の気持ち。どちらも素晴らしいものだと思います」
部屋のすぐ横のソファーから、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。隠岐・智恵美(おき・ちえみ)は、武彦の妹である草間・零と一緒に来客用のソファーに座り、大好きな和菓子を楽しんでいるところであった。
智恵美も武彦の友人であり、今日はたまたま遊びにきていたのだが、零と近くのカレー屋の話で盛り上がっていたその時に、由夢はここへやってきて、今回の事件の話を聞いたのである。
机の上に置かれた和菓子は駅前の和菓子屋で買ってきたものであり、智恵美の手作りではない。
「子供が親を大切にして、親が子供を守るのは、世の中の常ですものね。ですからとても簡単な事だと思いますよ」
そう言って、智恵美は武彦と十四郎に柔らかな笑顔を見せた。彼女は教会のシスターである。神に仕える者として、その幼い少女の事を放っておくわけにはいかないと感じているのであった。
呼びかければ必ず答えてくれるはずだと、智恵美はこれまでの依頼の経験を思い出し、そう確信しているのであった。
「夢‥‥ですか。眠り姫のようですね。そんな昔話がありますが」
智恵美と零が座っているソファーには、もう1人静かに座っている細身の女性がいた。月城・紗夜(つきしろ・さや)は、まっすぐな長い髪の毛を揺らし、独り言の様に言葉を発し、テーブルに置かれたタロットカードの一枚を捲った。
「運命の輪の逆位置」
10番目のカード・運命の輪が逆さまになっている。急下降、悪化、不運、アクシデント、諦め、失敗‥‥逆さまになっている運命の輪は、秩序の輪が狂い始めている事を意味していた。
紗夜もまた、心霊現象や幽霊による事件を扱っているというこの興信所の話を聞き、偶然にもここに居合わせたのだが、それもまた彼女の運命とも言えるのだろう。
「紗夜さん、このタロットはどういう意味なんですか?」
興味深々な表情で、和菓子の餡子を口にした零が尋ねてくる。
「不吉な意味なんですか?」
「それも予定調和のうちでしょう。狂ったものも、大局で見れば狂っているのか否か、判別は付きません」
零に、というよりも、紗夜はテーブルに並べられたタロットカード達に囁く様に答えると、やがて慣れた手つきでカードをドレスのポケットに入れたのであった。
「私も参りましょう。カードがそう囁きましたから」
「皆さん、有難うございます。やはり、ここには腕の立つ方が集まってくるのですね。本当に来て良かった」
由夢が武彦に向かって頼り切った笑顔を見せたので、武彦はすぐに苦笑し煙草に火をつけた。
「まったく、いつもこの手の事件が勝手に舞い込んできやがる。まあいい。後はお前達に任せたからな」
そう言って顔を背けた武彦の吐き出した煙草の煙が空中に舞い、薄汚れた天井に向かって音もなく広がっていった。
十四郎、紗夜、智恵美、そして由夢の4人は、凛の自宅へと向かった。草間興信所からバス停に向かい、乗ること約30分、都心部から離れた住宅街は、夕方であるのもありかなりの人が行き交っていた。
バス停から降りると、目の前に大きな屋根のあるショッピングモールが広がっており、入り口にある肉屋で小学校低学年位の少女が、その母親と思われる女性と買物をしていた。
「凛って子は、ちょうどあの子ぐらいだな」
十四郎が静かに呟いた。ついこの間まで、凛という子も今一行の前にいる親子の様に、平凡でも楽しい生活を送っていたのだろう。それがある日突然、不幸な事故によりその生活は崩れてしまった。
十四郎は凛の思いを自分の過去に照らし合わせていた。彼の家族は炎により奪われた。凛もまた、事故により母親を失ったのである。
幼い凛がどれだけ辛い思いをしているのか、同じ境遇の十四郎にはそれが痛い程に理解出来た。
「由夢さん、凛さんの家に着く前に、凛さんの心の中について詳しく教えてくれませんか?」
バス通りを歩いて凛の家に行くその道で、智恵美が問いかけてきた。
「夢にもぐれるということは、潜った相手の深層心理まで覗けると言う事かと。凛さんの心の状態が知りたいのです。サポート方法はその心の状態によって変えねばなりませんから」
智恵美の言葉に、由夢が小さく頷いた。
「そうですね。智恵美さんのおっしゃる通り」
由夢は立ち止まり、視線を空へと向けた。そして再度視線を戻す。その先には、白いマンションが立っていた。そのマンションのベランダには、子供用の服や遊具が置かれているところから、家族世帯が多く暮らしているマンションなのだろう。
紗夜はそんな由夢の表情を見つめ、そのマンションが凛のいる家だと瞬時に悟った。占い師である彼女は、直観力が人よりも優れており、街角で出会う多くの人々の表情から、その人の運命や考えを読み取る事が出来る。
紗夜は何も言わなかったが、由夢が智恵美に尋ねられて何を思ったかを、その表情から読み取る事が出来た。由夢の心に迷いの色が生じている事を、紗夜は悟った。
母を亡くした少女は、夢の中で亡き母と過ごしている。それを連れ戻す事に迷っている事が、由夢の表情に現れていると紗夜は感じていた。
「由夢さんの使命もまた、大きな流れの1つなのでしょう」
「何か言ったか?」
皆の後ろで呟く様に囁いた紗夜に、十四郎が尋ねる。紗夜は静かに首を振ると、由夢へと視線を移した。
「凛ちゃんは、これから先、お父さんである輝信さんと2人で生きていこうと、心の底では思っています」
そう由夢が言った時、後ろから歌声が聞こえてきた。
先ほど、バス停前のショッピングモールで見かけた親子が、一緒に歌いながら4人の横を通り過ぎていった。親子は楽しそうに手を繋ぎ、買物のビニール袋を提げ、白いマンションを通り過ぎその先にある道を左に曲がり、見えなくなってしまった。
「少し前までは今の親子の様に、大好きなお母さんと過ごしていましたからね。それがなくなってしまった今、凛ちゃんを支えてくれるのはお父さんしかいない。深層ではそれがわかっている様です」
「では、深層では現実を受け入れているのね」
と、智恵美が問いかける。
「はい。8歳とはいえ、母親の死がわからない年齢ではありません。お母さんも大好きですが、お父さんも同じぐらい大好きで大切なのです。でも」
「現実逃避している、のですね。あまりの悲しい現実に」
皆から一歩離れたところで、会話を聞いていた紗夜が答える。
「紗夜さんの言うとおりです」
「だから、いつまでも夢の中に逃げ込んでしまっているって、わけだな」
十四郎は眉間にしわを寄せ答え、さらに続けた。
「なあ由夢さん、娘の父親にも夢にご同行願いたいんだが、出来るかい?」
「父親。輝信さんを?」
今度は由夢が十四郎の顔を見つめた。
「娘も、父親の姿を見れば戻る気になるかも知れねぇだろ?それに、だ」
仕事上がりのぼさぼさとした頭のまま、十四郎は真剣な表情を浮かべた。
「こんな時こそ真っ先に父親が行かなくてどうすんだ。こんな時こそ、父親の出番だろ、娘が大切だと思うならな」
「私も同感です。こんな時こそ父親の出番でしょう。いえ、娘さんを救えるのは、父親である輝信さんです。私達はそのサポートをするだけ。母親と同じ位父親の事が好きだという事はよく、わかりましたので」
人々を優しく包み込む、慈愛に満ちた笑顔を智恵美が浮かべた。由夢はその笑顔を見て、どこかほっとしたような表情を見せる。これで大丈夫だ、と安心したのかもしれない。
「じゃ、これで作戦も決まりだな。あんたもそう思うだろ?」
十四郎が紗夜に顔を向けたので、紗夜は無表情のままも無言で頷いたのであった。
凛の住むマンションはセキュリティーのかけられたマンションで、由夢が入り口の番号パネルのついたインターホンを押すまでは、入り口の扉はまったく動かなかった。
夕方であるせいか、マンションに入って井上家の部屋の前に行くまでに、あちこちから夕飯の香りが風に乗って漂って来た。
その香りと一緒に、まわりの部屋の中からは子供が騒ぐ声や、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。このマンションは、幼い子供を持つ家族が多く暮らしているのだろう。
「賑やかだな。俺のところは、潰れかかったアパートでしかも1人暮らしだから」
と言って、十四郎は苦笑し首を小さく振った。
「いや、そりゃ違うな。居候と幽霊の兄貴がいるから」
「本当に賑やかですこと。賑やかなマンションといえば、昔クリスマスで行ったアパートの事を思い出しますわ。あれはちょっと、こことは雰囲気が違いますけど」
会話を交わしている十四郎と智恵美のあとから、紗夜は1人黙ったまま静かに歩いてくる。
人には見えない何かが紗夜には見えるのだろう。占い師である彼女は、凛の未来の事までをも考えている様子であった。
やがて3人は、井上、と書かれた部屋の前に着いた。チャイムを押すと、すぐに30代後半ぐらいの、痩せ型でめがねをかけた男性がドアから顔を出した。
「お待ちしておりました、由夢さん。それに」
男性は、由夢の後ろで立っている3人に視線を向けた。
「十四郎さん、紗夜さん、智恵美さんです。彼らがいれば凛ちゃんを助け出せますから」
「有難うございます、よろしくお願いします」
そう言って、凛の父親、井上輝信は4人を室内へと案内した。
可愛らしいウサギのぬいぐるみが沢山飾ってある部屋のベットで眠り続ける凛は、紗夜が草間興信所で呟いた通りまさに眠り姫の様であった。
「それで、輝信さん。私達で話しあったのですが、貴方も凛ちゃんの夢の中に同行願えませんでしょうか?」
「え?」
輝信は驚いた表情で、由夢を見つめた。
「私などが行って、何が出来るのでしょうか」
「おいおい、あんたこの子の父親だろう?」
苦笑を浮かべ、十四郎が言葉を投げかけた。
「あんたがいかないで、どうするんだよ。いいか、この子を救えるのはあんただけなんだ。母親がいなくなった今、この子を支えてやれるのは誰なのか、わかっているだろ?まさか、娘はどうでもいい、なんて思っちゃいないだろうな」
「しかし、夢の中で私はお役に立てるでしょうか」
自信がなさそうに答える輝信に、今度は優しい笑顔で智恵美が支える。
「大丈夫です、その為に私達が来たんですもの。眠っている凛さんを取り戻す事が出来るのは、私達ではなく貴方ですよ」
その時、紗夜がおもむろにポケットからタロットカードを出し、一枚めくった。それは夜明けを意味する、太陽のカードであった。
「太陽が昇る時刻が近付いている様です」
神秘的な雰囲気の紗夜のその言葉が、輝信に通じたのだろう。今まで自身がなさそうにしていた輝信が、ようやく首を立てに振った。
「すみません。私は、娘の夢の中で妻に会うのが怖かったんです。私だって、妻の死を未だ受け入れられません」
そう言って、輝信は視線を横に移した。その視線の先には、輝信と凛、そして妻である理沙がどこかの遊園地と思われる場所で撮影した写真が貼られていた。今はせつない写真であるのかもしれない。
輝信とて、そう簡単に愛する人の死を受け入れる事は出来ないだろう。
「だから、夢の妻に会ったら、私も娘のように夢から出てこられなくなると思って。それで、最初に由夢さんが来た時も、怖くて同行出来なかったんです。ここで私が逃げてしまってはいけないと」
「それはごく自然な心ですよ」
安心させる様な声で、智恵美が言う。
「でも、安心しました。貴方なら大丈夫、だと」
智恵美が答えると、由夢が凛に一歩近付いた。
凛はパジャマを着たまま、まったく目を開けない。顔を近づければ寝息が聞こえるが、少し離れるとまったく動かないので、死んでいるかのようにも感じた。
「では、皆さんお願いします」
「私はここへ残りますわね」
凛の寝顔を見て、智恵美が言った。
「現実世界でサポートします。凛ちゃんの体に兆候があれば、お知らせしますから。私が話せば、声が夢の中まで届きますか?」
「はい。こちらから返事をしても聞こえませんけど、凛ちゃんの耳から声は入ってきますから。寝ていてもね」
十四郎、紗夜、由夢、輝信の4人は、凛のそばに横たわり、目を閉じた。
「リラックスをして下さい。夢の中に入るには、緊張は不要ですから」
由夢のその言葉を最後に、十四郎と紗夜の意識はまどろんでいった。
「これが人の夢の中か?へえ、面白いもんだな」
「これが、凛ちゃんの夢の世界」
4人は、マンションの一室の前に立っていた。外に出たのではない。今自分達がいるのは、凛の夢の中のマンションである。そのせいか、先程は感じた夕食の匂いや、よその子供の騒ぎ声はまったく聞こえない。ここはあくまで、凛中心の世界なのだ。
「では、参りましょう」
由夢が部屋のマンションの扉を開けて中へと入る。壁が、どこかゆがんでいたり、装飾品があったりなかったりするのは、夢の中であるからなのだろう。
すぐ横にある部屋の中から、歌声が聞こえてきた。若い母親と小さな女の子が一緒に歌う声であった。
「凛!」
輝信が叫んだが声はやまなかった。
部屋の中へ入った4人が見たのは、部屋の真ん中にあるテーブルに、おやつを沢山乗せ、一緒に歌を歌っている凛とその母親の理沙の姿であった。楽しそうに、そして幸せそうに歌を歌っており、部屋に入って来た4人には気づいていないようであった。
「凛!」
再度輝信が叫んだ。歌がはたとやみ、凛がこちらを向いた。
「パパ!見てママ、生きてたよ!」
「お帰りなさい、輝信さん」
理沙がにこりと輝信に微笑みかけた。凛が夢の中で作り出した母親は、現実では生きていない事を知らない。夢の中にもう1つ、別の世界が作られているのだ。
「これじゃ、帰りたくもなくなるか」
十四郎は一歩前に出た。
「夢の中とは思えないほどここは暖かい。それを捨てて戻ってこいなんて、こんな小さな女の子にはな。だが」
十四郎は、まっすぐに理沙へと顔を向けた。
理沙は見知らぬ訪問者の顔を見つめていたが、何も不振がっていない。この理沙は生身の人間の理沙とは違い、あくまで凛が作り出した、いわゆる幻なのだからなのだろう。
「あんたが娘に現実に戻れって言わない限り、娘の体は眠ったまま弱って行く。放っておけばどうなるかは判るよな?」
「娘?凛がどうして弱るのですか?こうして生きているのに」
「子供は、両親が命を分け与えて生まれるんだ。あんた自身はいなくなっても、娘の命として一緒に生きていける。現実のあんたはもう、この世にはいないんだよ、それが現実だ。この世界は、この子の作り出した幻だ。あんた自身もな」
「幻?私が幻なのですか?」
その時、凛が理沙と十四郎の間に飛び込んできた。
「おじちゃん!凛はずっとここで暮らすの!あっちいってよ!」
「おじちゃんて。俺はまだ‥‥いや、そんなのはいい。ここは夢なんだよ、わかるか?夢はしょせんは夢だ」
十四郎がそう返答して苦笑したが、凛は聞き入れなかった。
「ママといるんだもん、ママと!ママが一緒にいないと、嫌なんだもん!ママと離れたくないんだもん!」
凛の目に涙の玉が浮かび上がり、次々にこぼれ落ちた。その涙を見て、凛が本当は現実のことをわかっているものの、この世界に逃避しているということが良くわかった。
彼女は決して、夢と現実がわからなくなってしまっているわけではない。わかっていても出来ない事が、人間にはよくあるものだ。
「ママはここにいるんだもん!凛はママいなくなったら、やだもん!夢でも、ママがいればいいんだもん!」
「凛ちゃん‥‥でしたか。この世界は、どんな色がしますか?」 十四郎と凛のやりとりを見ていた紗夜が、そっと凛の近づき、そう尋ねた。
「色?色って?」
母親にしがみつき不思議そうな表情を浮かべる凛の視線にあわせる為、紗夜は屈んでその少女と視線を合わせ、小さく微笑んだ。
「貴方の心の色。貴方は何を望んでいるのでしょう。亡き母とのふれあい?だけど、そこにいるのは貴方の父。貴方の大好きなお父さん」
紗夜が輝信の方を向いた。輝信はずっと黙ったまま、凛と理沙を見つめていた。夢の中の家族を見て、じっと何かを考えている様であったが、やがて口を開いた。
「凛、帰ろう。これからはお父さんがずっと一緒だよ」
しかし、凛は強く首を振った。
「お父さんも好き。でも、凛はママのいるこの家から出たくない」
「凛、それは凛が作り出したママなんだよ。お父さんだって受け入れたくないけど、お母さんはもうこの世にはいない。だから、迎えに来たんだよ凛!」
それでも首を振る凛。理沙は笑顔を浮かべたまま、何事もなかったかのように、自分の家族を見つめているだけであった。
「理沙さん」
再度十四郎が口を開いた。
「その子にはまだ父親がいる、父親だってあんたと同じくらい娘を大事に思ってる。家族全部を亡くした俺とは違う」
十四郎の視線の先で、紗夜が凛ににこやかに笑いかけていた。
「2人で支えあえば、あんたのいない辛い現実を、彼らも受け止めて生きてくこともできるはずだろ」
「私は」
真剣な十四郎の表情に、理沙は下を向いた。
「私は凛の作り出した理沙です。だから私自身は自分をどうすることも出来ません。だけれど」
理沙はそう答えると、凛の頭を優しくなでた。
「凛、お父さんを一人にしないで。私は貴方の心の中にいるでもいるわ。いつも一緒なのよ。夢の中でいつでも会えるから」
「ママ、でも」
凛が静かに涙を流し続けた。理沙は主人である輝信に向かい、微笑んで見せた。
「輝信さん、凛をよろしくお願いします。この方々のおかげで、ようやく決意出来ましたわ。私は所詮、凛の作り出した理沙ですから。私に会いたくなったら、いつでも来て下さい。夢の中でなら、いつでも会える」
「茨に守られているなら、断ち切ればいい」
誰にも聞こえず、ひっそりと紗夜が呟いた。
「凛さんが起きました!」
どこからともかく、声が響いてきた。その声は明らかに智恵美の声であった。
「皆様、そろそろ戻りますよ!」
そう由夢が叫んだ次の瞬間、4人は凛のベットのそばに横たわっていた。目覚めの時間であった。
「うまくいった様ですね」
ベットのそばに智恵美が立っており、今まで死んだように眠っていた凛が目を覚ましていたのであった。
「凛」
輝信はメガネを涙でぬらしたまま、娘を抱きしめた。
「良かったですね。輝信さん」
由夢がそう尋ねたので、輝信が深々と頭を下げた。
「本当に有難うございます。娘までいなくなったら、私は生きていけないですから」
「良かったな。凛ちゃんも頑張った」
十四郎が目覚めて父親に抱きしめられている凛の頭をなでた。
「凛ね」
凛がベットから出て、皆の前に立った。
「パパが可愛そうだと思ったの。ママがいなくなったから、凛がパパのそばにいないといけないって、夢の中で思ったの!」
「夢の中にも、父親の愛は届いていたのですね」
納得した様な表情で、智恵美も凛の頭をなでた。
「やはり、タロットの通りでした」
静かな夜を思わせるような口調で、紗夜が答えた。
「最後に必要なのは、家族の愛だったのかもしれません」
「皆さん、本当に有難うございます」
由夢が嬉しそうな顔で言った。
「おかげで、あの子を助ける事が出来ました。でもまた、いつこのような事件が起こるとも限りません。その時はまた、お力を貸していただけますか?」
「俺に出来ることならな」
「私は、カードが囁くままに」
「それが神に仕える私の役目ですから」
3人の頼もしい答えに、由夢は嬉しそうに頷いたのであった。(終)
◇登場人物◆
【0883/来生・十四郎/男性/28歳/五流雑誌「週刊民衆」記者】
【7986/月城・紗夜/女性/18歳/占い師】
【2390/隠岐・智恵美/女性/46歳/教会のシスター】
◇ライター通信◆
来生・十四郎様
初めまして、WRの朝霧です。今回は発注頂き有難うございました。
家族を失っている、という点で凛と共通するものがあると思い、十四郎さんの思いを物語の色々なところにちりばめてみました。一見大雑把ですが、実はかなり細かいところも考えている、というイメージで描いてみました。今回の物語では(輝信以外では)唯一の男性ですので、男っぽさもうまく描けていればいいな、思います。
では、どうも有り難うございました!
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