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<東京怪談・PCゲームノベル>


 求め、魅入られ、氷結歌

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 アイベルスケルス本部に鳴り響く警報。
 いつもなら、すぐさま現場へ急行する。
 そう、警報理由が "いつもどおり" だったなら。
 情報室にて、状況を確認した私達は言葉を失った。
 モニターに映し出される惨事。
 その元凶は、魔獣ではなく……。
「……行かなきゃ。ボーッとしてる暇なんて、ない」
 ポツリと呟き、沈黙を破ったのは梨乃。
 その声で、ハッと我に返る。
 そうだ。急がねば。すぐに向かわねば。
 目が覚めるかのような心境。
 すぐさま、私達は、それぞれの役目を果たそうと行動を開始した
 藤二と千華は、情報室に残ってデータ分析や称号を。
 他のメンバーは、地上へ。惨事の舞台へと向かう。

 魔獣の同化能力。
 人の心を喰らい、全てを支配してしまう。
 心を盗られた人間は、我を失い "魔獣人" と化して。
 今までも何度か、魔獣人と化した人間を処理してきた。
 もはや、珍しくも何ともない。悲しきかな、最悪の事態。
 元々は人間だった存在を始末するのは、心が痛む。
 けれど、放置するわけにはいかない。
 元に戻す術があるならば、縋りたい。
 現場へと急行する最中、
 モニターに映し出された惨事が何度も頭の中で再生された。
 美しくも、脆く儚い氷の歌。
 魔獣人と化した、魔具職人の嘆き。

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 魔具は、素敵なものだよ。
 夢を叶えるって言ったら大袈裟かもしれないけど。
 人を元気にするチカラを持ってる魔具だってあるんだ。
 ただ、そこにあるだけで、あったかい気持ちになれるとか。
 僕もね、そういう魔具を作っていきたいなって思ってるんだ。
 ちょっぴりクサいかもしれないけどさ。
 僕はね、魔具職人って "夢をみせる人" だと思うんだよ。
 似たようなことを、昔パパも言ってたけれど。
 簡単なことじゃないよね。夢をみせる、だなんて。
 だから、あんまり頑張りすぎちゃうとパンクするんだ。
 魔具職人だって、普通の人間と何ら変わりないんだから。
 夢を作ること、夢を見せることの難しさ。
 ちょびっとでも、そこに迷いを覚えてしまったら……。
 こんな風に、悲しいことになっちゃうんだよね。
 悲しそうな目で、魔獣人と化してしまった魔具職人メルトを見やる雪穂。
 都の中央区は、荒れ狂う吹雪に包まれている。
 繁華街はパニック状態。悲鳴や泣き声が飛び交う。
 雪穂は、吹雪に目を細めながら、道端で蹲る男性に歩み寄った。
 氷の刃に突かれた男性の左足は、血に染まっている。
 けれど、さほど傷は深くないようだ。
 既に出血は治まりつつあるようで。
 その事実に気付いた雪穂は、確信した。
 我を忘れて暴れ回っているように見えるかもしれないけれど、違う。
 まだ、メルトは完全には支配されていない。
 躊躇っているんだ。
 自分が作った自慢の魔具で人を傷付けることを。
 でも、そう気付いたところでどうしようもない。
 魔獣人化してしまった人を元に戻す術はない。
 僅かに残っているであろう理性も、やがて消えてしまう。
 雪穂は、負傷した男性の傷を治癒魔法で軽く癒し、
 ゆっくりと立ち上がると、懐から蜘蛛のエンブレムが刻まれた懐中時計を取り出した。
 助けてあげたいよ。できることなら。すぐにでも。
 でも、できないんだ。僕に出来ることといえば、ひとつだけ。
 生き地獄のような、長い苦痛に苦しまぬよう。

 一瞬で焦がしてあげる。

 懐中時計に口付け、雪穂は紅蓮の力を解放した。
 その身に宿す、灼熱の想い。眩い紅に目覚める、もう一人の自分。
 同じ魔具職人として敬意を払い、躊躇うことなく焦がさんと。
 緋色の瞳でメルトを見据えながら、雪穂はスペルカード 【黒炎鳥】 を詠唱。
 空から、スッと降りてきた巨大な黒い薙刀を手に取り、雪穂は跳んだ。
 雪穂の身体を包む炎が華麗に揺れる様は、まるでドレスの裾のよう。
 無論、メルトは応戦して氷の刃を、いくつも飛ばす。
 けれど、届かない。
 氷の刃は、雪穂に届くことなく溶けて蒸発してしまう。
 半獣のような姿と化したメルトは、
 それこそ獣のように、高く跳躍しながら雪穂を煽る。
 普通の魔獣より、何倍も防御力が高い。
 攻撃がヒットしても、致命傷には至らず。
 氷山を削り落としていくかのように、何度も攻撃を加えねばならない。
 攻撃がヒットする度、氷が割れるような音が耳に届く。
 やたらと生々しくその音が響く度、雪穂の心が痛む。
 どうしようもないんだと、そう頭では理解っているのに。
 考えてる。
 どうにかして、救えぬものかと。
 救う術は、ないものかと考えてしまっている。
 そう迷ってしまえば、当然、攻撃力は落ちる。
 躊躇っているかのような自分の動きに、雪穂は眉を寄せた。
 駄目。不可能なんだから。無駄なことを考えている暇なんてないの。
 何やってるの。何を躊躇っているの。
 躊躇えば躊躇うほど、苦しめるだけなのに。
 そう言い聞かせてみるものの、なかなか割り切れない。
 不甲斐ない自分に幻滅しかける雪穂。
 だが、そんな雪穂の背中を押すかのように。
 黒炎に包まれた大きな翼が出現する。
 雪穂の背中に生えた、黒い翼。
「黒蓮……。勝手に出てきちゃ駄目っていつも言ってるでしょう……?」
 薙刀を振り下ろし、躊躇ある攻撃を繰り返しながら呟いた雪穂。
 黒い翼は、雪穂の言葉にこたえるかのように激しく揺れてみせた。
 その動きは "お前の為だ" と言っているかのようで。
 雪穂は、しばらく沈黙した後、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
 そうね。ごめんなさい。あなたの言う通りだわ。
 あなたを叱る権利なんて、今の私にはないわよね。
 目を伏せ、雪穂は攻撃を止めた。
 不甲斐なき自分を諭してくれた、最愛なる部下に感謝を述べて。
 雪穂が攻撃を止めて数秒後。
 黒い翼は、意思を持つ生き物のように揺れ、反撃を試みるメルトを包み込んだ。
 そっと、宝箱にしまうかのような優しい抱擁。
 黒き翼の中で、メルトは音もなく焦がれた。

 *

 紅蓮の力を封じ、元の姿に戻った雪穂。
 原型を留めて地面に残る、水色の首輪。
 メルトの首に掛かっていた、メルトが作った、自慢の魔具。
 雪穂は、それを拾い上げて頷き、ニッコリと笑った。
 うん……。やっぱり、凄いや。僕には思いつかない発想。
 こういう組み込み方、効果的なんだね。
 残った魔具を観察しながら、ふむふむと頷く雪穂。
 そこに、都民の安全確保を終えた海斗が合流した。
「雪穂ー! 俺もーって……うへ。もー終わった?」
「ん。あぁ、うん。終わったよ〜」
「そか。イイ仕事しますなー」
「……ふふ。どっちが?」
「は? どっちがって……。は?」
 キョトンと目を丸くしている海斗。
 雪穂は、クスクス笑いながら屈んで、
 魔具の横に転がっていたラクリマクロスも拾い上げた。
 この魔具は、メルトという優秀な魔具職人が存在していた、何よりの証。
 自分には思いつかない、斬新な発想で構成された魅力的な代物。
 雪穂は、ひんやりと冷たい水色の首輪を首に掛けて微笑んだ。
「終わったし、帰ろっか〜」
「ん? おー」
 もっと早く、君に会いたかったな。
 色んな話、したかったよ。君となら、夜明けまで語り明かせたような気がする。
 ねぇ、もしも生まれ変わって会えたら、たくさんたくさんお話しようね。
 その時、僕達は魔具職人じゃなくなってるかもしれないけれど。
 たくさん話そう。話し疲れて眠くなるまで、たくさん話そう。
 いつか必ず、きっと。ね? 約束だよ。忘れないでね。
 空を見上げてニコリと微笑み、歩きだす雪穂。
 先程の発言が気になるのか、海斗は雪穂を追いかけながら尋ねた。
「なー。さっきのってどーゆー意味?」
「ふふふ。何でもないよ〜」
「何でもないことないだろ。すげー気になる」
「ふふふ〜。内緒だよ〜」
「っつーか、その首輪も気になる。ちょっと見せ……あっ、こら、待て!」

 メルトという優秀な魔具職人が存在していた、何よりの証。
 水色の首輪が、雪穂の手によって新しい魔具として生まれ変わるのは、3日後の話。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7192 / 白樺・雪穂 / 12歳 / 学生・専門魔術師
 NPC / 海斗 / 17歳 / ハンター(アイベルスケルス所属)
 SUB / メルト / 20歳 / 魔具職人

 こんにちは、いらっしゃいませ。
 シナリオ『 求め、魅入られ、氷結歌 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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