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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ お化け蝋燭と私 +



 ある日の街。
 露店にて。


「其処の可愛いお嬢さん、魔法の蝋燭はいらんかえ?」
「魔法の蝋燭?」
「火を付けて遊んでごらん。この蝋燭達はとても良い香りがするんだよ。果実の香り、新緑の香り、砂糖菓子のような甘い香り……沢山あるよ」
「わぁ! それは素敵な話ね! お幾ら?」
「可愛いお嬢さんから金なんか取らないさ。一つなんてケチなことも言わない、欲しい数を持っていくと良い」


 顔の殆どを布で巻いた怪しげな露店商は前髪の一部が紫に変化した黒髪の少女に声を掛ける。彼女の名はファルス・ティレイラ。竜族の娘だ。
 彼女は露店商の男が差し出す蝋燭を両手で受取る。
 其れはハロウィンなどで使われそうなシーツお化けの姿をしていた。他にもと男が手を足元へ下げるので彼女は視線を下げる。其処には他にも魔女や天使を模した物から一見本物と見間違いそうになる程精巧に作られたお菓子の蝋燭があった。
 ティレイラは目を輝かせながら気に入った幾つかの蝋燭を選び出す。
 男はそんな彼女に囁きかける。


「私の望みは貴方がこれに火を付ける事。遠慮なく持っていくと良いよ」


 口の形は布に阻まれていたが男が笑っていることだけは分かった。



■■■■■



 帰宅後彼女は貰ったばかりの蝋燭達をテーブルの上に並べた。
 大きさは大体のものが五センチ程度のもの。露店に並んでいたものの中にはそれよりも大きなものも有ったが手軽に楽しめそうな小振りな物を彼女は選んだ。


「火を付けて、っと。……あ! 本当だ、これお菓子の香りがする〜!」


 ケーキの形をした蝋燭に火を灯せばちりちりと蝋が溶けていく。
 同時に生クリーム特有の甘い香りが室内を満たしていった。ティレイラはその美味しそうな香りに思わずよだれを垂らしそうになるも慌てて口元を拭う。ふっと息を吹きかけてケーキに灯った火を消すと次は葡萄の形をした蝋燭に手を伸ばした。
 次は本の形をした蝋燭――紙特有の緑にも似た香り。
 その次はフランスパンの形をした蝋燭――焼きたてパンの美味しい香り。
 彼女は貰った蝋燭を次々と試しては火を消していく。


 そうして最後に残ったのは小さな蝋燭。
 そう「蝋燭」だ。短めの蝋燭に三白眼に見える目が書かれた其れは童話に出てきそうなお化け蝋燭。


「この子はどんな香りがするのかな〜! んー、やっぱり蝋のままなのかなぁ?」


 るんるん♪、と鼻歌を歌いながら彼女はその蝋燭の先端にある縒り糸にマッチで火を灯す。其れもまた他の蝋燭達同様身を炙られ溶けていく――が。
 ヒュン、と空気を裂く音。


「きゃあああ!」


 同時に彼女の悲鳴が上がった。
 火の付いたお化け蝋燭が突然意思を持ち、身体を宙に浮かせ突然逃げ出したのだ。
 ティレイラの顔を飛び越え部屋を出て行こうと駆ける蝋燭を見遣ると慌てて追い駆ける。だが簡単には捕まらないと蝋燭もティレイラを翻弄するように左右、上下、前後と素早く逃げていく。
 まるでからかう様に逃走するお化け蝋燭にティレイラも怒りを覚える。まず窓や扉を閉めそう簡単には外に出られない様に仕掛け、その後じりじりと確実にその蝋燭を部屋の端に追い詰めた。
 火を付けた事が原因で暴れだしたなら捕まえる方法は一つ。
 その頭に灯る火を消してしまう事だ。


「ふふふ、もう逃げられないわよ。大人しく観念し――ッ、きゃあ、熱!」


 魔法で作り出した如雨露を持ち水をかけようとした瞬間蝋燭が身を捻り、回転する。その勢いのまま溶けていた蝋をティレイラに飛ばし反撃を開始したではないか。
 ピチャ。
 ピチャ、ピチャ! ビチャ、びちゃ、び、ちゃ!


「熱い! 熱い! あのね、私はそういうSMな趣味はないのー!」


 熱せられた蝋が腕に浴びせられれば顔を庇うように両手をクロスさせる。その小柄の何処に詰っていたのかと問いたい程の多くのどろっとした蝋が彼女を襲う。皮膚が焼かれない様気を張って耐えているも、蝋は蝋。熱源が無くなれば当然凝固していく。
 流動体になっていた蝋が再び固体化すると同時にティレイラの動きを封じていく。


「うそ、や、やだっ! 固まっちゃう、動けなくなっちゃ、っ、ぁ!」


 お化け蝋燭は変わらず身を回転させ続け蝋を飛ばし続ける。
 例えティレイラが悲鳴をあげていようと悶えていようとお構い無しに。


 直感的に危機を感じたティレイラは背中から竜の翼を広げせめて空中に逃げようと浮き上がる。だが其れを読んでいたかのようにお化け蝋燭は今まで以上の素早さで彼女の手足、そして広げられた翼へと蝋を飛ばし始めた。
 白いどろどろがティレイラを覆い尽くしていく。
 熱く。
 熱く。
 皮膚を焼く、その熱が、彼女を。


「……ぁ、あ……」


 ゴトン。
 宙から落ちたのはティレイラの固まった姿。
 広げた翼は役に立たず、顔を覆っていた手も役に立たず。
 残ったのは可愛らしい少女の蝋人形。


 お化け蝋燭は回転を止め笑う。
 いや、笑っているかのようにその場を飛び跳ねる。愉しそうに、悪戯が成功した子供の様にただ跳ねて跳ねて。
 蝋燭と化したティレイラの身体の上に乗り、跳ねる。跳ねる。


―― 早く熱を。


 彼女は固まった身体とは別に思考を巡らす。


―― 熱を。
―― 火を。
―― 早く。
―― 溶かして。


―― 蝋燭を。
―― 私を。
―― 誰か。


―― 早く誰か私を溶かして!


 彼女の嘆きの声は、蝋に阻まれて誰にも聞こえない。
 ぴょんぴょんぴょん。
 お化け蝋燭はただ跳ねていた。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】


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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりです。発注有難う御座いました!
 今回はドタバタ劇とお化け蝋燭ということでこのような反撃をさせて頂きました。早く彼女に火を灯す誰かが現れる事を祈ります! では!