コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 ターン・アウェイ

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ちょっと買い過ぎたかも……なんて思いつつ、
 大きな箱を、いくつも抱える買い物帰り。
 そこで偶然、ばったりと遭遇。
 台本通りというか何というか、何て見事なタイミング。
 半分持つよと言ってくれる、その優しさも、お約束。
 けれど、それだけじゃ終わらなかった。済まなかった。
 お約束な展開は、お約束の結末を迎えた。
 ポロリと落ちそうになった箱。
 バランスを保とうと慌てて、フラリとよろめく。
 相手は、そんな自分の身体を支えてくれた。
 でも……その拍子に、触れてしまった。
 どこがって、何がって、唇が。
「…………」
「…………」
 二人揃って沈黙。というか、絶句。
 時間が止まったかのように動かない。
 しばらくして、ようやく時が動きだす。
 先に時間の凍結が解除されたのは、相手のほうだった。
 その後、すぐに自分もハッと我に返ったんだけれど。
 相手は、何も言わず。プイッとそっぽを向いた。
 スタスタと歩いて行く、その背中。
 これみよがしな、すっとぼけ。
 うん、その反応も……お約束。

-----------------------------------------------------------------------------------------

(ん……?)
 キョトンとして首を傾げた雪穂。
 雪穂が首を傾げている理由は "理解できないから" だ。
 何故、浩太が急に、素っ気なくなったのか。そこが理解できない。
 つまり、唇が触れたことについては、まったく気にしていない。
「どうしたのかな?」
 肩に乗っている護獣、白楼と正影に尋ねてみた雪穂。
 二匹も、雪穂同様にポカーンとしていたようだけれど。
 すぐさまハッと我に返って、大騒ぎ。
 喋るわけじゃなく、ジタバタと身振り手振りするだけだけど、
 二匹がアツくなっている(興奮している)ことは、十分わかる。
 事故とはいえ、女の子にキスをした。
 それなのに、何の言葉もなく逃げるだなんて失敬だ。
 護獣達は、そう文句を言っているようで。
 不愉快そうに鳴く二匹を宥めながら、雪穂はクスクス笑った。
「落ち着いて〜。何も特別なことじゃないよ〜」
 白楼と正影も、知ってるでしょ?
 さっきのは、挨拶だよ。仲良しのシルシだよ。
 僕だって、屋敷のみんなにしてるよ。家族だから当然だけどさ。
 まぁ、さすがに、いきなり過ぎてビックリはしたけどね。
 どうして、あのタイミングで挨拶してきたのかなぁ。
 別に、いつしても良いものだとは思うけど。
 街中でしたことは……僕もないなぁ。
 何か、特別な意味があるのかも?
 何か、メッセージが込められてるとか?
 そう思った雪穂は、タタタッと駆けて浩太を追いかけた。
「ねぇねぇ、浩太」
 ポンと背中を叩いて声を掛けてみるものの、浩太はスタスタと歩いて行くだけ。
 普段は、ゆっくり歩くのに。今の浩太の歩き方は、競歩っぽい。
 隣に並んで、同じように急ぎ足。雪穂は、横顔を見ながら尋ねた。
「さっきの、何か特別な意味があるの?」
「……はっ? な、何で……?」
「急だったから〜」
「いや、あれは……事故で……」
「事故って?」
「え? いや……」
 会話が噛み合わない。
 無理もない。キスに対する見解が根本的に違うんだから。
 浩太は、何てことをやらかしてしまったんだと動揺している。
 でも、雪穂は微塵も動揺していない。ただ、不思議に思っているだけ。
 あぁ、そうか。遠回しに謝罪を求められているのか……!
 浩太は、そう結論付けて納得した。確かに、逃げたのはマズい。
 何事もなかったかのように平然としているなんて、あんまりだ。
 謝ろうとは思ってる。思ってるんだけど……なかなか難しい。
 何で言えば良いんだろう。キスしちゃって、ごめん?
 いや……何かおかしい。これじゃあ、ちっとも誠意がない。
 じゃあ、いったいどうやって謝れば……。
 早足で歩きながら、あれこれ考える浩太。
 こんなに真剣に何かを考えながら歩くのは初めてだ。
 考えながら歩くって、こんなに難しいことだったっけ……?
 謝罪について、その手段について、選ぶべき言葉について。
 それを考えることに夢中になっている浩太は、かなり険しい顔をしている。
 その横顔を見つめる雪穂は、悪いことをしてしまったと反省した。
 いや、反省する必要なんてないのだけれど。
 自分が尋ねたことで、困らせてしまったのではないかと雪穂は思った。
(怖い顔してるな〜)
 浩太が、そういう顔してるのって何か嫌だな。
 僕の中で、浩太は、いつも笑顔でほんわかしてるイメージだから。
 まぁ、僕のせいなんだよね。それって。
 ちょこっと気になったから、訊いてみただけなんだ。
 そんな顔させるために訊いたんじゃないんだよ。
 別に、どうでもいいよね。深い意味とか。
 仲良しのシルシ。それだけで、十分だもんね。
「ごめんね」
 浩太の腕を掴んで言った雪穂。
 謝るのはこっちなのに。どうして雪穂が謝る?
 驚いた浩太は、咄嗟にピタリと立ち止った。
 そして、慌てて謝罪を述べようと息を吸い込む。
 まだ、どうやって謝るべきか、その答えは出ていないけれど。
 謝る必要のない雪穂が謝ったことで、浩太は焦ったのだ。
「いや、謝るのは、僕―」
 だが、そこで口篭ってしまった。
 何故って……またビックリしてしまったから。
 謝ろうとした矢先、雪穂は、浩太の頬に軽く口付けた。
 それこそ、深い意味なんてなくて。そう、それは、ただ単に……。
「仲良しのシルシ〜」
 ニッコリと微笑んで雪穂は言った。
 ビックリしたのは事実だけど、嬉しかったのも事実。
 それなら、自分もお返ししなくちゃ。雪穂は、そう思ったようで。
 先程の事故的なキスよりも、はっきりと明確なキス。
 場所が場所なだけに、大勢の目撃者がいた。
 雪穂も浩太も、都で有名な存在だ。
 そんな二人の可愛らしいキス現場を目撃してしまえば……人々は和む。
 冷やかす者は、誰一人いなかった。
 寧ろ、何て可愛らしいカップルなんだと応援したくなる感じで。
 和やか〜な雰囲気、優し〜い眼差しを向けられる。
 何ともいいがたい、この雰囲気。
 浩太的には、冷やかされたほうがマシ。
 極限に照れた浩太は、更に早足で歩いていく。
「あ、待って〜」
 チョコチョコとついていく雪穂。
 あぁ、もう。どうしようもないじゃないか。
 本心ではないけれど "ついてこないでくれ" だなんて。
 そんなことを思ってしまう自分に、浩太は更に照れ臭くなった。

 *

 本部に到着し、雪穂は微笑んで御礼を述べた。
「ありがと〜。もう大丈夫だから、自分で持つね〜」
 ニコニコしながら、空いているほうの手を差し出した雪穂。
 浩太は、目を逸らしたまま、持っていた荷物を雪穂に返した。
 戻ってきた二人を見つけ、歩き煙草しながら近づいてくる藤二。
「おかえり。二人で出掛けてたのか?」
 藤二の言葉に、雪穂は、よいしょと荷物を持ち直して返す。
「ううん〜。途中で会ったんだ〜。荷物持ってくれたの〜」
「あぁ、そうなんだ」
 いつもどおりの、ほんわかした雪穂の喋り方に和んで微笑む藤二。
 だが、ふと浩太を見やって、すぐに異変に気付いた。
 あからさまにおかしい。目を泳がせて、落ち着きがない。
(何つぅ顔してんだ)
 初めてみる浩太の表情に、藤二は苦笑した。
 何があったのか。訊きたいところだけど……野暮かな?
 そう予感して、藤二は詮索を遠慮したのだけれど。
「藤二兄にも、仲良しのシルシ〜」
 雪穂は、そう言って背伸びし、藤二の頬にチュッと口付けた。
 これまた突然だったけれど。耐性のある藤二は、微塵も動揺しない。
「ははは。ありがとう。じゃあ、俺もお返ししなきゃね」
 嬉しそうに笑い、ちょっと身を屈めて雪穂の頬に口付けようとした藤二。
 だが、さりげなく、浩太がそれを阻んだ。
 軽く踏みつけられた足。
 藤二は、浩太の咄嗟の行動にクックッと笑う。
 おそらく、そういう反応をするだろうと予測していたのだろう。
「じゃ〜僕、部屋に戻るね〜。研究の続きしないと〜」
「あぁ、魔具?」
「うん〜。いいアイディアが浮かんだんだ〜。えへへ」
「そっかそっか。頑張ってね」
「ありがと〜。じゃ〜ね〜。ふたりとも〜」
 嬉しそうに笑いながら、トテトテと自室へと向かっていく雪穂。
 その背中を見送った藤二は、チラリと浩太を見やった。
 はぐらかそうと必死になっている姿は、とても "わかりやすい" 反応。
 藤二は、浩太の肩にポンと手を置き、ちょっと偉そうに言った。
「ふ〜ん……?」
 その言葉に、浩太は取り乱す。
「い、いや。別に、そういうんじゃなくて……」
「ん? 何が? 俺、何も言ってないけど?」
「…………」
 まんまとハメられた。墓穴を掘ってしまった。
 すぐさま、自分も立ち去れば良かったのに。逃げれば良かったのに。
 ラッキーなのか、アンラッキーなのか。もう、何が何だか、さっぱりわからない。
 直接口に、言葉にしたわけじゃないけれど。
 浩太の想いが露呈した、ある日の物語。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7192 / 白樺・雪穂 / 12歳 / 学生・専門魔術師
 NPC / 浩太 / 17歳 / ハンター(アイベルスケルス所属)
 NPC / 藤二 / 25歳 / ハンター(アイベルスケルス所属)

 こんにちは、いらっしゃいませ。
 シナリオ『 ターン・アウェイ 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------