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<東京怪談ノベル(シングル)>


 失われた記録

 その日、黒蝙蝠スザクは包みを持って歩いていた。持っている包みの中身はレモンクッキー。
 スザクは、最近知り合いになった新聞部の少年、小山連太に会いに行こうとしていた。最近学園内で起こる怪盗騒動について、何か情報が掴めるんじゃないかと言う下心と、一生懸命記事を書いている記者に敬意を評して差し入れを思いついたのだった。
 新聞部は学園の中でも一二を争う伝統を持つクラブである。学園創設からの歴史が眠っていると言う噂も存在し、。聖学園の図書館は広く、広さに比例して在庫も多いが、学園の歴史に関しては新聞部に劣る。新聞部には学園創設時からの新聞の原稿が保管されているのであった。ただし、新聞部の部室は、お世辞と言って綺麗ではないので、滅多な事がなければ人は来ないし、資料を見せてもらうとなったらほとんどの人は図書館を利用する。それでもスザクが行ってみようと思ったのは、一重に連太が普段どうやって記事を書いているのか見てみたいと言う好奇心に押されてである。

「本当に……お化け屋敷みたいねえ」

 スザクは笑う。
 新聞部の部室が存在するのは、旧校舎。今よりもっと学園がこじんまりしていた時は、学科ごとに校舎を分ける事もなく、一つの校舎で授業を行っていたのである。
 旧校舎は今は新聞部の部室以外は機能していない。蔦は伸び放題、ツタバラが絡まり、血の色をしたバラが咲き乱れる様がいかにもである。
 スザクはドアノブを捻る。

 ギギギギギ……

 油を部員は誰も差していないのだろうか。ひどく耳障りな音と共に扉は開いた。
 緩い床板の上をスザクは歩いていった。
 暗い廊下を歩いていくと、灯りの付いている部屋が一つだけ見つかった。
 恐らくそこが新聞部の部室であろう。
 スザクはドアを叩いた。
 返事はない。
 あら、仕事中かしら?

「こんにちは、黒蝙蝠です。小山君はいますか……」

 扉を開いて、スザクは絶句した。
 連太が倒れている。
 普段被っているキャスケットはずれ落ち、坊主頭が見えた。

「! ちょっと、小山君!? 小山君!?」

 スザクは慌てて駆け寄った。
 連太はぴくりとも動かない。
 どうしよう、まさか事件? 怪盗にやられたとか……悪い人に襲われたとか……。
 おろおろして、とりあえずしゃがみこんで息があるかの確認をしようとしゃがんだ瞬間。

 グウ―――

 間抜けな音が響いた。

「え……?」

 唖然としてスザクは連太を見た。
 連太の腹の音だ。
 スザクは少し吹き出した。お腹減ってて倒れてたのね。
 スザクは笑いながら包みを取り出し、連太の肩を叩いた。

「小山君、小山君」
「………ん」
「お腹すいてるの? 大丈夫? これ、食べれる?」
「……あっ、クッキー」
「はい、お疲れ様」

 スザクがクッキーを差し出すと、ようやく連太は目を覚ました。
 そしてそのままむくりと起き上がると、クッキーをガツガツ食べ始めた。

「ムグッ、すびばせん、今日朝からずっと記事書いてたんで、授業も公休もらって書いてたんふよ」
「お腹グーグー鳴らして……何も食べてなかったの?」
「号外もそうですけど……モゴッ……通常の方のコラムも間に合わないッフヨ。朝から缶詰めっふ」

 なるほど。
 連太はクッキーを口に頬張る通り越して詰め込みながらも、手だけは原稿を書き続けていた。生憎速記なので走り書き過ぎてスザクには読めない。

「そう言えば他の新聞部の皆さんは?」
「先輩達っふか? フガ……今は自分が書いた原稿校正して、印刷室に持って行ってるっふ。先輩達は仕事早いっふから……ゴックン。ご馳走様っす! 生き返った〜」
「あらあら、お粗末様」

 相変わらずにこにこ笑いながらも、連太の手は速い。速記で原稿に物凄い速さで字が埋まっていく。これでまだ修行中って、新聞部のベテランのスピードって一体どんなものなのかしら。スザクは少しだけ考えたが、それはさておき。

「あのね、小山君」
「はい?」
「学園新聞のバックナンバーを読めたらいいなあって思ったんだけど」
「図書館の方にもあるはずっすけど、なかったっすか?」
「最近怪盗騒動のせいでね、前より学園新聞の貸出申請が増えて読めないのよ。一応図書委員なんだけどね」
「なるほど……」

 ようやく連太の手が止まった。
 少し覗くと、原稿用紙が完全に字で埋まっていた。

「ようやく夕方の分と号外ができた〜。すぐこれ印刷室で待ってる先輩達に持ってかないと……あっ、バックナンバーなら」

 連太は立ち上がって奥に引っ込んでいった。
 奥には棚が詰まっている。
 連太はそこから青いケースを1つ引っ張り出してきた。

「はい、これが最近の怪盗特集のバックナンバーっす。試し刷りの分だから多少修正箇所入って読みにくいっすけど」
「あら……こんなに?」
「魔術同好会とか聖書研究部とか、先生とかからも大量に寄稿が殺到したんすよ。まあおかげで自分も仕事には困らないんすけど」

 そして時計を見て慌てて連太はキャスケットを拾って被り直した。

「この青いケースの奴なら、好きに見て構わないっす。でも、他のを漁ったら先輩から怒られますから、触っちゃだめっすよ?」
「うん、これだけ見られたら充分よ。締切遅れないようにね」
「了解っす!」

 そのまま連太は元気よく扉を開けて走っていった。
 ギシギシ緩い床が音を立てる様が聞こえたが、やがて静かになった。

「どれどれ……」

 スザクは早速ケースを検め始めた。
 最近の怪盗騒動の事が書いている通常の学園新聞から号外まで。
 号外は主に予告状関連で、その予告状に関しての寄稿が凄まじい。

『全く、学園の伝統を汚すとは嘆かわしいです。これらの作品には値段は付けられません。しかし、その想いは学園の宝です』

 そう寄稿してあるのは美術科の教師である。
 その寄稿が載っていたのは、怪盗騒動の号外第1号であった。

『学園のシンボル、オデット像、学園から姿を消す』

 そう大きく見出しの書かれた記事には、かつてあったオデット像の写真と共に、怪盗の残していった手紙が載っていた。

『そもそもの事件の発端は、我が新聞部に投げ込みがあった事である。そこにあった投げ込みは、怪盗が立ち去っていく姿の写真と、オデット像があった場所が何もなくなっている写真でした。それを早速新聞部有志で調査に乗り出した所、確かにオデット像は姿形がなくなっていたのだ。』

 スザクはそこまで読んだ時。

 ガシャッ

 バックナンバー棚からケースが引っくり返ってたのだ。
 あらあら、小山君無理矢理出してくれたのかしら? だとしたら悪いわね……。でも勝手に触ったら怒られるかな……。
 そう思い躊躇していたら、どのケースも蓋がしてある事に気がついた。
 何だ。勝手に中身見なければ大丈夫ね。ケースを片付けるだけなら。
 スザクはそう自分に念じ、棚整理に乗り出した。
 見る以上に棚はみっちり詰まっている中の整理は骨が折れる。

「えっと、これは今年の分。去年の8月……あら?」

 整理して気付く。

『○○年1月分』『○○年部活特集』など。

 年と月、もしくは特集ごとに分けられているが。その中で、4年前の分だけ丸々1年分消えているのだ。

「4年前なんて何かあったかしら?」
 その頃スザクは学園生徒ではない。
「……まあ、いいかな?」
 胸に留めるだけで、今はケースを片付ける事だけに専念した。

 この意味に気がつくのは、それから大分時間が経過してからである。


<了>