|
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗
/*/
午後10時20分。
樋口真帆は茜三波と一緒に歩いていた。三波は似合わない自警団服を着ている。
「副会長、お疲れ様です! 彼女は?」
自警団に声をかけられ、真帆は思わず三波の後ろに隠れる。
三波は動じない。
「音楽科の生徒です。明日発表会にも関わらず楽譜を忘れたので取りに来ました。はい、生徒会に夜間通学許可願いも提出してます」
三波はそう言って自警団に紙を出した。
確かに生徒会発行の用紙に署名がしてあり、生徒会の承認印が押してある。
「今晩は怪盗が出るとの事ですから、私は護衛です。皆さんも無理なさらぬように」
「はっ!」
自警団は敬礼をしてそのまま立ち去っていった。
完全に立ち去ったのを見計らい、二人は思わず吹き出した。
「すごいね、三波ちゃん。本当に通れた!」
「あんまり真似しちゃ駄目よ? 今晩は会長がいないからいいけど」
「会長さん用事なの?」
「危ないから来ちゃ駄目って。怪盗いるからって皆で追いかけていったらきっと出てこないし、突く時に皆を巻き込んで怪我させちゃいけないって。会長フェンシング全国1位だから」
「優しいね」
「誤解されやすいけどね。さあ……」
二人はそう言ってきびすを返した時。
「――!」
頭上から声がした。
見ると、先程別れた自警団が弓矢を射っている。
的は空を飛んでいる人。その人は二人が向かおうとしていた森の方へと逃げていた。
「大変!」
「あの人怪盗じゃ?」
「怪盗は空を飛ばない。人違いよ。行きましょう!」
「うん!」
二人は慌てて森へと走っていった。
/*/
午後5時。
真帆と三波は茶道室にて、お茶を嗜んでいた。
聖学園の茶道部は、和式の茶道だけをする部活ではない。紅茶やハーブティーを飲む事もあるし、それらのマナーを学ぶ事もある。要はお茶を楽しむ。ただ一つのルールである。
その日二人が飲んでいたのは、ダージリンティーであった。マスカットの匂いのする紅茶である。
「大事になってるんだねえ」
真帆は素直にそう感想を述べた。
三波は困ったような顔で笑いながら頷く。
「おかげでこの所生徒会の空気が悪いの。ずっと取り逃がしてて、会長も躍起になって。でもね……本当は怪盗でも、私は武力で解決はしてほしくないなあ」
「そうだよね。いくら盗みはよくないからって武力行使で弓持ってくるのはやり過ぎだよ、皆怖がってるのに」
「怪盗見物に来る人も続出してね。おかげで反省室は満員御礼よ」
「それはまた……」
真帆の頬が引きつる。
反省室と言うのは、校則違反が出た時に生徒会の権限で違反生徒を入れる部屋の事である。
自警団が編成されているのは怪盗を捕まえるためだけではない。最近の怪盗騒動で夜間に騒ぐ生徒達が続出したので、その生徒達を補導するためである。
「でもさ、それならまず三波ちゃんが行動してみたらいいんじゃないかな?」
「私……?」
「うん。三波ちゃんが争い事嫌なのは分かるけど、まず怪盗が何を目的で物を盗んでいるのか分からないかなって」
「そうねえ……」
「もしさ、理由が分かったら怪盗に物を盗むのをやめてもらえるよう交渉できるかもしれないし、もし本当に捕まえる必要があるなら、その時は三波ちゃんも捕まえられるでしょ?」
「……そうね」
三波は頷いた。
「でも、今日は駄目かな」
「どうして?」
「私が怪盗の元に行ったら、会長の邪魔になっちゃう。でも、遠くから見る分には大丈夫かな」
「三波ちゃん……」
「真帆ちゃんごめん。一人で行く自信ない。付いてきてもらっていい?」
「……うん、いいよ!」
三波の手を取りぶんぶんと振る。
「頑張ろう!」
「うん」
こうして二人は作戦を立て始めた。
穏便に怪盗を見に行くかである。
まどろっこしいなあ。そう思いつつも、三波に合わせた。
三波は会長に恋をしている。それもかなり重症な程に。
できれば二人が上手くいけばいいのに。
真帆はそう思う。
/*/
午後10時45分。
真帆と三波は森に逃げた人を探していた。
「多分、この辺だと思うけど……」
「三波ちゃん大丈夫かな、さっきの人……」
「アーチェリー部で編成してるから大丈夫。下手なら間違って重傷にする程怪我させるけど、少しかする程度で済むはず」
などと物騒な話をしている中。
「あう……」
声がする。
二人は慌ててその声の方に走っていった。
「……大丈夫?」
「おろ?」
声の主は振り返る。
羽が生えてる事を除けば、自分達とそんなに変わらない少女だ。
「さっき飛んでたのあなた?」
「あっ、そうですー。怪盗捕まえようって思ったんですけど、いきなり自警団に攻撃されたんですよー。あー、びっくりしたー」
「ごめんなさいね。皆この数日の出動で気が立っているの。普段だったら会長の指揮がなければ矢を射るなんて事しないんだけど」
三波は申し訳なさそうに謝る中、真帆は慌てて鞄を漁った。とにかく治療優先だ。
「ああ、怪我してる。大丈夫?」
「ありがと、監督のしごきに比べたら矢なんて全然平気だけどね……あなた達は? 片方は生徒会さんみたいなのに、怒られないの?」
「……ちょっとだけ裏技だけどね」
真帆と三波は顔を見合わせていたずらっぽく笑う。
「私は、音楽科所属の茜三波。副生徒会長です」
「音楽科の樋口真帆。三波ちゃんに頼んで怪盗見に行けるようにお願いしたの」
「……本当に裏技。普通科の藤田あやこよ。で、一体どうやって怪盗を見る訳?」
三波はやんわり笑う。
「この辺りは自警団の巡回からは外れているの。見通しが悪いし、木が低いから、この辺りに怪盗が来る事はないだろうって」
「隠れるには充分でも?」
「隠れるには充分でも、この先は学園の中庭。こちらは逆に見通しが良すぎて、外に逃げる事も、生徒になりすまして逃げる事もできないから」
「なるほど……」
「三波ちゃんいいの? そんなに教えちゃって……」
真帆はおろおろと三波に言う。
「怪盗はいつも目立つ事はするけど、自分からわざわざ矢に当たるような事はしないから。だから彼女は怪盗じゃないわ」
三波はやんわり言う。
三波ちゃん、それはあやこさんを馬鹿に……?
「見るだけなの? 捕まえるとかしなくていいの!?」
「いいのよ……会長は今日は席を外しているから、自警団巡回中に会う事もないし、それに……」
「三波ちゃんは優しいから。怪盗でもあんまり怪我とかしてほしくないんだよ。だからあんまり過激過ぎる自警団運営反対なんだよね?」
「真帆ちゃん、あんまりそれは言わないであげてね。会長も必死なんだから」
「なるなる……。ならとりあえず今日は偵察って事で……どこに行けばいいの?」
「この奥よ……中庭に入るまでの道……」
三波を先頭にし、その後を真帆とあやこが歩く。
森の奥、もう少しで中庭と言う道から少し外れ、木と木の間をぬって、少し歩く。
大きな樹が見えた。
ねむの木だ。
「これに登って。この上からなら時計塔も見えるわ」
「うわ……学園にこんな場所があったんだ……」
「この辺りは自警団の見回りじゃないと人が寄り付かない場所だから。早く。時間が」
あやこは飛んで程よい太い枝に座り、上から真帆を引き上げた。後を三波が登る。
こんな場所があったんだ。時計塔がよく見える。
時計塔の針はもうすぐ11時を指そうとしていた……。
「え?」
真帆は目を見開く。
時計の針は、急速に速度を速めたのだ。
やがて時計の針は、12時を過ぎ、さらに、5分。10分……。
真帆は気がつく。
長針が1周した瞬間、12のあったはずの数字が、変わっていたのだ。
1から12までの数字が少しずつずれ、13の数字が出現したのだ。12のあるはずの位置に、13が。
やがて、針は止まった。
長針も短針も、ぴったりくっつく。
カーンカーンカーンカーン
月明かりの下、時計の針の上に、何かが降りてきたのが見えた。
「あれえ? あれが怪盗? 普通の人と同じサイズね? もっと大きい人だと思ったのに」
「怪盗だから悪目立ちしないようにだと思うけど……」
あやこの反応に真帆が突っ込みを入れている間に、怪盗は跳んでいってしまった。
先程あやこを射った自警団が矢で迎撃しているようだが、彼女には何故か当たらない。
「えー、怪盗何盗んだの? せっかく悪い事したら稲妻サーブが火を吹く所だったのにー」
あやこはがっかり声。
あれ? 真帆は三波の顔を見る。
「三波さんは知ってるのー? 怪盗何を盗んだか……」
「……知ってるわ」
三波の顔を見て、真帆はぎょっとした。
三波の顔は、驚くほど暗い。
「……ない」
「三波ちゃん?」
「許せない。会長の心を奪って……」
いつもの三波ではない。
私はただ、三波ちゃんの恋を応援したかっただけだったのに……。
真帆は時計塔と三波を見比べた。
怪盗を捕まえれば、三波ちゃんの気持ちは晴れる?
いつの間にやら月の隠れた、夜更けの話である。
<第1夜・了>
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【6458/樋口真帆/女/17歳/高校生/見習い魔女】
【7061/藤田あやこ/女/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【NPC/茜三波/女/17歳/聖学園副生徒会長】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
樋口真帆様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は茜三波とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
第2夜は近日公開の予定です。よろしければ参加お待ちしております。
|
|
|