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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


星屑★プロレスメモリー


 『金は天下の回りもの』などと、昔の人は言った。
 しかし現在、この草間興信所には生活するだけでやっとの貯蓄しかない。質素倹約を口癖にする妹・零のおかげでなんとかなっているが、この状態が長く続くと無意味につらくなってくる。
 いつか夢見る海外旅行。いつか夢見る贅沢三昧。所長・武彦の夢は無責任に大きくなっていく。


 そんな毎日でも無理して買うのが、タバコと新聞。経済紙かと思いきや、ただのスポーツ新聞。しかも一番安いという理由で贔屓にしたもんだから、自分がその日に知りたい情報が必ずあるわけではない。どうせ暇つぶしも兼ねて余すことなく読むのだから、これで十分。今日もまた格闘技のページを意味もなく読み進める。
 いつものようにとぼけた顔で読んでいた武彦は「ページ構成、変わったのかな……」とつぶやく。いや、そんなはずはない。世間を騒がす大事件もスキャンダルもない平和な日々。大幅に内容を変える必要などないはずだ。だがこの記事はプロレスとは関係なさそうに見える。ゴシップ紙ではないので、タチの悪い冗談とも思えない。武彦は声に出して読むことで内容を理解する努力をした。

 「人気絶頂のスターダストプロレスのメーンイベントに乱入した外人コンビの正体は、90年代に日本マット界を震撼させた外国人コンビ『ガンガー&ジンガー』だった。当時の彼らは来日後すぐにタッグ戦線に名を連ねたほどの実力者で、今もコアなファンの間では絶賛される存在である。無数の栄冠を手にした彼らだったが、突然の事故で王者のままこの世を去った。ところが実体のある幽霊として現世をさまよっていたらしく、人知れず研究と特訓を繰り返してコンビネーションの精度を高めていたのである……」

 プロレスラーの自縛霊……というか、動いてる。表現にも困る幽霊が人様の前に現れるとは、きわめて稀な霊……いや、例だ。武彦は読み進める。

 「まさかの幽霊タッグ登場で、会場はいろんな意味で大混乱。コミッショナーは仕方なくスターダストタッグ選手権を中止し、王者組とのエキシビジョンマッチを緊急開催を決定。ところがガンガー&ジンガーの芸術的かつ現代的、そしてショーマンシップに溢れた試合運びの前に王者組はなす術なし。最後にはコーナーポストから超人的な飛翔力で観客を魅了する『ネオファイナルストライク』という新技でフォールを決めた……」

 記事を読む限り、この幽霊レスラーたちを倒すのは生半可なことではないようだ。それにこの手の幽霊は『ひとつのことに固執することで現世に留まって』いる。つまり『プロレスで負かすしか、あの世にお帰りいただく手段はない』というわけだ。
 そんなことを考えていると、都合よく電話が鳴った。もちろんスターダストプロレスからだ。依頼の内容はわかっているが……幽霊とのプロレスに挑んでくれる者などいるのだろうか。武彦ははなはだ疑問だった。今回ばかりは自分もがんばらないといけない。そんな覚悟があった。


 スターダストプロレスは武彦の提案でノーピープルマッチを開くことにした。無観客試合というのはプロレス史でも存在し、特に対戦相手同士で因縁が深い場合や観客に危険が及ぶ際に用いられる。ただ興行としては成立しないため、団体としては苦肉の策。だが、相手は幽霊なので飲まざるを得なかったというわけだ。静かな会場の中で、見習いレスラーたちがいそいそと椅子が並べ、スタッフが音響や照明のセッティングを行っている。そう、これはあくまでもスターダストプロレスの大一番なのだ。

 武彦の心配をよそに、とりあえず人は集まってくれた。何をどう理解したのかはわからないが、とにかく頭数は揃った。
 サーカスのアイドル・柴樹 紗枝は、謎の覆面レスラー『轟牙』を引き連れてやってきた。彼女はこの大型レスラーに調教を加え、この日に備えたという。武彦は謎とされる人物の正体を知っていたが、あえて言及はしなかった。そして紗枝に「調教、大変だっただろ?」とだけ耳打ちする。彼女はさわやかな笑みで「趣味ですから!」と答えた。

 レスラーひとりの目処は立ったが、タッグを組めそうにもない面子である。
 中学生の千石 霊祠は生のプロレス見たさで会場にやってきた。なんでも『お友達』からプロレスのいろはを教えてもらったらしく、武彦を相手に知識の確認。プロレスは魅せる格闘技だの、エンターテイメントだのを確認するとすっかり安心し、試合開始を今や遅しと待っている。今回は『お友達』もたくさん見に来るそうなので、武彦はスタッフに「霊祠の近くはあんまり照らさないでくれ」と伝えた。
 メイド姿の内藤 祐子、いつものお仕事スタイルである黒 冥月もレスラーをやってくれる雰囲気ではない。さすがに祐子には話を切り出しにくかったので、茶化しついでに冥月に話を振ってみたが、見事なアイアンクローで顔面を締めつけられた。

 「今回もくだらない依頼を! やるなら自分でやれ!」
 「痛たたたたた! ロープだ、ロープ! 冗談だ、冗談! わかってる、自分でやるって!」
 「反省の色がないな! お次はこれだ!」

 さすがは暗殺者、ロープを使わせたらお手の物。アイアンクローのまま武彦を誘導し、トップロープとセカンドロープを交差させた間に頭を通すと、あっという間に絞首刑の一丁上がり。彼女の動作は周囲が見切ったらしく、慌てて数人がかりで武彦の救出を始めた。冥月は「いい反応してるじゃないか」とまんざらでもない表情を浮かべる。ギブアップ寸前の武彦に向かって、遠慮なく声をかけたのが祐子だった。

 「あのー、家主に聞いたんですけど……私、レスラーやってもいいですか〜?」
 「はぁ? お、お前が!」

 この申し出を聞いて気絶しているわけにはいかない。武彦は素っ頓狂な声で聞きなおした。

 「お前、これプロレスだぞ! わかってんのか!」
 「ええ〜、深夜のテレビ番組を見てから、ずっと興味があったんです。さすがに相手と暇がなかったので、今までできませんでしたけど……これ、勤め先のデザイナーさんが用意してくれたリングコスチュームなんです。私、やってもいいですよね!」
 「よーし、じゃあ祐子は轟牙とやらと組め。こうなると私の仕事がなくなるな……仕方ない、解説者でもしてやろう。」

 冥月の決定ですっかりレスラーのやる気満々の祐子は、大きな胸を揺らして控え室へと姿を消す。おそらくノリノリで準備したコスチュームに着替えるのだろう。さすがにこのままではマズいと思ったのか、紗枝が「ある秘策」を武彦に伝授した。いかにもプロレスっぽいやり方にクスリと笑みを浮かべると、武彦も団体に用意してもらった衣装に着替えに走る。準備は着々と進んでいた。


 まぶしいほどに照らされたリングの中央には、スターダストプロレスでおなじみのリングアナが立っている。彼は声高らかに選手入場をコールした。

 『まずは青コーナー、草間興信所チームの入場ですっ!』

 花道が照らされると、霊祠たちはそちらを向いて早々と拍手を始める。話に出ていた『お友達』にも光が当たってしまっていたが、照らされたのは武彦が懸念していたゾンビの皆さんではなく、死霊使いのお友達であった。
 まずはじめにシューティングのようなコスチュームに身を包んだ武彦がシンプルに登場。身体を揺らしながら、花道を駆け抜けていく。霊祠たちの声援に軽く応えながら、颯爽とリングイン。次にやってきたのが祐子。黄色い声援を送る観客に女性的なアピールを振りまき、元気よく花道を歩く。そして最後に現れたのが、両手をどす黒い鎖で繋がれた謎のレスラー・轟牙。そして花道に向かって鞭を振るうのは、まるで女王様のようなコスチュームに身を包んだ紗枝である。鞭とヒール、そして鎖の音を響かせながらの入場は、もはや悪役レスラーも真っ青の演出だ。轟牙の正体とは、超大型の選手で白虎の全身コスチュームを着たマスクマンである。これを調教したとは、紗枝もある意味で謎の人物と言えよう。

 結果的に3人のレスラーがリングに揃うと、リングアナは対戦者を招き入れる。

 「続きまして、赤コーナー! ナインティーズ・レジェンド、ガンガー&ジンガーの入場です!」

 軽快なリズムのテーマソングに乗って、ガンガーとジンガーが花道に出現した。とても幽霊とは思えないほど血色がよく、非常に明るい動きをするふたり。霊祠の友達が持っていたプレートに自分たちの応援メッセージが書いてあるのを見つけると、上機嫌でパフォーマンスを披露する。プロレスファンにはたまらない、ため息の出るような好カードのゴングがまもなく打ち鳴らされる。
 しかし、先に噛みついたのはガンガーであった。本部にマイクを要求すると、流暢な日本語で喋り始めるではないか。

 「ノンノン! タッグマッチだろ。リングに上がるのは、ふたりまでだぜ!」

 ジンガーは絶妙なタイミングで観客に拍手を求めると、思わず誰もが釣られて拍手をしてしまう。リングを制するのは、やはりこのふたりなのか。ここは負けじと、紗枝がマイクを持った。澄んだ声だが、言ってることはかなり過激。早くも場の空気に染まってしまったのだろうか。

 「あなたたちのお相手をするのは、因縁も何もない素人レスラー。これを当然のごとく退けてこそ、歴史に名を残すタッグと呼ぶにふさわしいのではありませんこと?」
 「レディー、言うねぇー。それならみんなまとめて、おうちにでも帰ったらどうだい?」
 「私たちは勝っても、これを誇りとしませんわ。失うものは何もない……そんな覚悟で花道を通っています。そう、あなたたちがチャレンジャーだった頃のような気持ちでここに立っているのです。これを真正面から受けてもらえないなら、残念ですけど帰らせていただきますわ。」
 「イ……イエス、イエス! こうなったら、まとめて相手してやるぜ! なぁ、ジンガー!」
 「オーケー! やったんでー!」

 なぜか関西弁訛りのジンガーの了承も得て、試合はハンディキャップマッチとなった。ルールの詳細は次の通り。
 青コーナー『草間興信所チーム』は、誰にタッチしても交代ができる。ただしリングに入れるのは、従来のタッグマッチと同じ。選手が場外にエスケープした場合、ノータッチでリングインすることができる。ただこのルールだと場外で青コーナーが有利になるため、リングアウトした場合のカウントはいっさい取らない。その他はレフェリーの判断に委ねられることになった。

 「ただいまより! スターダストプロレス認定試合、無制限1本勝負を行います! ファイッ!」
  カーーーーーン!

 リングアナが高らかにコールすると、戦いのゴングが鳴り響く。そして本部席でインカムをつけ、リングアナは実況に早代わり。冥月の隣で声を枯らさんばかりに魂の言葉を紡ぎ出す。この内容は霊祠のようにプロレスに詳しくない観客のために、この日だけは特別に絶妙の音量でスピーカーから流されている。

 リング上は轟牙とガンガー。すっかり青コーナーのディーバ、いやマネージャー……でもなく、調教師と化した紗枝が、鞭で彼に先発するように指示したのだ。まずはリングを回って感触を確かめながらのにらみ合いに始まり、おなじみともいえる力比べをガンガーから仕掛けられる。挑発的に片手を出し、相手がこれに応じることで、結果的に両手で組み合うのだ。すべてはそこから始まる。
 轟牙はこれに応じ……と、本当は紗枝が「受けなさい!」といちいち指示しているのだが、この辺はくどくなるので省略する。ガンガーはセオリー通りに手を組むも、相手の圧倒的パワーであっけなく膝をつく。轟牙から時折「ガウゥゥゥ……」という声が漏れる。その重低音は見ているものに対して、自然と力強さをアピールしていた。
 だがこれごときを切り返せないようではプロレスラーとは呼べない。ガンガーは力を込めるために開かれた両脚の間を足から潜って束縛を振り払って轟牙の背後に回り、全身のバネを活かしたジャンプで打点の高いドロップキックをドデカい背中に見舞った。重心を崩されて前のめりになっていた轟牙はそのままロープに振られ、その反動で今度は元の場所に戻っていく。キックのダメージはさほど受けていないが、ロープの反動はかなり大きい。これが巨漢レスラーの弱点。不意を突かれる格好になると、コンマ何秒の差だが大きな隙を見せてしまうことになる。ガンガーはそれをすべて計算した上で、今度はニールキックを放った!

 『おーーーっと! これは鮮やかなニールキック! 流れるような動き! まさに柔よく剛を制す!』
 「今のキックは、体格差に負けるあいつが意図的に頚動脈を狙っている。轟牙は身長も高いから、脳を揺らす戦法が取りづらい。まぁ、締め技でもないのにあそこを狙っても仕方ないが、とにかく弱点を狙ってチャンスを作りたいのだろう。轟牙は本能的にそれを察したのか、弱点ではない部分で技を受けたな。なんだか……避け方が人間らしからぬ感じがする。」

 冥月の意味深な解説が続く中、轟牙は技を受けて派手な受身を披露する。ところが、これがまた思ったよりもうまくない。このようなケースで倒れた際に丸め込まれるなどの不安が露呈したものの、なぜか再びファイティングポーズを取るまでの時間は異様に早い。ガンガーは観客へのアピールをそこそこに、もう少し踏み込んだ攻めを仕掛けていく。今度は自分をロープに振り、加速をつけて見た目にもユニークなヒップアタックを面白いパフォーマンスを加えて攻撃。轟牙は雄叫びをあげながらこれをがっちりと受け止め、そのまま恐ろしい勢いのジャーマンスープレックスで切り返す!

 『あーーーっ! これはエグい角度に決まったぁぁぁーーーーーっ! 超高速のジャーマーーーーーン!』
 「さすがは百戦錬磨。受身が万全でなかったら、この一撃で終わっていた。しかし轟牙、相手を殺す気か? まぁ、相手は幽霊だから問題はないが……」

 プロレスらしからぬ冷静な解説だが、冥月のセリフは本当にプロレスというものの状況をリアルに語ってくれる。ジンガーは相方のピンチを悟り、轟牙に容赦なくエルボーを浴びせて次の技へと移行させまいと奮闘。その隙にガンガーは轟牙の手を離れ、さっさと場外へとエスケープする。やはり、リング上での戦いは幽霊コンビが有利だ。めまぐるしく変わる展開に食らいつくかのように、謎のマスクマン・轟牙も戦うが、自コーナーへと振られると武彦が彼の身体に触れて交代。普段ではめったにお目にかかれない格闘技術を披露する。まずはキックの連打。ロー、ミドル、ロー、ミドルと両脚でリズムを刻むように繰り返し、最後はハイでジンガーをマットに倒す!

 『さすがはチームリーダー、草間だーーー! シューティングスタイルは伊達ではない! 連続キックでジンガーを圧倒!』
 「まぁ、相手がプロレスでよかったな。本来ならジンガーでも避けられる蹴りだ。」
 『おや。草間選手のこととなると、ずいぶん適当な解説に……』
 「お前は余計なこと言わなくていい。」

 図星を突かれたので強がってみたものの、公衆の面前での武彦いびりはなかなか楽しい。以後、冥月は彼が出てくると楽しそうに適当な解説……というか、チャチャを入れていく。
 上半身を起こしたジンガーの背中に容赦のないサッカーボールキック、そしてチョークスリーパー。ジンガーの孤独な戦いが幕を開ける。悲痛の叫びが場内に響き始めた。レフェリーも早々と「ギブアップ?」と聞きに走るが、まだまだ試合は始まったばかり。ジンガーも「ノー! ノー!」と必死に答えると、会場はあっという間にジンガーコールに包まれた!

 「大人気ない攻めをするからだ、まったく。空気が読めないのは、いつものことだがな。」
 『秒殺狙いなのか! 草間の攻めは容赦ないが、観客はみんなジンガーの味方だーーーっ!』

 結局、武彦は敵に塩を送ったも同然。しばらくすると背後から復活したガンガーに襲われ、難なく締めを解かれると、そのままツープラトンのブレーンバスターの餌食に。これの救出に飛び込んだのが祐子だったが、いきなりジンガーにつかみかかったかと思うと、女性とは思えない力を発揮してのバックドロップを披露する!

 『これは意外な展開っ! 内藤 祐子、鮮烈デビュー! たわわな胸が揺れるたび、観客の心も揺れてしまうーーーーーっ!』
 「見真似とは聞いているが、そのわりに技の完成度は高い。普段からプロレスに憧れて、家の物で練習していたとしか思えないな。ところでさっきの物言いといい、今の女性らしさを強調したくだりといい……なんだ、それは私に対するあてつけか?」
 『ひ、ヒートアップしてきたって言いたいんであって、ててててて! ひ、ひーーーっ!』

 不思議なことに放送席からも苦痛に歪んだ声が響く。どうやら実況をこなしていくうちに場に染まっちゃった冥月が、気に入らないことを言った解説を拷問技で痛めつけているようだ。意外な場外乱闘が発生してリング下は大騒ぎになる。

 一方、リング上の祐子は倒れこんだジンガーにコーナーポストからのボディープレスでカウントを取りに行く。ところが武彦がまともに機能しないので、ガンガーがフリーになってしまっていた。あっさりとフォールをカットすると、巧みにジンガーと交代して戦いを続行する。プロレスにおけるタッグマッチの基本は「標的を定めて孤立させること」なのだが、赤コーナーはそれをまったくさせてくれない試合運びを展開。それどころか轟牙以外のどちらかを狙おうという空気さえも匂わせる。そして先発したはずのガンガーもまだまだ軽快なステップで祐子との戦いに、いろんな意味で楽しもうとしている雰囲気だ。
 そこで祐子は力任せに攻めるも、ガンガーは多彩な返し技で翻弄してくる。セクシーラリアットは見事なロープワークを駆使しつつ脇固めに移行され、ランニングセクシーエルボーを見舞おうとするとフランケンシュタイナーを見舞う。いくら力持ちでも、これではどうしようもない。徐々に追い込まれていく草間興信所チーム。

 ここまでは完全に外国人ペースで進んできた試合だが、思わぬところから流れが変わるのがスポーツの面白さである。
 祐子が捕まってから7分が経過した頃、一気に勝負をつけようとガンガーがジンガーをリングに招き入れ、ふたりがかりで攻めてきた。彼女が男性顔負けのパワーはあっても打たれ強さまではないことがわかったので、武彦たちにいっさいタッチの隙を与えず、技を空振りさせたり切り返すことで精神的なダメージを負わせることに成功。動きが鈍ってきた今をチャンスだと踏み、これまた切り返しのボディープレスからコーナーポストから降り注ぐ合体技『ネオファイナルストライク』を繰り出そうとする。霊祠をはじめとする観客は祐子コールをしていたが、ここでフォール狙いの必殺技となると話は別。一気に外国人コンビに声援を送る。まさに万事休すの場面だった。
 ところが、ここで思わぬ邪魔が入る。原因を作ったのは、なんと青コーナーの調教師・紗枝だった。彼女はどこから取り出したのか、手品用のカードをすばやい動作で飛ばし、ガンガーの目に貼りつけて技の成立を妨害。ふたりはそのままポールから崩れ落ちる。場内は『勝負が決まる』と思っていただけに、これには大ブーイング。さっき以上に鞭の扱いが艶かしいというか、なんとも攻撃的というか……ずいぶんと印象の変わった紗枝はまったく悪びれもせず、逆に観客へ向けてブーイングのポーズを見せつける始末。レフェリーも彼女の元へ駆けつけ、声を荒げて「反則を取るぞ!」と注意するが効果なし。そこにいきり立った武彦が入って、ますます状況が混沌としていった、のだが……これらはすべて計算づくだった。

 『せっかく拝めるネオファイナルストライクを反則で阻止するのはいけませんねぇー。青コーナーにはブーイングが……』
 「ま、今日の草間はここが最大の見せ場か。上出来だな、ふふふ。」
 『あのように悪態をつくのが最大の見せ場と表現するとは、今までの磐石な解説とはかけ離れている感じもしますがねぇ……』
 「ルールは守ってるからな、連中。」

 冥月の解説は少しもぶれていない。そう、これは紛れもなく草間興信所チームがつかんだ最大のチャンスなのだ。
 青コーナーもふたりがかり、いや4人総出の大反撃。紗枝と武彦でレフェリーを釘付けにしているうちに、丸見えなのに死角を得た轟牙がニュートラルコーナーからリングイン。あっという間にクローズラインでふたりを叩きのめすと、祐子がガンガーを捕らえてセクシーチョークスリーパーで動きを止める。そして轟牙はジンガーの手をつかんだまま、なんとトップロープを渡り歩く曲芸を披露するではないか!

 『こっ、これはなんとぉーーーっ! 轟牙選手、あの巨漢でこの身軽さ! これはもはや反則級だーーーーーっ!』
 「さすがに……これは人間業じゃないな。何者だ?」
 『そのままトップロープの中央から……なっ、なんと高角度のミサイルキック! いや、これをミサイルと呼ぶのは失礼! これはホワイトタイガーキャノンだーーーーーっ!』

 轟牙による超危険な砲撃が命中すれば、その威力はもはや受身でカバーできるようなものではない。ジンガーはギミックでもなんでもなく、ただただ転がって反対側のエプロンから場外に落ちてしまった。
 ここで問題になるのが『試合の権利』である。今回の試合形式ではガンガーとジンガーにだけ適応されるものだが、いくら相手をフォールしても最後にタッチを受けた者でなければ意味がない。今の状況では祐子が締めつけているガンガーに権利があるので、このままギブアップが取れればめでたく勝利となるのだ。もちろん祐子は蘇生した瞬間からそのことを計算し、司令塔である紗枝のいない轟牙に無言の指示を下したのである。
 技がかかれば、祐子は負けない。渾身の力で締め上げるチョークスリーパーは、次第にガンガーの体力と気力を奪っていく。かろうじてあごでガードしているものの、技そのものは決まっている。こればっかりは自分で解こうとしても解けない。下手に動けば完全に決まってしまい、レフェリーストップもあり得る。パートナーの復活を信じ、ここは耐え忍ぶしかなかった。観客の声援も響くが、これを力にすることは困難である。

 場内は、草間チームの手に落ちた。リングの展開を見ていた紗枝はいい頃合にレフェリーを試合に戻す。そして今度は観客に祐子コールを煽って、ガンガーコールを半減させた。ガンガーが技を返さないのは、こういう心理的なものも大きく作用している。紗枝は声高らかに「ゴングが鳴り響くまで戦い続けましょう!」と鞭を振るって味方を鼓舞。武彦も場外でジンガーを押さえつける作戦を実行し、轟牙はリングでカットを阻止するために威圧的な咆哮を響かせる。いつ試合が決まってもおかしくない状況であった。

 しかし、さすがはジンガー。武彦のシューティング殺法を必死の形相でかいくぐると、一瞬の隙を突いてリングへと戻ろうとする。そこで武彦が思わぬセリフを放送席に向けた。

 「ヘイ、ジンガー! うちにはもうひとり、髪の長くてスリムでダンディーな男をレスラーとして用意してあるんだぜ? これで俺もお前も終わりだ!」
 「ファット? ユー、へんなこと言うたらいかんわー! 長髪の男がどこにいるんや? 寝言はスリーピングしてから言えっちゅーねん!」

 それはあまりにもおかしな言葉だったので、ジンガーも周囲もキョトンとするばかり。そこに一陣の疾風が吹き抜けた……それは、黒く妖しい影。透き通る肌に漆黒のハイレグ。そう、最後のレスラーはジンガーに、そして武彦にも牙を向いたのだ! それを凝視できたのは実況だけ。彼もまた解説席に脱ぎ捨てられた衣服を見るまでは、頭の中が混乱していた。だが、これらすべてを一本にした瞬間、誰もが納得する実況となって自然と言葉が口からあふれ出す!

 『あ、あ、あ、あ……一瞬、まさに一瞬の出来事ぉぉぉっ! 雷鳴のごとき必殺のレッグラリアート2連発っ! 青コーナー、まさかっ、まさかの伏兵がっ、なんと解説席にいたっ!』
 「誰が男だっ! 草間、貴様は万死に値する……いっぺん死んどけっ!」
 「ミ、ミー、ミーは……か、関係、な、ない、や、やんけ……」
 「お前は2回目死んどけ。もう茶番は終わりだ!」

 武彦が仕掛けた信じられない展開に、さすがの紗枝も呆然と立ち尽くす。まさかあれだけ嫌がっていた冥月がレスラーの準備をしていたとは……彼女は周囲の制止を聞かずに、動かなくなった武彦に乗りかかり、マウントポジションで殴り続けていた。
 ガンガーはこのやり取りを聞いて「万策尽き果てた」と知ると、無理やり技を外して最後の戦いを挑むが、轟牙がこれを捕まえる。そして相手を前のめりにしたところで両腕を極めながら、ものすごいスピードで回転しながら身体を持ち上げ、その勢いそのままにマットへと叩きつけた!

 『こ、これは豪快っ! 超絶旋回式タイガードライバーーーーーッ! ああっ、だがこれでは終わらせない! 祐子選手が無理やりガンガーを起こし、後ろから腕を極め……さらに! これはスープレックスだーーーーーっ!』

 会場のボルテージが最高潮に達した瞬間、祐子の人間橋が完成した。あまりに力任せ、あまりに乱暴。しかしそれとは裏腹に、見事なまでのブリッジ。見る者にさまざまな印象を与える、名づけて『ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックス』が決まり、そしてこのまま押さえ込みに入った!

 「ワンッ! ツーー! スリッッッーーーーー!!」
  カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
 『12分13秒、12分13秒、草間興信所チームの勝利ですっ!』

 リングアナがコールすると、会場は拍手に包まれた。決め技は『ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスホールド』。轟牙と祐子、そして紗枝はリング上で勝利をアピール。そしてレフェリーから勝ち名乗りを受けると、霊祠たちから暖かい声援を受ける。一生懸命の応援をみんなで続けた霊祠だったが、どうしても気になることがあった。ひとつはガンガー&ジンガーの人気が出て、成仏させると問題が起こるのではないかという懸念。そしてもうひとつは、これだけ盛り上がっている今も殺伐と殴り合いが続いている冥月と武彦。どちらが気になるかといえば後者であり、特に武彦の生存の可能性が気になっていた。
 ガンガーもジンガーもしばらくは立てなかったが、轟牙と祐子の手助けでなんとか立ち上がり、誰からも健闘を称えられるとうれしそうな表情で手を上げた。そして彼らは姿を消す……まさにリングの伝説となって消えたのであった。


 すべての仕事を終えたロッカーでは、祐子が「いいお仕事でした♪」と喜んでいたり、冥月が「元の取れないことをするな」と愚痴りながら服を着替えたりしていた。まさに悲喜こもごもといった感じである。ちなみに武彦は担架で運ばれていったそうだ。
 霊祠も「はじめて見ましたが、楽しかったですねぇ」と紗枝を相手に談笑していたが、彼女は断りを入れると轟牙に近づいてとんでもないことをやらかす。

 「あ、いけない。忘れるところだったわ。轟牙、お疲れ様。」
  じーーーーーーーーーーっ。

 誰もが耳を疑った。どう聞いてもジッパーをあける音……なぜこんな音がするのだろう。誰の衣装にもそんなものは見えなかった。もしあったとしても、公衆の面前で着替えるわけがない。想像したくないが、想像もつかない出来事が部屋の中で展開されていた。霊祠はおそるおそる音の元凶をたどる。

 「は、は、は?!」
 「とっ、虎! そ、それもホワイトタイガー!」
 「どおりで人間らしい動きをしないわけだ。人間じゃないのだからな。しかし……これは呆れたな。なんだこれは?」
 「獣人化特殊スーツです。」

 虎が人間のレスラーをしていたとあっては、冥月いえども開いた口がふさがらない。轟牙は「ガゥガルル〜」と吠えたが、誰がどう見ても「暑かったんだろうなぁ」と言っているように感じた。まさにどこまでも信じられないプロレスショーは、最後の最後まで見所満載であった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

6811/白虎・轟牙 /男性/ 7歳/猛獣使いのパートナー
6788/柴樹・紗枝 /女性/17歳/猛獣使い/奇術師(?)
2778/黒・冥月  /女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
3670/内藤・祐子 /女性/22歳/迷子の預言者
7086/千石・霊祠 /男性/13歳/中学生(良い子の味方「魔法使いレイ」)

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。プロレスが大好きなライターでした、はい(笑)。
娯楽映像としての作品を文章化するのはなかなか難しいですねー。楽しいんですけどね!

完全に「市川智彦・趣味の世界」な作品に仕上がってしまいました(笑)。
ガンガーもジンガーも、まぁ完全にスタイルは「ルチャ・リブレ」ですし……
プレイングを見て、すごいバランスが取れてて笑ったのはここだけの話です。

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!