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<東京怪談・PCゲームノベル>


第2夜 理事長館への訪問

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 午後4時45分。
 黒蝙蝠スザクは図書館にいた。
 彼女は図書委員。
 その日も委員業務をこなしていた。

「うんしょ……」

 華奢な少女が持つには文字通り荷が重い量の本を抱えて歩いていた。
 抱えてきた本を並べ、何冊かは読み比べられるよう平積みにして置いてみた。

「ようし……できた」

 スザクは満足げに並べた本を見た。
 最後に手製のポップを本の横に立てる。

『怪盗特集。どちら様もお気軽に』

 並べた本は怪盗の登場する推理小説から歴史上でも有名な事件考察の資料であった。
 何とか学園新聞の号外も集めて、ここ最近の怪盗事件のコピーを揃える事ができた(本来なら学園新聞そのものも並べたかったのだが、貸出が続いており、図書館に残る事がないのである)。

 最近では学園内でも怪盗の噂で持ちきり。

「あの怪盗が盗んでいったのは目に見えないものなのよ」
「盗んでいったものとかに共通点はないの?」

 推理ゲームは学園を挙げて行われていた。
 なら、それを助けるのも図書委員の役目だろうと、こうして推理小説を並べているのである。
 一応書庫にあったものも引っ張り出してきたから、これで足りるはず……。

「うん。惜しいわね」
「あら?」

 スザクは自分で並べた特集コーナーに現れた気配に顔を上げた。
 見ただけで分かる程の上等な服を着こなした女性である。

「……何か?」
「一番ポピュラーな本がないわね?」
「推理小説ででしょうか?」
「違うわ」

 彼女はいたずらっぽく笑い、1冊の本をストンと一緒に並べた。

『白鳥の湖』

 美しい装丁の絵本である。

「これって確か……」
「怪盗の愛称はオディールだったわね? オディールは『白鳥の湖』の登場人物なのよ」
「ヒロインのオデットの真似をした魔王の娘でしたっけ?」
「一般の解釈ではね」
「一般と言うと……バレエだと違うんですか?」

 スザクは思いついて言う。
 『白鳥の湖』は3大バレエの1つに数えられる名作であり、学園内でも度々バレエ科により上演されている。

「ええ。解釈によっては、オディールはオデットのもう一つの姿とも言われるし、オデットの願いを叶えるために現れたとも言われているわ」
「オデットとオディールって別々の人では?」
「そう言う解釈もあると言う話よ。バレエでもオデットとオディールは一人二役で踊られる事が多いしね」

 この人。
 スザクはまじまじと女性を見た。
 女性の胸元には、学園章のブローチがついている。

「理事長……先生?」
「あら。気がついた? 初めまして、当学園の理事長の聖栞よ。普通科の黒蝙蝠スザクさんでよかったわね?」
「……あの、スザ……あたしに何か用が?」
「あら、まだ貴方に連絡が回っていなかったかしら? 今週は私が全生徒と個人面談をしているのだけれど」
「一応聞いてはいますが、まだ日にちまでは」
「ああ、中等部1年生までは終わったけど、貴方の学年はまだだったわね。ちょうど今日の分の面談は終わった所なの。あと少しで図書館も閉館だし、閉館後は空いているかしら?」
「一応、特に予定は……」
「あら、それならいらっしゃい。理事長館へ」
「あの、そんな感じで決めて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、生徒の顔と名前は一度聞いたら忘れないから。貴方の予定を少しずらしてもらえるなら、何の差し支えはないわ」

 スザクは、ふと興味が沸いた。
 スザクなりに怪盗の事を調べたが、どうにも引っかかりと言うものがある。彼女は思っていた以上に聡明な人だ。彼女なら。もしかすると推理の糸口が見つかるかもしれない。
 そうと決まると、答えは一つだ。

「分かりました。閉館後にお伺いします」
「ええ、楽しみにしているわ」

 栞は軽く会釈をすると、そのまま歩き去っていった。

「『白鳥の湖』、か……」

 そう言えば最初に盗まれたオデット像も、『白鳥の湖』の登場人物だったわ。
 関係は……あるのかしら?
 スザクは少しだけ考え、この事は胸の奥に留めておく事にした。

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 午後5時21分。
 遅くなったわ。スザクは足早に理事長館に向かっていた。
 理事長館は図書館からは近い。歩いて10分程度で着く場所である。
 やがて、スザクの目の前に白い建物が見えた。

「入るのは初めてだわ、そう言えば……」

 理事長はよく校内の散歩をしているらしいが、この巨大な学園だと、スザクみたいに理事長と全く関わらない生徒も少なくない。故に時々遊びに来るらしい生徒達と違って、入るのにはなかなか勇気がいる。
 ドアのベルを鳴らせばいいのか、ノックすればいいのか。
 白いドアの前でそう躊躇している時だった。

「――!!」

 声が聞こえるが、ドア越しなのでよく聞こえない。
 そのまま勢いよくドアが開いた。……スザクは顔面を強打した。
 ドアから飛び出してきたのは女の子である。

「いたた……何?」
「ああっ! すみませんすみませんすみません」

 飛び出してきた女の子は平謝りしたが、時計塔を見ると背中をビクリと震わせた。

「ああっ、時間ない! すみません、本当にすみませんー!!」

 そのまま女の子は駆け足で去っていった。
 スザクは唖然としたままその女の子を見送った。
 小さい子……中等部の子かしら。でも確か中等部1年生は個人面談終わったって言ってたけど……? 遊びに来ていた子?
 スザクは気を取り直して、ドアを開いた。
 ベルを鳴らす必要はなさそう。さっきの女の子を見てそう思ったのだ。

「失礼します」
「いらっしゃい」

 声はすぐ上からあった。
 ちょうど栞は入り口に入ってすぐにある螺旋階段から降りてくる所であった。舞台のセットみたい。そうスザクは思った。

「素敵な場所ですね。理事長館は」
「褒めてくれてありがとう。私も理事に入ったのはここに住んでみたいって思ったのもあるのよ」

 栞はいたずらっぽく笑う。

「こんな所で立ち話も難だから、奥の部屋でお茶でもしましょうか」
「よろしいんですか? 私だけお茶と言うのも……」
「面接している子や遊びに来てくれる子には皆ご馳走してるのよ。大丈夫」

 スザクは螺旋階段の下にある部屋に通された。
 その部屋はピアノと棚がある応接室のようであった。
 片隅には小さいガス台も置いてある

「そこに座って。すぐお茶を出すから」
「ありがとうございます」

 スザクは言われるままに座ってみる。
 栞は慣れた手付きでポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。その間にカップに湯を張り温め始めた。

「この間、どうして怪盗を見に来たの?」

 唐突に栞はスザクに話を振る。

「……どうして知って?」
「ふふ、理事長の勘かしら?」
「……興味があったのは事実です。怪盗が何を盗むのかとか。何故盗むのかとか」
「ふうん?」
「スザクもあれこれ調べてみて思ったんです。怪盗は追われる事を望んでいると」
「わざわざ追われるの?」
「理由はまだ分かりませんが。それにしても、怪盗に対しての自警団の反応は過敏過ぎると、そう思います」
「何故?」
「自警団は、怪盗が盗む物が、まるで全部大事な物だと、そう思っている気がしてならないんです。盗まれた物の共通項はまだ分かりませんが……盗まれた物は盗まれる以前も、学園に縁のある大切な物だったのでしょうけど、本当の意味で注目し、愛していた人はどれほどいたのでしょう」
「……ふふ」
「? 理事長?」

 スザクが顔を上げると、栞はカップの湯を捨ててお茶を注いでいる所だった。湯気からは甘い匂いが漂っている。

「50点位かしら」
「……採点ですか?」
「怪盗についてね。面白い考察だと思うけど、まだ何かが足りないわ。……貴方にとって、一番の悪の感情って何かしら?」
「今度は謎かけ……憎悪や妬みでしょうか?」
「私はそうは思わないわね」
「理事長は何だと?」

 栞はお盆に紅茶を載せて運んできた。

「ありがとうございます」
「憎悪も妬みもね、相手に関心がないと起こりえない感情よ。自警団は確かに過敏ね。でもそれだけ怪盗に関心があると言う事なの。関心がなければ人は繋らえない。どんな感情でもね」
「じゃあ、理事長にとっての悪の感情って……?」
「無関心」

 微笑んでいた栞の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
 何? スザクはカップで手を温めながら栞の顔を見た。

「無関心だと人は繋がらない。繋がらなければ前に進めない。少しでもいい。人は進むべきだと思うのよ……」
「……誰かそんな人がいるんですか?」
「今は言えないわね」
「今はって……」

 満面の笑みの栞に唖然としつつ、スザクはカップに口をつけた。花の匂いのするお茶だ。

「貴方が怪盗に関心を向けていれば、いずれ怪盗と貴方は繋がるかもしれないわね」
「繋がる……ですか?」
「いずれはね。あ、そうだ」

 栞はテーブルに何かを置いた。
 鍵である。

「これは?」
「ここの鍵よ。何かあったらいらっしゃい。貴方とはいいお友達になれそうだわ」

 栞はにっこり笑った。
 スザクはまじまじと鍵を見た。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7919/黒蝙蝠スザク/女/16歳/無職】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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黒蝙蝠スザク様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第3夜公開は7月上旬の予定です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。