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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


とある洋館の片付けを
●オープニング【0】
「ちょっと出かけてきてほしいんだけどねえ」
 朝、店内の拭き掃除をしていたアリアの手を止めさせて、アンティークショップ・レンの店主である碧摩蓮がそんなことを言い出した。
「お買い物でしょうか?」
「いいや。ま、掃除だね。とある洋館の片付けをしてほしいって話が来てるのさ」
「片付け……ですか?」
 訝しむアリア。片付けをするのであれば、専門の業者にお願いした方がよりよいのではなかと思ったからだが、実はこういう事情があった。
「その片付けをするってのが、品物を引き取らせてもらうための相手方の条件でね。埃を払うのと、同じような種類や大きさの品とかに分類しておくことくらいやればいいみたいさ」
「広さはどのくらいなんでしょうか」
「2階建てで、10部屋以上はあったかねえ。だから1人で行けなんて言わないさ。誰か、手伝ってくれそうなのを引き連れて行ってくればいいよ」
「はあ……」
「そうそう、1つ忘れてたよ。気に入った物があれば、1つ2つ程度なら持って帰っていいってさ。ああ、もちろんあたしが見て大丈夫そうだと思ったら、だね」
 何だか太っ腹な相手である。まあそんな広い洋館を所有しているのだから、気前の方もよいのかもしれない。
 さてさて、アリアからの手伝いの募集に応じますか?

●やってきました、お屋敷へ【1】
 さて、翌日の午後である。
「うお、でけっ!」
 その洋館の正面玄関――いや、この場合は正門と言った方がらしいだろうか――の前に立った時、守崎北斗は思わずそう口にしてしまっていた。
「これ……天井が高いんですよね?」
 誰か個人に向けてではなくごく自然に出てきた質問が、制服姿で大きな荷物を抱えている海原みなもから投げられた。確かにぱっと見た感じでも、その洋館の1階部分は床から天井まで軽く5メートルは越えてるのではないかと思われる。で、2階建てである訳だから、そりゃあ北斗も驚いてしまうはずだ。
「やー……草間の事務所とはえらい違いだよなー」
 これだけ立派な洋館を前にしては、北斗でなくともついつい我が家と比べてしまうことだろう。……って、比較対象は草間武彦の事務所ですかい。
「何でも、戦前に建てられたそうです」
 鍵の束を取り出しながら、手伝ってくれる皆を案内してきたアリアが答えた。その言葉を裏付けるかのように、束になった鍵の1つ1つはかなり大きく、細かい細工も施されていた。
「とすると、戦争で焼けず無事だったのねえ。まあ、場所を考えたらそれも納得だけど」
 何故か赤くなっている両頬を擦りながら、隠岐明日菜はきょろきょろと辺りを見回しつぶやいた。この洋館のある場所は都下ではあるが、23区内から出るか出ないかという地であったからだ。
「この館の方はご在宅なのでしょうか」
 その明日菜の背後に目を閉じて立っていたメイド姿の長身金髪女性が、鉄の門の鍵を開けていたアリアに静かに尋ねた。
「あ……エリヴィアさんでしたね。いえ、こちらには何年も前からどなたも住んでおられないそうです」
 アリアは現在この場には居ない碧摩蓮から聞いている情報を、そのメイド姿の女性――エリヴィア・クリュチコワに伝えた。無論このことは明日菜に強引に連れてこられたエリヴィアのみならず、他の皆にとっても初耳であった。
「この屋敷を維持出来て、なおかつ住まいは別に持っているのか。ずいぶんと財産家らしいな」
 そんな感想を口にし、何やら納得した様子の守崎啓斗。
(引っ越しという訳ではなく、ただ単に維持管理のための掃除ということか)
「何だ、引っ越しかと思ってたぜ」
 やはり兄弟、啓斗が思っていたことを弟の北斗も考えていたようである。
「そんじゃ、ごみとかの分別も考えないとだなあ。この辺の回収日っていつだよ……」
 ぶつぶつとつぶやきながら考え始める北斗。普段の言動から大雑把そうにも見えるが、なかなかこれでこういった所にはこだわる性質なのだ。
「では、この館にはわたくしたちの他にはどなたも居られないのですね」
「そうなります」
 とエリヴィアに答えてから、アリアは蓮が片付けが終わる頃にやってくると付け加えた。
「了解いたしました」
 エリヴィアは静かにこくっ……と頷いた。
「では入りましょう」
 ぎぎぃ……と重みのある音を立てながら、アリアの手によって門が開かれてゆく。
「門を抜けても、今度は玄関も開けないといけないんですよね」
 誰へともなしにみなもがつぶやく。この後、いったいいくつの鍵を開けてゆく必要があるのだろうかと考えながら――。

●中はどうなっているのかな?【2】
 洋館内に足を踏み入れた一同は、鍵を開けつつ各部屋を確認して回っていた。地下こそないものの、台所や浴室、物置などを含めると全部で15、6部屋はあっただろうか。
「電気と水道は問題なく使えるようですね」
 エリヴィアが台所や浴室などで確認した結果を口にした。現在誰も住んでいないのであれば止めていても不思議ではないが、どうやらこの洋館の持ち主はそうはしなかったようだ。
「片っ端から鍵かかってたよなー」
 若干呆れたように北斗が言うと、すぐさま啓斗がこう返してきた。
「それだけ大切な品が多いんだろう。住んでない屋敷にしては、置いてある物品も多いし……」
 だがそう言いながら、啓斗もどこか思案顔のようである。何か気掛かりなことでもあるのだろうか。
「えーと。確かやらなくちゃいけないのは、埃を払って……それから……」
 すべきことを思い出していた明日菜は、そこで突然アリアの方に向き直りにこっと笑った。
「何だったかしら、アリアちゃん?」
「同じような種類や大きさの品とかに分類するんです」
「そ、そ、正解。よく覚えてたわねえ」
 軽く拍手してから、明日菜は言葉を続けた。
「つまり、書物は書物、衣服は衣服といった風にひとまとめにする必要があるのね」
「そうです。家具類や彫刻、絵画などはそのままで構わないとのことです」
 と、アリアが明日菜の言葉に補足する。
「んじゃ、あんまり大きな物を運ぶってことはなさそうだなー」
 その2人のやり取りを聞いて、北斗がつぶやいた。
「それでもいくつか大きな荷物はあるだろ。それに、本なんかもまとまれば結構な重さになるしな」
「だよなー」
 啓斗の言葉にもっともだと頷く北斗。この屋敷で見かけた書物は妙に分厚い物が多かった。これを数冊単位で運ぶとなると、かかってくる重量も推して知るべしである。
「そこで提案がある。部屋数も多いことだし、各自が個々の部屋を片付けてゆくよりも、作業を分担した方がいいと思うんだが……」
「分担はよいと思いますが、多少は並行して進めてゆかないとかなりの時間を必要とすることになるかと」
 啓斗の提案に対し、アリアからそんな反論が返ってきた。仮に1つの部屋の片付けに約1時間かかるとすると、全部の部屋の片付けが終わる頃にはすっかり真夜中になっている訳で……。
「なら……エリア毎に進めてゆくのはどうだろう。隣り合っている部屋ごとにとか」
「分かりました」
 啓斗の出した妥協案にアリアも納得したようである。
「では、荷物はひとまず広い場所……そうですね、この館でしたらエントランスが適しているでしょうか。そちらに集め、分類した後に埃を払い終えた部屋へ戻してゆけばよいのではないかと思われます」
 それまで皆の話を黙って聞いていたエリヴィアが、おおよその片付けの方針が固まったと見て、そんな意見を口にした。
「その際は、買い取る予定のある物だけを残し……」
 と、そこまで言ってからエリヴィアはあることをまだ自分が知らないということに気付いた。
「失礼ですが。どのような品物が、買い取られる予定なのでしょうか?」
 そう、蓮がどの品物を引き取ることになっているのか、エリヴィアは知らないのである。
「あれ? そういや俺も知らねぇな。兄貴は聞いてるんだろ?」
「いや……」
「私も聞いてないわね」
 北斗、啓斗、明日菜が口々に言った。どうやら3人も知らないようだ。となると、アリアの他に残っているのはみなもしか居ないが……。
「ん? みなもちゃんは?」
 その時、明日菜がみなもがこの場に居ないことに気付いた。
「みなもさんでしたら、向こうの部屋で着が……」
「お待たせしましたっ」
 アリアが説明しようとしていた途中、みなもが廊下を駈けてやってきた。先程までの制服姿ではなく、だいぶ使い込まれたと思わしき体操服に身を包み、バケツや雑巾などといった清掃用具一式を提げて――。
「気合い入ってんなー」
 北斗がそんなみなもの姿を見て、感心したようにつぶやいた。抱えていた大きな荷物の中身はこれだった訳だ。
 それはさておき、着替えから戻ってきたみなもにも先程のエリヴィアの質問がなされた。すると、みなもがあっという表情を見せた。
「知ってるのね?」
「え……ええ、たぶん」
 明日菜に聞かれ、少し自信なさげにみなもが答えた。
「昨日学校帰りに寄ってこのお話を聞いて……蓮さんに『事情』をお聞きしてみたんですけれど……。何かを受け取る代わりに片付けをするんだということくらいしか……」
「この屋敷の物品で、か?」
 そう啓斗が尋ねると、みなもはふるふると頭を振った。
「同じことをお聞きしたんですけど、蓮さんは『別口さ』としか……」
「それで合ってるの、アリアちゃん?」
 みなもの言葉をアリアに確認する明日菜。アリアは無言で頷いた。
「片付けして貰える物って何だよ?」
 首を傾げる北斗。少なくとも食べ物ではないことは分かる。しかし、何がこの片付けの対価として見合うのかがよく分からない。確実に言えることは、蓮は片付けを対価として『それ』を必要としたということであろう。
 ともあれエリヴィアの疑問も解決し、いよいよ実際の片付け作業が始まることとなったのである。

●一目で心奪われて【6】
 メイドであるエリヴィアにアリアともども指導を受けながら、懸命に掃除を行ってゆくみなも。教え方が上手いからか、それとも生徒が優秀だからか、部屋数をこなしてゆくうちに掃除のスピードが上がってきていた。もちろんその分だけ、体操服は次第に汚れてゆく訳だが。まあそろそろ捨てようかとも思い始めていた物なので、汚れても別段問題はないのだけれども。
(……一向に何か出てくる様子はありませんね……)
 掃除を進めながら、みなもはそんなことを考えていた。何かを渡すための対価とはいえ、わざわざ蓮に片付けを持ちかけるくらいだから、屋敷に何か問題でもあるのかとみなもは思っていたのだが……どうやらそうではないらしい。ただ単に、この屋敷の持ち主は掃除をしてもらいたかっただけなのかもしれない。だとしても、結構な変わり者という感じもするが……。
(でも、思ったより埃も少なめでよかったです)
 何年も誰も住んでいない屋敷にしては埃が少ないのは、以前に誰かやはり掃除を頼まれて行っていたからであろうか。
「ええと、今度はこのクローゼットの中を……」
 いくつ目かの部屋に入り、みなもはクローゼットを開けた。するとどうだろう、中の衣服は全て運び出されたかと思われていたが、何と1着だけ残っているではないか。しかも、その残っていた衣服が意外な形態であった。
「え、これって……」
 クローゼットからその衣服を取り出してみるみなも。それは何と、まるで天女が着ていたような衣服で。
「……どうしてこんな衣装がここに……?」
 普段着、だとは思えない。何か演劇でもした時の衣装であるのだろうか。だがしかし、その天女の衣装はみなもが着るにはちょうどよいサイズであるらしく――。

●それを頼みし者たち【8】
 日もとっぷりと暮れ、屋敷の片付けが終わったのは夜も遅い時間であった。予告通り、蓮は片付けが終わる頃に屋敷へ現れた。
「皆ごくろうさん。これだけやったら、向こうも満足するってもんさ」
 と、満足げに蓮が言った。これで蓮は『何か』を引き取れる訳であるからして。
「で、何かこれはって物はあったかい?」
 そう言って、蓮は皆が持って帰りたいと思った品物の確認を始めた。
 啓斗は何やら細かい細工の施された手鏡を持って帰りたいという。そして弟の北斗はというと、何故か白紙の巻物が気に入ったらしい。
 みなもが魅了されたのは何に使われていたのかよく分からない天女の衣装で、明日菜はといえば……。
「石かい?」
「ええ、石よ」
 きっぱりと蓮に答える明日菜。
「そりゃまた……。ああ、あんたは何かあったかい?」
 明日菜との会話を一旦切り上げ、蓮はエリヴィアに尋ねた。すると、エリヴィアは辞退するという。
「その代わりにと言うのもおこがましいかもしれませんが――」
 何とエリヴィアは、明日菜が欲しがっている物を持って帰ることを認めてほしいと蓮に言ったのである。強引に連れてこられたけれども、何だかんだいって親友だからこその言葉かもしれない。
「そうかい……ならいいよ、持って帰るがいいさ」
 蓮が苦笑しながら明日菜に言った。そして、懐からチョコレートを2枚取り出すと、1枚はアリアに渡し、もう1枚はエリヴィアに差し出した。
「さすがに働いてもらっておきながあ手ぶらで帰す訳にはゆかなくてねえ……。分かるだろう?」
 そう言われてしまっては、エリヴィアも断る訳にはゆかない。その差し出されたチョコレートを受け取ることにした。
「さ、もう遅いし、皆は帰るといいよ。戸締まりはやっておくからさ」
 そう言って蓮はアリアを含めた皆を先に屋敷から帰した。残されたのは蓮1人で――。
「ナー」
 突然、暗闇から1匹の黒猫が飛び出してきた。それに続いて、黒いドレスを纏った1人の女性がすぅ……っと姿を見せた。
「どうだい、綺麗なもんだろう……沙耶」
 と言って笑みを浮かべる蓮。そう、そこに居たのは高峰心霊学研究所所長の高峰沙耶であったのだ。
「ええ。大変満足だわ」
「……こういう場所をいくつも抱えてるのかい?」
「さあ?」
 くすりと微笑む高峰。
「ま、助かったよ。ひとまず礼も済ませられたようだしさ」
「確かに。これで渡したわよ……」
「ああ、ありがたく受け取ったさ」
 そう言って蓮は笑った。
「ゼーエン。行くわよ」
「ニャー」
 すっと身を屈めて高峰が黒猫の名を呼ぶと、黒猫はぴょんと高峰の腕の中へ飛び込んでいった。
 そして立ち去る高峰の姿を、蓮は黙って見送ったのである――。

【とある洋館の片付けを 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 女学生 】
【 2922 / 隠岐・明日菜(おき・あすな)
                  / 女 / 26 / 何でも屋 】
【 7658 / エリヴィア・クリュチコワ(えりう゛ぃあ・くりゅちこわ)
                   / 女 / 27 / メイド 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、奇妙な屋敷の片付けの模様をお届けいたします。お話自体も最後まで読むと何か奇妙なやり取りがありますが……実は今回のお話は、高原が先だってアンティークショップ・レンで展開しましたお話である『遅れてきた危険な雛祭り』から少し繋がっていたりするのです。ですので、最後の2人の会話はあえて同じ表現にしたりして、それを踏まえたものだったりします。
・まあ、あの方もお願いされたからといって単純に承諾したとも思えない訳ですが……。さて、いったい何を考えているのやら、あの方は。
・それでですね、今回皆さん何かしらアイテムを得られていますので、どうぞご確認をお願いします。どんな効果があるかは、今後実際に使用したりしてみたら分かるかもしれませんよ。
・海原みなもさん、14度目のご参加ありがとうございます。お久し振りですね。奇妙な衣装が手に入りましたが、普段着にするには少々難しいかもしれませんね。目立つでしょうし。でも、いい物だと思いますよ?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。