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<東京怪談ノベル(シングル)>


●侵入者
 闇の中に溶け込むように、ひっそりとその施設は存在した。

「――出入り口は2箇所。うち1箇所は警備員を配置、ですか。そうしてみると、もう1箇所はセキュリティシステムでも備えているのかしら」

 施設全体を見下ろせる位置からジッと様子を観察していた琴美は、ふむ、と両腕を胸の前で組んで思索に沈んだ。それによって豊か過ぎる2つの膨らみがより強調されることになったのだが、それを見るものはなく、琴美自身も思索に沈んでいて気付くことはない。
 素早く施設の周りを巡り、スルリと身をくねらせてダクトなどに潜り込んでも見たものの、現実的に潜入に使えそうな場所は今、琴美が上げた2箇所だけだ。通気口のようなものも存在しないようだし、したとしても琴美の場合、胸元がつかえて入れないか、入れたとしても常に胸元を圧迫することになって、結果として呼気が荒くなり、敵に潜入を気付かれる危険性が増える。
 どんなに格下の相手であっても、持てる全力をつくして任務に当たる。それは琴美自身が脈々と受け継いできた忍びの血筋の家訓でもある。
 格下と侮り、任務を失敗するほど見苦しいことはない。琴美ほどの実力があれば堅牢な要塞すらも一人で落とせるという自信はあるが、琴美はそれにおごりはしない。
 ならば今、琴美はどちらの入り口を侵入口として選ぶべきか?

「機械任せのセキュリティ程度なら、細工をする必要もありませんね」

 琴美はそう判断し、素早く施設の塀に駆け寄ると、トン、と地を蹴って宙に身を躍らせた。塀の上に張り巡らせた赤外線は、すでに把握している。危うげなく塀の上まで到達した琴美は、そのまま身をくねらせて赤外線の隙間をくぐらせ、敷地内へと音もなく着地した。
 赤外線に引っかからないよう、胸元を押さえていた手を外す。わずかに揺れる膨らみを突き出すように胸を張り、キュッ、とお尻を持ち上げて背筋を伸ばす。
 素早く辺りを伺い、巡回などがない事を確かめた琴美は、暗闇を縫うようにして侵入口へ到達した。たとえその場面を目撃しているものが居たとしても、風が通り過ぎたとしか思わないだろう。そのぐらいに常人離れした速度だった。
 素早く太ももに両手を伸ばし、くないを抜き出す。胸の前で交差させるように構え、天井部分に設置された監視カメラに向けて投擲する。ぶれることなく弧を描いて放たれたくないが、次の瞬間過たず命中して機能停止した。

「ん‥‥ッ」

 赤外線を確認、身をくねらせて間に体を通し、或いは床を匍匐前進して突破する。長い黒髪を押さえ、胸元を形が変わるほどきつく押さえつけて、だが数秒後には赤外線の森の向こうに堂々と立つ琴美の姿がある。

(弾薬庫は地下、でしたね)

 詳細な見取り図を受け取った訳ではないが、ある程度の情報なら指令時に与えられている。今回の彼女の任務は、この施設を再起不能なまでに徹底的に破壊すること。そしてその為に最も手っ取り早いのは、この施設の地下に隠されている弾薬庫に溜め込まれた爆薬を仕掛け、爆破する事。
 音もなく琴美は走り出した。ピンヒールの編み上げブーツは、だが硬い床面と触れ合ってもこそとも音を立てない特殊加工が施されている。それに加え、琴美自身が体重を感じさせない軽やかな動きで、廊下を失踪している。
 時折据え付けられている監視カメラはやり過ごし、或いは破壊する。赤外線はそれほど多くはない。

「ふ‥‥ッ」

 息を詰めて膝と胸の高さに張られた赤外線をすり抜け、琴美は施設内の非常階段まで到達した。一気に駆け下りる、その動作にさすがに特殊インナーで支えられた豊かな膨らみも激しく揺れる。
 最後の数段を飛び降り、衝撃を膝と足首で吸収。その体勢のまま、再び弾丸のように駆け出した琴美は、やがて目的の弾薬庫を発見した。見張りは2人。まさかここまで侵入出来る敵が居るとは想定していないのか。

「それはッ! 甘過ぎるというものッ!」

 掛け声と共に気迫裂ぱく、琴美はあっという間に見張りの男達のうちの1人に肉薄した。その動きを目視することが叶わなかった男は、突如目の前に現れた美女と、激しく揺れる豊かな膨らみに目を奪われ、思考停止する。

「ハッ!」
「グホ‥‥ッ!」

 ミニのプリーツスカートを跳ね上げ、大上段からの回し蹴りを男の側頭部に叩き込んだ。目の前に露わになった禁断の領域の光景を、すでに目視する事は叶わなかっただろう。
 流れる動きで体をひねって着地、焦点の合わない男の顔を胸元に押し付けるようにして抱え込み、膝蹴りを素早く男の腹に叩き込む。ずるり、琴美に抱きつくように全身の力を失った男を、投げ捨てるように引き剥がし。
 予感に、とっさに身をひねった琴美の胸元を、掠めていく拳を見る。

「ハ‥‥ッ!?」
「ほぅ」

 同様に相手の方も、かすり傷一つ負わずに避けた琴美に驚きを隠せなかったようだ。サングラスで表情は良く判らないが、わずかに口元が驚きの形に作られる。
 だがその驚きは、すぐに口の端をニヤリと吊り上げた好奇心に取って代わられた。

「やるな、女」
「あなたこそ」

 魅惑的にルージュを刷いた唇で弧を描きながら琴美は言った。実際、彼女が完全に不意打ちを受けた事も初めてなら、避けた拳が彼女を掠めかけた事も初めてである。
 なるほど、と先の評価を否定した。敵は、ここまで侵入される事を想定せずに手薄な警備を置いたのではない。侵入されたところで撃退する自信があったからこそ、あえてこの体制で臨んだのだろう。
 有効な戦術かもしれない。普通は内部に入り込まれれば致命的だからこそ鉄壁の防御を施そうと腐心するものだが、この施設は、侵入者が内部に入り込んだその時こそが、侵入者を撃退する最大の好機なのだ。それに並みの侵入者ならば、侵入を果たした時点でいくらか慢心し、油断が出来るものである。
 だがそれは、侵入者が水嶋琴美である以上、意味のない配置だ。

「怪我をしたくなければそこをどいてくれますか?」
「あんたの方こそ、そのお綺麗な顔に傷をつけたくなきゃ退いて貰えるとありがたいね」
「出来ない相談ね」
「残念だ」

 特に残念そうな素振りでもなく、男はそう言ってばさりと身を覆う上着を脱ぎ捨てた。パワードプロテクターが現れる。良く使い込まれたように見えるそれは、だがほとんど傷ついた様子はない――琴美の身を覆うこの戦闘服が、決して傷つけられる事はないように。
 そう、と琴美は嫣然と微笑んだ。構える。白い太ももが露わになるほどに腰を落とし、豊かな胸を突き出すように背筋を伸ばし、ゆるく拳を握る。
 ファサリ、胸元にかかっていた長い黒髪を一房、背後に流した。
 男が目を細める。

「良い女だ。だがこちとら仕事でね。あんたが何をしようとしているのかは判るが、ここでおねんねしてて貰うぜ」
「私はあなたみたいな男は趣味じゃありません。任務遂行の為、あなたを排除させてもらいます」
「名前は?」
「必要ですか?」

 にべもなく切り返した琴美に、いいや、と男は苦笑いした。それがサングラス越しでも判った。

「気が向いたら覚えといてくれ。俺はディテクター。あんたを倒す男だ」

 そうして――同時に、目にも止まらぬ速度で床を蹴った2人の拳が、空中で火花を散らした。