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<東京怪談ノベル(シングル)>


●任務完了
 弾薬庫の中には、あらゆる火器が積み上がっていた。その中を琴美は迷いなく進み、爆弾類の集められた区画へと辿り着いた。
 火器への知識も、もちろん琴美は豊富に持ち合わせている。積み上がった弾薬類の中から迷わず琴美が選び出したのは、時限性の発火装置。いわゆる時限爆弾だ。
 すでに琴美の侵入は知られているだろう。だがディテクターを下した今、他に琴美の行く手を阻める猛者がこの施設に居るとは思えない。
 少し考え、時限装置を脱出所要時間ギリギリに合わせ、起動させた。チッ、チッ、チッ、と無感情に時を刻む音を確認し、最も効率的に誘爆を起こせる場所を瞬時に計算。時限装置と、幾つかの爆薬を傍に置き、素早く弾薬庫から滑り出る。
 弾薬庫の外には、すでに琴美が倒したディテクターともう1人は影も形もなかった。意識を取り戻して自力で逃げたのか、或いは誰かが救出して行ったのか。どちらにせよ、琴美には関係のない事だ。
 素早くもと来た道を駆け戻る。前進にディテクターとの戦いのダメージはこびりついていたが、それを感じさせないしなやかな動きで身をくねらせ、今だ施設を守ろうとする赤外線を突破。手に手に銃を持って出てきた雑魚達は、通り過ぎざまに手刀を食らわせて突破する。

「あなた達程度では足止めにもなりません!」

 まっすぐ施設の外まで駆け抜け、侵入した塀を一足飛びに飛び越した。トンッ、トンッ、と長い黒髪をなびかせて跳躍を繰り返し、辿り着いたのは一番最初、琴美が侵入経路を確認した小高い場所。
 ハッ、ハッ、と少し荒げた呼気と共に上下する豊かな胸に、意識して呼吸を整え、様子を見守る。そろそろ、時限装置が作動する時間だ。

 ――ドゴォォォーン‥‥ッ!
 ――ガラガラガラ‥‥ッ!

 やがて、激しい爆破音と共に赤い閃光が走り、琴美の目の前で堅牢な施設はあっけなく崩壊した。慌てふためいて逃げ出してくる人影が幾つも見えたが、彼らの殲滅は今回の任務ではない。

「任務完了、ですね」

 もうもうと舞い上がる土ぼこりと鼓膜を引き裂くばかりの破壊音の中で、それを見届けた琴美は艶やかに微笑んだ。




 自衛隊基地は、いついかなる時であろうとも眠りに落ちる事はない。緊急事態に備えて常に誰かしらが警戒態勢を崩さない、それが自衛隊という組織である。
 琴美が幾つか所有する隠れ家の一つへと戻ったのは、ちょうど丑三つ時を過ぎた辺りだった。スイッチ一つでパッと灯りのともる室内には、当然ながら琴美以外の人間は誰も居ない。
 まずは部屋の壁面に取り付けた通信設備に向かう。いつでも待機状態にしてある通信機は、琴美がパネルに白い指を走らせるとすぐに息を吹き返した。
 慣れた手つきで、幾度も叩いたコードを叩く。パスワードを入力し、接続を待つこと数秒。
 ――と。

『水嶋、戻ったか』

 不意に壁面モニターに映像が出現した。スピーカーから聞こえてくる声は、人を従わせる事に慣れ切った男のもの。表向き、彼が一体どういう地位についているのかを琴美は知らない。知っているのは彼が琴美の真の上司、特務統合機動課を束ねる男だと言う事だ。
 はい、と琴美は背筋を伸ばし、カツン、とボロボロになった編み上げブーツのかかとを合わせた。

「水嶋琴美、ただいま帰投いたしました。拝命した任務は問題なく成功しております」
『問題なく、か。君に限って失敗はないだろうが‥‥苦戦したようだな』
「はい‥‥敵施設を守っていたのは、ディテクターという男でした」

 後ほど改めて報告書を、と告げた琴美に男は鷹揚に頷いた。じっくり値踏みするような視線が、ディテクターとの戦いによってかつてないほどボロボロに傷付いた琴美の全身を、余す事なく動いていく。その視線をモニター越しですら感じる。
 やがて、良いだろう、と男は満足そうに頷いた。

『ディテクター、その名は知らない訳ではない。水嶋、君ほどのプロが苦戦するほどの相手とは、正直予想外だったが――』
「恐れ入ります」
『今日はゆっくり休みたまえ。君に限って、休暇などは必要ないだろう?』

 揶揄するような男の声に、当然です、と頷く。確かにディテクターとの戦いは琴美にとって生まれて初めてとも言える苦戦だったが、結果的に勝利した。そのダメージを表の生活に持ち越すことなど、プロとして失格だ。
 結構、と言い置いて男の姿はモニターから消えた。プツ、と音がして暗転したモニターの液晶面に、あちこち破れてボロボロになった戦闘服を身にまとい、所々むき出しになった白い肌から流れる真紅の血も艶やかに匂い立つ琴美の姿が映る。
 ふ、と息を吐いた。バスルームに向かう道すがら、ボロ布同然になった戦闘服をひょいひょいと脱ぎ捨てていく。代えの戦闘服は、あっただろうか。あったかも知れないが、今まで必要になったことがないのでどこに仕舞い込んだか覚えていない。
 一糸まとわぬ生まれたままの姿でバスルームに辿り着いた琴美は、キュッ、と思い切りシャワーのコックを捻った。途端に噴出してくる熱いお湯が、全身に叩きつけられる。

「ん‥‥ッ」

 傷にお湯が染み、琴美は僅かに眉を寄せた。とっくに流れ出した血も乾いていたが、刺激を受けたせいで再び傷口が開いたようだ。チロ、と赤い舌で流れ出した血を拭う。
 よく鍛えられた、豊満でいて引き締まった身体を労わるようにゆっくりと全身を清め、長い黒髪を丁寧に洗った。どうやら、今日の戦いの最中で些か悼んでしまったようだ。琴美の身体を覆い隠すようにまとわりつく黒髪は、やや軋んだ手ごたえをしている。
 隅々まで洗い清め、シャワーのコックを捻ってお湯を止めると、まずはバスローブを素肌にまとった。豊かな胸元を覆い隠し、細くくびれたウェストの辺りで縛る。
 長い黒髪を乾いたバスタオルで丁寧に拭いながら、琴美はそのままの姿で自室へと戻った。下着すらつけていないが、無防備だとは思わない。ここには琴美以外は居ないし、誰かが侵入してきたとしても琴美に不埒な真似をする暇もなく、琴美自身が相手を捻り潰していることだろう。
 もっともあの、ディテクターという男が相手ならば――
 ふと、琴美と対等に戦い、今まで無傷で無配を誇ってきた彼女を相手に時に上回る攻撃すら仕掛けてきた、サングラスの男のことを思い出す。ディテクター、彼は確かに強かった。ボスは彼の事を知っているようだったが――
 思いついて端末を立ち上げ、特務統合機動課のデータベースへとラインを繋ぐ。検索を掛けると、ディテクターの事はすぐに判った。IO2の中でもトップクラスのエージェント。過去は一切不明。
 戦闘能力を見ても、琴美の目からしてもかなりハイレベルな相手だった。だが、琴美はこの男を下した。傷付き、幾度となく倒れ、それでも最後にはこの男を床に沈め、琴美は勝利したのだ。

「ふふ‥‥」

 唇の端を艶やかに吊り上げて弧を描き、琴美は端末を落としてソファに身を預けた。白い太ももがかなり際どいラインまでむき出しになり、僅かに緩んだ襟元から豊かな膨らみが零れ出さんばかりに存在を自己主張したが、気にしない。
 今更ながらに、あの男に勝利した喜びと、あの男に勝利した自身の能力の高さに、酔いしれる。

「いつかまた、戦ってみたいものです」

 次こそ完膚なきまでにディテクターを叩きのめしてみせる。そう誓う、琴美の笑みはこの上なく艶やかだった。