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<東京怪談ノベル(シングル)>


ウゴドラクの牙 〜心のままに〜


  ふとした思い付きだった。
「奥多摩到着、と」

  普段人狼化して夜中の住宅地を飛び回って遊んでいるものの、たまには四本足で疾駆してみたい。
 そんな風に思ったみなもはどこかいい場所はないかと地図を広げる。
 遠出してとも考えたが、学校もあるのであまり遠くには行けない。
 都内に区分される地区の中にはまだまだ自然の多いところもあるため、その当たりで適当な場所を探す。
 地図の上をゆらゆらと移動する視線がふと止まった。
「ここ…!」
 場所は奥多摩山中。
 ここならば日帰りできる距離だし、遅くとも翌日中には帰って来れる範囲だろう。
 もっとも、何があるか分からないので出発は土日で都合のついた日を選ぶ。
 勿論奥多摩周辺の天気もキチンとチェックしておかねばならない。
「天気に関しては色々失敗してますからねぇ…」
 曇りだったり雨だったり雪だったり。
 自分の引きが悪いとは思いたくないが、あれから十分気をつけているので焦るような事は殆どない。
 油断大敵とはいうものの、慣れは退屈にも繋がるので、いつもというわけにはいかないがたまには別の場所でこの力を使ってみたい。


 「(よかった、監視カメラとかなさそう)」
 到着した駅の中をキョロキョロしつつ、時間帯で条件が色々変わる場合も含めて事細かにチェックする。
 そして一通りチェックが終わる頃にはすっかり人通りもなくなり、辺りに響くのは虫の声。
 狼姿でも開け閉めできそうな一番下のロッカーを選んで、荷物を押し込み扉を閉める。
 期待に胸膨らむみなも。
 山へ向かって地面を蹴りだすと、毛皮を撫でる風もいつもと違って思えた。
 なにより空気がいい。
 虫の声も都会よりも耳鳴りかと思えるほど沢山聞こえる。
 山が生きている。
 自分もその一部になっている。そんな気持ちになる。
 普通の狼と違って身体能力は高く、素早くそして高く飛び上がれる。
 人工的な屋根の代わりに無骨な岩を足蹴にし、硬いアスファルトの地面の代わりに木の根や腐葉土が広がる土を踏みしめる。
「(ああ、土の上ってこんなに柔らかいんだ)」
 人の姿では靴を履いているし、何よりも常日頃歩いているその地面の硬さゆえの衝撃や疲労感も大してわからない。
 獣の姿だからこそ、その違いを明確に足の裏に感じる。
 踏みしめても押し返されるような弾力かと思えば、着地した瞬間、受け止めてくれる柔らかさ。
 この身にとっていつも以上に動きやすい。
 そして人狼も自然の一部なのだと感じ入る。
 夜露に濡れる体。
「(えっと…こうするんだっけ?)」
 よく犬がしているように全身をブルブルと震わせて雫を弾き飛ばす。
 面白いぐらいに身体が震える。
 人の身ではこんな風に身体を震わせる事などできないから。
 喉が渇けば渓流まで行ってそのまま川の水を飲み、また走り出す。
「(そういえば、六月だったらツツジの季節ですよね)」
 確か奥多摩には千本ツツジと呼ばれる、ツツジが咲き誇る場所があったはずだ。
 テレビでは山の上の方と言っていた気がした。
 違ってもいいからこのまま山頂まで駆け上ってみよう。みなもは思うままに疾駆する。
 月明かりに照らされて、山の中と言えどもとても明るい。
 これなら花見も十分できよう。
「(ぅ…わあぁ……)」
 山頂の風は冷たい。
 サッと抜ける風の中、あたり一面炎の海のようなツツジの群れを目の当たりにし、みなもの気分は更に高揚した。
 人の目で見る高さとは違うものの、あたり一面の赤の中を走りまわると、火の中を潜り抜けているような気分になる。
 日の光の下でもどれほど綺麗だろうか。
「(あ…)」
 ツツジを眺めつつふと思った昼間の空。
 辺りを見れば月も傾き、空も白み始めた。
 夏の日の出は早い。
 急いで駅のロッカーまで戻り、服の入った鞄の取っ手を銜えて山の中へ走り出す。
 流石に明るくなってくればいつ人に目撃されるか分からない。
 山頂で朝日を浴びて人に戻り、それから頃合を見て下山する算段なのだ。
「…綺麗……」
 朝日を浴びて人の姿に戻ったみなもは服をまとって暫くその風景に見入った。
 朝一の山登りに来た人々とすれ違い、はて?と首を傾げられるのは気にせずに。

「はぁ〜〜〜〜っ! 気持ちよかったぁ♪」
 人少ない車両の中でぐぐっと背伸びして、肌に染み付く森の香りを楽しみながら、みなもはうとうとと眠ってしまう。
 今度は何処へ行ってみようか、そんな事を考えつつ、夢の中で狼姿のみなもは走り続けた。


 寝過ごして、降りる筈の駅名が見当たらない辺りまで来てここどこ!?と慌てるのはそれから二時間後のこと…


―了―