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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に〜裁縫〜

 本当に梅雨入りしたんだろうか。
 そう思うような、雲一つない晴天。空気もほどほどに乾いていて、微風が心地よい。
 爽やかなのは、いいことだけれど。ここまで雨が降らないと、なぜか心配になってしまうから不思議なものだ。降れば降ったで鬱陶しいと思うのに。
 でも、梅雨が終われば、本格的に夏が来る。それは、空梅雨だろうとなんだろうと変わらない。
 だから、今のうちなのだ。早めに手に入れないと、それこそ夏が終わるまでそのまま押入れ行きになってしまう。
 そう、なんとかして、着ぐるみパジャマを。
 自分でも半ば意地でやっているような気はしていたが、でも、もう止まらない。
 心の中で握り拳を作る。
 そして。
 ダメでもともと。そう思いながら、今日もまた。
 絡み付く蔦も新緑から深緑へ変わりつつある洋館――久々津館への門を叩くのだった。

 いつもどおりに門をくぐって、開け放たれた玄関を通る。
 すると、これまたいつもどおりに炬の姿が見える。こちらに気づいて、薄く微笑んでくれる。
 こちらも笑みを返す。なるべくにこやかに、元気良く。
「こんにちは、鴉さん、いらっしゃいますか? いなければ、レティシアさんでもいいんですが」
 歩み寄りながらそう聞く。が、首を横に振られてしまう。
「申し訳ありません。二人とも、少しだけ出かけていまス。すぐに戻ると思いますが……」
 返ってきたのはそんな答と、首を横に振る仕草だった。
 しばし、そのまま考え込む。
 すぐに戻ってくるなら、待たせてもらえばいい――のだけれど。
 思いつく。
「じゃあ、しばらくぶりだし、中、見学させてもらおうかな? いいよね?」
 鞄の中にしまっておいた小さなマリオネットを取り出して見せ、片目を瞑る。もちろん今度は、炬の首は縦に振られた。このマリオネットは、入場料無料の証。大事なものだ。
 ここのところ、いつもお茶をしたり相談に乗ってもらったりで、随分長い間、ちゃんと博物館内を見ていない。それはそれで悪い気がするし、もったいなかった。せっかく、見学フリーパスにさせてもらってるのに。
 思い立ったが吉日。さっそく、入り口と書かれた立て札を通り過ぎ、館内へ向かう。
 いつのまにか、早足になっている自分がいた。

 館内の様相は、記憶の中のそれとはだいぶ違っていた。
 思ったよりも、展示品が入れ替わっている。
 相変わらず、あの人数でやっているとは思えない収蔵数に、考えられたレイアウト。ある時は地域、ある時は種類、ある時は時代で分かれている部屋の中に、見覚えのない人形たちがたくさん並んでいる。見覚えのあるものでも、整理の仕方、配置のされ方、見せ方だけで違うものにさえ見える。
 その中でも、小さな部屋が一つ丸ごと、アイヌのニポポ人形で埋め尽くされている部屋には圧倒された。けれど、一つ一つを見てみると、素朴で味わいがある。木彫り特有の暖かみが部屋の空気にまで滲み出しているようだった。
 十二分に満足しながらその部屋を出る。すると、さらに目を引く物があった。短い廊下の出口に、みなもの身長ほどの立て看板が据え付けられている。
 そこには、『特設展:手作りの人形たち』と書かれている。
 特設展。
 まさかそんなものまでやっているなんて。少なくとも、玄関ホールにそんな掲示はなかったように思えた。まあ、元々見学のつもりで来たのではなかったから、見逃したのかもしれないけど。
 それはともかく。
 立て看板の脇を通り過ぎ、足を踏み入れる。

 その部屋に、どれだけいただろうか。
 じっくりと眺めていたので、それこそ30分以上経っていたのかもしれない。
 タイトルを見た瞬間から期待はしていたけれど、その展示は、予想以上に良いものだった。凄い、とは違うが、なんだか、とても安心する人形たち。どちらかと言えば、直前に見たアイヌの木彫り人形と同じ、火を灯されたろうそくのような暖かさを感じる。一つ一つ、同じような人形でも、少しずつ違う。それこそ素人の手作りと思われるものもたくさんあったが、その拙さが逆に、作った人の背景を映しだしていて、たまらなかった。
 だから――
 充実感に満たされて、博物館の出口を通り抜け、玄関ホールに戻って。そこで、立ち話をしている鴉とレティシアの二人を見るまで。
 今日、何のためにここに来たのか、すっかり忘れていた。
 二人の姿を視界に捕らえて、たっぷり10秒は固まった後。ようやく思い出してくる。
 慌てて、駆け寄った。
「す、すいません。ひょっとして、待たせちゃいましたか?」
 そう声を掛ける。
「いえ、私も鴉も、今さっき帰ってきたところよ。博物館、楽しんでもらえたみたいで、ちょうど良かった」
 レティシアににっこりと微笑まれた。相変わらず、同性でも眩むような笑顔だ。
「炬から聞きました。今日はどんな御用事で?」
 さらに、言葉を鴉が引き継ぐ。こちらはこちらで、台詞とともに軽く掲げる帽子が様になっている。芝居がかっているのに違和感がない。不思議な人だ。
 一瞬だけ、言い淀む。いい加減しつこいのは分かっている。
 けれど。ここまできて言わないのもありえない。
「また、なんですけれど。着ぐるみのパジャマ……やっぱりあきらめられなくて。店とかも探してみたんですけど、あたしくらいのサイズのものってあんまり種類もなくて……それで、ですね。できれば、自作、したいな、って思うんです。でも、そんな大きな縫製ってあんまりしたことないし。だから……着ぐるみも人形みたいなものだし、縫製って人形の扱いとしては必須だと思うし……教えてもらうことって、無理ですか?」
 途中で止められないように、一気に言い切った。
 背の高い鴉を見上げるようにして、表情を窺う。
 苦笑はしていたけれど、拒絶はされていないように見えた。
「うーん、まあ、多少ならできなくはないですが……作る、ということにかけては私はプロではありませんよ? もちろん、レティシアもです」
 それでも、色よい返事は得られなかった。でも、そう簡単には引き下がれない。
 とはいっても。
 正直、どうやって説得するかまでは考えていなかった。
 そのときだった。
 向かい合う鴉の、さらにその向こうに。
 控えめ目に置かれた、小さな看板が見えた。
『特設展:手作りの人形たち、開催中』
 さっきは気づかなかったが、やはりちゃんと置かれてはいたらしい。
 あの、手作りの素朴な人形たちの展示。もう一回見に行きたいくらいだ。
 ――手作り?
 そうか。
「あの。さっき、特別展示も見せてもらったんですけど」
 切り出す。
「内容は、とても良かったんです。でも、なのに、ちょっとアピールが足りなくないですか? 今日もお客さんあんまり見ないし。せっかくだから、もっとたくさんの人に見てもらえるように何かイベントでもしたらどうですか? ――たとえば、手作り人形教室、とか」
 ちらっと、レティシアの方ものぞき見る。
 苦笑していた。でもそれは、柔らかい苦笑。
「――いいかもしれませんね。なら、せっかくだから、みなもさんにはその生徒第一号になってもらいましょうか? サクラ、ってわけじゃないですが、企画者として特別に、無料で」
 鴉はいつもどおりの芝居がかった調子で、楽しそうに言った。それじゃ企画をまとめないといけませんね、と応接室に通された。
 そして、話はとんとん拍子に進んだ。

 そして、一週間後。
 待ちに待った、教室の日。
 その日は梅雨らしく静かに雨が降っていたけれど、全然気にならなかった。
 お気に入りの傘を差して、軽い足取りで、久々津館へ向かう。
 教室には、みなも以外に五人ほどが集まっていた。
 そんなにたくさん集まったわけではないけれど、皆、人形好きで、話が弾んだ。
 先生は、鴉と、もう一人、その知り合いという専門の人。話はとっても、分かりやすかった。
 炬の淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら休憩して。
 繕い物はしていても、着ぐるみパジャマを作るとなると勝手が違って、いろいろ苦労もしたし、うまくいかないところもあったけれど。
 そんなことを数日、繰り返して。
 教室は終わり。
 白黒模様の牛の着ぐるみパジャマができた。
 それは、とても褒められた出来ではなかったし、実際のところ、着心地もそれほどに良くはないのだろうけど。
 自分で作った、というだけで。
 満たされた気分で夢を見ることができるような、そんな気がしていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
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■         ライター通信          ■
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ご依頼ありがとうございます。
前回がああいう終わり方でしたので、今回はまったりとしたものにしてみました。
作るにいたるまでの経緯が中心になりましたが、いかがでしたでしょうか?