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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


イチゴのように甘く切ない、春のえんそく。


 今年もまた『なんでも屋』に春がやってきた。雑居ビルの屋上にも、さわやかな風が駆け抜ける。今に桜も咲くだろう。畑の野菜も顔ぶれが変わる頃だ。こんな場所でもさまざまな変化が、穏やかに訪れる。

 新しい季節の音色が響く頃に向けて、ここに集う仲間たちは遠出の計画を始める。所長のアサトは、趣味の甘味めぐりを兼ねてのイチゴ狩りを提案。これを仲間たちがすんなり飲んだかと思いきや、話は意外な方向へと進んでしまうことになる。

 話はまだ寒い時期……コタツに入って鍋をつついていた頃に遡る。
 アサトは行き先の候補として『あのメイド喫茶の先駆け!』と噂される素敵イチゴ園に決めた。本当にそんな夢みたいなところがあるかどうかはわからないが、「最悪でもイチゴはあるだろう」とにやけながら自信満々で言い放つ。実のところ、かわいいメイドさんに興味があるのは、言いだしっぺのアサトだけ。話を振った連中をよくよく見ると、「甘味さえも二の次」と言わんばかりの表情だ。慢性面倒くさがり病の翠は「イチゴと青空で一献傾けるのもいい」と理由をつけないと外に出ないから同行するというだけの話だし、稀紗耶にいたっては「あんたらを肴に飲むのもいい」という始末である。いつもの趣味にいつもの調子を崩さない連中に対し、アサトは「もっと幅広く春を楽しもうぜ」とユーモアたっぷりに返した。
 しかし、彼にとって『メイドがいないかも』というのはいささか問題だった。目の保養は、心の洗濯である。アサトは何気なく「翠がメイドさんの服を着るというのも手段のひとつだな」などと余計なことを口走ってしまったせいで、いらぬ騒動を巻き起こしてしまった。それを聞いた稀紗耶は「そんなにメイドがほしいなら、アサトが着ればいい」とクケケケな表情で笑い、翠もいつもの鉄面皮をぶら下げて「そんなもの、着るわけないだろう」と一蹴。アサトは稀紗耶の言葉を聞くとムカッとしたが、同時に『自分がリスクを負ってでも、どっちかにメイド服を着せてやりたい!』と思った。そこで翠と稀紗耶に、その時食っていたパフェを掲げて「甘味大食い対決」を提案する。対決のメニューは、とれたてのイチゴをふんだんに使ったパフェ。調理は「イチゴ園にいる誰かにさせればいい」と適当にごまかし、とにかくアサトはふたりから承諾を得ようと必死になった。そんな姿をあざ笑うかのように、ふたりはいとも簡単に勝負を受ける。

 「こちとら、万年飢餓状態なんだぜ。ホントに勝てると思ってんのか? ケケケケ。」
 「私にメイドをさせて楽しいか? しかし、イチゴ狩りがずいぶんと酔狂なことになったな。」
 「おーおー、すでに俺が負けるような口ぶりだねぇ。まるで俺がお前らに勝ったことがないかのようだ。へへ、今から当日がいろいろ楽しみだぜ!」

 いわばケンカを売られた方が「自分は負けない」と自負するのには、ちゃんとした訳があった。それは『異能力を駆使してでも勝つ』という気構えがそうさせている。誰が甘味好きを相手に、バカ正直に真正面から相手するものか。だが、この意識が最後の最後まで勝負をわからなくさせてしまうとは、誰も想像していなかった。


 春の陽気に揺られながら、アサト運転のレンタカーはのどかな農道を走る。翠は車窓の風景を愛でながら「こんな田舎のどこを探せば、流行の先駆けになるようなメイドがいる?」と心の中で思った。まるで絵に描いたかのような田舎の景色……人間の住居も新緑の世界を汚すほどの主張もせず、ただ静かに立ち並ぶだけである。ドライブそのものは、実に快適だった。
 アサトが予約した素敵イチゴ園に到着すると、さっそくほのかに甘い香りが漂ってきた。それを感じた稀紗耶は「さすがは甘党、半端なところは選ばないね」と感心する。狭い駐車スペースに車を停めると、駆け足で農場の人間がやってきた。三十路を過ぎたくらいだろうか。青いツナギに野球帽というスタイルの男性だ。彼は丁寧に帽子を取ると、深々と頭を下げる。

 「ようこそ、当農場へ!」
 「あ、俺が桐月ね。今日はよろしく。」
 「すみませんねぇー、今週はうちのが研修に行ってて。その分、料金は半額にしときましたから。」

 稀紗耶はどうにも腑に落ちなかった。この農場の平凡さから見ても、彼が農場主とは思えない。きっと話に出てきた人間が農場主で、親父か何かなのだろうと思っていた。

 「私はいい空気にいい景色があれば、何も問題ない。あとは勝利の美酒に酔うだけ……」
 「ああー、そりゃホントに申し訳ない! うちのメイドたちに注がせたかった! いやね、新規オープンの店のメイドさんを教育しに行ってるんですよー。」

 誰もが耳を疑った。こんな風景に似合いもしない『あの言葉』が虚空を舞うなんて……奇妙な雰囲気を振り払うかのように、稀紗耶は男を問いただす。

 「……い、今、あ、あんた、な、なんて……」
 「はい? もしかして、メイドのことですか?」
 「まったく……雇われの人間のくせに、冗談がうまいな。」
 「私、農場主ですけど……」

 ウソみたいな受け答えに呆然の稀紗耶。どうしようもなくなった彼は、仕方なくアサトを睨みつける。こんな悪い冗談を仕組むとは、まったくたちが悪い。

 「ずいぶんと人が悪くなったもんだな、アサトさんよぉ。」
 「いや、俺も聞いてない。まったく聞いてない。俺も驚いてる最中なんだ。だから、あんまりまくし立てるな。」
 「まさか本当にそんなところがあるとは、『事実は小説よりも奇なり』と言ったところか。」

 まさに翠の言うとおり。根も葉もない噂は、本当だったのだ。
 その時、アサトは気づいてはならないことに気づく。それは『あるわけないと思っていた素敵イチゴ園が本当に存在して、しかもそこに予約するという信じられないラッキーを得たのに、信じられない偶然でメイドさんにはありつけなかった』という揺るぎない事実……もちろんとっくの昔に稀紗耶は気づいており、ご丁寧にも本人が気づいてから腹を抱えて笑い出した。
 ちなみに若き農場主の正体は、時代のトレンドをいち早くキャッチする天才実業家であった。

 アサトは勝負のために必要な食材をたっぷり詰め込んだ大きめのクーラーボックスを農場主に渡し、自分たちはしばし材料に必要な分のイチゴ狩りを楽しんだ。季節のものに触れることで季節を感じるというのは、なんともこの上ない贅沢である。この時ばかりはアルコールもタバコも抜きで、3人はイチゴ狩りに熱中した。稀紗耶が「誰よりも大きいのを取った」と自慢すれば、アサトはそれを食って「ノーカウント」と応戦。なんとも大人気ない争いを繰り広げる。その隙に翠が大きいのを取り、これ見よがしにアピールするという、もはやおなじみのシーンも展開された。

 決戦の時を迎え、アサトは緊張と興奮の面持ちでパフェを見つめる。楽しい。こんなに楽しい決戦は他にないかもしれない。だが、決して負けることは許されない。
 パフェの大きさは普通サイズ。農場主からは「ひとり10個しか作れませんねぇ」との報告を受けたため、『自分のノルマを完食した時点で勝ち抜け』というルールが追加された。

 「勝敗については恨みっこなしな。材料の他に、ちゃーんとメイド服も用意してある。ああ、翠の場合はここのを借りることもできるな。」
 「私が負けてから言えばいいものを……」
 「はいはい、恨みっこなしね、恨みっこ。ケケケケ、よく言ったもんだぜ。」

 周囲の悪巧みに気づかないのか、アサトは「旅の記念に」と農場主にスタートの合図をもらうことを提案する。本人を目の前にしての発言を撤回する理由などないので、ふたりは素直にこれを受け入れた。農場主は軽く咳払いをすると、高らかにスタートを告げる。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
 アサトはイチゴの甘さを堪能しつつ、生クリームとのハーモニーに舌鼓を打つ。誰がどう見たって、そんな余裕はないのに……稀紗耶はあんまりにも気の毒なので、しばらく彼に付き合ってやることにした。今日、甘味を食うことはわかっている。彼は大食漢だが悪食ではないので、ちゃんとパフェに合いそうな酒をいくつか見繕っておいた。稀紗耶はそのハーモニー試しながら食うという、実に優雅な食べ方を披露する。
 翠も、出足は落ち着いている。まずはさわやかに仕上がった農場特製のイチゴジュースで喉を潤すと、まるでペースを刻むかのように長いスプーンを操って食べ始めた。たまにスピードアップすることもあるが、女性ということもあって一度に食べる量が少なめである。自然とアサトとの差が開いていく。普段の表情そのままの落ち着いた食べ方だったが、このままでは負けてしまう。そう、彼女には必勝の策があった。周囲の隙を突いて『袖の下の大福』よろしく、懐の不思議ポケットにパフェの中身を入れてしまうイカサマを虎視眈々と狙っている。

 「お、翠もがんばって食べてるな。俺もそろそろ悦に浸りながら食うぜ。ああ、幸せ……こんなに甘いものが食えるなんて。」

 バカバカしい言葉とは裏腹に、心なしかアサトの食事スピードが速くなった。翠は「そろそろこの辺で」とばかりに、半分くらい残っているのを懐のポケットに収めておかわりを宣言。農場主の「あんまり無理しないでくださいね」との心配に応える余裕を男どもにアピールし、また一定の間隔で刻み始める。堅実な食いっぷりとは裏腹に、大胆なイカサマを駆使して勝利を狙う。これが翠の戦法だ。

 折り返し地点を過ぎたあたりで、稀紗耶が仕掛けた。まさに鬼のような食いっぷりでラストスパート。実は持ってきた酒をあらかた試してはみたが、どうもしっくり来ないので食べるのに専念しただけなのだが……
 稀紗耶が動けば、翠もゆるゆると動き出す。ところがアサトだけは余裕もイカサマもないのに、やたらと周囲の人間に話しかけていた。マトモな返事があるのは、すべてのパフェを作り終えた農場主くらい。他のふたりが相手にするわけがない。こんなことをしても何の作戦にも妨害にもならないのに……そう、それはアサトもわかっていた。だから、こんなことをやっているのだ。こんなつまらない作戦を、いつまでもいつまでも。

 翠の心に冷汗が流れた。その肌に流れることのない違和感は、確実に心に染み込んでいく。彼女は焦っていた。実は、イカサマを捨てざるを得ない状況にまで追い込まれていたのだ。
 彼女は、もっと早くに気づくべきだった。『アサトが意味のないことを延々とするはずがない』と。そして『自分のイカサマなど最初からお見通し』であることに。
 アサトは最初から「負かす相手」を絞って戦っていたのだ。この戦いは自分から勝つ必要はない。もっとも重要なのは「自分が負けないこと」だったのだ。その事実は農場主の声で嫌というほど思い知らされる。

 「ああ、やっぱり男性陣はすごい食べっぷりだなぁ。翠さん、大丈夫かなぁ……」
 「貴方……もう仕事は、いいのですか?」
 「ええ。お客さんのお世話をすることが、私の仕事ですから。」

 アサトの策とは『農場にいる誰かを使って、常に衆人環視させること』だった。翠のイカサマは、一般人の目から見たら明らかに不自然。もし物言いがつけば、言い逃れができない。いったいどこの誰が『消えたパフェの行方』など理解してくれようか。異能力としては非常に有用だが、一般人の目に映ると思った以上に厄介であるとは、なんとも皮肉なものだ。

 確かにアサトの狙いは当たった。しかしこれはある種の必然でもある。この作戦の最後の仕上げは、なんと翠自らが行っていた。要するに『彼女自身のキャラクター』が仇になるという仕組みである。
 こんなに追い詰められた状況なのに、今さら慌てた表情をして食べられるわけがない。このままだと『座して死を待つ』とわかっているが、それを打開する手段を実行できない。たとえ今から迫真の演技をしたところで、イカサマを封じられているから徒労に終わる可能性がある。もしそんなことをしてしまえば、さっきの稀紗耶のようにふたりから死ぬほど笑われるかもしれない。
 自分にないキャラクターまで出してがんばって、それなのに負けて、ついでにメイドの真似事をさせられる……そんな屈辱に自分を誘うことなどできない。
 その結論は、定められた結果を導き出した。


 桜のつぼみがほんのりと頬を染めている。農場主は勝者のために、大きな桜の木の下へと案内した。実に風情のある場所だ。風の音も心地よい。そんなふたりの間にひっそりと控えているのは、ご丁寧にも伊達眼鏡までかけさせられたメイド服姿の翠だった。稀紗耶にとってこの結末はあまりに予想外だったらしく、さっきからずっと笑いがこみ上げてしょうがないといった様子である。

 「うぷぷ……メ、メイドさん、つ、次は、水割りで。うう、し、死にそう……!」
 「わかりました、ご主人様。」
 「想像したよりも似合うけど、ふ、ふふっ、こっ、これはギャップがすご……ふ、ふははははは! はっはっはっは!」
 「愉快ですか? ご主人様?」

 いくら言葉遣いは丁寧でも、いつもの表情は変わらない。そしてたまに繰り出される嫌味も、これはこれでなかなかのアクセント。アサトはずっと笑いながら地面を叩き続けていた。稀紗耶は満面の笑みで「これは、なかなかのブレンドだねぇ」と翠の献身的な姿を絶賛する。この罰ゲームは、翠ではなく太陽が顔を真っ赤にして照れるまで繰り広げられた。

 翠はこれっきりのことだと思って我慢していたが、実はアサトが農場主に「あいつだけの写真を撮ってくれ」と頼んでいたとは知らなかったようだ。知らぬが仏……となればいいのだが。