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玄冬想々・肆
閑静な住宅街にある一軒家。その主である八重咲悠は、大量の本に囲まれている自室で、届いたメールに目を通していた。
その送り主である、漆黒の髪に夜色の瞳を持つ少女――クロが、その文を綴る様を思い、笑みを深める。
直接言葉を交わすのも良いが、こうして他の媒体を通すことで見える面もある。
先日、クロが『封印解除』を行う場に立ち合い、そして彼女の一族の当主と対面した。
『封印解除』を間近で見たのは、クロとの最初の邂逅以来だったが、そのときよりも感じる『異質』の気配は濃く、そしてそれを行うクロの様子も変化していたように見受けられた。
『封印解除』の後、クロの手当てをしながら当主といくらか言葉を交わし、そしてそれまでに得た情報からの推測を元に、悠は当主へと問いを向けた。
そのときの礼と、身体の具合は如何か、『封印解除』の手伝いは出来ないようだが、もし自分に何か出来ることがあれば遠慮なく言って欲しい――そのような内容を綴ったメールを、後日クロに送った。それに対する返信こそが、今悠が目にしているものだった。
一通り目を通し、了解の意を返した悠は、受け取ったメールの内容を改めて反芻する。
以前、彼女の意思によらずして青年の姿に変わってしまったように、クロは今『不安定』であるという。それは『封印解除』を進めるごとに程度を増していると聞いていた。それを『相性が良い』のではないかと言われた自分が軽減することは出来ないかと思っていたのだが、今回のメールにそれに関することが書かれていた。
確証はないようだが、悠と――相性が良い者と接することで安定するように感じる、と。
そして、それに続けられていた文面を思い返す。
クロではなく当主の言であると書かれていたが、『相性が良いならば、触れることで多少の変化が期待できる』――そのような意味合いだった。
暫し黙考した悠は、黒い装丁の書物――『黙示録』を開く。
凡そ人が考え付く全ての魔術が記載されているといっても過言ではないそれを捲り、目的のページを見つめ、再び考えを巡らす。
『黙示録』の力を使って悠が為そうとしているのは、一組の道具の作成だ。
その効果は二つ。
一つは『互いの存在を知覚できる』こと。物理的ではなく、相性の良い者の存在に何らかの方法で『触れる』ことが鍵となっているのならば、常から安定させることができるのではないかと推測したためだ。
もう一つは『強く願うことで相手にその願いを伝えられる』こと――。
と、そこまで考えて、悠は自身が辿った思考が示す事柄に気付き、僅かに瞠目する。
――どうやら自分は、思っていた以上にクロが『願い』を持つことを願っており、そして『願い』を持ったのならそれを叶えたいと――その手助けがしたいと思っていたらしい。
その事実を確認し、悠は自身のことながら驚き、苦笑した。
『黙示録』を手にし、『異質』に魅せられて以来、好奇と知識欲のままに行動してきた。『識りたい』という欲求こそが、全ての行動の源だった。
その自分が、『識りたい』という『願い』以外の『願い』を抱いたのだと、明確に自覚する。それはクロに出会い、彼女にまつわる事象に興味を惹かれたときには思いもしなかったことだ。
……けれど。
クロを『友人』だと思い、『願い』を持った自分も――悪くはない、と悠は思う。
この変化は忌むべきものではないだろう。万物が変化するように、クロとの出会いによって己もまた変わりゆく――それだけのことなのだから。
くつり、と笑んだ悠は、自身の変化についての思考から立ち返り、道具の作成へと意識を戻す。
付属させる効果は既に決まっている。あとはその形状をどうするか。常に身につけても邪魔にならないような装身具にするのが良いだろうが、それでも候補は無数にある。
作成する目的を鑑みて、妥当だろう形状を絞ってゆく。それでも複数の候補が残ったが、最終的には自身の直感によって選んだ。
そうして『黙示録』に示された魔術を用いて、望む道具を作成する。難しいものではないため、そう時間はかからない。
全ての工程を終えれば、自身が思い描いた通りの物が眼前に出現する。それを悠は自らの手の内に納めた。
夜闇を閉じ込めたような色合いの、雫を模した装飾。金属部は漆黒の光沢を放っている。
鈍い輝きを放つ一対のイヤリングを眺め、悠は満足げに笑みを漏らしたのだった。
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