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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


失速出来ない人
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 失速出来ない人――それが最近巷を騒がせる怪奇現象に対して、世間が名づけた通り名である。
 ある高速道路に沿った田舎道、トンネルで始まりトンネルで終わる、人通りの少ない細い道。そこで連続的に怒った不可解な死。
 自殺としか考えられず、自殺というにはあまりに奇妙。
 アトラス編集部編集長・碇麗香女史はそう締めくくられた報告書をぞんざいに机の上に放り出すと、
「三下君!!」
 呼ばわった相手は編集部の下座の席から、慌てて立ち上がった。
「ちょっと来て頂戴」
 嫌そうな顔をしながらも逆らう術を持たない三下・忠雄は、泣きそうになりながら駆けて来た。
 自分が呼ばれる時は決まって最悪な依頼が待っている――それは予想通り。
「これよ、これ。現在の世間の目はこれに集まっているのよ」
 コツコツと碇の指が叩くのは机の上に広げられた写真。トンネルを真っ赤に染める血痕が妖しく映っている。
 報告書の書き手、その助手の命さえ奪った怪奇現象。これ程打ってつけの記事材料があるだろうか。
「じゃあ、三下君。何時もの通りにお願いね」
 にっこりスマイルで肩を叩かれて、三下は震え上がる。
 彼女の見せた写真の意味に今正に思い至って、眼鏡の奥で目を見開く。
「突然脅威の速度で走り出し、壁に激突して頭蓋の陥没死――繰り返される怪奇的謎――トンネルを繋ぐ長閑な風景を彩る衝撃――」
 報告書面をなぞりながら碇の口から紡がれる言葉。
「へ、編集長………」
「拒否権は無い」
 素気無く言って碇は、よろしくとばかりに三下の背を押した。



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T
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 深沢・美香はその日、休日を持て余していた。内気な性格が災いするのか、どことなく品のある美香は派手な職場の同僚達といまだ馴染んでいなかった。その為、もっぱら休日は独りなのである。
 そんな時に友人である三下から涙混じりに協力を要請され、その依頼内容に頓着する事も無く是と頷いた。
 待ち合わせ場所には三下の他に、青年がもう一人。
 三下と並んだ赤髪の彼は、美香に気付くと軽く会釈する。
「なんや、三下さん。ホンマ別嬪の知り合い多いなぁ」
愛想よく名乗りを上げる彼の事を、美香は一方的に知っていた。といっても本当に、素性を知っている程度の人ではあるので、
「初めまして。深沢美香といいます」
わざわざ話を大きくする必要もなし、初対面を通す事にした。
「時雨ソウさんは、時々アルバイトとして手伝ってくれるんです。幽霊が見える、話せる、祓えるって人なので……」
 三下は青白い顔をしながらもそう言った。血生臭い依頼に脅える三下など意にも介さず、挨拶を続ける二人はあくまでも朗らかだ。
「まあ幽霊の仕業とは限らへんけどなぁ。違ったら自分用無しやー」
「私、交通安全のお守り持って来ました!」
「ほんなら安心やね」
「はい!」

 ――にこやかに微笑み合う二人を交互に見ながら、三下の胸の内には一抹の不安が浮かんだとか浮かばないとか。


 事前に用意された調査書を見る限りでは、こういった類の怪奇現象に良くある共通項があり。
 例えば現象が起こる時間であったり、対象者に関連性があったり、という事なのだが――時間としては深夜1時から3時の間、被害者はいずれも二十代後半の男性だ。出身地は地元であったり全く関係がなかったり、お互いに友人知人という線も無い。
 今年になってから目立つようになった事件ではあるが、一人目の被害者と考えられるのは三十年も前の男性だ。それから数年毎に同様の事件が発生しているが、このニヶ月の間に八人が続けて被害にあっている。最初の二人を除いては、ネットで話題になった件のトンネルに恐いもの見たさで訪れた野次馬が増大した為と考えられる。
 しかも後方四人においては、その野次馬の人目がある中で起こっていた。
 三人が被害地にやって来た時にも、まるで観光地にでもなったような賑わいがあった。比較的若い世代の男性女性が、おっかなびっくりでトンネルを見渡していたり、恐らく被害者の頭が激突して出来たのだろうへこみの前で記念撮影をしていたり。
 昼間であるから事件は起こらない、としても、あまり感心できない状況だ。
 亡くなった方達を、もう少しでも悼んで欲しい。
 眉間を歪めた美香の隣で、時雨が大きくため息をついた。
「最近の若いもんはなっとらんなぁ」
「全くですっ」
 珍しい事に、美香も語調荒く追従する。
 駅前の花屋で買った花束を事故現場に供えながら、三人は苦く辺りを見回した。



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U
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 一通り事故現場を眺めてから、三人は畦道の脇の斜面に腰を下ろして昼食をとることにした。美香の手作り弁当を突きながら、事故について話し合う事にしたのだ。
 何とも呑気なものであるが、三下は美香の弁当を涙を流しながら喜んだ。アトラスに入って良かった、と大袈裟な感想を漏らす。
「どういった事件なんでしょうね……?」
 ポットに入れてきたお茶を啜って一息ついた後、美香はぽつりと呟く。
 突然走り出してトンネルの壁に激突――というのが心霊現象なのか、と言われれば、時雨いわく答えは“NO”。人外の走力を見せる、という時点で霊に乗り移られたのではという風に、現場に至るまでに考えていたのだが……。
 霊障の折に感じる特別な残り香が、この現場には全く無いらしい。その所は霊感の無い美香には分からない事だったが、心霊スポットなどで感じるようなおどろおどろしさや悪寒は確かに感じなかった。別段何の特徴も無い、長閑な田園風景の一部なのだ。
「霊の干渉はないて、それは太鼓判押せるで。ただ、これが妖怪の仕業とかやったら――自分はあかん。そこまでは分からん」
 すまんなぁ、と後頭部を掻く時雨に、三下と二人で頭を振った。
「それなら、土地伝承などを調べてみたら良いかもしれませんね」
 美香が進言すると二人から了承の答えが返ってきたので、一同は街の図書館へ移動する事にした。

「うーん……」
 冷房の効いた涼しい施設の中、山積みにされた本を広げながら美香は唸った。向かいの席では三下が机に突っ伏してダウンしているし、時雨はと言えば本棚から関連のありそうな本を引っ張り出してくるだけで、実際に調べているのは美香だけだった。
 二人とも、長い事活字を見ていられない質らしい。
 そんな役立たず共を忌避しない所が美香の美徳だ。
「どうですか?」
 向かいから問い掛けられて、美香は苦笑する。
「芳しく無いです。というより、元々妖怪の出没率が極端に少ない地方みたいですよ。……昔は何処にでもいたのかな、って思ってたんですけど」
「へぇ。僕もそう思ってました」
「あとは一番最初の事故の時、新聞に掲載された位で……」
 ファイリングされた古新聞を捲っていた美香の瞳が、大きく見開かれた。
「……あれ?」
「ん? どないしたん?」
 その時、背後からやって来た時雨も、美香の頭上から新聞に目を落として声を上げる。
「あれ、これあの事故現場と違うの?」
「――だと、思います……」
 二人の視線が注がれていたのは、大型バスとバイクの、衝突事故の記事だった。時期は最初の事故の調度一ヶ月前。社員旅行の帰り、バスの不調によってそれが深夜になってしまったのだという。何らかの接触からバスが横転、横滑りしてトンネルの入り口に衝突、ライダーはバイクごと、そのトンネルとバスとの間に押し潰された。その上バスは炎上、生存者0人と言う大変な事故だったと結ばれている。
 焼け焦げたトンネルの写真は、今しがた三人が訪問してきた事故現場だった。
 美香が更に目をつけたのは、
「猛スピードでバスを追い抜こうとした……」
 それは事故現場のコンクリートに残ったタイヤの跡から推測されたものらしい。
「二十代後半、無職男性の頭蓋はコンクリートにめり込み、消火後頭蓋の半分がその状態で見つかった――」
「……猛スピードのバイク、壁に激突……人外の走力で壁に激突、ってこじ付けが過ぎるやろか?」
 時雨の小さな問い掛けに、美香は首を振る。炎上時間、深夜1時から3時、という部分を当てはめてみて、美香の答えも同様だった。



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V
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 その後碇編集長に連絡を取り調べてもらった所、亡くなった方々はバイクの運転免許を持っている、という共通項が新たに発覚した。
 心霊現象ではない、と言い張る時雨を無視して、アトラス編集部から発行された件の記事には
【無念のライダーの怨念か!? 僕はまだ、走り足りない――】
という見出しから始まって、衝突事故が原因では無いだろうか、と記載された。
 最も、真相は闇の中。
 ライダーが何故追い越しをかけようとしたのか、タイヤ痕はどうだったのか等、事故の原因については分からないままなのである。
 もしかしたらその衝突事故自体が、すでに怪異の一端であるかも知れない。
 それでも面白可笑しく事件を取り上げ、部数増刷に手伝ったのは間違い無く、碇編集長はご満悦の様子だった。

 この後、件のトンネルは町興しの事業の為に壊され、その跡地には住宅が立ち並ぶ事になり――事件は、時を経るうちに忘れ去られた。


 けれど、美香は忘れない。
 痛ましい事故の影に、何があったのかなんてどうでも良いのだ。
 ただあの時、怪奇現象に群がった野次馬達――死を何処か遠く、まるで映画やテレビの中の事とでも言うように、嬉々として集まっていた人間達が、とても悲しかった。

 
 

END


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■登場人物■
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【整理番号/名前/性別/年齢/職業】

【6855/深沢・美香[ふかざわ・みか]/女性/20/ソープ嬢】

【NPC/時雨・ソウ[しぐれ・そう]/男性/サーカス団【ゼロ】軽業師見習い】

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■ライター通信■
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 連続しての発注、まことに有難うございます!!! ただ、大変お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ありません! ご迷惑をおかけしてしまいました……。
 色々悩んだ末にこのような形となりました。
 時雨は【皇帝の獣】でちょろっと出た奴なので、何となく関連性を持たせてみました。
少しでもお楽しみ頂ければよいのですが……願わくばまたお会いできる事を祈って。