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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


不思議なデザートはいかが?

 ある日の午後のこと。
 シリューナ・リュクテイアは、ファルス・ティレイラと二人で、知人が経営している洋菓子店を訪れていた。目的は、一息入れる時にお気に入りの紅茶と共に食べるデザートを買うためだ。
 店内には、まるで宝石のように色とりどりの果物で飾り立てられたケーキたちや、素朴な味わいを見た目にもかもし出している焼き菓子が並べられ、甘く優しい香りに満たされていた。
 だが、これだけたくさんあると、さすがに目移りしてしまう。
 そこで、シリューナは店主にお勧めの品をいくつか選んでもらうことにした。
 それに応えて、初老の優しげな面差しの店主が選んだのは、リンゴとクルミのブラウニー、ブリオッシュ、ミルトリアンダミアン、カボチャのスコーン、スモモのパイの五品だった。
 リンゴとクルミのブラウニーは、リンゴとクルミの食感が美味しく、しかも甘さ控えめなのにカカオがたっぷり入っているため、この店の女性客には人気の一品だという。また、ブリオッシュは、本来はバターをたっぷりきかせたパンだが、それを焼き菓子風に仕立ててあった。ミルトリアンダミアンは、アンズのコンポート入りタルトのことで、カボチャのスコーンは文字どおりスコーンの生地にカボチャを練り込んだもの。そしてスモモのパイは、今が旬のスモモを使ったこの店オリジナルのパイだった。
 これまた、どれにしようか決めかねて、二人はあれこれと迷う。
「ああ〜ん。どれも美味しそうで、決められません〜」
 ティレイラが、小さく身悶えして声を上げた。
 その彼女が、ふと目をしばたたく。そうして、大きく目を見張ると、五品の菓子が並べられたトレイが置かれたカウンターから離れ、脇に置かれた小さなショーウインドウの方へと駆け寄った。
「これ、かわいいです〜」
 語尾にハートがいくつもつきそうな彼女の叫びに、シリューナもそちらへ歩み寄り、中を覗き込む。そこには、両手で包み込めそうなぐらいの大きさのビニール袋に入れられた、クッキーが並べられていた。袋の口にはリボンがかけられていて、かわいくラッピングされている。だが、ティレイラが感嘆の声を上げたのは、そっちではなく中身に対してだった。クッキーは、一つ一つ動物の形に焼かれていたのだ。
「私、これがいいです」
 ティレイラは、顔を上げるなり言う。
「わかったわかった」
 シリューナは甘やかすように返して、店主をふり返った。そのクッキーを出してくれるよう頼もうとして、軽く眉をひそめる。店主が、少しばかり困った顔をしているのに気づいたせいだ。
「このクッキーに何か問題でも?」
「いえ……。少なくとも、味には問題ありませんよ」
 店主は曖昧に言葉を濁すと、少し考え、言った。
「とりあえず、試食してみてから……ではいかがでしょう?」
「そうだな……」
 シリューナも、わずかに考え込んだ。この店は、一見すると普通の洋菓子店だが、実は少々怪しげな品物も置かれているのだ。材料の一部に魔法の薬品が使われていて、食べるとひどく陽気になるショートケーキだとか、食べると贈った相手を好きになるチョコレートケーキだとか。あるいは、中に入っている占いがどんな突拍子のないことでも、全部本当になるフォーチュンクッキーだとか。
 店主の様子を見るに、きっとこのクッキーも、そんな品物の一つなのだろうとシリューナは見当をつける。
 ちらりとティレイラを見やると、彼女はすっかりそのクッキーに夢中で、シリューナと店主のやりとりも耳に入ってはいないようだ。
(どんないわくつきの品か知らないが……試食を勧めるところをみれば、そう危険なものでもないんだろう)
 シリューナは胸に呟き、店主を見やった。
「そうだな。味見をしてから、買うかどうか、決めるとしよう」
 言って彼女は、ティレイラに声をかける。
「ティレ。そのクッキー、試食させてくれるそうだ」
「え? 本当ですか?」
 ふり返って尋ねた後、本当だと知るとティレイラは小躍りして喜ぶ。
 そんな彼女に店主も苦笑しつつ、ショーウィンドウを開けて、クッキーの袋を一つ取り出した。袋の口を開け、カウンターの奥から持って来た小皿に中身を広げる。
 たしかにそれは、ずいぶんと可愛いクッキーだった。猫や犬、馬や兎、鶏、パンダ、ペンギンなど、子供や女性が喜びそうな動物の形に焼かれていて、パンダやペンギンなどは、ちゃんと黒いところと白いところが焼き色で分けられている。
「こうやってみると、ほんとに可愛いです〜。食べちゃうのが、もったいないぐらい」
 言いながらもティレイラは、どれにしようか物色に余念がなかった。そうして、兎の形のものを選び取ると、それを口にする。
「バターの風味がとってもよく効いていて、美味しいです〜」
 幸せそうに、目をうるうるさせながら、彼女は言った。
「ティレがそんなに気に入ったのなら、やっぱりこれを……」
 買って帰ろうかと、シリューナが口にしかけた時だ。ティレイラの姿が変化し始めた。
 耳が長く伸びて白いふさふさとした毛におおわれ、目は赤くつぶらになり、鼻の頭も白い毛におおわれて、ピンと尖った細いヒゲがいくつも現れた。手の先や首、顔の一部も白い毛におおわれてしまう。
「これって……」
 呆然と見詰めるシリューナの視線を受けて、ティレイラは訳がわからず怪訝な顔をしていた。が、自分の手を見て、ようやく変化に気づく。
「え……。私……」
 慌てて手で自分の顔を撫で回し、思わず情けない声を上げた。
「もしかして私、兎になっちゃったんですか〜?」
 その声と姿に、シリューナは思わず笑い出してしまう。
「お姉さまったら〜。笑うなんて、ひどいです〜」
 だが、当のティレイラの方は半ば涙目だ。
「す、すまない」
 シリューナは、なんとか笑いを収めようとして、それでもまだ肩をゆらしながら、店主をふり返った。
「これは、もしかして、変化の魔法でもかかっているのか?」
「はい。……ちょっとした宴会のような場で、いろいろ使い道があると好評でして。お客様の間では、『変身クッキー』と呼ばれて、意外に人気がございます」
 うなずいて語る店主に、シリューナは半分ほど兎と化したティレイラを見やって、なるほどと納得する。
「変化する以外に、害はないんだな?」
「はい、ございません。変化も、十分から十五分程度の短時間で、解けてしまいます」
 念を押す彼女に、店主が答えた。
 それを聞いてシリューナは、ティレイラを見やって言った。
「――だそうだ。しばらく、我慢していろ」
「そんな〜」
 ティレイラは、がっくりと肩を落として、そこにあった椅子に座り込む。彼女にしてみれば、兎に変じたことがよほどショックだったようだ。
 だが、シリューナはそんな彼女の姿が愛らしくて、可愛くてしかたがない。
「そんなに落ち込むな。……兎のティレも、充分可愛いぞ」
 言いながらシリューナは、彼女の毛皮に包まれた長い耳や手などに触れる。実際、毛皮はもふもふとして、普段の彼女の肌とは違う触り心地で、シリューナにとっては新鮮でもあり、楽しくもあった。
 だが、ティレイラにはそれは少しも慰めになっていないのか、涙目のまま小さく口を尖らせてシリューナを睨む。
「お姉さまったら、からかわないで下さい」
 それがまた可愛くて、シリューナは更に彼女の耳や頭を撫で回すのだった。

 店主の言葉どおり、十五分程度が過ぎると、ティレイラの姿は元の少女へと戻っていた。
 そのことに、ティレイラ自身はずいぶんと安堵したようだ。ただ、店内の菓子類に対しては警戒しているのか、最初のように、買うものに口を出そうとしない。
 シリューナは、それに気づいて内心で「そういうところも可愛い」などと考えつつ、結局、最初に店主がお勧めとして選んでくれた五品の中から、リンゴとクルミのブラウニーを四切れと、スモモのパイを丸ごと一つ買うことに決めた。
 それらを箱に入れ、持ちやすいように袋に入れてもらって会計も済ませた後、店主はショートケーキの箱をティレイラへと差し出した。
「そちらのお客様には、これを。クッキーで、不快な思いをさせてしまったお詫びです」
「え……」
 ティレイラは、それを見やって目をしばたたく。
「でも……いいんですか?」
「はい。……ただし、このケーキを食べる時には、塩を一つまみ振りかけるのを忘れないようにして下さい」
「はあ……。ありがとうございます」
 うなずいて言う店主に、頭の上に?マークを一つ浮かべつつ、ティレイラはそれを受け取った。
 そのまま二人は帰路に着く。

 彼女たちが、シリューナの魔法薬屋に戻ったのは、ちょうどころあいもよく、午後の三時だった。いわゆる、アフタヌーンティーの時間だ。
「せっかくだから、お茶にしようか」
 台所のテーブルに買って来たものを置いて、シリューナはティレイラに声をかける。
「はい」
 ティレイラからは、元気よく答えが返って来た。
 それを尻目に、シリューナはお茶の支度を始める。
 と、その時だ。
「$%&*Q……!」
 声にならない叫びにふり返ると、ティレイラが真っ赤な顔をして口元と喉を押さえ、苦しんでいる姿が目に飛び込んで来た。一瞬、何事? と身構えたシリューナだが、すぐに事態を把握する。
 ティレイラの前には、開封されたケーキの箱と、少しだけ齧られたショートケーキがあったからだ。塩の壷は流し台の傍の棚の中だから、ティレイラの位置からだと今シリューナがいるすぐ傍まで来ないと手にすることはできない。そしてティレイラはさっきから、台所のテーブルの前に腰を下ろして、動いていなかった。
 小さく溜息をつくと、シリューナは彼女に水の入ったコップを差し出す。それを受け取り、中身を飲み干して、彼女はようやく大きな吐息をついた。
「め、めちゃくちゃ辛くて……死ぬかと思いました……」
「これも、魔法のかかったものだったわけね」
 小さく肩をすくめて呟くと、シリューナは棚から出した塩を一つまみ、ケーキにふりかけてやる。そうしながら訊いた。
「それにしても……そんなに空腹だったのか?」
「は、はい。……実は今日は、お昼にほとんど何も食べてなくて……。お茶の時間まで、我慢できると思ったのに、ここに座ったらなんだか安心してしまって、つい……」
 ティレイラは、どこか悄然と答える。
 そんな彼女が、なんだか愛しくなって、シリューナはそっと頭を撫でた。
「なら、我慢しないで、買い物に出かける前に言えばよかったのに。……さあ、店主の言ったとおり、塩を一つまみ振りかけたから、もう大丈夫だ。お茶が入ったら、パイを切るから、そっちは一緒に食べよう」
「はい……」
 まだ悄然としたまま、それでもティレイラは言われるままに手にしたフォークで、もらったショートケーキを切り分け、口に運ぶ。
「……美味しい」
 今度は陶然とした呟きと共に、満面の笑顔が花開いた。
 それを見やってシリューナは、苦笑しつつも幸せな気持ちになる。兎に変化したのも、しょげている姿も可愛いが、やはり彼女は明るく笑っているのが一番いいと感じる。
 ガスレンジの上では、ポットが大きな音を立ててうなり始めていた。シリューナは、幸せそうにケーキを食べるティレイラを尻目に、お茶を入れるためにそこを離れて行った――。