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<東京怪談ノベル(シングル)>


新たな指令

 特務統合機動課。それは自衛隊内部に秘密裏に存在する、後ろ暗い、だが正義の為になさねばならぬあらゆる任務を請け負う特殊部隊である。その性格上、決して表に出る事はなく、隊員達が公にされる事もない。
 だから自衛隊内部ですら「存在するらしい」とまことしやかに囁かれるだけのその部隊によって、自衛隊と言う組織そのものすら支えられている事を、知る者は殆どない。歴代の幕僚長すら知る者は稀。
 それほど徹底的に秘された部隊の任務指令は、時に所属エージェントですら度胸を抜かれる方法で届けられる事もある――例えば今のように。

「‥‥‥」

 変哲のない課内回覧文書。何気なく受け取った水嶋・琴美は、それが特務行動機動課の編み出した暗号による指令書だと気付き、さすがに少々目を見張った。ため息。ボスは――特務行動機動課の課長の事だ。表向きの役職も所属も琴美は知らない――時折こういう、大胆を通り越して悪ふざけとしか思えないような真似をする。まぁ、その程度の遊び心がないようでは、琴美を始めとする常人離れしたエージェントを統率する事は出来ないのかも知れない。
 琴美はさっと指令書に目を通し、要点を頭の中に叩き込んだ。回覧文書自体はきっちり体裁の整った本物なので、何食わぬ顔で閲覧済みのサインを入れ、同僚に手渡す。
 特務行動機動課の編み出した暗号が、おいそれと解かれる心配は殆どない。例え間違って解読された所で、出てくるのはさらなるキーワードを必要とする文字列。それを解読出来るのは特務行動機動課の敵か、ぜひともスカウトすべき逸材だ。
 琴美はそれから不自然と思われない時間をデスクワークに費やして、さりげなく書類倉庫のキーを取ってワークルームを出た。すぐに廊下を曲がって使用されていない、或いは物置として使われている部屋を幾つか通り抜ける。
 書類倉庫の鍵がない事と琴美の不在を、同僚たちは結び付けて考えるだろう。もし探されても、琴美が持って出た書類倉庫の鍵はダミー。実際には存在しない部屋だから、不在がばれる心配はない。
 琴美はやがて、辿り着いたロッカールームで堅苦しい、無感動ですらある女性隊員の戦闘服を、自由を求めるように脱ぎ捨てた。締め切ったカーテン越しにも白く眩しい、一糸纏わぬ姿が大胆に露わになる。
 大体、制服は日本人にしては豊満すぎる体型の琴美には、どうした所で窮屈すぎた。おまけにこの夏の暑さ、第一ボタンまで留めるという制服規定は何かの嫌がらせとしか思えない。
 ふぅ、と熱い息を吐き、しばしの開放感を味わった所で、琴美はロッカーの扉を開いた。中に入っているのは琴美のエージェントとしての戦闘服。以前の戦闘でボロボロになったものは処分して、ここにあるのは新たに琴美の豊満な身体に合わせて誂えたもの。
 着替える手順はいつも決まっている。己自身を戒めるような、膝丈の編み上げロングブーツが一番最初。隠すもののない豊かな胸元が、キュッ、キュッ、と丁寧に紐をかけて編み上げるたび、悩ましく揺れる。
 豊かなヒップをしっかり支えるスパッツをスルリと引き上げ、僅かに足踏みして着心地を調える。さらにその上に、股下5センチの超ミニのプリーツスカートをふわりとまとった。

「ん‥‥ッ」

 下着すら身につけぬまま、豊満でいてスレンダーな琴美の身体をしっかりと包み込む黒のインナーを身体に密着させる。僅かに身じろぐと、ふよん、と豊か過ぎる胸元が揺れた。
 彼女ほどのスタイルとなると、例えどんな下着を身につけようとも圧迫感を完全に損なうのは難しい。何より琴美が向かう任務では、時にアクションスターも顔負けの大立ち回りを演じる事もある。そんな時でもこのインナーは、琴美の全身をしっかりと支えてくれる特殊設計だ。下手な下着で締め付けられるよりも余程具合が良く、それでいて彼女が全力をもって戦っても僅かも動きを阻害しない。
 クッ、クッ、と身体をひねって動きを確かめた。琴美は今まで、ほぼ総ての任務を無傷で、余裕すら見せ付けて勝利してきた。それは彼女の実力の高さは勿論、いかなる任務であろうとも全力で遂行する、彼女の用心深さにある。
 完全に身体にフィットさせ、ロッカーから次に取り出したのはやはり、特注で作らせた着物。琴美は、くのいちの流れを脈々と受け継いできた一族の末裔だ。それ故か、彼女は戦装束に着物を好む。
 スルリ、と背筋に沿わせるように引き上げて、胸元でたもとを合わせ、豊かな胸を覆い隠すように交差させる。それでも零れてくる豊満すぎる胸元を押し隠し、細いウェストでキュッと帯を引き絞れば、逆に胸元が強調され、一種の色香が立ち上る。
 編み上げブーツに覆われた足を太ももまであらわにして、白い太ももにキュッとくないを括りつけた。すぐに取り出せるように、だが簡単には外れないように。その手順すら、物心ついた時から行ってきた、身体に染み付いた所作だ。
 右の太ももが終われば、左の太ももへ。カーテン越しの遮光に映る、眩しい白。片方が終わるごとに、トントン、と踵を床に打ちつけて、軽くジャンプしてくないが落ちてこない事、インナーとスパッツが完璧に彼女の豊満な肉体にフィットしている事を確認し。

「‥‥良いようですね」

 最後に姿身を確認しながらキュッとグローブを両手にはめた、そこには匂い立つ美しさを誇る1人のエージェントが立っていた。半そでに裁った着物の袖と、悩ましい絶対領域を有するプリーツスカートの下からすらりと伸びる手足は、日の光を知らぬが如き艶かしい白。よく梳られ、そのまま背中に流された艶やかな髪が、琴美の体に纏わりつく様にその存在を誇示する。
 対して、戒めるような編み上げブーツと、太ももに無骨に戒められたくない、そして腰丈でカットし、帯でキュッと留めた着物に覆い隠された肉体は、それでいてなお見るものに誇示してくる存在感を持っている。艶やかに咲き誇る彼女の魅力の、何割かは間違いなく、隠すが故に嫌がおうにも色香を漂わせる、日本人離れした豊満すぎる身体のせいだった。
 全身を捻ったり、軽くジャンプしてみたり、足を振り上げたりして確認した琴美は、総てがパーフェクトに納まるべき場所に収まった事を確信する。それは彼女にとって、任務の成功を知らせるも同然だ。彼女の輝かしい経歴の中に、いまだ敗北という文字は刻まれていない。
 向かう先はIO2所有施設の1つ。どうやらあそこと、彼女の所属する特務行動機動課は敵対する事になったらしい。理由はどうでも良い話だ。琴美が成すべき事は、与えられた任務を完璧に遂行する事だけ。
 もし懸念事項があるとすれば、それは――

「IO2‥‥と言うことは、あの男も居るのでしょうか?」

 ふとかつての任務が脳裏に蘇った。さる敵対組織の施設を潰すため、潜入指令を受け取った琴美はそこで、ディテクターと名乗る凄腕の男と死闘を演じた。
 だが――

「‥‥どちらでも良い話ですね」

 琴美は赤いルージュの唇を嫣然と吊り上げた。そう、どちらでも良い話だ。相手が誰であろうと、琴美は琴美に与えられた任務を果たすだけ。その前に立ちはだかるのがあの男だと言うならば、今度こそ完全に勝利を収めて見せる。
 そう己自身に呟いて、琴美は人目を忍んで目にも留まらぬ速さで走り始めた。良く手入れされた艶やかな黒髪が、ふわりと風になびいて残像を作った。