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<東京怪談ノベル(シングル)>


潜入、そして再会

 ディテクター。IO2のエージェントにして、過去は一切不明の男だ。特務行動機動課のデータベースに寄れば、本来は拳銃を得手としているらしいが、かつて琴美と戦った時は徒手空拳、パワードプロテクターによって強化された肉体だけでぶつかり合った。
 時々、何故あの男は拳銃を使わなかったのか、考える。
 女と思い舐められたか――否。琴美は琴美の戦闘能力に絶対の自信を持っている。その琴美をして苦戦させしめたほどの男ではあったが、最終的に彼女はディテクターを床に沈め、勝利した。その過程において、よもや琴美が女だからと手加減したり、まして侮ったりするような愚かな男であったとは思えない。
 ならば施設内という閉鎖空間で、外した時の兆弾を恐れたか。それならあり得る話だ。並みの相手ならばその心配もなく一撃で仕留められるだろうが、琴美はそれほど容易い獲物ではない。
 ディテクター、琴美を苦戦させしめた強い男。IO2のエージェント。

(そんな偶然があるとすれば)

 もしこの施設にディテクターがいるならば、任務を抜きにして戦いたい男だ。だがそれは私情であり、任務には一切関係のないこと。そこを切り離して動くのは、仮にもプロを名乗るものであれば最低限出来てしかるべきことだし、まして琴美は特務行動機動課でも屈指の実力を誇るエージェントだ。
 IO2が所有する施設の一つだというそこは、流石に鉄壁を思わせる警備を誇っていた。隙のない見張りに、各所に死角なく配置された監視カメラ。敵ながら完璧と言える。
 だがそれも、侵入しようとするのが水嶋琴美でなければ、の話。

「‥‥通気ダクトから侵入しましょう」

 グルリと施設を巡り、あらゆる可能性を模索し、シュミレートした琴美は、最終的にそう結論付けた。彼女の少々豊か過ぎる胸元は、通気ダクトなどの狭い通路を通り抜けるには邪魔になる。それは承知しているが、それ以外に侵入ルートがないならやるしかない。
 琴美は素早く施設の壁に駆け寄って、目にも留まらぬ速さで身体をくねらせ、通気ダクトにスルリと忍び込んだ。グッ、と胸元が圧迫され、呼気が乱れそうになるのを意志の力で抑える。

「ん‥‥ッ‥‥は‥‥ッ‥‥」

 そこから腕の力だけで前進し、細心の注意を払って施設内部に繋がる通気口まで匍匐前進。琴美は事務官ではあるが、自衛隊の訓練の一環として匍匐前進は行っているし、個人の修行でも勿論怠らない。
 僅かな衣擦れと、胸を圧迫されて僅かに乱れる呼気を抑え、そのままの姿勢でしばらく辺りの気配を探った。誰も居ないようだ。通気口から見える景色に寄れば、恐らく施設内の一室、重要機器が惜しみなく置かれているからには中枢部だろう。
 琴美は静かにボルトを回し、音一つ立てずに通気候を覆う網を外した。スルリと身をくねらせて宙で一回転して音もなく着地。匍匐前進のせいで、完全に着物のたもとが乱れて豊かな膨らみがインナーごと露わになっているのを直そうと、襟を握り。

「‥‥ッ!」
「ほぅ‥‥」

 本能のレベルで素早く身を屈め、咄嗟に両手を床について床すれすれの回し蹴りを放った琴美に、同じく本能で察知し飛び退った男が感心の声を上げた。腕の力で背後に跳躍、素早く戦闘体勢を整える。
 着物を、直す余裕はない。たった今なくなった。

「何処の鼠が入り込んだかと思ったが‥‥また会ったな、女」
「そちらも傷は癒えたようですね」

 さりげなく嫌味を織り込んだ琴美の言葉に、サングラスの男、ディテクターはニヤリと笑った。どうやら本当に、琴美との戦闘で負った傷は回復したらしい。琴美が、すでに万全の体調を整えたように。
 面白い、と琴美は嫣然と微笑み、ぐっと豊かな膨らみを誇る様に突き出し、背筋を伸ばした。大胆に開脚して腰を落とし、突きの構えで男に相対する。
 一度、琴美はこの男を下したのだ。その時の苦戦も踏まえ、脳内で何度もこの男の動きを思い描いた。次に会ったならどう動くのか。ディテクターの攻撃は見切ったのだ。その余裕が自信となり、琴美にこの上ない艶やかな笑みを浮かべさせる。
 対する男もまた、余裕を崩しはしなかった。腰のホルダーをゴトリと傍らのテーブルに落とす。次いで上着を脱いだ、その下から現れるのはパワードプロテクターを身につけた引き締まった肉体。

「今度は本気で相手をしてやろう。良い女には相応の礼儀は尽くす主義だ」
「もう一度、痛い目を見たいのですね」
「今度はお前が床に這いつくばる番だ」
「あなたに勝ち目があると?」

 ご冗談を、と琴美は瞬間的に床を蹴り、次の瞬間にはディテクターの視覚を取った。

「ハッ!」

 短く気合を込め、白くしなやかな足が残像のようにディテクターの膝を捉える。だが次の瞬間、琴美はその足を逆に捕まれ、グイ、と力任せに引き摺られた。同時に着物のたもととインナーが乱暴に捕まれ、グイ、と引き寄せられる。
 咄嗟に目潰しを放ち、力が緩んだ隙に素早く逃れ、距離を取った。今の動作だけで、特殊加工を施したインナーがビリ、と音を立て、破れた。かすかに豊かな胸元が空気にさらされ、恥らうように揺れている。一体どういう力をしているのか!
 だが舌打ちをする暇もない。ハッと気付いた瞬間には、サングラスの男が琴美の眼前にまで迫っていた。シュミレーションよりも遥かに速い速度。その勢いのまま繰り出された拳を、咄嗟に防ぎ切れず、辛うじて交差した腕で受け止める。

「んク‥‥ッ!」
「ハァァ‥‥ッ!」

 重い一撃。続け様に横合いから迫ってくる蹴りに、自ら後方に飛んで衝撃を和らげた。それでも、内臓に響くダメージ。カハッ、と肺から息が漏れた。
 ありえない形勢逆転。琴美は確かに、ディテクターの攻撃を見切ったはずだ。それ故に彼を沈め、勝利を収めたはずだった。だが今、再び琴美は苦戦している。
 ディテクターが吼え、立ち上がった琴美に飛び掛って馬乗りに押し倒した。細い首筋を片手で容易く掴み、もう片方の手が腹に拳を叩き込む。

「カハ‥‥ッ!?」
「アアァァァッ!」

 霞みそうになる意識をかき集め、渾身の一撃を急所に叩き込む。それほどのダメージを与えたようではなかったが、確実に緩んだ手を力任せに振り払った。ディテクターの膝の下敷きになっていたプリーツスカートがビリリと裂け、豊かなヒップを覆い隠すスパッツが丸見えになる。
 距離を取り、ゆらりと立ち上がった男を睨みつけた。あちこちの白い柔肌が裂け、朱に彩られた琴美は、それでいてなお美しかった。いかにも柔らかそうな豊かな胸元が、琴美の荒ぐ呼吸に合わせて激しく上下し、揺れる。
 その様子を眇めた目で見たディテクターは、何気ない口調で言った。

「女。名は何と言う?」

 それはかつても問いかけられた言葉だ。だが今、この場面で同じ言葉を向けられる事実に、瞬間、琴美は理解した。ディテクター、この男は琴美の正体を探ろうとしている。それ故に止めの一撃を繰り出す事なく、いたぶる様に琴美に拳を繰り出す。
 どこが本気だ。琴美はこの男に、完全に格下として扱われている。それは眩暈がするほどに耐えがたい屈辱だ。
 ギリリ、と琴美は紅い唇を噛み締めた。何があろうともこの男を倒す。その決意も新たに、琴美は早くもボロボロになった着物を脱ぎ捨て、辛うじて胸元を覆い隠すインナーを纏い、ディテクターに向かって疾走を開始した。