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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


百年来の宝物

◇ 序 ◇
 時は現代、場所は山中。あやかし荘と呼ばれる、この馬鹿みたいに大きなアパートの一室。
 本館から長い長い渡り廊下の渡された旧館での出来事だ。
 槐の間と銘打たれた部屋の前で、立ち尽くす女の姿があった。
「何ということでしょう」
 床にも付きそうなほどの黒髪を気にも止めず、女はか細い声で呟きをこぼした。震えるその声を耳に留める者など、誰もいないことだろう。
 そう思って吐き出した言葉だったが、何も居ないだろうと高を括っていた廊下に、突如降って湧いたかのような気配を感じ取った。
「山姫の。珍しいのう。おんし、暫く山に籠もると言っておらなんだか?」
「百年ほど籠もっておりましたが、つい今し方帰って参りました。所で嬉璃様。なにゆえこの部屋が、開かずの間と化しているのでしょう」
「おんしのおらぬ間に、内側に邪気が蔓延してしもうたようぢゃな」
 山姫と呼ばれた女に突如現れた嬉璃がそう告げると、女は困ったように酷く眉をひそめた。
 それから黙り込んだ山姫は、何を言うでもなくこつこつと部屋の扉を叩いてみせる。どうやら中に何がいるのか調べているようだが。
「なんぞ大事なものでも入っておるのか?」
「ええ、大事な大事なものです」
 嬉璃に目もくれず告げた女は、打つ手がないのか考え込むように腕を組んだ。
 逡巡する山姫の様子を哀れに思ったのか、それとも何か面白そうな予感を感じたのかは定かではないが、ふと嬉璃は彼女同様に腕を組み、提案するように口を開く。
「ならば依頼を出してみてはどうぢゃ?」

 こうしてその晩、あやかし荘の至る所に、「求ム、扉ヲ開クコトノデキル者」という依頼の旨が記された張り紙が貼られることとなった。

◇ 一 ◇
「おぉ、おんしが雨宮漣巳ぢゃな?」
 ふと目に止まった、アパート入り口の貼り紙。そこに綴られた文句に乗せられて、ひょこりと顔を出したアパートの一室。
 管理人と名乗った恵美に案内され、通された部屋で、漣巳を待っていたのは小さな少女だった。
 いっそ病的なほどに真っ白な肌。漣巳と同じ色彩を持つ、銀の髪と赤の瞳。
 しかし一言だけ放たれた彼女の言葉は、明らかに幼子のそれとは違っている。
「私のこと、知ってるんですか?」
 ガラス玉のような瞳を丸く見開いて、漣巳は少女に尋ねた。少女はそれに無言で頷き、「まぁ座れ」と言葉なく促す。
 テーブル越しに少女の向かい側へ腰を下ろすと、纏う白のワンピースが楚々として揺れた。
「さっきぢゃったか、その辺の小物が聞いてもおらぬのに情報を運んできよった」
「はぁ」
 小物、と指差されて、漣巳は辺りを見回す。すると自分の肩越しに、じっと二人の様子を伺う毛玉のような物体が見えた。掌大のそれは、霊や妖と呼ばれるたぐいの存在だろう。
 一歩足を踏み入れた瞬間から、ざわざわと落ち着かない気配が伝わっていた。
「外の貼り紙を見て、お邪魔しました」
「ぢゃろうな。他にまともな人間など、滅多に来ることもなかろうて」
 ころころと、幼子とも成熟した大人とも似付かぬ笑顔で笑われる。漣巳がむず痒そうに、恵美によって運ばれて来た緑茶を飲み干すと、少女は彼女が落ち着くのを待って話の続きを紡いだ。
「早速本題なのぢゃが、わしは嬉璃。こっちの存在感の薄い娘は山姫という。視る力の強いおんしにはわかるぢゃろうが、これもまた妖と呼ばれる者ぢゃ」
「よしなに願います」
 嬉璃と名乗った少女に紹介されて、彼女の隣に座っていた山姫がこうべを垂れた。存在感が薄いと評されるだけあり、たった今その姿に気付いた漣巳は慌てて居住まいをただす。
 一見淑やかな佇まいの山姫に、何故今まで気付かなかったのだろう。
 不思議に思いながらも、漣巳は釣られるようにこうべを垂れた。
「あ、雨宮漣巳と申します。よろしくお願いします」
 漣巳と視線が合うと、山姫は静かに笑みを深めた。
「さて、善は急げと言うでな。詳しい話は問題の場所でするとしようかの」
「へ……あ、はい」
 今度は何処か楽しげに、嬉璃が屈託なく笑う。てっきり気を引き締めて取りかかるものと思っていた漣巳は、少々拍子抜けした調子で、席を立った少女達の後へと続いたのだった。

◇ 二 ◇
 長い廊下を道なりに突っ切り、怪談を上がって更に一番奥の部屋。そこが、山姫の住まう槐の間だった。
 途中、掃除中だった恵美をも巻き込んで、四人は揃って問題の部屋の前で足を止める。
 問題の部屋の扉をよくよく観察した漣巳は、一瞬ぞわりと背筋に冷たいものが走るのを感じた。本当に僅かの間のことで、ともすれば気のせいとも取れる感覚は、しかし嬉璃の言葉によって納得させられる。
「山姫はの、ここ百年ほど山ごもりしておったそうでな。留守にしておる間に、部屋の内側で邪気が肥大したのぢゃろうと思うが」
「あ、それで……」
「うぬ?」
「いえ、少し、背筋が寒さを感じて。あ、でも本当に一瞬だったので、そう悪いものじゃないですよね」
 とうとうと現状を語る少女へ、漣巳は遠慮がちに告げて苦笑した。嬉璃の目が面白そうに眇められたのは、気のせいだろうか。
 何はともあれ、押しても引いても横に滑らせても、開かれない扉を開ける手段に思考を巡らせる。
 この部屋の中には、山姫の大事なものが入っておるらしいでな。
 最後にそう付け足した嬉璃は、おもむろに何かを考えついたように手を打った。
「まずは力業で扉を壊してみるというのはどうぢゃろう?」
 名案だとばかりに、腕を組んで仁王立ちになる少女だが、それに漣巳は首を振る。
「あの、私、体力仕事は苦手なんです。ごめんなさい!」
 元来、人ならざる者を視る力には長けている漣巳だったが、そのせいか、あまり活発に動き回ることがなかった。故に、断絶された運動神経と微細な腕力は、目下伸び悩み中だ。
 申し訳なさそうに面々へ目を配せた彼女へ、ふむと小さく唸った嬉璃はすぐに恵美を指差した。
「よし、なればまずは、恵美がゆくのぢゃ!」
「は!? なななんであたしが?」
「日々あやかし荘の管理・維持に尽力し、鍛えたその体力。おんしなら出来ると信じておるぞ!」
 無駄にきらきらと、期待の籠もった目を向けられる。つられて山姫と漣巳が、恵美をじっと見つめた。
 けれど勿論、そのようなことで抗議の口が止まる筈もない。
「か弱い乙女になんてこと言ってるのよ! あたしなんかじゃ無理――」
「しかたないのぅ、もし恵美が扉を開けた暁には、この夏、好きなだけかき氷を作ってやると約束するぞえ」
「喜んでお受けしますとも!」
 ぶんぶんと勢いよく頭を振った恵美だったが、拒否する間もなく嬉璃の甘い誘惑が彼女の耳を打つ。案の定、魅惑的な誘い文句は彼女の心を動かすに十分だったようだ。
 のべつ幕なしに転がり出た返事には、爽やかすぎる笑みがセットで返ってきた。
 面々が見守る中で、恵美はエプロン姿のまま拳を作る。
 ただならぬ気迫が少女から伝わってきて、観衆の三人はごくりと息を呑んだ。
 視線で人が殺せるならば、今の恵美の向かう所は敵なしだろう。
「ふぅ……てやぁあああっ!」
 小さく息を吐いて、握り込んだ拳を勢いよく突き出した。おぉ! と上がった歓声の後には、扉の割れる豪快な音――
「いったぁあああい!!」
 ……ではなく、鈍い打撲音と、恵美の惨憺たる悲鳴ばかりが廊下を駆け巡る。
 打ち付けた手を振りながら涙を滲ませる恵美の横で、扉をペタペタと触った嬉璃は無言で首を振った。
 槐の間の扉は案の定、傷一つ付くことなく鎮座ましましている。
「失敗、ですね」
 苦虫を噛み潰したように笑って、漣巳が決定打を打った。そもそも冷静に考えてみれば、武術の心得もない者が扉を壊すなど無茶な話なのだ。
 振り出しに戻った各々は、再び廊下の真ん中で井戸端会議に身を投じたのだった。

◇ 三 ◇
 ああでもないこうでもない、と、ついには円陣まで組んで話し合い始めた時だ。
「さっき凄い音してたけど、どうしたの?」
 階段を駆け上がりながら近付いてくる、爛漫な声が聞こえた。まだ十代も中頃に達していないだろう少女のものだ。
 聞き慣れない声に漣巳が顔を上げると、追うように後の三人も階段へ視線を投げる。
 そこからひょこりと顔を出したのは、小麦色の肌をした小柄な少女だ。
「おぉ、柚葉。丁度良いところに来たのう」
「なになに? 何か楽しいことがあった?」
 柚葉と呼ばれた少女がパタパタと嬉璃に駆け寄る様を見て、漣巳は刹那、目をこれでもかという程に瞠った。
 少女の尾てい骨の辺りから、ふさふさと金色に輝く尻尾が一本揺れていたのだ。
 なるほど、彼女も妖なのだろう。胸の内で一人結論付けた漣巳の耳に、次から次へと矢継ぎ早な討論が飛び込んできた。
「いっそハンマーでも持ってくるかのぅ」
「絶対無理だってば! だってさっき殴った時、鉄板みたいに固かったのよ?」
「ならば電動ノコギリなんかどうぢゃろ」
「そのような問題ではないかと存じますが……」
 方々思い思いに意見を交えて、話し合いは白熱する。
 自分もとばかりに、漣巳が口を開きかけた時だ。
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
 柚葉が漣巳の耳元で、何事かを耳打ちする。途端に彼女は顔を真っ赤にして首を横に振ったが、柚葉の頭の中には、既に一つの作戦を実行することのみが回っていた。
 当然、話の内容がわからない他の三人にとっては、何が起こっているのか理解できないことだろう。
「柚葉様、漣巳様に一体何をおっしゃったのですか?」
 山姫が首を傾げると、柚葉はニッ、と笑って見せる。
「それはぁ……見てのお楽しみってことで! あ、漣巳ちゃんはこっちだよ。ちょっとボクの部屋で用意ねー」
「へ!? あ、あの、ちょっと……誰か助けてくださーい!」
 漣巳の絶叫が木霊して、ずるずると引っぱられる形で柚葉の部屋へと強制連行される。
 その様子を呆然と見送っていた三人だったが、程なくして、再び顔を出した二人の姿に、一同はあんぐりと口を開いて出迎えた。
 助けてくれと宣った、漣巳の気持ちが少なからずわかるだろう。特に恵美などは、ひくひくと口角が痙攣している。
「それ、何の趣味?」
「だから言ったじゃないですか! 皆さん絶対呆れますよって」
 ポソリとこぼされた恵美の呟きで、とうとう漣巳が堪えきれなくなったように顔を両手で覆った。
 その手には二の腕ほどまである白い手袋がはめられ、先程までの清楚なワンピースはどこへやら、ノースリーブにビラビラとフリルが付いたトップスと、やはりふんだんなフリルが添えられた、ベリーの付く丈のミニスカート。
 所謂絶対領域と言われる腿がちらついて、足には服と同系色の白いニーソックスを履いている。
 手にはハートをモチーフとした杖が握られており、とあるジャンルを彷彿とさせる漣巳の姿は――。
「うむ、魔法しょ……あいたっ」
「ねぇ柚葉さん? 本気でやろうね。本気でやろうか。普通に考えてこのコスプレはどうかと思うのよ」
 胸を張る柚葉の頭に、恵美の拳が一発派手に炸裂した。
 何やら遊び感覚で引っかき回されているように感じたのだろうが、漣巳を着替えさせた柚葉の方は、あながち冗談のつもりでもなかったらしい。
「ひっどーい! ボクは知ってるんだからね! 毎週日曜朝八時半から、魔法使いの女の子がテレビで色んな事件を解決しちゃうんだよ!」
 所謂子供向けアニメのことなのだろう。それを鵜呑みにしているらしい柚葉は、純粋と言えば純粋なのだろう。
「ほら、漣巳ちゃん。ここで扉を開ける合言葉だよ!」
 促されて、皆の視線が漣巳へと注がれる。
 ますます羞恥に顔を赤らめた少女は、しかし自棄でも起こしたのか。ままよとばかりにありったけの声を振り絞って《合言葉》を紡いだ。
「あ……雨宮漣巳の名の下に、閉ざされし扉、開かれよ!」
 途端に、しんと廊下が静まり返る。よく晴れた窓の外で、ぴちちと小鳥の鳴く声だけが場を満たした。
 当然、霊が見えても魔法など使えぬ漣巳だ。扉は押しても引いてもスライドさせても開くことなく、柚葉の不満の声ばかりが上がる。
「な、何で!? 『まじかる☆りりーちゃん』は確かにこうやって扉を開けたのに! じゃ、じゃあ次!」
「開けゴマ!」
「他!」
「アブラカタブラ!」
「開かないー! どうして!?」
「もうこの手は諦めましょう、柚葉さん」
 端から見ていればコントのようなやり取りに、柚葉は歯噛みし、漣巳は疲れた様子で盛大にため息を吐いた。
 扉はやはり、びくともしない。
 否、これで扉がどうにかなってもらっても困るのだが。
「こうなったら」
 扉の前にへたり込んだ漣巳が、不意に立ち上がる。地団駄を踏む柚葉を宥めていた嬉璃が、首を傾げて少女を見上げた。
「どうした、漣巳」
「最終手段です」
 意気込んで、背中に背負っていたリュックを下ろすと、中から赤と白の簡素な巫女服と経典を取りだした。それを目にした嬉璃が、驚いたように言葉を紡いだ。
「まさか、おんし……」
「簡単な払い事なら、出来ます。多分」
「ほう、ならば一つ、手並み拝見といこうかの」
 ニッ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて、嬉璃は漣巳へ呟く。挑むような眼差しを受けて、漣巳もまた静かに顎を引いた。
 彼女は着替えの為に部屋を借りますね、と言い置いて、先程引っぱって行かれた柚葉の部屋へ向かう。
 その儚げな、しかし意思の強い後ろ姿を見送りながら、あやかし荘の面々は彼女の登場を待ちわびたのだった。

◇ 四 ◇
 古びたアパートの廊下を、不似合いな巫女装束の少女が歩く。
 神秘を秘めた銀の髪は結わかれて、赤い瞳が服装の色と相まった。
 白と赤。二色の少女は、槐の間の扉前まで歩みを進めると、一つ深呼吸をして精神を統一する。
「これから、この辺りを漂う霊に手伝ってもらって、外側と内側から邪気払いをします」
 厳かに漣巳が告げると、一同の口から感心の声が上がる。方法は至ってシンプルで、霊に呼びかけ、部屋の内側へと入ってもらうだけだ。物体を通り抜けることの出来る霊なら、扉が動かなくとも容易に室内へ入れるだろう。
 加えて、霊は邪気という負の力と、非常に近しい位置にある存在だ。後は霊の通り道として通過した扉を浄化し、邪気の抜け道を造って払うという作戦だった。
 今までにも、幾度か払い事をこなしている漣巳だ。気を抜かなければ、大惨事にはならないだろう。
「始めますね」
 呟きと同時に、扉へと手を当てる。辺りを漂う霊に語り掛け、一度自らの中へその霊を取り込んだ。
 素直に少女の身へ降りてきた霊は、彼女の掌を伝って扉へと宿る。じんわりと水のように染み込んでいく感覚を掴んだ漣巳は、やがて扉の向こう側へと出た霊の気配に、瞑っていた目を開いた。
 先程柚葉に植え付けられたものではない、正真正銘払い事の為の呪文が紡ぎ出される。
 妖怪とほんの少し関わりのあるだけの恵美や、まだ世の中のありとあらゆるものを知らない柚葉には、漣巳が何を唱えているのかもわからなかっただろう。
 しかし何百という年月を過ごしてきた嬉璃や山姫には、それが穢れ落としの言霊であることとすぐに理解できた。
「ヒトにしては、中々の力を持っておるようぢゃな」
「はい、これで私の宝物を、もう一度この手に抱き締めることができましょう」
 ほう、と感歎のため息をついた山姫は、どこか恍惚とした表情で言った。
「抱き締めるほど大きなものなのか?」
 ふと引っかかりを覚えた嬉璃が尋ねるも、既に山姫は心ここに非ずといった様子だった。早々に尋ねることを諦めた嬉璃が、扉が開けばいずれわかるかと、一人肩を竦めた時だ。
 ふっ、と、辺りに凝っていた気配が、霧散していくのを感じる。
 淀んでいた空気が突然清浄なものとなり、窓から一陣吹いた風が、重苦しい微かな気配を浚っていった。
「これで、恐らくは扉も開くかと」
 安堵に胸を撫で下ろしながら、漣巳は周りですっかり黙り込んでいた面々を見回す。
 やがて山姫の手を取ると、少女はそっと扉を開けるように促した。
 無言で頷いた山姫が、割れ物を扱うような手付きで扉に手を掛けた。
 カタリ。
 微弱な音を立てて隙間を作った扉に、五人は互いの顔を見交わした。
 一思いに押された扉は、力の向かう方向へいとも容易く身を委ねる。
 こうして、漣巳の邪気払いは成功を収めたのだった。

◇ 終 ◇
 百年もの間、閉ざされたままだったという、その一室が開かれる。
 昼間だというのに、闇に沈んだ室内は、始め何が置かれているのかすらも明確にはわからなかった。
 ――室内の異変に気付いたのは、それから程なくのこと。
 漂ってきた空気の異臭に、漣巳は思わず口元を押さえる。衣の袖で鼻を覆って、目を凝らした先の物体を目にした途端、体中の肌が粟立つ感覚を覚えた。
 全身の毛穴という毛穴から、嫌な汗が噴き出す。たちまちの内にじっとりと濡れた背中を、不思議そうに眺めた恵美が室内へ視線を巡らせる。
「どうし……」
 微動だにしない漣巳の様子に、嬉璃と柚葉も違和感を覚えたのだろう。揃って覗き込んだ槐の間の、その中央に据えられていたのは……。
「きゃぁああ!?」
「な……なに、これ」
 恵美の悲鳴がアパートの上へ下へと駆け巡り、腰を抜かした柚葉が這うように後退った。
 ただ言葉なく見つめられた先には、壁に背を預け、座るような形でそこに在る、遺体があった。
 吐き気を催す異臭の正体は、恐らく腐蝕し、ドロドロと剥がれ落ちた皮膚や肉片のせいか。本来ならば、百もの年月の間に白骨化しているのが普通だろうが、まるでその部屋の中だけ、時間の流れが遅くなっているかのような錯覚を覚える。
「長い間放置された遺体の念や腐臭に邪気が呼び寄せられ、その邪気が留まることによって、時間や温度の感覚が狂っていったか。山姫、これはどういうことぢゃ? ことと次第によっては、お主、払われねばなるまいよ」
 いつになく真剣な声で宣言した嬉璃へ、ころころと笑いをこぼした山姫が首を傾げた。
「なにゆえでしょう? 私はただ、宝物を大事に大事にとっておいただけのこと。ご安心くださいませ。今度は彼も共に、遠い山へとこもります故」
 始めは清廉と響いていた声に、僅かずつ、寒気を覚える響きが混じる。
「皆々様方、ありがとう存じます。それでは、私はこれにて」
 手短に告げながら、山姫は遺体と共に濁った暗黒の中へと消えていく。
 あぁ、彼女はきっと、純粋なほどにその遺体を愛していたのだろう。
 脈絡もなく、明確な証拠すらなかったのに、漣巳にはそんな確信があった。山姫が彼と呼んだ遺体を、慈しむように抱き締めたせいかもしれない。
 触れる手付きが、確かに恋人を愛でる女のそれだったからか。
 すべての真相は、彼女が身を浸した闇の中へと葬られた。

◇ 了 ◇
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【8053 / 雨宮・漣巳 / 女性 / 16歳 / 神屋】

【NPC / 嬉璃 / 女性 / 999歳 / 座敷わらし】
【NPC / 因幡・恵美 / 女性 / 16歳 / 学生兼あやかし荘管理人】
【NPC / 柚葉 / 女性 / 14歳 / 子供の妖狐】

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■         ライター通信          ■
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雨宮・漣巳様。
初めまして、こんにちは。
この度は「百年来の宝物」への参加依頼ありがとうございます。
基本ドタバタ、最後の最後にちょっとホラーというのが元々の筋書きでしたが、如何でしたでしょうか。
今回頂いたプレイングが、規約上、発注PC様のみしか参加できませんでしたので、漣巳様単体と、他のプレイングに添う為の要員としてあやかし荘公式NPC達を投入させて頂きました。
漣巳様の性格が受動的なようで、作中ではなすがままになっているシーンも……(苦笑
魔法しょ(以下略)シーンはしっちゃかめっちゃかやらせて頂きました。正直、書いていて楽しかったです。
ご兄弟三人でのプレイングが見られなかったのは残念ですが、またの機会があれば幸いです。
それでは、この辺りでコメントの締めとさせて頂きます。
今一度、発注ありがとうございました。