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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


銀の弾丸
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 アンティークショップ・レンで売られる商品は、殆どが曰くつきの商品だ。持ち主を不幸に導いたり、呪術が施されたそれであったりと、凡そ商品に似つかわしくないので、当然商売としてはあまり儲かっては居ない。
 恐らくその一つであると思える商品に、貴方の目は留まった。
 四角いガラスのケース。ガラスの台座の上には真っ白いシルクの布、そしてその上には、銀色の弾丸が一つ。表面に螺旋の突起があって、その部分だけどうしてか赤黒い。まるで年月を経た血の色だ。
 それだけで何だか禍々しい。
 弾丸を凝視する貴方に気付いた店主、碧摩・蓮は煙管を片手に近付いて、言う。
「ああ、ソレかい? それはね、ちょいと風変わりでね」
 わざわざケースに入れて飾っているのは、何も見せる為では無い。そうでもしないと飛んで行ってしまうのだという。
「螺旋の部分が変色してるだろう? 螺旋の部分も弾丸にこびり付いた血肉なんだが、それがとある吸血鬼のものでね。どうにもその血肉が本体に戻ろうとして、弾丸ごと動いちまうのさ」
 だからこそ、結界を張ったガラスケースに仕舞っているのだ、と蓮は溜息交じりに言った。売り物にすらならない、と。
 しかし蓮はすぐさま、いい事を思いついたと笑う。
「あんた、その弾丸を追ってくれないかい? 本体の吸血鬼がどういった輩か知れないからさ、近付こうとも思わなかったけど。万が一戦闘になっても、あんたなら大丈夫だろう?」



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 T
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 大丈夫だろう? と何て事ないように問い掛けられたのは、その場に偶然居合わせた三人だった。お互いに対しての第一印象は、とても戦闘に長けた風には見えないのだが――。
 一人は小柄な少女。腰まである長い髪をツインテールにした、愛らしい顔つきをしていた。赤味の強い瞳が印象的で、ふんわりとした黒いワンピースを着ている。黒い傘を杖代わりにしている彼女の名は、黒蝙蝠・スザク(クロコウモリ・スザク)といった。
 一人はしなやかな細身の体躯を持つ、美青年。涼しげな瞳の色は黒、手触りの良さそうな柔らかい髪の色も黒、シャツやパンツの色も黒。それが一層肌の白さを引き立たせるようだ。彼は、夜神・潤(ヤガミ・ジュン)と名乗った。
 一人は、柔和な雰囲気の際立つ女性。黒髪黒目で整った顔立ち。大和撫子、という表現が似合いそうな立ち居振舞いながら、どこか危うい色気も感じられる。彼女は深沢・美香(フカザワ・ミカ)というようだ。
「ロマンチックね……」
 ガラスケースを前に、スザクは瞳をキラキラと輝かせた。先程まで澄まし顔をしていた頬は、ほんのり桜色に染まっている。
 それを背後から、美香がおっかなびっくりな様子で窺っていた。
 同じ女性でも片は陶酔するような態度、片は明らかに脅える様子だ。おかしなものだ、と胸中で思いながら、レンは煙管を口から離し
「やってくれるかい?」
 頷く三人を見て、満足そうに続けた。
「弾丸は古いものでね。曰くがなければ購入したいというコレクターが居るんだ。だから弾丸は回収してきておくれね」
 再度三人が首肯すると、「それで、どうやって追う気だい?」と人に丸投げしたくせに興味心々と聞くレン。
「【オフィーリア】に追わせるつもりでいるが」
 不思議そうに瞬く女性陣に、潤はそれが自分を守護する鳥だ、と説明した。万が一にでも弾丸を見失っては元も子も無いのである。【オフィーリア】であれば、その点は確実だと思われた。
「だけど、この銀弾が血肉と共に吸血鬼の身体へ戻ったら、致命傷になりかねないわ。多くの【夜を歩く者】にとって銀は毒だもの」
 その常識を逸した稀なる存在が、その場に居る事は誰も知らない。
 ただその法則に則れば、スザクの指摘も最もで。
 どうやら三人とも穏健派のようで、むやみやたらと戦闘に走る性質では無いらしい。話し合いで解決するのならそれに越した事は無い。最もスザクと潤にしてみれば、状況によっては武力行使も辞さない考えではあったが、美香だけは自分の戦闘能力が心もとない事を自覚していたのでやはり穏便に事を済ませたかった。
「そうすると、これをコンパスにして地道に追跡するしか無いんでしょうか」
「ああ、それなら」
 レンは近くにあった戸棚を漁り、中から弾丸の入ったガラスケースを縮小したような掌サイズのケースを取り出した。
「これに入れたらどうだい? こいつだと弾を入れても本体に向かって動いちまうから、重量のあるそっちに入れてたんだよ。本体を前にして突き破らないとも限らないけど、ちょっとの間ならケースの強度も保つだろうよ。これなら仮に本人にぶつかったとしても、すぐに殺傷沙汰にはならないと思うが」

 ――かくして、小ぶりのケースに移された弾丸は店内から飛び出していった。そしてその後を追う様に、闇色の美しい鳥が滑り出た。



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 U
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「すごいですね、【オフィーリア】さん……。綺麗な上に、こんな能力があるなんて」
 もう何度目になるか、美香が先頭を歩く潤を追いながら感嘆の溜息を漏らした。
 訓練を積んで追跡術を会得した鳥、というわけでは無く、ともすれば妖怪や魔物に分類されそうな【オフィーリア】にいたく感激しているようなのだ。
 飛び出していった弾丸と【オフィーリア】の姿は目に見えないが、遥か高見から弾丸を追っているそれの位置が潤には分かるらしい。
 故あって、潤の歩みに迷いは無い。
 どうやら吸血鬼はアンティークショップから徒歩圏内の市街に潜伏しているらしい。
 追跡自体は簡単に進みそうだった。
「それにしても、弾丸を撃ち込んだ存在はどういうつもりだったのかしら。……吸血鬼を仕留め損ねたのか、それとも別の感情や思惑があったのか……」
 最後尾を行くスザクは、日傘をさしながら小さく呟く。
「その辺りは、本人に聞いてみたいもんだな」
 賛同するような潤も、スザク同様その辺りの興味が強くて弾丸を追っている。
「まるであの銀弾自体が吸血鬼に恋でもしているようよね。永い月日、恋する相手を追い続けて――時を越えたとどめの一撃になるのかしら、それとも……」
「詩的だわ、スザクさん! そう言われると確かにロマンティックですね!!」
「……既に吸血鬼は墓の中、かもしれないけど?」
 テンションを下げる勢いの潤の言葉は、乙女と化した二人には綺麗に無視された。

 人目を引く容貌の三人組は、そんな事はちっとも意に介さない。ただ散歩するかのように軽やかに、歩き続ける――。

 その調子が一変したのは、追跡を開始してから一時間程経った頃だった。
「……ねえ、聞いても良いかしら?」
 戸惑い混じりのスザクが、潤の広い背中に視線を投げる。
「……何だ?」
「これ、どういう状況なの?」
 スザクも、潤の表情も、固い。一拍置いて、潤の溜息が大きく落ちた。
「弾丸は吸血鬼には辿り着いたようだ。ただ……」
 最初はただ道路を挟んで左右に様々な店が並んでいる通りを進んで行くだけだった。
「どうやら、逃げてるみたいだな」
 まずは古びたラーメン屋。お昼時というのに店内には一人しか客が居ず、頑固そうな店主が「食い逃げだ」と叫んでいた。その店の裏口から細い道に出、続いて向いの通り沿いのパチンコ屋。耳を劈く音に顰め面をしながらの三人は、そのまま店内を一周して同じ扉から通りへ戻って。そこから歩調を速め、四階建てのビルの階段を駆け上った。屋上に上がった後は隣の三階建てのビルへ飛び移り、また階段を下る。一階のレディースファッション店では、お洒落な女性店員が「服に染みが〜!!」と悲鳴をあげており、続いて飛び込んだのはパソコンが並んだオフィス。窓ガラスが一枚割れて辺りに飛び散っていて、換気の良くなった窓を唖然とした顔でスーツの皆様が見つめていた。窓枠だけが残ったそこから三人はまた外に出た。
 そこからはビルとビルの間の細い入り組んだ道を走っている所なのだ。
「……近いぞ。止まってる」

 そして、角を曲がると。



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 V
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 人一人が通るので目一杯の道から、曲がった先は車一台がゆうに止まれる道幅があった。
 ただその先は行き止まりだ。ニメートル程のコンクリートの壁に阻まれたそこに、目的の人物は、居た。
 ――恐らく。
 壁際のポリバケツに足を乗せた態勢で、三人の足音に顔だけ振り向かせていたのは、
「「「「……」」」」
ちっとも吸血鬼らしくないチンピラだった。
 生え際が金で、黒に染めているのだろう肩までの髪、ずれたサングラスの隙間から見える瞳の色は真っ青だ。アロハシャツに膝丈のきりっ放しのジーンズ、足元はビーチサンダル。これでウクレレでも持っていればハワイに居そうだ。
 今はウクレレの変わりにラーメンどんぶりを両手で抱えているが、その姿は珍妙だった。
 ただ、彼が吸血鬼だという証のように、男の脇腹の辺りで弾丸の入ったガラスケースが密着していたのだ。
 いち早く覚醒したスザクは、その様子を怪訝そうに見つめながらも口を開いた。
「あなたが、吸血鬼……?」
 その瞬間、かっと目を見開いた男が、思いの他俊敏に動いた。両手でどんぶりの中に残っていたスープ、続いて箸とれんげ、さらにどんぶり本体を三人に向けて放り投げて来たのである。
 まさかそんな攻撃に、突然出るとは考えて居なかった。避けなければ、と思った時にはもう遅いのだろう。頭の冷静な部分がこのままでは全部喰らうだろうと警鐘を鳴らしているが、脳の伝達は身体に行き渡らない。
 瞬く事しか出来ず、それなのに視線は飛んでくるそれらを見つめるように動きを追っていて。
 当る、と思った瞬間。着ていたシャツの襟ぐりが後ろに引っ張られて、首に若干の圧迫を感じた。足元が浮遊する感覚。
 ビチャリ、とスープが今まで立っていたコンクリートを濡らし、れんげとどんぶりが重なって横の壁に激突して割れた。
 潤がその背中に美香を庇うような動作を見せた事で、美香はやっと自分が潤の助けによってラーメン攻撃から免れたのだと悟った。
 ぶっきら棒でつっけんどんなのに、大事な所で優しいなんて!! 潤の広い背中を見ながら白馬の王子様、なんて思った事は本人には内緒だ。
「何故逃げる!?」
 ポリバケツを足がかりに壁をよじ登ろうとしている男に、潤が怒鳴る。
「あのー私たち、別に怪しい者じゃないですよー」
 宥める美香の発言は、場にそぐわないほのぼのさを醸していた。
 この場合怪しいのはどう見ても相手の方であろう。
 戦闘になる、どころでは無い。
 目の前に居るのはまるで覗きでも見つかって逃げる犯罪者のよう。まあ犯罪者と言えば、食い逃げをして陳列商品を汚して、窓ガラスを割った、という意味では確かにそうなのだが。
 ポリバケツが倒れてしまったせいで壁にぶら下がる状態になってしまった男が、足をばたつかせた。
「……とりあえず、話を聞いてよ」
 スザクの能力らしい。彼女は跳躍した時のまま中空に留まり、脱力したように肩を落としている。
 それでも男が抵抗するように壁をよじ登ろうとするので。
「だから、」
 スザクは一足飛びで男に接近すると、傘の柄で男の手を払う。
 壁から転がり落ちた身体が、立ち上がって踵を返す。
「話を、」
 恐らく穴だと思ったのだろう、美香に体当たりするように突撃してくる男。けれどこんな人間業であれば、精々二段がやっとの美香の合気道でもいなせるのだ。それが投げ飛ばすような形で決まる。
「聞け!!」
 それでも逃げようとする男の前に立ちはだかった潤の一睨みは、蛇に睨まれた蛙の如くその動きを凝固させたのだった。



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 ちっとも吸血鬼らしくないアロハシャツ、もといジェラルドと名乗った男。
「成程な、そういうわけだったか」
 観念した男に、もうどうでも良くなりながら三人が事の次第を説明すると、大仰に頷いたジェラルドが胡坐を解いて立ち上がった。
 ちなみに弾丸の入ったケースはジェラルドが脅えるので、今は潤の靴の下で押さえられている。
「それで、あなたは終わりを望むの?」
 死を望むなら、銃弾を解き放とうという思いで聞きながらも、スザクにも潤や美香にも、ジェラルドがそれを否定するのは分かっていた。それはもう、今までの様子から間違いようが無い。
「我輩は死ぬ気は毛頭ない」
「……ですよねぇ」
 真面目な顔できっぱりと断言するジェラルドに、今まで笑顔を絶やさなかった美香の表情が引き攣った。
「何より、我輩は特異体質でな。銀など痛くも痒くも無い。あ、いや痛いは痛いけれども」
 一瞬潤の足がケースから離れかけたのを見て、慌てた声が続ける。
「それにしても、懐かしい事だ」
 けれどケースの中の弾丸に固定したままの視線は、外れない。青い瞳が昔を懐かしむように細まった。ここには無い何時かを見ているような、優しく物憂げな視線がどうにもこのジェラルドという男には似合わない。
 眉根を歪める三人に苦笑して、ジェラルドは語る。
「あれは、十五世紀の末の事。我輩は乙女の血を求めて彷徨った」

 それは、過去の記憶。
 
「夜毎街を徘徊していた我輩を一人のハンターが追ってきたのだ。凄腕のガンマンでな、女神のように美しい人だった」
 ――年寄りの与太話は長くなるのが常。
「我輩にも負けぬ美貌の主よ。出逢った夜は満月で、明るい光を背負った彼女は蜂蜜色の長い髪を風に躍らせていた。勝気な瞳は闇と同じ色でな」
「要点だけにしてくれ」
 ともすれば彼女の人物描写を延々と語りそうなジェラルドを、潤の低い唸り声が促す。
「簡単に言えば、我輩は彼女を妻にしたのだ」
 そうして彼女が人間の生を終えるまで、傍で過ごした、と。
「それとこの弾丸がどう関係するの」
「喧嘩する度、彼女は容赦なく銃をぶっ放した。肉を抉り落とす鋭い螺旋の、銀の弾丸――死にはしないにしろ、その苦痛は耐えがたいものであったな」

 それは、過去の話。
 彼女が死ぬまでの長い間。けれどジェラルドにとっては、瞬く間に過ぎ去った時間。
 その間に幾度も放たれた銀弾の一つが、アンティークショップ・レンで取引されたのだ。

「なる程、今でもこの傷が癒えないのは、この為だったのだな」
 ジェラルドがシャツを捲ると、調度ガラスケースが密着していた脇腹の辺りに歪な火傷跡のような部分があった。
 言われなければ見逃してしまうような小さなものだ。
 それが弾丸にこびりついて変色した、彼の体の欠片が戻るべき場所。
 脇腹の傷を愛しげに撫でるジェラルドに、三人の視線は問い掛ける。
 分かっている、と言いたげに目を伏せて、彼は首を横に振った。
「この傷は、このままで良いのだ」


 それは、遠い昔の事。
 愛しい人が与えた傷は、今もまだ吸血鬼の身体に残る。
 それが淡く疼く度、彼は彼女を思い出す。
 それだけが、彼が独り、未来を生きていく為の糧なのだ。


 彼がやがて土に還るまで、銀の弾丸はレンの元で眠る――。




END 
 
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銀の弾丸
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■登場人物■
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【整理番号/名前/性別/年齢/職業】

【6855/深沢・美香[ふかざわ・みか]/女性/20/ソープ嬢】
【7038/夜神・潤[やがみ・じゅん]/男性/200/禁忌の存在】
【7919/黒蝙蝠・スザク[くろこうもり・すざく]/女性/16/無職】

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■ライター通信■
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こんにちわこんばんわ!!ご発注、まことに有難うございます。
皇帝の獣に続き、ご参加頂けて嬉しいです!!
シリアス展開を目指していたのですが、吸血鬼があれなもんでギャグみたいになってしまって、何かすみません……。

【V】の部分だけ、若干それぞれのPC様目線になっております。
それ以外は全共通とさせて頂きました。

少しでもお楽しみ頂けば幸いなのですが―――