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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【ラジオ店と八伏神社】

 大通りの喧騒を退け、忘れ去られようとしているかつてのメインストリート……。
 氷のない氷屋、イグサの香る畳屋、何か置いていそうな食料品店、客のいない床屋、薄暗い花屋、ぴったりと戸を閉めた酒屋、そして、この商店街で唯一、電化製品を扱う“ラジオ店”。
 宵待商店街の細い脇道をさらに奥へ進むと、玉垣の向こう、八伏神社(はちぶせじんじゃ)の鳥居が見えてくるだろう……。
「八伏様へ、預かり物を届けて欲しいのです」
 ラジオ屋の店主は、調査や探し物ではなく、おずおずと油紙で包んだモノを草間武彦へ差し出した。
「お願いします。早くしないと大変なことに……。私は生き肝を喰われてしまいます。ええ、分かっていますよ。悪いのは私です。コレで八伏様をお呼びできれば、寂れている商店街も賑わいを取り戻せるかと思って……」
 ラジオ店の店主は無人の八伏神社から何かを盗んだらしい。
 自業自得と言えばそれまでだ。
 が、腑に落ちない……。だいたい、興信所を宅配便代わりにしてどうする?
 しかも、相手は人外(じんがい)? 昨夜の酒が残っているのか、頭痛が……。
「どうか、お願いです! 私の代わりに八伏様へコレを返してください!」

 八伏神社に潜む“神らしき存在”。盗み出された“預かり物”……。
 聞き込みをした商店連合会の者たちは『玉垣を越えてから口笛を吹けば姿を現す』と、言っていた。
 果たして、神域での交渉は成功か、決裂か……。


◇◇◇◇◇

 草間興信所から飛び出してきた二人は、後ろを振り返り、顔を見合わせた。
「百合子さん、アレ、ちょっとないかも……」
「そうかな? あたし、本当のこと言っただけよ。スザクちゃんってば優しいんだ」
 少し困ったような表情を浮かべた黒蝙蝠・スザクを見て、歌川・百合子は『なぜ?』と思う。
 二日酔いの頭痛で苦しんでいる草間さんへ、『金欠なのに、お酒買う余裕はあるんですね』は、やっぱり……変だった?
 お酒というより、依頼の影に潜む“怪奇系”が頭痛の元かもしれないけど……。
「がんばってお届けものしようね。百合子さん」
「スザクちゃんがいてくれたら百人力だわ!」
 お互い小さくガッツポーズをしてから、八伏神社までの道のりを示した地図と資料を確認することにした。

 橙色の夕日。時間が止まった風情の宵待商店街は、多くの店が早々とシャッターを下ろしている。薬局のカエルがポーズを取るすぐ横、あせた藍染めに白抜きで、“月見食堂”の暖簾(のれん)が風で揺れていた。
「八伏様って大昔、八つの災いと七匹の妖狐を封じた神様なんだって」
「へえ、だから【八伏神社】。そんな強そうな神様が、こんなレトロな商店街にお祀りされてるなんて意外だわ」
「口笛で出てくる神様って、少し変わってる」
 神社までの一本道を資料片手に進んでいると、スザクが“預かり物”へ興味を示した。
「……この包みの中、なんだろうね?」
「確認のためにも開けちゃおうか?」
 『開けてもいいのかなぁ』と、呟くスザクを横に、百合子は半ば好奇心から、レタス一玉サイズの薄黄色い油紙を剥いでいった。
「……全然、中身が出てこないんですけど〜?」
 何度めくってもその下は油紙。百合子は半分ヤケで、二、三枚を一度に破ったが、“預かり物”は延々包まれている。
「はあ……。なにこれ? タマネギじゃないんだから、いい加減にしてほしいわ」
「これだけ大切に包まれているなら、きっと大事なものだと思うな」
 ようやく最後の一枚が取り除かれると、白絹で覆われた小さなものが出てきた。丁度、手のひらに載る大きさの塊……。

 気が付けば、ここは商店街ではなく、何処とも知れぬ薄暗い場所に放り出されてた。
 首をめぐらせて窺うと、周りはすべて紫陽花で囲まれ、霧が出そうなほど湿度が高い。
「包みを開けたら強制転送ってこと?」
 目の前には赤い鳥居、その上へ掛かった“八伏神社”の文字……。
 二人は神域の境目である玉垣を過ぎ、思い出した。
「そうだ、口笛吹かなきゃ!」
 百合子は慌てて唇を尖らせて空気を吹き出すが、なかなか肝心の音が出てこない……。
 口笛、練習しておけば良かったかしら?
 かなり必死な形相だったらしく、スザクがくすっと笑ってから隣へ並ぶ。
「スザクも吹こうかな?」
 ほどなくして、彼女の可愛らしい唇から、心地よい軽やかな口笛が流れた。
 夕闇に沈む紫陽花は、まるで人の顔に見え……よく見ると、その内の一つは本当に“顔”だった。
 白い顔と髪、尼削ぎ頭の童女の目は、深紅に光って瞬きもせず二人を眺めている。
“生き肝喰らうゾ。神主ノ生き肝……”
 ポケットの奥にある《カラスの瞳》は……反応していない。
 スザクは素早く黒い日傘を構えて、応戦できる体勢を取っていた。
 白い童女が紫陽花の茂みから片腕を突き出して、空(くう)を掴む仕草をしているのを、百合子はマジマジと観察してから、よし、と意気込み交渉を開始する。
「あなたが八伏様? 一応、“神さま”なんでしょう? 生き肝食べるなんて趣味悪いわ」
「もうっ、百合子さん! お行儀良くしないと神様に怒られちゃうんだから」
 童女はニタリ、と嗤い、顔と手を引っ込めた。
 しばらくしても出てこないので、百合子は大股で紫陽花へ近づき、しゃがみ込んで茂みを揺らす。スザクは小さなため息ひとつ零すと、周辺へ耳を澄ませていた。
 一拍後、風を切る音と共に、何かが飛来する気配でスザクが声を上げた。
「百合子さん! 伏せて!」
「えっ!? なになに?」
 百合子は危うくすっ転びそうになりながらも、出来るだけ体を縮めて低くなる。開かれたスザクの日傘の表面が、激しい衝撃を吸収しながら受け止めると、無数の飛礫が鈍い音を立てて周りの地面へ突き刺さった。
 それは、境内に敷かれた玉砂利で、青白い炎が巻かれている……。
「ま、まさか……タタリ、とか?」
「わかんない。でも、ご機嫌ななめみたいだよ」
 神域であるはずの神社は、強い憤怒と呼吸をもねじ伏せようとする冷気で満たされていた。
“社を潰してココへ神社を建て、後は放置しテおきながラ、神頼ミか……?”
 現れたのは赫怒で白髪(はくはつ)を逆立て、赤い眼をぎらつかせた白装束の男だった。
“人間ハ、己ノ願望ばかリを叶えようト躍起になル。たまニは神ヲ労ったラどうだ?”
「確かに一理あると思うよ。でも、聞いて……」
 スザクの言葉は届かず、男の背後へ幾つもの白く長い尾が広がった。食いしばる口元には鋭利な牙が覗いている。
「いち、に、さん……なな? あら、このお兄さん、しっぽが七尾もあるわ!」
「七尾の狐? 店主さんが言ってた『大変なこと』って……」
 とぼけた声を出す百合子を背中で庇いながら、スザクは相手の出方を冷静に見ている。
 その華奢な肩越しに覗こうとした時、狐火が左右から挟む形で猛然と襲いかかってきた。
 二人はあっという間、呑まれて火だるまになったが、仄白い妖火の蕾の内側から黒い炎が羽化して弾ける。
 《黒の業火》を展開させたスザクは、中心から花咲かせるように狐火を退けていた。
「百合子さん、平気?」
「さ、さ、寒い〜っっ! 炎なのにヒエヒエってどういうこと? 狐火が冷たいなんて聞いてない〜!」
 勢いを増した白炎を黒炎で迎え、拮抗状態を保ちながら、スザクはじっと動かなかった。

 スザクちゃん、本気モードじゃないみたい。
 人間と神様の溝って、そんな深くなっちゃったのかなぁ。
 歩み寄れないぐらいに?

 しょんぼりした気持ちになっていると、落ちる水のごとき玲瓏な声が、そっと包んで響いた。
“純真なる訴えならば、耳を傾けるのが道理だの”
 濃淡を奏でる紫陽花と寂寥の中、白い着物を纏った背の高い者が立っていた。
 男と同じく白い髪を携え、涼やかな目元の朱線が紫の瞳を際立たせている。
“ミツカイ、おやめ。少々度が過ぎる”
 ミツカイと呼ばれた男は黙したまま、体現した存在の横で片膝を着いた。
“そなたが手にしているのは、神籬(ひもろぎ)。臨時に神を迎えるための依り代だ。かつては大石だったが、今は砕かれて欠片しかない……”
 と、いうことは、こっちが八伏様?
 ちょっと線が細いけど、なかなかの美形。
「あれだけ商店街が寂れてしまえば、どうやってでも神頼みしたくなるでしょうね」
 百合子の声に、相手は無反応だ。スザクは思い切って数歩近づき、店主の生き肝を喰らうことを止めてくれないか頼んでみた。
「盗みは犯罪だけど……。商店街のため、必死に考えたんだと思います」
 差し出された【神籬】を受け取った神は、愁いを帯びた顔でうつむいた。
“盗む? あの男は何も盗んではいない”
 まるで笹の葉が鳴る声音で話す。昔はもっと力ある神だったのかもしれない。
“あの男は元々、八伏神社の神主の家系。九年前に引き払って【らじおてん】という商売を始めたらしいが……”
「ええ!? なんだ。神主さんだったの? 自分の敷地から【神籬】取ってきたってこと? さっきの『生き肝喰らうゾ』ってのは?」
 百合子が問い詰めようとすると、先ほどまでいた男の姿は消え、代わりに童女が八伏の着物の袖、その向こうから睨んでいた。
“あいつ、情けないヤツ。ひもろぎ持っていってモ、八伏様ヲ呼ぶ勇気がなかっタ。バカだ”
 結局、神籬を返すのか、八伏様を呼び出すのか決められず、あんまり肝が据わってないので、じれたミツカイが、文字どおり要らぬ肝なら喰らうぞ、と店主の枕元まで脅しに行ったのだ。
“仕方があるまい。自然と一体の我らでは【らじおてん】へ容易に近づけない。……人の世は、急ぐのを《便利で良いこと》だと思っている。大切なことは、ゆっくりとした時の中で育まれるのだがの……”
 神と人の絆であっても、同じことが言えるのではないだろうか。
 スザクは小首を傾げ、百合子はしばらく腕組みをして考えていたが、二人同時にひらめいて両手を打ち、白い神々へ提案した。
「八伏神社でお祭りを開くっていうのはどうですか? 商店街連合会の人たちに力を貸してもらえれば出来るはずです」
「それだよっ、スザクちゃん! お祭りときたら夜店に浴衣よね。恒例行事として定着させれば、知名度上がるし、人も集まってくるわ」
“まつり……?”
「神社も商店街も賑わうでしょう? きっと店主さんも協力してくれます。八伏様と仲直りする機会をくださいませんか?」
「八伏様がお神楽披露っていうのも目玉になりそう! うわ、我ながらロマンティック、かつ幻想的な企画だわ。あたしが得意の歌を披露しましょうか?」
 うきうきした気持ちでハミングしだした百合子を見て、スザクは目を丸くしている。
 神楽は神々への捧げ物。神が人へ観せるものではない。しかし、白い神は鈴を振るように笑っていた。
“……ふふ。おもしろい申し出だの。そなたらは誰の使いでここへ来た?”
 八伏の問いに、百合子が滑舌よく言い放った。
「草間興信所の草間武彦さん!」
 あ、と思ったがもう遅い。
“そうか、何かあればその草間とやらに頼めばよいのだな。礼を言うぞ”
 白の八伏と童女は二人して、ふわりと身を翻し薄い霧へ散じる。
 境内に朝日が差し始めていた。
「えっとね。本人の許可なく神様にフルネーム言ったらダメじゃないかな? 百合子さん」
 一瞬、草間の苦み走った顔が脳裏をよぎったが、百合子は堂々と胸を張った。
「あたし的にはコンプリートだわ!」
「しーらない。草間さんに怒られるの百合子さん一人なんだから」
「お願い! スザクちゃんも一緒に謝ってよぉ」
 百合子の願いも虚しく、スザクは『八伏様のお神楽ってどんな感じかなぁ』と話しをすり替えてしまう。

 草間さんのお説教は身に染みそうだけど……。
 お祭り成功すればいいな。面白そうだし!


=了=


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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 7520 / 歌川・百合子 / 女性 / 29 / パートアルバイター(現在:某所で雑用係)】
【 7919 / 黒蝙蝠・スザク / 女性 / 16 / 無 職 】
★NPC
【 NPC5248 / 八伏 / 両性 / 888 / 八伏神社の主神 】
【 NPC5249 / ミツカイ /両性 / 777 / 八伏の眷族 】

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■ライター通信■
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 お初にお目にかかります。ライターの小鳩と申します。
 このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
 私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
 少しでも気に入っていただければ幸いです。

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 初めまして、歌川・百合子様。
 ウェブゲームを企画して一番最初に名乗りを上げていただき、心よりお礼申し上げます。
 さて、このたびの“お届け物”ミッションはいかがでしたか?
 Fantasticな個性をお持ちの歌川・百合子様の魅力、少しでも表現できていましたか?

 追伸:所持アイテム【カラスの瞳】を登場させましたこと、ご報告いたします。(非公開設定は使用していません)

 ふたたびご縁が結ばれ、巡り会えましたらお声をかけてやってくださいませ。
 ありがとうございました!