コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


病姫

 その姫様に魅入られた者に――未来は存在しない。
 人目を引く赤い紅を引き、艶やかな黒髪のその女性は『病姫(びょうき)』と呼ばれる妖怪の一種である。
「‥‥何処か、具合でも悪いのか‥‥?」
 雨の中、電信柱の所で蹲る女性に草間武彦が話しかけると「‥‥優しいのね」と蹲りながら女性は草間武彦を見上げる。
「私が此処に座り込んでから一時間以上が経つけれど、声をかけてくれたのは貴方だけだったわ」
 妖艶に笑みながら呟く女性だったが、草間武彦は言いようのない不気味さを感じて一歩後ずさる。
「私――貴方が凄く気に入ったわ、だから一緒に行かない?」
 女性が呟いた瞬間、草間武彦はクラリとその場に膝を付く。
「お兄様!」
 そこへ零が慌てて駆け寄ってきて「‥‥妹?」と女性は首を傾げながら顔色を真っ青にしている草間武彦を見つめる。
「まぁいいわ。最後にお別れしてね。三日後、貴方の命は私が貰い受けるわ。一緒に永劫生きていきましょうよ」
 女性はそのまま何処かへと去り、草間武彦は原因不明の高熱にうなされ、意識不明となっていた。

「‥‥今日が三日目、誰か、誰かお兄様を助けて‥‥」

視点→紅・魅綺

 紅がこの事件に遭遇したのは本当に偶然だった。彼女は草間武彦と女性が接触する所を目撃しており、意識を失った草間武彦を抱きかかえながら泣きそうな瞳をしている零を放って置く事が出来なかったのだ。
「とりあえず三日って言ってましたし‥‥私は少し用意をしてきますね」
「用意‥‥?」
 逃げる気なのではないか、零は頭の中に少し嫌な感情が過ぎったのだが紅はそれを見透かしたように「貴方たちを見捨てるなんて事はしません」と零を安心させるようににっこりと笑顔で言葉を返した。
「あの女性と交渉する為にも防御結界とかの道具を使って時間稼ぎをしなくちゃいけませんし‥‥その為の準備です」
 紅が説明すると「‥‥ごめんなさい、それとありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
 これは三日前の話である。

「これで‥‥とりあえず時間稼ぎは出来るかと思います」
 草間興信所内に持ち込んだ防御結界道具を見て紅は呟く。
「‥‥お兄様‥‥」
 ベッドに横になった草間武彦の顔色はまるで死人のような土気色で生気は僅かに感じられるだけで、遠めに見たら死んでいると間違えそうなほどに呼吸も浅い。
「大丈夫です‥‥草間さんを連れていかせはしません。私は護る為に此処にいるのですから」
 紅の言葉に「お願いします‥‥お兄様を助けて」とまるで縋るような零の弱々しい声が静かな事務所内に響いた時だった。
「ちょっと失礼していいかしら、あら? 誰もいないの?」
 甲高い女性の声が事務所内に響き渡り、零は泣きそうな表情をとめて隣の応接室へと向かう。
「ごめんなさい、今は兄が寝込んでいるので仕事は――‥‥」
 零が呟いた瞬間、表情が凍りつく。
「‥‥零さん?」
 突然歩くのを止めた零を不審に思い、紅がドアから顔を覗かせると――そこには見覚えのある女性が立っていた。
 そう、草間武彦をあんな状態にした張本人とも呼べる人物が‥‥。
「うふふ、仕事の話じゃないわ。今日が三日目でしょう。彼を引き取りに来たわ」
 艶やかな黒髪をかきあげながら女性はカツンとヒールの音を鳴らしながら零に、そして紅に近寄る。
「あら? もうとっくに手遅れの状態になっていてもおかしくないのに‥‥変ねぇ、私はちゃんとしたはずなのに――‥‥」
 女性はぶつぶつと呟きながら事務所内を見渡し、そして紅の持ってきた防御結界道具を見つける。
「――――――貴方の仕業ね」
 じろりと女性は紅を睨み「何で私と彼の邪魔をするの?」と問いかけた。
「あなたは妖怪。人間の愛とは異なるんです」
「仕方ないわ。だって『病姫』として生まれた以上、私はこういう愛し方しか知らないもの」
 女性――病姫は悪びれた様子も無くけろりとして言葉を返してくる。
「人を病にし、身勝手に連れて行こうとする、そんな事は許しません」
 紅の言葉に女性も少しばかり苛立ちが募り始めたのか「邪魔しないで」と再び呟く。
「命を奪うとは言っても彼の魂は私に喰われ、私の中で息吹く。意識が無いわけじゃない。食べる事も仕事をする事も必要ない。生きていくことに不可欠なことは何もないわ。それに何の不満があるの?」
 病姫の言葉に紅は「それは‥‥生きているとは言えません」と病姫の目を見てきっぱりと告げる。
「本当にこの方法しかないんですか? 他の方法で草間さんを好きでいる事はいられないんですか?」
 紅の言葉に「分からないわ!」と病姫は声を荒げて叫ぶ。
「さっきも言ったでしょう。病姫として生まれた以上は愛するものを病に陥らせ、その魂を喰らうと。他の方法なんて教えられなかった!」
 病姫の言葉に「何で、他の方法を探そうとしないんですか?」と紅は言葉を投げかける。
「あなたの思いは一方通行です。草間さんの心を無視した許しがたいもの。自分の気持ちを押し付けるより、何で相手からも思われようとしないのですか?」
「‥‥相手からも、思われる?」
 病姫は目を瞬かせながら呟いた。
「私は独りよがりの気持ちより、お互いに思いあっていた方がずっとずっといいと思います。それに好きな人とずっと一緒に生きていけたら幸せ――貴方の言うような『一緒』ではなく、ですけど」
 紅の言葉を病姫は黙って聞いている。おそらく返す言葉が見つからないのだろう。
「私も――思ってもらえるのかしら‥‥あなた達の言う『普通』の愛し方を知らない私でも――好きになってもらえるかしら」
 ポツリと呟いた病姫の言葉に「もちろんです、お兄様は人の気持ちを踏みにじるような人ではありませんわ」と零も病姫と視線を合わせながら言葉を返した。
「‥‥分かったわ」
 病姫が手をスイと移動させると、隣の部屋から草間武彦の声が聞こえる。
「死へ導く病を解いたわ‥‥あなたの言う『普通』を少しだけ試してみようと思うの」
 そう呟いた病姫の笑顔は恋をする女性そのものの笑顔だった。
「草間さん、このたびはご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。私は少し自分を磨いてからもう一度貴方に会いに来ようと思います」
「はぁ‥‥」
 病姫の言葉を病み上がりの草間武彦はぼうっとした頭で聞いており、返事も少しだけ曖昧になってしまう。
「そしてもう一度貴方に言いに来ます。今度は押し付けの愛ではなく、お互いに思いあう愛を得るために」
 それだけ言葉を残して病姫は草間興信所から出て行った。
「お兄様‥‥良かった! 紅さん、本当にありがとうございました」
 零が丁寧に何度も頭を下げ「いいですよ、草間さんも元気になってよかったです」と紅は言葉を返した。
 その後、病姫が再び草間興信所を訪れたのか知るものはいないけれど――きっと彼女は間違った愛ではなく、正しい愛を見つける事が出来たのではないか、そう思わずにはいられない紅だった。


END


――出演者――

8050/紅・魅綺/17歳/女/巫女

―――――――

紅・魅綺様>
初めまして、今回『病姫』を執筆させていただきました水貴透子です。
今回はご発注ありがとうございまいした!
初めての作品と言うことで、うまくキャラを出せていると良いのですが‥‥!
少しでも面白いと思って下さったら嬉しいです♪
それでは、今回は書かせて頂き、ありがとうございましたっ!

2009/6/28