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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.1



 妙なものを目撃したと、明姫リサは思う。いや、心の片隅に過ぎった呟きのようなものだ。
 帰宅途中のバイクの上から目撃したのは、深夜にうろついている女の子の姿だった。
 ひょろりとした印象を受けた少女はショートヘアではあるが、やけに妙な色の髪をしている。
(んん?)
 疑問に思ったのがまずその目立つ髪の色。夜道の街灯に照らされていなくても、はっきりわかるほど異質だったのだ。
 だがそれよりもリサの琴線に触れたのは、こんな夜更けに女の子が一人歩きをしていることだった。
 しかも……。
(厄介な連中に囲まれているわね)
 地元の者ならばだいたい遭遇を嫌う、近所の悪がきどもだ。
 いや、リサとてまだ学生なのだからそう思うのも妙な話なのだが……どうも精神的に幼いと「ガキ」と思ってしまう。
 それに。
(……ああいう場面で、しかもあんな状況で)
 自販機の前に突っ立っていた少女を、まるで周囲から隠すように……。
(ああいう連中は大嫌いなのよね)
 虫唾が走る。
 人数を集めなければ何もできないなんて。いや、数で訴えるバカな連中なんて、が正しいかも。
 慌ててスピードを緩め、手早く折り返す。
 通り過ぎたバイクが戻って来たことで、少女を囲んでいた男たちは妙な表情をした。
 どいつもこいつも……。
 自分はそれほど短気なタチではないけれど、それでもやっぱり……。
(胸元に注目するのよね……)
 女の武器とも言えるが、女性にとっては邪魔なシロモノに早変わりしてしまう。
 バイクを停車させて颯爽と降りると、ヘルメットを外しながら長い髪を後ろへと片手で払った。
「ちょっと、何をしているの?」
 声には威圧とトゲを含ませて、視線には睨みをきかせた。
「男が集まって女の子ひとりをいじめるなんて……恥ずかしくないの?」
 そういう行為をしていること自体を、恥じろ。
(恥ずかしくないからやっているわけだし?)
 なんて、皮肉を心の内で洩らす。
 足音を響かせて勢いよく近づいて行くリサは、少女の傍に来るとぴたりと止まり、彼女の手首を掴んだ。
「さ、行きましょう」
「? なんでかな?」
 きょとんとした顔をした少女は、リサに手を引かれながらも呆気にとられている男たちを振り向いた。
「あそばないの?」
 無垢な瞳でにっこりと微笑む少女を振り返ってリサは凝視する。思わず足を止めてしまった。
 今の今まで彼らに脅かされていたのではないのか?
 男たちは少女のその表情によって、さらに困惑したようだ。互いに顔を見合わせている。
「ひとがたくさん! だったら、あそぶ! ちがう?」
 にこにこと、邪気のない笑顔を振りまく少女はリサのほうを見てから、握られている手首を見下ろした。首を小さく傾げてみせる。
「……む?」
 平凡な顔立ちだというのに、なんとまぁ……。
(気が、そがれるというか……)
 変なコ。
「むむ? あなたはだあれ?」
 あは、と満面の笑みを浮かべられ、リサは戸惑うしかない。
 もしかして……いや、その。
(……どこかの病院とか、施設から抜け出た……とかいうオチだったらどうしようかしら?)
 一番ありがち。
「オレたち、トモダチなんだよね」
 男たちの一人が突然そう言い出す。
 リサに威圧されていたのだが、やっと我に返ったようだ。
「なあ?」
「ああ、トモダチトモダチ」
「遊んでただけだから、おねーさんはどっか行ってよ」
「仲間に入る?」
 多勢に無勢。わかりやすい図だ。
 リサは溜息をつきたくなった。弱いヤツほど群れたがる。そして数で力を得た気になる。
(わかりやすいだけに、ほんと、バカとしか思えないのよね)
 ここまでくると、逆に可哀想にすら思えてしまう。ちょっぴりだけど。
(ベタベタというか……そのセリフも恥ずかしいって気づいてもらいたいものだわ)
 少女は再び首を傾げ、「あそぶ?」と呟いている。このままではあの男たちのもとへ戻ってしまいそうだ。
 この娘は危険だとわかっていない。
 リサは軽く手を引っ張って、自分の後ろに彼女を隠した。
「む?」
「あのひとたちは友達じゃないわ。っていうか、そんなのわかってるでしょ?」
「むむ? よく、わからない」
「友達ってのは、もっと親身になってくれるわよ」
 さて、さっさと去るべきか。それとも多少は痛い目をみてもらうか。
(この手の連中は懲りないのを信条としているのも多いけど……でも、この子を助けても、たぶん次もやるわよね)
 なにがしたいのかしら? ヨッキュウフマン? そういうものの捌け口ってのは、見も知らない相手にぶつけるものでもない。
(自分でなんとかしないと、大人になった時に困るわよ)
 そういう私も、まだまだ若いけれど。でも、彼らよりも多少は世間や常識を知っているはずだ。
「弱い者いじめをするほどヒマじゃないのよね」
 挑発的? でもたぶん、なに言ったって、きっと逃がしてくれないわ。さっきの、彼らが呆然としている時がチャンスと言えばチャンスだった。
 リサは少し考える。大人な対応をすべき? それとも……。



「うわぁ、うわぁ」
 少女が倒れ伏している男たちの間を縫うように、軽々と歩いた。
「すごいねー。あっという間だったよ。ぱんち? ぐー?」
「手加減したのよ、これでも。鍛え方が足りないわ。軟弱よね、最近の男は」
「でもすごいすごい!」
 ぱちぱちと、なんだか稚拙な拍手をしてきて、笑顔を向けてくる。
 …………。
(……大人な対応ではなかったんだけど……)
 そこまで素直に褒められると少し照れてしまう。いや、うん……照れるところじゃないけどね。
「それより」
 そう切り出したリサのほうを、彼女はきょとんとして見てきた。
「どこに住んでいるの? よかったらコレで送るわよ?」
 親指で背後のバイクを示すと、視線を動かして少女がそちらを見遣る。そして……また首を傾げた。よく首を傾げる女の子だ。
「それはなに? おおきい。どうぶつ?」
「ドウブツって……。バイクよ、バイク」
「ばいく……」
 瞬きをした後、彼女はにこーっと締まりのない笑みを浮かべた。
 予備のヘルメットを出そうかと思っていたリサは、その笑顔に不思議になる。
 男たちに囲まれて驚きもしなかったし……浮世離れしたこの様子……。
(どこかのお嬢様、とか?)
 それもありかも。
 とにかく、放っておけない雰囲気なのは確かだ。
「私は明姫リサ。あなたは?」
「ボクはミライだよー。ナツミ・ミライ。あれ? ミクだっけ? ミクだよー」
 明るい声で言われて……リサはやはり軽く混乱した。
「なつみ、みらい? みく? どっち?」
「んー、どっちだろ。どっちでもいーよ。好きなように呼んで」
 可憐な笑顔を向けてきたかと思うと、そうだそうだとはしゃいで、大きく片手を挙げた。まるで小学生の「挙手」だ。
「春夏秋冬の、季節の夏。目で見る、の見るの漢字。それで、過去の逆の未来! それで、なつみみらい。ん? みく?」
 それともミキだっけ?
「そういえば、この人たちしんだの?」
「死んでないわよ。ちょっと気絶してるだけ」
 物騒なことを言わないで欲しいものだ。
「それで? どこに住んでるの? 送っていくわ。さっきも言ったけど」
「おくる? おくる……おくる……」
 言葉の意味を反芻するように繰り返し、夏見未来は首を傾げた。これは「わからない」のポーズ?
「……家出、じゃないわよね?」
 もしもそうなら、自分の家に連れて行くべきだろうか?
 一人暮らしのアパートなので、泊めてあげても……まあ、いいけど。
「いえで? 違う違う。ミクはさがしものがあるのね」
「さがしもの?」
「そう。それを見つけようとしてて、歩いていたらね、この人たちがね、声をかけてきてくれたの」
「そうなの」
「そうなのだ! そしたら、アケヒメがばばーんとあらわれた。んん? どーん?」
「いや、どっちでもいいわよ、そこは」
 効果音は彼女の頭の中で勝手に鳴っていたに違いない。
「………………」
 リサは腕組みした。このままここに放置してはおけない。絶・対・に、だ。
「こんな夜中に一人で歩いてたら危ないの。だから、送っていくわ」
 噛み締めるように、ゆっくりと、はっきりと、言う。
「あなたの家は? ないなら、私の家に連れて行くけど?」
「いらないよ。だいじょぶ」
「そうはいかないわ。一人で居ると、さっきみたいに絡まれるのよ?」
「む?」
「……わかってない、のね?」
 さて。家はどこかと尋ねても無駄な気がしてきた。
 未来は両手を広げて、気絶している男たちの間を、くるくると、まるで独楽のように回転する。……なにをやっているのだろう、彼女は。
「うわわ〜。目がまわるね」
「あ、危ない!」
 バランスを崩して地面に倒れこみそうになる未来を支えようと、リサは手を伸ばした。だが、いまだに沈黙している不良どもが邪魔で届かない!
 倒れる! と、身構えてしまうリサの前で、未来は見事なバランス感覚を披露して体勢を立て直した。
「こんなキモチ? このひとたち、こんな感じ? パンチをもらうと、頭がくるくるするって聞いて。
 む? ピヨピヨ?」
「いいからこっちに戻って」
 優しく手招きをしてみるが、未来は糸の切れた風船のようにふわふわとリサから遠ざかっていく。
「ありがとー。よくわからないけど、ありがと、アケヒメー!」
 どこか間延びした口調で、器用に片手で大きく手を振ってくる。
「プレゼントはだれかにあげてねー。まだ探してるから、じゃあね〜」
「え? プレゼント?」
「ぶいーん」
 妙な効果音を発しながら、未来は両手をまるで飛行機の翼のようにするとそのまま軽やかに駆け去ってしまう。
「ちょ……あ、危ないから気をつけて! さっきみたいな、見知らぬ人に声をかけられてもついて行ったりしちゃダメよー!」
 大声でそう言ってみたが、未来は「ぶいーん」とまた声を出した。……わかっているのだろうか。いや、たぶんわかっていない。
 追いかけるべきかと思ったが、いきなり未来の気配が消えた。えっ、と思うが、夜道に彼女の姿は見えない。闇に紛れてしまったかのように。
「………………」
 唖然とするリサは、困ったように肩をすくめた。やれやれ、と思った矢先、「あ」と洩らす。
「も、もしかして『おくる』って……『贈る』と勘違い……?」
 プレゼントという単語が出たのは……もしかして、そのせい?
「……変わった子だわ、やっぱり」
 それだけ呟くのが、今は精一杯だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初めまして明姫様。ライターのともやいずみです。
 夏見との初の遭遇。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。