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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


    ハニー・キラーは甘くない


「ふぁ〜、広いなぁ。どこから手をつけたらいいんだろ」
 魔法薬屋の倉庫を見渡し、ティレイラは小さくため息をついた。
 多種多様な瓶につめられた原色の液体や粉末は勿論、鉱石や、装飾品などもある。
 棚の上に飾ってあるものもあれば、乱雑に床に置かれたものもあり、そのほとんどは埃におおわれている。
 これらを整理し、手入れをするのが本日の彼女の任務だ。
「えっと……整理っていっても、難しいことはお姉さまじゃないとわかんないから……」
 とりあえず倒したり壊したりだけはしないようにと注意を払いながら、ティレイラは足を踏み入れていく。
 風や水の魔法が自在に扱えたら掃除にも応用できるのかもしれないけど、失敗する可能性の方が高いのでハタキやフキンを手にして地道にやるしかない。
 そもそも、師匠のシリューナは、ティレイラが自分の見ていないところで魔法を使うのをよしとしない。
 弟子の身を案じているから、ともとれるのだが、実際は多分おもしろい場面を見逃したくないから、なのだろう。
 小柄なティレイラはちょこまかと動いて掃除して回る。
 元気がよすぎて、棚の瓶が落ちそうになったり、液体をこぼしそうになったりと危なっかしいところもあったが、一生懸命なものだった。
 そうしているうちに、ふとあるものに目を止めた。
 蜂を模した形の蝋燭だ。不思議な模様が刻まれている。
「わぁ、綺麗な蝋燭……」
 燭台も凝ったつくりのもので、飾っておくだけでも美しいものだ。
 とはいえ、ここの倉庫にあるということは何らかの魔法効果があるはずなのだが……。
「火、つけてみちゃダメかな」
 夢見るような口調で、胸をはずませる。
 美しい燭台、魅惑的な蝋燭。けれどその芸術品は、火を灯してこそ真価を発揮するはずなのだ。
 ティレイラは他に誰もいないのがわかっていても、きょろきょろと辺りを窺った。
「ちょっとだけ……」
 興味本位に覗き込み、そっと蝋燭に火を灯す。
 オレンジ色の光がそっと揺らめき、そして。
 ドロドロになった蝋が噴出し、ティレイラめがけて襲いかかってきた。
「きゃ!?」
 小さく悲鳴をあげて逃げようとするが、遅かった。
 蝋はティレイラの身体にまとわりついてくる。
 必死になって身体を動かし、それを払い落とす。
 けれど次から次へと温かい蝋が肌に飛んできて、何層にも重なった部分から、次第に身動きがとれなくなっていく。
「やだぁ、ちょっと!」
 ティレイラは半泣きになって暴れようとするが、すでにほとんど身動きが取れなくなっていた。
「お姉さま、助け……」
 その叫びは、途中でかき消えた。
 愛らしいその顔に蝋が飛んできたため、口を閉ざさずにはいられなかったのだ。
 全身を蝋に包まれ、しかしティレイラはその中で生きていた。
 身動きがとれず、声もあげられぬまま、自分の身体が粘土細工のようにつくり変えられてゆくのを感じながら。
 ――あぁ、私きっと、死ぬんだわ。ちょっと好奇心が強すぎたばっかりに……でもでも、こんな死に方、嫌だよう。
 ティレイラは嘆きながらもゆっくりと、意識を手放していった。


 一方、師匠のシリューナは妙な魔力の波動を感じ、倉庫に顔を出した。
「ティレ? どうかしたの?」
 軽く声をかけるが、返事はない。
 中に入ると、彼女の姿はなく――その代わりとばかりに、大きな蝋人形らしきものに目が止まる。
 蝋人形といっても、精巧につくられたものではなく、何かの周囲に気の向くまま蝋を塗りつけたような塊だ。
 シリューナはちらりと見ただけで、すぐに床に落ちている蝋燭に目を向ける。
 蜂を模した形の蝋燭。
 そして……その巨大な蝋の人形もまた、蜂に似た姿をしていたのだ。
 大きな、とはいっても蝋細工にしては、ということで……シリューナと比べると小柄なそれは、姿の見えない弟子のものに違いない。
 シリューナは周囲をおおっている蝋を、ざっとそぎ落としていった。
 すると、そこにいたのは確かにティレイラ……だったのだが。
 愛らしい顔はそのままに、頭には触覚が垂れ、胸元はふわりとした毛に包まれて。
 ウエストがキュッとくびれ、黄色と黒のラインが入った柔らかそうな腹部に続いている。
 着ぐるみにでも入っているかのように、小麦色の手足はそのまま伸びているのが妙に愛嬌があった。
 目を閉じていたティレイラは、ハッとしたように瞼を開け、きょとんとした顔で師匠を見返した。
 今までのことは夢だったのか、と首を傾げる。
 が。
「いやああぁっ!! 何これ――っ!!」
 すぐに自分の姿に気づいて甲高い悲鳴をあげる。
「ど、どうして? だって私……」
 瞳に涙を滲ませ、あたふたする。
 キョロキョロと振り返る度、先に針のついたおしりと触覚がピョコピョコと揺れ動く。
「あーん、どうしよう。私の身体が……身体が」
 泣きべそをかいて、犬が自分の尻尾を追うかのように、グルグルと回っている。
 どうやらかなり動揺しているらしい。
「落ち着いて、ティレ」
 そっと肩に手を触れ、声をかけると、ティレイラはやっと動きを止め、真っ直ぐにシリューナを見た。
「お姉さま……」
 助けが来た、とばかりに安堵の笑みを見せるティレイラ。
 そこへシリューナは微笑んだまま、静かに訪ねかける。
「……ティレ、あなた魔法の蝋燭に火を灯したわね?」
 するとティレイラの顔からサーッと血の気がひいていった。
 手入れ以外で勝手に魔法の品に触れてしまったのだから、無理もない。
「ごごご、ごめんなさい、お姉さま。ほんの、ほんの出来心だったんですぅ!」
 下手な言い訳をしても通用しない、むしろ立場が悪くなるだけだと悟ったのか、ティレイラは勢いよく頭を下げた。
「あの、だから……その」
 途中で言葉を濁して、上目遣いにシリューナを見る。
 どうやら元に戻して欲しい、と言いたいらしい。
 シリューナには勿論、その方法はわかっていた。
 先の蝋でもう一度身体をおおい、今度は人間の姿に戻せばいいだけの話だ。
 ――だけど、それは最後のお楽しみでいいわよね。
「いけないコね、ティレ。少しお仕置きしてあげないと」
「お仕置きならもう受けてます〜」
「それは自業自得、というものよ。そうね……せっかく蜂になったのだから、蜂蜜でも取ってきてもらおうかしら。身体の構造を詳しく知るための実験に付き合ってもらうのもいいわね」
 当然とばかりに言い放つ師匠に、弟子のティレイラは今にも逃げ出さんとするが、すぐに捕まってしまう。
「お、お姉さま……許してくださぁ〜い!」
 叫び声が倉庫に響く。
 どんなおしおきを受けたかはさておき……蜂少女となったティレイラが当分の間シリューナのオモチャとなったことは間違いないのだった。


       END