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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【閉店後の市場で踊る集団。】

 その市場は、火事をきっかけにこぢんまりとしたスーパーマーケットへ姿を変えた。
 真新しい建物の中には、幾つかの店が移転し、地元では未だ“市場“と呼ばれている。
「ここ一週間……頻繁に、踊っているのです。ボロを着てお面を被った集団が……」
「従業員がですか? 素行調査のご依頼で?」
 草間の前では、店長とその夫人が汗を流しながら、言葉を選んでいる。
「疑いたくはないですが、店の誰かだろうと。市場の古株と後から入ったアルバイト従業員の間には、少々、溝がありますし……」
 今にも壊れそうな扇風機が、なにかを示唆する動きで首を振りながら風を送っている。
「違うのでは、と?」
「……分かりません。分からないんです。閉店後、セキュリティシステムをセットしてるはずの店内で……あんな暗がりの中」
「それを目撃したのは店長さんだけですか?」
 草間の質問に、色白の夫人は固く閉ざしていた口をようやく開き、か細く話し始めた。
「私と従業員もです。何ごとかと店内へ戻ったのですが、五分の間に消えてしまって」
 夫婦はテーブルへ置かれた麦茶のグラスを傾けて、ぬるくなりかけたそれを飲み干すと、二人同時に大きな息を吐き出した。
「貴重品や品物を確認しましたが、全部そのままでした。泥棒ではないようなのです」
 “踊る集団”に、町のスーパーマーケットは翻弄されているらしい……。
「大体の状況は分かりました。……詳しく調査してみましょう」
 夫婦は安堵の表情で手を取り合い、草間へ頭を下げた。
 遠からず、ある種の“におい”を感じたが、怯えている夫婦を放り出すなどできない。

 夜、閉店後に踊る集団。
 三味線を掻き鳴らし、笛や太鼓で大騒ぎ。
 なぜ、“彼ら”は踊るのか……。


◇◇◇◇◇

 灰色がかった水色の空へ、薄雲が筋を引いている。町はまだ未完成で、その所為か治安も悪くないようだ。
「ふぅん……。このスーパーマーケット、火事があった直後に建てられたのね……」
「その市場で“何かあった”んじゃねぇの? どうせ、人間の方がルール違反したんだろう」
 素っ気なく言い捨てる天波・慎霰の顔を、黒蝙蝠・スザクは桜桃みたいな赤い瞳で、じっと見つめた。慎霰は耳が熱くなるのを感じたが、視線を逸らすぐらいしかできない。
 正直、女の子は少し、いや、かなり苦手だ。
「あまは・しんざんクン」
「な、な、な……なんだよ?」
 スザクは慎霰よりも一つ年上だ。今日は半襟と裾にフリルが付いたモダンな着物を、粋に着こなしている。慎霰は二つに分けて結んだ長い髪が揺れているのを、まともに見ることができない。
「急がない、急がない。まずは、市場の頃からいた人たちに聞き込みしよう」
「お、おうっ。行こうぜ!」
 真新しいにおいがする建物の中へ入ると、寒いぐらい冷房が効いていた。
 店長から聞いた“市場の古株”は三人。
 人気の総菜屋、最後まで残ると宣言した精肉店、今は取次店になったクリーニング屋。
 総菜屋は、昼の来客で混雑している。クリーニングの取次店は出入り口から一番遠いので、まず、肉屋の主人から聞き込みを開始した。
「え? 店長が言ってた興信所の? えらく若い嬢ちゃんとボウズが来たもんだ」
 『ぼうず!?』と食ってかかる慎霰の口をスザクが塞いでいる間に、主人は火事の原因は未だ分かっていないことを教えてくれた。
「高層マンション建設とかで、地上げ屋がウロついてた時もあってな。まあ、結局、今の店長さんが土地の権利を手放さなかったおかげで、俺たちこうして商売してる。感謝しなくちゃな」
「市場が焼けちまう前、動かせないものはなかったか? 要石や社、井戸とか」
「地蔵さんはあったが、今もそのままだしな……。なんか関係あるのかい?」
「それを調べるのが仕事だっての!」
 のんびりした応答に、カッと捲し立てる慎霰の脇腹へ、スザクの持つ日傘の先が浅く刺さる。
「あ、イテっ! なにすんだよ!」
 スザクは慎霰の腕を引っ張ってフードコートまで連れていく。自分のやり方を邪魔された慎霰は苛々しているようだ。
「慎霰クン、なんか偉そう。どっちの味方?」
「俺は、理由なしに追い出そうとするヤツらが気に食わない。人間はいつだって勝手だからな」
「スザクたちの目的はケンカじゃないよ。慎霰クンは、ケンカしに来たの?」
「だったら、おまえは……」
「“おまえ”じゃない。スザクだよ」

 ったく。女相手じゃ仕返しもできやしねぇ。

 なんだか乱暴。無茶してケガしないか心配だよ。

 店内を一周してから戻ると、総菜屋の女将が遅めの休憩をしているのを見つけ、機会を逃さず今度はスザクが話しかけてみる。
「お昼時にすみません。草間興信所から来た者なのですが……」
「……店長さんが騒いでたんですってね?」
「いえ、騒いでいるのは、別だと思いますけど」
 女将は大きめのおにぎりをガツガツ食べてから、ポットのお茶で流し込んでいる。
「誰かが夜になったら店で踊ってるって? 本当、あの夫婦、どうしちゃったんだろうねぇ」
 二人に向き直った総菜屋の女将は、“佃煮屋”から出た火が原因だと言った。
「あの火事。当時は企業からお金もらった誰かが、放火したんじゃないかって噂も……。土地の権利持ってたの元々は“佃煮屋”さんだし」
「あなたも、疑っているのですか?」
 スザクのはっきりとした問いに女将は目を見開き、『誰もそんなこと言ってないでしょう?』と慌てて声を小さく絞る。
「奥さん……そこの娘さんなのよ。クリーニング屋さんならもう少し知ってるかもね。一緒に“踊る集団”見たって言ってたし」

 なにかな……すごく引っかかってるんだけど。

 最後のクリーニング屋は主人不在で、アルバイト店員から情報は聞けず仕舞いだった。
「金のために、実家の佃煮屋へ放火? 信じられねぇ……」
 慎霰は奥歯を噛んだ表情で、買い物客の流れを観察している。
「違うと思う。核心は、まだ見えないけど……。大事なことが隠れてる。きっとそれが、“踊る集団”と“市場”の繋ぎ目……」
「そうか? 地霊ってのは結構踊るんだぜ? 榊が立った盛り土の周りとかさ。人間ってのは、なんでも金で買えると思ってやがるが、地面は誰のものでもない。“踊る集団”の方が先にいただけだ」

 日が傾くと、通りへ外灯が点き、専門店は閉店準備を始めた。生鮮売り場はまだ明るいが、段々、闇の面積が増えていく……。
 とうとうすべての電灯が落とされ、非常灯だけになったが、今夜、セキュリティシステムはセットされていない。二人は休憩用のベンチが並ぶ辺りから店内を窺った。
「さて、どっから来る……?」
 慎霰は数珠を握ると気配を探る。
 連中と話す方がスパッと解決しそうだ。
「……誰? 誰かそこにいるの?」
 スザクが警戒していると、観葉植物の影から店長夫人が現れて仰天させられた。
「どうしたんですか?」
「私にも……立ち会わせてください」
 夫人は両手を固く握り合わせ、緊張した声でそう答えた。
「まあ、あんたの本性が招いたことだ。いいんじゃねーの?」
「慎霰クン!」
 何処からか、野太い三味線の音が響く……。
 聞こえてくる太鼓が、次第に音量を増し、幾羽もの鳥の叫びのような笛が縫いながら重なっていった。
 三人の周りでは、笑った顔の面を着け、擦り切れたボロを纏った集団が跳ねている。
「待ってたぜっ!」
 慎霰は愛用の笛を取り出すと、集団に混じって共に踊り始める。その音たるや……。陽気で溌剌とし、まるで邪気などない。
「……なんだか、懐かしい……」
 色白の夫人は、ぽつと漏らし、集団が奏でる音へ聞き入っている。

 桃も林檎も梅の木も、
 たぁんと、実をつけ香ったら、
 褒めとうせぇ、褒めとうせ……

 茫然する夫人を、集団の一人が輪へ引っ張って行こうとしたので、スザクは慌ててもう片方の手を掴む。
「ダメだよっっ!!」
 “異形”との接触は、互いの存在を変質させることがある。スザクは懸命に夫人と何者かを離そうとしたが……。
「いいんだ! お互い願ったり叶ったりさ!」
 慎霰の手が伸びて、スザクの腕を取ると夫人ごと輪へ参加させた。彼の笛の音が高らかに空気をつんざくと、音楽の波は最高潮へ向かった。

 榊、桂木、椿の木。歩く神子は白い手で、
 植えて愛でたと聞いたがな えぇ、
 辛い涙はいただけん 土と蝶とが渇くがな

 回る背景へ極彩色が入り乱れ、熱気の渦に金砂、銀砂が、飛び散り戯れる。笛も太鼓も三味線も、全身を震わせながら皮膚を突き抜け、踵には雲を歩く浮遊感がまとわりつく……。
 踊る着物の少女、笛吹く少年、スーツを着込んだ女と集団。

 輪は和となり、一つの円環へ縒り合わされた。

 踊りが終息し、水を打ったかの深閑が戻ると、謎の集団は横一列で三人を見ていた。
 彼らが一斉に面を外すと……。
 精肉店の主人、総菜屋の女将、店長、そして、夫人と同じ顔をした女がいた。
「これって……本人じゃないよね?」
「もちろん。本来、地霊には顔がないからな」
 突然、夫人は嗚咽を漏らして泣き出す。
「私……市場が好きだった。ううん、今もよ。市場のみんなも、そこへ集まる人たちも……それなのに……」
 スザクが背中をさすると、彼女はしゃくりをしながら子供の号泣する。
 慎霰は黙って腕組みしたままだ。
「マンション建設が計画された時、両親は、みんなに黙ったまま土地を売ろうとしていたの。『市場を守る』って約束したのに! 私、恥ずかしくて、悲しくて……。実家の店こそ、無くなればいいって本気で思った」
 涙を流していた彼女の顔が、刹那の間だけ夜叉となる。それは誰もが持っている、人の身の内へ巣くう深淵……。
 霊力や精神力の強い者が、心へ燻(くすぶ)りを蓄積させると、時に本物の炎を呼び、家や物を焼くことがあるという。
「あのさ、コイツらはあんたのことが心配で、慰めようとしていた。何にも恨んじゃいないし、憎しみもない。あんたの心にある“焔(ほむら)”。それを鎮めたかったんだろう」
「奥さんを守るための踊りだったんだね……。きっと、地霊たちも市場の人たちが大好きなんだと思うな」
 夫人は郷愁に浸っているのか、何かを探すようにして集団を端から端まで見ていた。
「マンションは建たなかった……代わりにあるのはスーパーマーケット。最近思うの、これで良かったのかって……。無くした“もの”は、何処へ行ってしまったのか……」
 踊りをやめた集団は無表情だが、全員が穏やかな目をしていた。やがて輪郭を失うと、そのままゆっくり、溶けるように消えていった。
「そう……ここにあったのね」
 夫人は自分の足元へ視線を落とし、愛おしそうに……、ビニル製タイルが貼られた床を優しく撫でた。

 月明かりの帰り道、スザクは感慨深い面持ちで言った。
「……昔には戻れない、か。スザクね、善悪はっきり自分で決める主義なの。でも、今日は、分からなくなっちゃったな……」
「いいんじゃねーの。そういうのもさ」
 慎霰が笑うと、スザクもつられて笑みを浮かべる。
「奥さん、昔の思い出ばかりじゃなく、今から作られる思い出も大事にして欲しいな」
「人間は図太くできてるから、スザクが心配しなくても大丈夫だろう」
「あー、呼び捨てにして。スザクの方がお姉さんなんだからね」
「一コしか違わないじゃねぇか!」 
「はいはい。……でも、ぐるぐる回って一緒に踊るなんて面白い取り持ちだね。慎霰クン、笛吹くの上手」
「あ、ありがと……って、なんか調子狂うよな」
 まるで夜道を散歩しているかの影が二つ、アスファルトの路面へ伸びていた。


=了=


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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1928 / 天波・慎霰 / 男性 / 15 / 天狗・高校生 】
【 7919 / 黒蝙蝠・スザク / 女性 / 16 / 無 職 】


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■ライター通信■
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 お初にお目にかかります。ライターの小鳩と申します。
 このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
 私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
 少しでも気に入っていただければ幸いです。

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 初めまして、天波・慎霰 様。
 ウェブゲームへ名乗りを上げていただき、心よりお礼申し上げます。
 さて、このたびの“踊る集団”ミッションはいかがでしたか?
 元気で純粋な個性をお持ちの天波・慎霰 様の魅力、少しでも表現できていましたか?

 強気なのにシャイな一面を持つ天波・慎霰 様を、とても楽しく書かせていただきました!

 追伸:プレイングで“土地神”とございましたが、今回、親しみのある雰囲気を楽しんでいただきたく、“地霊”と差し替えたことをご報告します。

 ふたたびご縁が結ばれ、巡り会えましたらお声をかけてやってくださいませ。
 ありがとうございました!