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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去と現在と未来と〜かえられるもの〜



 その建物は横浜の住宅街の中にひっそりと存在していた。元々白い壁のモノが所々黒ずんで見えるほど古びたマンションで、人の住んでいる気配がまったくなかった。
「情報ではここのはずだけど」
 斎瑠璃が地図を片手に建物を見上げる。一歩後ろに立った双子の妹、緋穂は白いフリルのついた日傘を両手で持って、同じように建物を見上げていた。
『もう引き払った後かもしれないな』
 ー・ミグはいつもの様に携帯電話を上手く使いこなし、瑠璃の携帯へとメールを送る。真夏の日差しがじりじりとミグの灰色の毛並みを焼いた。おまけにアスファルトの照り返しがきつい。
 大通りまでは斎家の車で送り届けてもらったが、地図を頼りに細道へと入ってから暫く経った。そんなに何時間も経ったというわけではないが、暑いものは暑い。
「大丈夫?」
 舌を出して体温調節をするミグを心配してか、緋穂が日傘を傾けた。ミグは大丈夫だと告げるように顔を上げる。
「とりあえず、中に入りましょう」
『俺が先頭を行こう』
 エントランスに入ろうとする瑠璃の前に、ミグはすっと進み出た。人の気配がないか注意しつつ、その中へと進む。


 五芒遊会関連と思われるアジトがある――そんな報告を七曜会から受けた瑠璃と緋穂はミグと共にその情報の建物へと訪れた。事前情報では「暫く前まで使われていた形跡がある」ということだったから、本当に五芒遊会がその建物を使用していたとしてもその時点で完全に引き払われていた可能性が高い。それでも何か情報があればと思い、三人(?)はこの場を訪れたのだ。
「このマンション全部使ってたのかな〜‥‥といっても、4階建てで各階2部屋だからそんなに多くはないけど」
「ここの持ち主は市内に住む老人。賃貸もしていなかったみたいだから、もしかしたら一時的に利用していただけなのかもしれないわ。不法侵入だもの」
 1LDKの、双子にとっては狭く、薄汚れた室内を緋穂がひょいひょいと奥に進み行く。瑠璃は地図と共に預かった書類をめくり、この建物の持ち主情報を確認しなおしていた。
『その老人が五芒遊会の関係者だという可能性は?』
「その辺は洗ったみたいだけど、親族からも繋がりは出てこなかったみたいね」
 ミグからのメールに応えた瑠璃の眉間には若干皺がよっていた。一刻も早くこの薄汚れた場所を出たいとみえる。
(確かに‥‥二人にすればこの場所に長時間はきついかもしれないな‥‥いや)
 ミグは怪しげな場所のごみや紙束をを前足や鼻で掘り返しながら瑠璃を見る。そして緋穂を見て。
(緋穂は楽しんでいるように見えるが)
 思いのほか緋穂が嬉々として室内を掘り返しているのを見て思いを改める。いつも掃除の行き届いたお屋敷にいる彼女にとっては、このような場所は珍しいのかもしれない。好奇心旺盛な彼女であるからして。
「何もなかったらさっさと出ましょう?」
 若干苛立ったような瑠璃の声が玄関から響く。こちらの彼女はあまり汚れた室内に踏み込みたくはないようだった。
「グルル‥‥?(訳:ん‥‥?)」
 ふと、ミグは自分が左前足でひっくり返した紙に目を留めた。そこに気になる単語が書かれていたからだ。

 ファシスト七曜会

 その単語と共に鈎十字が描かれている。
「グル‥‥(訳:これは‥‥)」
「なにか見つけた〜?」
 緋穂が弾むような足取りでミグに近寄ってきた。彼は前足でトントンと紙を叩く。四隅にセロテープがつけられていることから、それは元は張り紙であったのだろう。
「なんで七曜会の名前があるの?」
「‥‥しかもハーケンクロイツ‥‥」
 ただ事ではないと感じ取って渋々室内へ足を進めてきた(もちろん靴は履いたままだ)瑠璃が、覗き込んで呟く。
『瑠璃は知ってるのか』
「一般常識程度にはね」
 ハーケンクロイツとはナチス・ドイツが党章として使用した紋章として有名だが、元々は昔から西洋で使われていた幸運の印である。
『ファシストとはファシズムの事でもあり、ファシズムというのは簡単に言えば弱った国を守るために自由主義や民主主義、平和主義を排斥し、国内から見れば暴力的独裁、国外から見れば侵略主義をとる体勢のことだ』
「簡単にっていうけどちょっと難しい〜」
『まあこういう類は難しい話になるのは仕方ない。しかし何故五芒遊会のアジトと思われる場所に、七曜会関連の張り紙があったのか‥‥。五芒遊会と七曜会はどんな関係なんだ?』
 首を傾げる緋穂に苦笑するように頭を振って見せ、ミグは瑠璃へとメールを送る。瑠璃は少し考えるように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「私達が聞かされているのは、近年になって発覚した、敵対組織であるということよ。七曜会が古来からあるように、五芒遊会も平安の昔からあるのではないかといわれているわ。七曜会の拾い切れなかった術者、家族に力を厭われた術者を拾ってきて出来たのが五芒遊会だといわれているの。ただ、その存在は常闇のもので――七曜会が五芒遊会という組織の存在を知ったのは近年。私達の祖母であるゆりかが接触していたのが、五芒遊会関係者だと言われているわ」
「ただ、ゆりかおばあさまは積極的に五芒遊会の情報を七曜会に渡そうとはしなかったんだって。あくまでも知らない、関わっていないって言い張って。だから晩年――といっても40代後半か50代前半位だったんだけど――のおばあさまは七曜会ともあまりいい関係じゃなかったって聞いてるよ」
 緋穂が閉じた日傘をつんつんと床に突きつけながら呟いた。二人にとって祖母の記憶は薄い。その死があまりにも早すぎたからだ。それでも、霊体の祖母に出会ったことはあるというが、その出会いはやはり生身での思い出には変えられないということだろう。
『七曜会は突然発覚した五芒遊会という存在を脅威に思い、情報を知りたいということか』
「そういうことみたい」
 ミグのメールに緋穂が小さく頷いた。彼は座り込み、考えるようにしながらその張り紙を鼻でつつく。
『これはあくまでも、俺の仮説に過ぎないが、五芒遊会は過激な共産主義で固められた術師集団だと、俺はそう見ている』
「――」
『その経緯を考えれば、国家を揺るがす程のテロや殺人に加担していることも、安易に想像できる』
 携帯に送られてくるメールを、瑠璃と緋穂は静かに見つめていた。閉じられた窓の外から、蝉の鳴き声ががらんどうの室内に響く。
「今はどうかわからないけど‥‥元々は愛を否定し、互いに憎みあう事を信条としてきたって聞いてるわ」
 瑠璃がミグの考えに同意を示した。確かにその可能性を否定することは出来ない。
『七曜会や五芒遊会の幹部達は、少なくとも、過去にそうしたイデオロギー闘争を体験していたのだろう』
「過去――」
 日本が戦火に晒されていた時代、内争の多かった時代――そのような時代を経てなお存在し続ける二つの組織。その組織がミグの言うようなイデオロギー闘争を体験し、そしてその思想を後世に受け継がせている可能性はある。
『難しい話をしてすまなかったな』
 話の内容に戸惑うように言葉数を減らした双子を見て、ミグは携帯を閉じる。
 やっぱり中学生の二人にはまだ難しかっただろうか。
「大人の考えは良くわからないけれど、人を害するのは悪いことだし、戦争も良くないこと。それは、わかるよ」
「人の考えが様々なのは当然。どんな思想を持とうと自由。けれども私達は、この力を人を守るために使いたいの」
「グル‥‥(訳:それは‥‥)」
 緋穂と瑠璃は真っ直ぐな瞳でミグを見下ろしていた。彼が紡ぎかけた言葉を理解したかのように瑠璃は右手を前に出して。
「甘い考えだということは十分にわかっているわ」
 陰陽師はその仕事に呪殺――つまり術による殺人を含む場合もある。もしかしたら彼女達はそういった仕事をまだ任されたことがないのかもしれない。
「でもね、おばあさまが守りたかったもの、おばあさまの大事な友達がまもりたかったもの、それを私達は知って、守りたい。七曜会と五芒遊会を変えられるのなら、変えたい、と思ってるんだ」
 緋穂はしゃがんでミグと視線を合わせる。そしてにこ、といつもの無邪気な笑顔を浮かべた。
「グルル‥‥(訳:甘い考えだな。だが‥‥そういう考えの者がいるのも悪くはないだろう)」
 ミグはつ、とガラス張りの窓を見上げた。
 外からは陽が差し込んでいて、その光に包まれた二人が、まるで救いの手のように見えた。
(この二人ならば、何かやり遂げるかもしれないな‥‥)
 ミグは目を閉じ、心の中に満ちる期待感を噛み締めた。


                      ――Fin




●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・7274/ー・ミグ様/男性/5歳/元動物型霊鬼兵

●ライター通信

 いつもお世話になっております。
 いかがでしたでしょうか。
 少し難しい内容でしたが、上手く表現できているとよいのですが‥‥。

 五芒遊会については、そのうち調査や関わりのあるストーリーを提示できたらな、と考えているところです。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音