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<なつきたっ・サマードリームノベル>


【八伏神社と七星祭】

 その依頼者たちは、夕立後、夏の薄暮にまぎれて草間興信所へやって来た。
「先日はどうも、お世話になりました」
 一人は見た顔だが、あとの二人は記憶にない。『あの、どちら様でした?』などと、仕事柄……聞きにくい。
「このたび、八伏神社で七星祭(ひちせいさい)を復活させることになりまして、お礼と言ってはなんですが、皆さんをご招待したいのです」
「招待……ですか」
「夏祭りです! 宵待商店街の商店連合会も協力して、盛り上げるつもりです!」
 依頼人(?)は向かい合っている草間の顔へ、ずいっと迫った。あまりに真剣な表情で、思わず苦笑いしか出てこない。
 この男、“八伏神社の神主”だったか……?
 “宵待商店街”と言えば、歩いているだけでこっちが寂しくなりそうなレトロ通りだ。
「夜店や花火もあるんですね。金魚すくい……もう何年も見てないです」
 零はチラシに目を通して興味津々だ。
“八伏神社、宵待商店街主催、【七星祭】。夜店の他、神楽殿での御神楽披露。祭りの最後には花火があります。”
「ぜひ、皆さんでお越し下さい」
 神主の隣に座っている、ほっそりとした美人が微笑む。一瞬、彼女の黒い瞳が紫に見えた。
 宵の客が去ったテーブルの上、“宵待シトロン”と銘酒“島美人”の瓶がきちんと並べて置いてあり……。
『かき氷モ、あるゾ。来いヨ』最後までドアの隙間から覗いていた、おかっぱの少女を思い出すと、我知らず鳥肌が立つ。
「お兄さんの着流し何処でした? 風通しておかないと」
 珍しくも浮かれた雰囲気で、零は箪笥がある部屋へ入っていった。
「俺、行くって返事したか……?」
 草間はがしがし頭を掻き、煙草に火を点けようとしたが、湿気ってうまくいかなかった。


◆◆◆◆◆

 昼の熱風が去り、幾らか涼が戻ってきた宵待商店街を歩いていると、八伏神社からお囃子が聞こえてくる……。
「えっと、ここの鳥居で待ち合わせしようって言ってたよね……?」
 黒蝙蝠・スザクは行き交う人たちに混じりながら、石段の途中、朱い鳥居で立ち止まった。
 以前来た時よりも広く感じる林は、傾き始めた日を遮る木々が深緑の葉を擦り合わせて、すっかり夏の匂いとなっている。
「おまたせ! 着付けで手間取っちゃったわ!」
 浴衣の裾を上手くさばけず、それでも必死に石段を上がってくる歌川・百合子が見えた。
「スザクちゃん、ごめん、待った?」
 息が切れている百合子と脇の小道へ移動し、スザクは改めて挨拶をした。
「百合子さん、お久しぶりです! スザクも今来たところ」
「元気してたぁ? うわ〜! スザクちゃんの浴衣姿ステキっ!」
 スザクはいつもの日傘を片手、黒地に青紫の階調で咲いた紫陽花が印象的な浴衣を、はんなりと着て、赤い帯をきりっと締めている。
「百合子さん可愛い! その朝顔とっても涼しそうだよ。すごく似合ってます!」
 百合子は、白地に臈纈(ろうけつ)染めの朝顔が裾から蔓を伸ばす柄で、爽涼を感じさせる浴衣に梔子色の帯を合わせ、団扇(うちわ)をさしていた。
「……あ、百合子さん。浴衣の合わせが、“左前”になってるよ」
「えぇ!? 鏡でチェックしたのに〜? しかも、このまま電車乗ってきちゃったっ」
 一笑するスザクの隣で、百合子はあちこち点検しながら慌てふためいている。
「神主さんに、着直しできる場所あるか聞いてみよう?」
「そ、そうだね。気合い入れて来たのにな……」
 目の前では白い袴姿の人々が、組まれた櫓まで太鼓を上げている最中だった。
 その中から、薄紫の作務衣を着た者がこちらへ向かってやって来た。頭には“八伏神社・後援会”の手拭いが巻かれている。
“よく来たナ。二人ガ来るト聞いていたゾ”
「ミツカイさん!?」
「わわっ、今日は“お兄さんバージョン”なの?」
 白髪に赤い眼の青年は、無表情のまま片手を軽く挙げた。七つの尾は見えないよう仕舞われているようだ。
“ナンだ……百合子ハ、ホトケになるノか?”
「ほとけ……? な、なんないわよっ! 浴衣の合わせ逆に着ちゃっただけじゃない!」
“着直すナら、案内するゾ”
 青年の後ろから、白妙に赤い袴を履いたおかっぱ頭の童女がひょっこり顔を出す。
「えぇ?! ミツカイちゃん? アンタたちってば本当は二人なの? 兄妹?」
“違ウ。どちらモ【ミツカイ】だ。元は七匹の妖狐だかラナ。分裂できるのダ”
“ごちゃゴチャ言ってないデ早く来イ”
 呆けている百合子が、童女のミツカイに袖を引かれて行くのを、スザクは手を振って見送った。
「八伏様と神主さん、仲直りできたんだね」
 ミツカイはスザクを横目で見ながら、少し不満そうだった。
“ふん。ヤツは小心者過ぎテいかん。霊力も信仰心モ酒屋の息子と比べものニならぬワ”
「酒屋さん? その人が間に入ってくれたの?」
目の前では、地元の商店街と隣町の町内会がやって来て、神楽囃子の練習をしていた。炊き出しをするテントの横で、神主が数人と話している。
「先日は、お世話になりました」
 スザクに気が付くと、浴衣の女性とポロシャツの青年を連れて来る。
「ええと、こちら、お祭りの手伝いをしてくれる八神・心也(やがみ・しんや)くんです」
「初めまして……八神です」
 緊張した表情の青年は、紹介されると深く腰を折って一礼した。
“スザクよ、今宵はゆるりと楽しんでくれ”
 淡い紫陽花染めを着た、女性……?
「……八伏様ですか?」
 笑んでいる八伏の背後から、猛然と走ってくる者が……。後を追う童女のミツカイが苛々と叫んでいる。
“境内ヲ走るナ! 馬鹿者ガッ!”
 着直しを終えた百合子は、そのままの勢いで八伏に突進し、背中へ顔を食い込ませる。
「きゃあ〜っ、お久しぶりです! 八伏様〜! あ、実体がある! どんな仕掛け!?」
 もの凄い形相のミツカイ二人に引き剥がされても、百合子はのほほんとしていた。
「ケチんぼね。減るもんじゃあるまいし〜」
“オまえガ触れると、おろし金なみニ削れる”
 大騒ぎしている三人から離れ、八神青年は会釈をしてテントへ戻った。
「彼、八神酒造の次男で、今回の【七星祭】復活に力添えしてくれて……」
「あ……“酒屋さん”ですか?」
 神主は生返事をしながら言葉を繋ぐ。
「あそこの蔵は八伏神社の湧き水を使ってるから、代々神社へ深く関わっていてね……」
「ねえ! 神主さんって“雇われ神主”なの?」
 唐突な百合子の参戦で、その場の全員が一瞬呆気に取られたが、神主から『そうです』の返答があり、スザクはますます驚愕した。
“だカら、ミツカイは嫌ダと言ったンダ……”
“おやめ、ミツカイ”
 少々、気まずい空気が漂い始めた所へ、百合子が爆弾投下する。
「ふ〜ん。だったら、あの八神くんが神主すればいいじゃない。ミツカイちゃんから聞いたけど、スゴイ霊力持ってるんでしょう?」
「百合子さん。そ、それはどうかな?」
「え? 丸く収まると思ったんだけど?」
 お囃子の笛が、吹き損ねたのか間抜けな音を出している。神主は咳払いをしてから改めて会場案内を申し出た。青の闇、連なる提灯へ火が点され、夜店が開き始めている。
「よぉしっ! 今日はお手伝いしちゃいます!」
「あたしも〜! りんご飴売り手伝っちゃおう」
 懐から“たすき”を取り出したスザクは手早く浴衣の袖をまとめ、腕まくりした百合子とハイタッチで気合いを入れた。
◇◇◇◇◇
「りんご飴いかがですか〜? ミツカイちゃんが作ったりんご飴ですよ〜!」
“……いちイチ、ダレが作ったトカ、言わなクていいゾ”
 おかっぱ童女は眉間へ皺を寄せながら、りんごを割り箸で刺し、溶けた飴に潜らせている。
「来てるみんなが元気になれるかな、と思ったんだけど?」
“どこカラ、ソんな発想ガ出てくるのダ?”
 子供軍団から奇襲を受け、てんてこまいの百合子の隣、パイプ椅子へ腰掛けたミツカイがため息をついている。
「コイツ、髪真っ白で、目が真っ赤だぞ」
「うわ! こえ〜! 睨んできたっ」 
 子供らの声に、“グルルル……” と呻りを漏らすミツカイの頭を、百合子はクシャクシャ撫でて大声で言った。
「怖くなんてないわよ! 神サマなんだから!」
 軍団は『おねーさん、大丈夫?』と首を傾げ、りんご飴をかじりながら去っていった。
「なにアレ!? 本当のことなのに!!」
「ミツカイは子供じゃナいゾ、頭、触るナ」
 夜店の無数の灯り、楽しげに流れる多くの人々を見ていると、近代化された生活の日陰で放置されている場所があるなど、つい、忘れてしまいそうだ……。
 今も昔も、“お祭り”で集まる空気は同じではないだろうか。
「あ! お酒飲んでる! アレって御神酒? いいなぁ……」
 羨ましがる百合子を見て、隣でトウモロコシを焼いていた連合会の一人が、店番を買って出た。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ミツカイちゃんも行こうよ!」
 ニコニコしながら嫌がるミツカイを無理矢理連れて、ひしめく群れへ飛び込んで行った。

「ここにいたんだ、スザクちゃ〜ん!」
 某戦隊モノお面を斜めに被り、りんご飴とタコ焼きを持って現れたのは、言わずと知れた百合子だ。隣で童女のミツカイがむくれて綿菓子の袋を下げている。彼女はお清めで配られていた銘酒“島美人”を飲んで完全に酔っぱらっていた。
「スザクちゃん、タコ焼き半分食べる〜?」
「あ、あ……。百合子さん、歯に青のりが……」
「ホント? やだもう、きゃははは」
 その朗笑に被さって、スピーカーから時間を告げる神主の声が流れた。
「ほら、百合子さんってば! 御神楽が始まっちゃうよ!」
“先ニ行っていいゾ。ミツカイも後で行ク”
 店をミツカイ二人に任せ、スザクはふらつく百合子を引きずりながら神楽殿へ向かった。
◇◇◇◇◇
「七星祭】は、《七》という数字を封じる儀式が事の始まりとされています。西洋ではラッキーセブンと言いますが、本来《七》は《八》の欠けた数字、不完全を指し、それと同時に神道、星に祈る太一信仰《北斗七星》を表します。八伏神社で封じられているのは出雲狐九匹。《九》は不吉な一面を持つ数字です。八が九を制して七とする……凶兆を退けたと伝えられています」
 神主の話が続く中、聞き入るスザクと半分寝ぼけた百合子は、浴衣の袖を同時に引っ張られた。振り返ると童女のミツカイが手招きしている。
“おまえタチに手伝ってもラいたイ……”
「お手伝いって、御神楽の……?」
「なに? なんかトラブル?」
 人波を縫って神楽殿の裏側へ移動すると、扉の向こう、広い板の間で着物姿の八神・心也が正座していた。
 彼のすぐ傍にいる八伏が、二つの巻物を一巻ずつ差し出す。
“これは今から行う《神舞(かんぶ)》の前に詠む、大祓詞(おおはらえことば)だ。そなたら二人で歌ってもらいたいのだが……”
「歌なら得意! まかせてよ!」
 百合子は意気揚々と巻物を開き、しばし、固まっていたが、『大丈夫、大丈夫』と自分を励ました。
「……これ、歌詞が」
 巻物の内容を見たスザクが、何度か瞬いてからミツカイを見た。
“うむ、同時ニ違う大祓詞ヲ唱えル。八伏様は《二神一対》の神だかラナ。出来るカ?”
「やってみる!」
 十分ほど節回しを聞いてから、二人が交互に歌い始める。最初はなかなか上手くいかなかったが、制限時間内でなんとか合わせるのに成功した。

 はらいたまへきよめたまへし ふくかぜの
 やおよろずのかみがみのな ひよしのやますそに
 むらくもをふきはらうごとく
 ときはなちておしかぜのごとく

 共振した“歌(音)”は板の間に拡散して八伏へ力を与える。
“参るぞ。心也……”
「八伏様の御心のままに」
 八神・心也の両肩へ八伏の手が触れると神と神子は一つに融合した。そこに立つのは、太古の神霊として降りた【速秋津日命】(はやあきつのみこと)。
 白い頭(かしら)を飾る天冠の竜は、五色の組緒を握って、輝く面(おもて)を縁取り、白衣に薄紫の素襖(すおう)が優美な袖を覆っている。神気は神楽殿を満たして溢れ、待っている人々まで包んでいった。
“力を貸してくれた二人に、加護を……”
 両手に持つ、鈴が付いた笹が振られると、銀色の雨のごとく歌が降り注ぐ。
 白い神が長袴をたゆたせながら進む先、純白の襖が軽快な音で左右に開き、ミツカイの叩く太鼓が神楽殿の屋根を雷鳴と似せて轟いた。
 神楽囃子がさんざめく中、清き水に笹の葉がひたされ、眺むるすべての者たちへ慈雨をもたらす。
 夏越え大祓の舞は、清冽さと神威がちりばめられた壮麗なものだった。
「び、びっくりした〜! 本気の神様って顔が見えないんだ」
「この雫……、光ってるよ。ほら、みんなも」
 七星祭に来ている宵待商店街や隣町の人々が、あたかも蛍火のような淡き光りを放っていた。
◇◇◇◇◇
 親の背中で子供がまどろむ時間になると、裏の土手から花火が上がり始める。
「わぁ〜! 本殿のすぐ後ろで上がってるよぉ」
「綺麗……。とっても優しい色だね」
 夜店を回っていた百合子とスザクは、足を止めて夜空の花火を見上げる。
「あっ! あじさい色!」
 同時にそう叫ぶと、黒い空へ紫陽花が幾輪も咲き零れた。仰ぎ見る人たちの顔が、その間だけ明るく照らされる。
「あの、スザクさんと百合子さん、ですよね?」
 声の主は八伏と共に神舞を行った、八神酒造の心也だった。
「八伏様とミツカイ様は、もうお休みになられたので、俺が代わってご挨拶に来ました」
「もう寝ちゃったの? でも、二人とも頑張ってたもんね……」
「神々は早寝早起きなので……。今回は特別長い一日だったのですよ」
 心也の唇がほんのり綻ぶさまは、随分と儚い微笑に見えた。
「それに、祭りは終わってしまうと寂しいものです。お二人には楽しい思い出だけを、持って帰っていただきたいのでしょう」
 代理人が立ち去ると、屋台でつられた風鈴が一斉に鳴り始めた。硝子の表面へ鮮やかな花火が映っている。
「あたし、もう少しだけ見てたい……」
「スザクも。ちゃんと花火、覚えておきたいから」

 夏の盛りを告げる花が、永遠に開いている。そんな夜だった。


=了=



登┃場┃人┃物┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 7520 / 歌川・百合子 / 女性 / 29 / パートアルバイター(現在:某所で雑用係)】
【 7919 / 黒蝙蝠・スザク / 女性 / 16 / 無 職 】
☆NPC
【 NPC5248 / 八伏 / 両性 / 888 / 八伏神社の主神 】
【 NPC5249 / ミツカイ /両性 / 777 / 八伏の眷族 】
【 NPC5253 / 八神・心也 / 男性 / 20 / 大学生 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ライターの小鳩と申します。
 このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
 私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
 少しでも気に入っていただければ幸いです。

※※※※※

 歌川・百合子様へ。 大変お待たせいたしました!
 二度目のご縁を結び、ふたたびお目にかかれたこと、とても光栄です!

 さて、このたびの“夏祭り”はいかがでしたか?
 浴衣でのご参加、りんご飴、夜店のお手伝い、御神楽、花火など、
 歌川・百合子様がお祭りを満喫できるような内容となっていましたか?

 ◆追伸:夜店のシーンのみ、各PC様の視点・ストーリーとなっています。
 各自がどんな風にお手伝いをしているか、読み比べるのも一興かと……。

 ふたたびご縁が結ばれ、巡り会えましたらお声をかけてやってくださいませ。
 ありがとうございました!