コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<なつきたっ・サマードリームノベル>


 自然の中で夜を過ごすなら



「だから、よりによってなんでキャンプなの!」
 少女の怒声が響く。銀髪を肩の辺りで切りそろえた少女、斎瑠璃は目の前にある同じ顔に向かって怒鳴っていた。怒鳴られた当の本人はにこにことしたまま、ウェーブのかかった長い銀髪を揺らしている。
「夏の避暑地だったらいくらでも別荘があるでしょう? どうしてわざわざ山の中でそんな原始的生活を‥‥」
「だって瑠璃ちゃん、河原でバーベキューをしたり、お魚とったり花火したりできるんだってよ! テントの中で皆で眠るとか、楽しそう!」
「‥‥」
 恐らくこの双子の妹は、それがどういう生活かわかっていないのだ。瑠璃は妹、斎緋穂より一般常識はあるが、彼女とて実際にキャンプを体験したことはない。外で眠った事などないお嬢様なのだ。駅の改札機にクレジットカードを通そうとする位の緋穂が、キャンプの実態など理解しているはずはない。
「でも行きたいんだもん〜楽しそう!」
 汗でべたべたになって、虫に刺されてなどというネガティブハプニングは想像してもいないのだろう、緋穂の無邪気な声が部屋に響いた。



 今回一同が訪れる事になったのは、川辺のキャンプ場。しかも設備はかなり整っている施設だ。
 有料だがテントや寝袋、バーベキューセットや鍋などキャンプで必要な道具を借り受ける事が出来るほか、地元で取れた野菜やお米、肉などを管理施設で販売していて、手ぶらでキャンプに来れるというのがウリらしい。
 極めつけは管理施設に設けられた大浴場。集団入浴ではあるがお風呂に入れる、シャワーが浴びられるという事で女性や子供に喜ばれているとか。
「リュー、お魚取ってくる〜!」
「リュー、転ばないように気をつけろよ」
 リュウ・リミテッドがいの一番に河原の砂利の上をビーチサンダルで駆け抜けていく。クロス・リミテッドはそんな弟の姿を目を細めて眺めながら、バーベキューセットを設置している。
「グルル‥‥(訳:俺も行くか)」
 ー・ミグは日差しに目を細めながらも、リュウに負けじと川に向かって走る。
「私も、私も川で遊びたい!」
「お嬢様方、きちんと日焼けと虫対策をしてからにいたしましょう」
 今にも走り出しそうな斎緋穂を止めて、エリヴィア・クリュチコワは持ち込んだバックの中から虫除けスプレーと日焼け止めのローションを取り出した。
「助かるわ。焼けたら赤くなっちゃうもの」
 すでに折りたたみ椅子に腰をかけている斎瑠璃は、帽子を目深にかぶったまま小さくため息をついて日焼け止めを受け取った。双子の白い肌は、焼けると黒くなるというより赤くなる。
「俺も焼けたら大変だしな♪ 痒いのも嫌だし」
 クロスも思い出したように日焼け止めを取り出し、その腕や首筋に塗っていく。その間にエリヴィアは屋外設置用の虫除け剤を設置していく。
「もういい? もういい?」
 日焼け止めを塗って虫除けスプレーを散布した緋穂は、すでに川に入っているリュウとミグをちらちらと見ながら今か今かと許可を待っている。エリヴィアは虫除け剤設置の手を止めて、緋穂の後ろへと歩み寄った。
「髪は結んでおかれたほうがよろしいかと思います」
 ポケットから取り出したブラシで緋穂のプラチナブロンドの波打つ髪を梳き、そして手早くゴムで一つに纏める。そして淡いピンクのシュシュをつけた。
「これでよろしいかと思います。いってらっしゃいませ」
「うん、行ってくる!」
 白いつばの帽子をかぶり、ワンピースの裾をなびかせながら緋穂は川へと走っていく。
「元気ねぇ‥‥」
 瑠璃は椅子の上からぼそり、呟いた。
「瑠璃さんは遊ばないの?」
 まな板の上に出刃包丁や菜切り包丁を並べるリュウに問われ、瑠璃は「濡れるのが嫌なの」と答えた。
(きっと焼けるのも汚れるのも嫌なんだろうね)
 そう思ったが口には出さないリュウ。ならなんで彼女はこんな所に来たんだろう、そう考えてふと気づく。
 きっと彼女は自分と同じなのだろう。兄弟と楽しみたいから――そうではないだろうか。
「素直じゃないね♪」
 人参片手にそう呟き、リュウはその素直じゃない女の子の傍で、持ってきた食材の確認をはじめた。




 さらさらと流れる水の音が耳に心地いい。
 そんな川の中、ジャバジャバと水音を立てているのは二人と一匹。
 リュウは折角つり道具を持ち込んだというのにそれを使わず、川の中に岩で作ったトラップで魚を捕まえている。ミグは川に潜り、魚を口に咥えては川辺に放る。ぴちぴちと跳ねる魚を、川辺の緋穂が面白そうに見ていた。
「凄い凄い〜。おお、生きてる生きてる〜!」
 手を叩いて感嘆の声を漏らしているが、一向に足元で跳ねる魚を拾おうとはしない緋穂。
「グル‥‥(訳:おい、早く魚を魚籠に入れろ)」
 ぶるるんっと身体を震わせて水気を払ったミグが唸ったが、緋穂には伝わらないようだ。いや――
「緋穂お姉ちゃん、もしかしてお魚掴むの怖いの?」
 自身がトラップで捕まえた数匹の魚を魚籠に入れながらリュウが問うと、彼女は「掴んだ事ないからわからない」と告げて。
「仕方ないなーリューがやってあげる」
 リュウはひょいっとミグの取ってきた山女を掴み、魚籠へと入れた。
「リュウ君凄いね!」
「これくらい、簡単だよ!」
 褒められて胸を張ったリュウは、川の中に居るミグへと手を振る。
「もっと沢山捕まえてきてもいいよ〜! リューがきちんと魚籠に入れるからねー!」
 それを聞いてミグは、再び川の奥へと向かう――犬かきで。
「緋穂お姉ちゃんも川に入ろう? 浅いところなら大丈夫でしょ?」
「うん、気持ちよさそう!」
 リュウに手を取られ、緋穂はサンダルを脱ぎ、そおっと川の水へと足を踏み入れる。
「ぬるっとするかと思ったら、そうでもないね」
「でも油断していると転ぶからね、注意してね!」
 これでは、どっちが年上なのか解らない。



 時間的にはやや夕方になってしまったが、遅いお昼と早い夕食をかねてバーベキューが行われた。
 クロスやエリヴィアが下ごしらえした野菜や肉、そして魚介類。リュウとミグが取ってきた山女や岩魚などはそのまま塩焼きにして。
「わたくしが焼きますから、皆様方はお召し上がりください」
 エリヴィアが網の傍で菜ばしやトングを片手に、次々と焼き上げていく。まずは火の通りにくい野菜から。
「リュー、随分沢山取ってきたな」
「うん。ミグさんと一緒にね!」
 仲良く隣同士に座ったクロスとリュウは、焚き火で塩焼きにした魚を、串に刺したままかぶりついて。
「はふ、あふいあふい」
「やけどするなよ?」
 兄弟のやり取りをほほえましく眺めたミグは、目の前に置かれたアルミ皿に気づき、鼻を寄せた。乗せられていたのは焼きたての肉と魚。魚は川で採った物だが肉は斎家で購入したものらしく、普通のバーベキューで使用されるものよりは遙かに高級なものである事が匂いからもわかった。
「焼けたって! 熱いから気をつけてね!」
 水の入った皿と料理の入った皿を置いたのは緋穂だった。焼くのに忙しいエリヴィアに代わって運んできてくれたのだろう。ミグはすっかり毛の乾いた手で、器用に携帯メールを入力する。
『川で魚を獲ってる時、釣り人の幽霊に出逢った。とにかく川には気をつけろ、だそうだ』
「うーん、川って事故が多いっていうもんね。何も起こらないといいよねぇ」
 緋穂が見つめた先には、燦燦と照りつける太陽の下で遊ぶ人々が居て。つられてそちらを見たミグも、この平和が悲劇で打ち破られなければいい、と心の中で願った。


「瑠璃お嬢様、お魚になさいますか? それともお肉とお野菜に? お魚は獲りたて新鮮ですし、お肉も高級なものです。野菜は今朝獲りたてのものを購入しました。どれもお口に合わないという事はないと思いますが」
「‥‥魚。でもああいう原始的な食べ方はできないわ」
 エリヴィアの言葉に、瑠璃は楽しそうに魚にかぶりついているリュウとクロスを見やって。さすがにそれは予想の範疇だったのだろう、エリヴィアは皿に載せた魚に箸を沿えて瑠璃に差し出した。
「これならいかがでしょうか」
「そうね‥‥ありがとう」
 焼けた皮を除けて、瑠璃が魚の白い身をほぐす。そして箸でつまんで口の中に入れる。すると――それまで日差しや暑さで不機嫌だった瑠璃の表情が、少し和らいだ。
「‥‥美味しいわね」
「新鮮な魚ですから。それに、こういう場所で皆でする食事というものは、最高のスパイスとなります」
 柔らかく言いながら、エリヴィアは皿に盛った肉や野菜を次々と簡易テーブルに広げていく。
「皆様、こちらに焼けた食材を用意しておりますので、どんどんお召し上がりくださいね」
 小さなテーブルの上はすぐにいっぱいになり、どの皿からもよい香りが漂っている。再びバーベキューセットの方へ戻ろうとした彼女の服の裾を、小さな手が引いた。
「エリヴィアお姉ちゃんも一緒に食べようよ」
 リュウの呼びかけに、エリヴィアは一瞬考えて。
「皆で食べたほうが美味しい、よね?」
 クロスが悪戯っぽく、先ほどの彼女の言葉を繰り返した。
「キャンプは皆で楽しむものなんだよ♪」
 リュウは二匹目の魚を手にとって、無邪気に言う。
 エリヴィアは迷うように瑠璃と緋穂に視線を向けて。許可を求めるような視線を受けて、瑠璃が口を開いた。
「私達は一から十まで世話をしてもらわなければならない子供ではないし、構わないわよ?」
「そうだよ、皆で食べよう!」
 緋穂にも微笑まれてエリヴィアは「お嬢様方がそうおっしゃるなら」と、ゆっくり皿に手を伸ばした。



 色とりどりの火花が散り、夜の闇に花が咲く。
「花火花火〜!」
 吹き出す手持ち花火を振るリュウを、クロスは皿の後片付けを手伝いながら見守っている。
「ちょっと緋穂、こっち向けないで頂戴」
「瑠璃ちゃんもやろうよー」
 緋穂は両手に花火を持って嬉しそうに瑠璃に近づくが、瑠璃は煙が嫌だといって風上で虫除けスプレーを使っている。
「まだ沢山ありますから、瑠璃お嬢様もいかがですか?」
「そんな、子供っぽいこと‥‥」
「私も一緒に遊ぼうかな」
 エリヴィアに花火を差し出され、そして片づけを終えたクロスがこれ見よがしにと花火を手に取る。
「お兄ちゃん、こっちで一緒にやろうー!」
 クロスの姿を見つけて、リュウが手を振った。クロスは何本かの花火を手に、弟の下へ駆け寄る。
「‥‥仕方ないわね」
 瑠璃が小さくため息をついて、エリヴィアの手から花火をとった。恐らく年長者に恥をかかせないためとかなんとかで自分を納得させたに違いない。
「瑠璃ちゃん、早くー!」
 緋穂が川面に花火を向けて、水面に花を咲かせる。小声でぶつぶつ言いながらも瑠璃の頬が緩んでいる事に気づいて、エリヴィアとミグは顔を見合わせて微笑んだ。



 虫の鳴く声が聞こえる。
 思いっきり遊んだ弟は、テントに入るとぱたりと眠りに落ちてしまった。
 クロスはそんな弟を抱き上げてテントの奥に運び、風邪をひかないようにとタオルケットをかけてやる。
 楽ししそうだった弟の顔。それを形作るのに自分が一役買っているのであれば、仕事をサボってでも来てよかった――そう思う。
「うぅ〜ん」
「リュー、風邪引くぞ」
 寝返りを打った拍子に、弟のお腹が出ているのに気づき、くすりと笑みを浮かべながらクロスはタオルケットをかけなおす。そして、隣に横になった。
 まだ遠くのテントや河原から声が聞こえるが、虫の声の方が大きく、あまり気にならなかった。人に囲まれて仕事をしているときは、虫の声なんてまったく耳に入ってこないのに、不思議なものだ。
 夜はまだまだ始まったばかりだ。それなのに、瞼が自然下りてくる。
 仕事とはまた違った疲れが、クロスの身体を足の先から覆い尽くしていく。
「リュー‥‥おやすみ」
 そのちいさな手を握って、クロスは心地良い睡魔に身をゆだねた。


 翌朝、携帯電話のメールボックスに沢山のメールが溜まっていたのは、また別の話――。


                      ――Fin



●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・7274/ー・ミグ様/男性/5歳/元動物型霊鬼兵
・7658/エリヴィア・クリュチコワ様/女性/27歳/メイド
・8065/リュウ・リミテッド様/男性/10歳/学生・魔術師
・8090/クロス・リミテッド様/男性/18歳/『Alice』の社長・魔術師


●ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 私自身、皆さんとキャンプに行った気分で楽しく書かせていただきました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音