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ラドゥの筆◆幻想記録―Heavenly thunder―
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これは、そう――もしもの話。
小説家ラドゥの妄想の産物。
想像上の物語――
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prelude
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人類は地球を滅亡に導くのか。
そう遠くない未来、確実に地球は人の住めない惑星となるだろう。
それは、少なくとも――環境問題に対する意識改善が取り正される昨今ではさして珍しくも無い見解であった。
けれど、恐らくどこかで楽観視しても居た。その未来の訪れは、けして自分の存命中では無い、と。
警告、という意味合いを持って発表される映画や小説、ドラマが流行し、誰もが身近な環境を見直してみても。
人類が抱いていた危機感は、どこか余所事ではなかっただろうか。
だから、なのだろうか。
これもまた物語の中でしか語られないような、形骸化したと言って良いだろう存在によって――世界の崩壊は、突然訪れた。
雲の彼方、天の高みより轟音と共に落ちた雷の群。空を切り裂く金色の光は、数多を瞬時に焼き消した。
崩落するビル、罅割れる大地、目に映る全てが成す術も無く瓦解する。数多の命が、嘆く間も無く奪われた。
三日三晩を超えて、後に【Heavenly thunder(天の雷)】と呼ばれる災厄が終息した時――世界はまさに地獄の様相を見せていた。
けれど、災厄はまだ終わらない。
それは地球再生へのプレリュード。
全知全能の神の鉄槌だった。旧約聖書の創世記、その大洪水を思い浮かべると良いだろう。
ただし、ノアの箱舟は存在しない。
三日間の地獄から生き延びた者達には、更なる過酷な運命が待っていた。
瓦解した世界の中、彼らは天使による人間狩りによって命の灯を吹き消されていくのである。Heavenly thunderと共に天上から舞い降りてくる、美しくも残酷な有翼の天使――大地に這い蹲る無翼の人類は、滅亡以外のフィナーレを迎えられるのだろうか。
人類は、何時まで生き延びられるのだろうか――。
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1st - healing hand
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かつては栄えた都市だったのであろう。昔の面影は無いが、残骸を見れば自然とその規模は知れる。崩れ落ちたビル、粉々に粉砕されたアスファルト。大きく走った大地の亀裂に、飲み込まれた車の群れ。線路を走っていた筈の列車が、何故か生えるようにして川の中に突き立っていた。その川はオイルと泥、それから血に塗れた黒々とした色を纏っている。
その惨事の中でも生き延びた少数は、示し合わせたように一つのカフェへと集まっていた。崩落したビルの一階部分、二階部分から折れたようで、半分は瓦礫に埋まっていたが、もう半分は機能していた。最も天井が無いので、空からは丸見えではあるのだが。
そこに身を寄せるのは、十数人。いずれも戸惑いと脅えの色を瞳に浮かべていたが、死の気配は希薄だった。薄汚れた身形をしているが、大きな怪我を負っている様子も無い。
それもその筈彼らは、【癒しの手】とあだなした少年によって、傷を癒されていたのだ。
神の御使い、と呼ぶのはこの世界にあって愚かな事だが、それでも少年を例える言葉は他に知れない。
まさに、地獄の中に存在する救いの光。
少年は彼らの外傷を見る間に癒しただけで無く、生きる糧までをも与えてくれた。
毒々しい色の川の水を汲んできてそれを清廉なる水に浄化し、傷付いた家畜を再生させた。
その少年は、今、都市の外れに蹲る。
少年の足元には乾いた大地の上に辛うじて生えるしなだれた花。あとはただ風化されるのを待つような、それ。
けれど力無い茎が首をもたげた瞬間、褪せた花弁が鮮やかに色づいた。しなびて丸まった花弁が美しい曲線を帯びて天を仰ぐと、合わせた様に土の上に命が芽吹いていく。生気の乏しい乾いた大地が水気を含んで色づき、やがてその上に緑の絨毯が広がっていった。
少年は、それを見て立ち上がる。
ふと背後から名前を呼ばれて、少年は振り返った。
首の根元で結わえた美しい金髪が背中で跳ねた。
「蓮生、すごいねぇ!」
駆け寄ってきた興奮した様子の少女に、少年は黒真珠のような瞳を瞬かせる。
「お花、元気になった!!」
頬を泥で汚した少女は、今の少年の御業を見ていたのだろう。にぱっと微笑みながら花を見下ろして、ぱちぱちと手を叩いた。
すると今度は、また別の方向から男の子が走ってくる。
「蓮生!!」
泣きそうに震える声。
男の子の両腕の中には薄汚れた小さな犬。その右足がありえない方向に曲がっていた。
同じようにして男の子に目をやっていた少女が、小さく悲鳴を上げて蓮生の足に縋り付いた。それを頭を撫でて宥めると、男の子に向き直って指で子犬を下に置くように促した。
ひどく痩せこけた子犬は不規則でか細い息を吐きながら、舌を突き出して悶えている。
「この子、死んじゃう?」
背中にしがみついたままの少女の言葉に蓮生は首を横に振る。
「助かる?」
心配そうに脇に座り込んだ男の子の言葉には、頷いてやる。
そうして瞬きをした次の瞬間には。
子犬は跳ね起きるように立ち上がった後、ワンと一声鳴いて見せた。
「わぁ!!」
「蓮生、ありがとう!!」
くるくると表情を変える二人の幼子に、あまり年の変わらない筈の蓮生は大人びた笑みを見せるのみ。
走り回る二人と一匹を軽く眺めた後、その細い体躯は身を翻した。
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冷泉院・蓮生――神の如き癒しの力を持った少年。
それ以外の事は街の住人は知らなかった。
【Heavenly thunder】によって街が破壊された後、生き残った彼らは怪我を負い食べる物もなく、不安と恐怖に飲み込まれ、死を間近にした存在だった。
けれど何処からともなくふらりと現われた蓮生によって、その生を繋ぎとめたのだ。
ただその時にはもう、蓮生は言葉を失っていた。
どんなに年頃にそわぬ大人びた空気を纏っていても、尊大な態度で一風を隔してみても、蓮生とて突然起きた災厄を受け止めきれたわけでは無い。
その能力の示すまま、至純な性を持つ。
奪われた幾千幾万の命を思うと、胸が引き裂かれるような悲しみに見舞われた。そうしてその嘆きが、蓮生から言葉を奪ったのだ。
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蓮生は己の白い手が汚れるのも厭わず、瓦礫の山を登っていた。
元は大きな通りだったそこは脇に聳えていたビルが倒れた時に、折り重なったコンクリートによって先を遮断する壁になっていた。
慎重に、足場を確認しながら天辺まで行き着く。
そこからは街が一望できた。
街の住人が避難しているカフェの、ひしゃげた看板も見える。
今しがた自分が再生して来た小さな緑の一角も。
灰色のにごった空の下の、同じ色の崩壊した街も。
その先の荒涼とした大地も。
蓮生はその様を目に焼き付けるように見据えていた。
せめて少しでも、亡くなった命が安らかであればいい。
そんな思いを込めて、蓮生の手が祈りの形を取る。
――どれだけ、そうしていただろう。
生温かい風が肌を撫でたのを合図に、閉じていた瞼がゆっくりと開く。
ふ、と俯いていた顔が微かに強張った。
遠くの空を見上げる瞳が、小さく揺れる。
――轟音。
灰色の雲から唸りと共に稲妻が落ちた。
びり、と振動が蓮生の身体を伝う。
雷は二度。
その方角で、何やら不穏な音が響く。
銃撃、そして破壊音。空が幾度と無く、その衝撃を受けて瞬く。
蓮生は揺れる大地を物ともせず瓦礫の上から飛び降りると、走り出した。
向かう先は街の避難所となったカフェだ。
今の衝撃でカフェが倒壊しようものなら残った住人が危ない。そんな思いで必死に走る。
辿り着いた時、男が蓮生に気付いたのか転がり出るようにカフェから飛び出て来た。それに続いて住人全てが姿を現す。
どうやら全員無事なようだ。
「蓮生、無事か!!」
「良かったよ〜」
男がほっと一息つき、先程の少女がまた蓮生の足に抱きついた。
頷きながら男に答えて、蓮生は再度、明滅する彼方の空を見た。
距離は近くはない。しかし、遠くも無い。
この場に居てもやり過ごせるかもしれないが、しかし何もせず隠れて時が経つのを待つ、というのも、不安には違いなかった。
天使が、恐らくは何処かの街の生き残りを狩っている。
戦闘音に銃撃音が混ざっているのは、抵抗でもしているのだろう。武器があるのは幸いなのか、どうなのか。それで、どうにかなる相手なのか。
実際に天使にお目にかかった事のない蓮生には、その当りの事は分からなかった。
ただ、街の外からやって来た住人達が、蓮生に何らかの期待をしているのは明らかだ。蓮生を見つめる視線には、様々な色が見て取れる。【癒しの手】と呼んで崇拝する蓮生に、更なる奇跡を見せて欲しいとでも言うように――それは、不安を凌ぐ為の逃避のようなものだ。
しかし蓮生には――例え相手が自身の命さえ奪いかねない、まごう事無い敵対者でも、相手を攻撃するのは苦難だった。その行為自体が、苦手なのである。
冷静な瞳で彼らを見回す。
それでも、答えは出ない。
逃げてその後どうするのか。隠れて、天使がやって来ないことを祈るのか。それとも、自ら戦闘の中に投じていくのか?
「おい、ジープだ!」
そんな逡巡の最中、瓦礫に乗り上げながらも器用に一台のジープが近付いて来た。タイヤ付近に重厚な装甲のある奇妙ななりのジープ、そしてその後からトラクターがやってくる。
「皆さん、乗って下さい!」
ジープの助手席から飛び降りながら、女性が言った。
「安全な避難所までご案内します!」
ジープの後、トラクターからも銃器を背負った年若い少年少女が降りてきた。いずれも同じ制服を着ているが、軍隊のそれというより学生のそれだった。
「現在、私達の仲間が【Heavenly thunder】と共に降りてきた天使と戦闘中です。東の空をご覧になりましたか?」
代表して蓮生が頷くと、恐らく集団の代表らしいジープの女性が続けた。
「この街も天使の襲撃予定地になっています。詳しくは後ほどご説明致しますので、お早く!」
丁寧に、だが早口でそう言って、女はトラクターの荷台へ蓮生達を促した。
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前後を装甲車に挟まれた二台のトラクターは、街の住人と学生達以外に、他の街から乗せてきたという人々が居た。傷を負っている者の治療を請け負い、荷台に揺られていると、治療が終わったのを見て取った先程の女性が、水を片手に近付いて来た。
「ありがとうございました、これを」
喉の渇きを覚えて、蓮生は頷きながらコップを受け取る。
二人並んで、遠くの空を見つめた。
街からは随分離れた為、もう戦闘の音も聞こえない。
更地と化した大地を踏み締めながら、最後尾の装甲車のキャタピラだけがうるさく鳴っていた。
女性達はかつての神聖都学園の生徒、今は自警団のような集団らしい。生き延びた人間を安全な地帯――あやかし荘、という怪現象で守られた避難地へ連れて行くのが彼女の仕事のようだ。
天使の襲撃予定地というのは、詳しくは教えてもらえなかったが、天使の人間狩りのルートを特定したもの、という事だ。
水を飲み干して女性にコップを返すと、彼女の合図を待ってトラクターが停車した。
蓮生は軽やかに、トラクターから飛び降りる。
荷台に残った女性が、躊躇いがちに視線を向けてきたが、蓮生は頭を振って一歩後退した。
女性は会釈して、トラクターが再び動き出す。
やがて四台のそれが見えなくなった後、蓮生の足は別の方向へと向かって歩き出した。
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――Heavenly thunder――
その天の雷によって、多くの命がたった三日のうちに消えていった。その後も、天使の追撃によって生き残った者達が駆逐されていっているのだという。
自分もまた、何時その強靭に斃れるとも知れない。
それでも蓮生は、少しでも。
数多の天使の中、癒しの力を持つ自分一人が奔走した所で、微々たる事かもしれない。
それでも。
蓮生は、世界を再生しようと、今日も行くのだ。
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ゼロ
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赤い髪の大阪弁が、涙を拭うような所作を見せながら言う。
「何や感心な坊ちゃんやなぁ。自分、ほんま感動したわ……」
奇妙な仮面を被った男の冷静な声が続く。
「……誰かさんにも見習って欲しいものだ」
「……せやねぇ……」
二人の視線の先には、姿身に全身を映してポージングしている、見た目だけはすこぶる美麗な青年が一人――。
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◆登場人物◆
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【整理番号/PC名/性別/年齢】
【3626/冷泉院・蓮生[れいぜいいん・れんしょう]/男性/13歳】
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◆ライター通信◆
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こんにちわ、こんばんわ。ご依頼有難うございました!!
【Heavenly thunder】初の参加者様に、胸躍る思いで一杯です。本当に有難うございます。
蓮生さんの癒しの能力で、世界を再生していく――何だか本当に、世界にとっての希望という感じです。住人達が蓮生さんを崇拝している感じが、少しでも伝わればいいです。
お楽しみいただけることを祈って。
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