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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


勝手にインプリンティング!


 夏まっさかりというのに、武彦は自分に似合わないロングコートを不器用に着こなして興信所に帰ってきた。彼はしっかり扉の戸締りをし、ひとまずほっと一息つく。そして出迎えた零には動くかどうかもわからないクーラーを動かすように指示した。妹はそれに従うも、行きとは違う兄の姿に疑問を持つ。たしか今日はなんとか牧場の野良仕事に行ったはずなのに……そんなことを思い出しつつ武彦に目をやると、問題のロングコートが不自然にもこもこ動いているではないか。それを不思議そうに眺めていると、コートの隙間から奇妙な動物が顔を覗かせた!

 『きき! きーきー♪ きーきー♪』
 「あら。兄さん、拾ってきたんですか?」
 「こんな珍妙な動物、誰が拾うか! ちょっとな、妖繁牧場の仕事でミスったんだ。それでしばらく預かることになった。」

 大変な仕事をしてきたというのに、また仕事をもらってくるとはまったくもって景気のいい話だ。零は唇に指をあてて首を傾げる。何をしたらこんなことになるのか……武彦はしぶしぶ事情を話す。

 今回の依頼は妖繁牧場での雑務だった。この牧場、日本各地で現れたよくわからない動物などの鑑定を行う特殊機関で、おおっぴらに求人を出していない。というか、出せないのだ。ここに運ばれてくる動物の中には伝説上の生き物や未知なるエイリアンがいるため、大手の密猟組織などに知られては困る。だから草間興信所のような便利屋を使って、作業員のアルバイトを探させているというわけだ。
 ただ、この時期は草間興信所としても人が集まらなくて困る頃である。夏休みになればサマーレジャーが目白押しで、生徒や学生たちは「海水浴だ!キャンプだ!」と遊びに行ってしまう。この流れはお盆を過ぎれば落ち着くのだが、相手はそんな都合などお構いなしに依頼を出してくる。それで今回は所長自らが出向く羽目になったのだ。

 仕事そのものは実にシンプルで楽だった。牧場の動物たちに餌を与えたり、流水プールのお風呂に入れたりする雑用だけ。それに見た目はほとんど普通の動物だから、よほどの動物嫌いでない限りは誰にでもできる仕事である。
 そんな武彦は、牧場側の好意で『変わった動物の誕生』を見学して帰ることになった。写真で見た限り、どこかのおもちゃメーカーがぬいぐるみで出してそうな風貌である。体はまるでおたまじゃくしを大きくしたかのような感じで、くるくる目玉にちょこっと出た両手両脚がとても愛らしい。背中には水玉模様がくっきりと出ており、確かに珍しいといえば珍しい生き物だ。基本的に草食らしいが、不思議なことにかりんとうが大好物らしい。さすがの武彦も少し笑いながら、「おかしな動物ですね」と研究員に感想を漏らした。この動物には名前がなく、現在は『クルーリー』と仮称されている。
 この動物の誕生の瞬間に立ち会うにあたって、武彦は研究員からある注意を受けた。それは『クルーリーが卵から生まれて、担当の飼育員が行くまでは絶対に音を発しない』というものである。ガラスの向こうにクルーリーの卵があるのだが、彼らは音に敏感ですぐにそっちをむいてしまうらしい。武彦もバカじゃない。「わかったよ」と頷くと、少し遠い場所から見学することにした。

 そして研究員は万全の注意を払いながら作業に取りかかる。一定の温度に設定された温風を檻に流し込むと、いよいよクルーリーが卵を破ってその姿を現した。今回生まれたのは、赤と青、そして黄色。研究員はひとつ頷くと、飼育員に近づくよう指示を与えた。ところがその刹那、武彦が不用意にもくしゃみをしてしまう!

 「へ、へ、へっくしょん!」
 『き、きき! きーーーきーーー♪』

 研究員から飼育員に至るまで、武彦に湿った視線を送る。やりやがった、この男。こうして3匹のクルーリーの親になっちゃった武彦は、牧場側から「明日1日だけ面倒を見てくれ」と依頼される。明日の夜までには、安全にクルーリーを引き取る準備ができるだろうというのだ。それまではご自宅で面倒を見てほしいと言われ、牧場を叩き出されたのである。

 「それは兄さんが悪いのでは……」
 「わかってるよ、そんなことくらい! だが、3匹は計算外だ。このままじゃ寝れそうにもない……零、誰か探してくれ。さすがにひとりじゃ面倒を見切れない!」

 武彦は自分にべったりくっついているクルーリーをあやしながらそう言った。


 誰に連絡してもバカンスだ、休暇だと連絡のつかない連中ばかり。だからこそ所長自ら雑用をこなしていたわけで、今さら応援を期待する方が間違いというものだ。零の電話連絡も不発に終わっても、くじけている暇はない。とにかく3匹のクルーリーが休みなく甘えてくるので、農場から持たされたかりんとうをうまく使って零に一匹だけ面倒を見てもらおうと策を講ずる。飼育員の話どおり、かりんとうがあれば彼らを操ることは容易だ。黄色のクルーリーは零に懐き、また彼女も笑顔でそれに応じる。そうやってしばらく遊んでいるうちに、クルーリーはもそもそと動き出し、なぜか零の頭の上で落ち着いた。なんだか珍妙な帽子のようにも見える。零は最初こそ動いても大丈夫かと心配したが、ちっとやそっとでは落ちてこないことがわかると、そのまま日課の家事を始めた。

 「人懐っこいんですね。」
 「しかし2匹はしんどいな。立ち上がれもしない……」

 武彦が悲鳴にも似た声を上げると、興信所の扉が開く。いつもの黒服に身を包んだ冥月が応援に……やってきたと信じたかったが、入ってくると同時に盛大に嫌味なため息をつく。所長は悟った。これは人の不幸を弄びに来ただけだと。

 「なんだそれは。ウーパールーパーの変種か?」
 「ウーパールーパーは肉食らしいが、こちらさんは草食だ。あやしてて食われる心配はないとよ。よーしよしよし。」
 「零から聞いたぞ。自分のミスを妹に押しつけて情けない。なぜ興信所に戻ってきた。その牧場でひとり寂しく戯れてればよかったんだ。いや、いっそそこに就職して帰って来ずに送金だけしてろ。」

 始まった……この展開は読めていたが、自分のミスでこうなったのが痛い。言い返せないから、聞き続けるしかない。相手もそれを知っているので、もう言いたい放題だ。

 「そういえば……たしかクルーリーはかなりの珍獣らしいな。賞金をかけてる好事家も多い。情報だけで一千万、捕獲なら最低でも億単位の金が動く。それにかなりの美味らしい。特に刺身がいいとか……どうする?」
 「だからしかるべき機関で保護されてるわけだろ。零にもなついてるんだから、あんまりなこと言うな。そこまで食うのに困ってない。」
 「自分のミスが儲け話になるというのに、変なところでマジメなんだな。」

 武彦をひとしきりいじめたところで、冥月はいつものようにどっかりとソファーに座り込む。そしてどこに隠していたのか、上等な箱をテーブルの上に置いた。お中元でももらったのだろうか。

 「それはうちへの土産か?」
 「お、お前じゃない。まぁ、なんだ。れ、零、お茶をくれ。」
 「はい。じゃあこれも開けましょう……あら、これはかりんとう?」

 あれだけ悪態をついておきながら、冥月が持っていたのはかりんとう。しかも最高級の小麦と黒蜜で作られた絶品である。その他にもゴマやあずき、シナモン味まで勢揃い。クルーリーはそれを見ただけで喜びの声を上げる。

 『きーーーーー! きーきー♪』
 「ま、こんなに有名な珍獣だからな。好物もすぐにわかるというものだ。これだけの品を与えるのは、もったいないといえばもったいないのだが……」

 クルーリーにもある程度の知能が備わっているらしく、大好物を持ってきてくれた人間にはすぐになつく。冥月は武彦から赤いクルーリーを預かると、さっそくかりんとうを与える。この珍獣はおいしいものだけは丸呑みせず、鉛筆削りのようにカリカリとゆっくりかじっていく。味が口の中に染み渡るたびにうれしそうにもぞもぞ動き、喉の奥から『きーきー』と細くて高い声を響かせた。短い手をばたつかせる姿は、まるで人間の赤ちゃんのようでもある。

 「はい、冥月さん。お茶です。冥月さんは召し上がらないんですかぁ?」
 「ま、まぁ、こんなに楽しそうに食べてるのを取り上げるようなことをするのも……気が引けるというかな。れ、零も一袋持っていけ。面倒が見やすくなるぞ。」
 「素直じゃないね、まったく。楽しいなら楽しそうな顔をすりゃいいのに。冥月さんはいつもそうだからな……んげっ!」

 今度はお返しとばかりに武彦が悪態をつくも、すぐさま冥月のツッコミのような左ストレートが頬に飛んできた。武彦が痛がっていると、青のクルーリーも真似して小さな手をグーにしてぺしぺしと叩く。
 今さら説明する必要もないが、冥月はすでにクルーリーの仕草に魅了されていた。あそこまでの情報を知っているのだから、人懐っこいことも承知の上である。さっきは嫌味も口にしたが、それは真実ではない。確かに好事家はクルーリーを狙っている。マフィアのボスや大金持ちの老人たちにも人気がある。しかし、それはあくまでも愛玩動物という意味だ。クルーリーは生まれた姿から成長することはなく、そのままの姿で人生を過ごす。また食べたものはすべて胃の中で分解・吸収してしまうため、他の動物の世話と比べると手間がかからない。クルーリーを狙う連中は、職業柄どうしても一人身になってしまうことが多く、寂しさを紛らわせるために欲している……というわけなのだ。冥月はなんとなく彼らの気持ちがわかった気がした。

 ふと物思いにふけっていると、冥月は服の隙間にかりんとうを落としてしまう。クルーリーがそれを見逃すはずもなく、落ちたところにちょこちょこと進んで探検開始。どこにかりんとうがあるのかともそもそ動き始めた。

 「きゃっ! や、ちょっ、待て! そこはやめっ……」
 『き? きーーー? ききーーー?』
 「バっ、バカ、そんなに動くなっ! ああっ!」

 無邪気なクルーリーは好物を見つけるまで服の中を動きまくる。冥月は不意を突かれた格好になったが、あんまり乱暴なことはできないとしばらく我慢していた。すると動きが止まったので、その隙に服の中に手を突っ込んでクルーリーを引っ張り上げる。

 「いい加減にしろ! 服の中で食うなっ!」
 『きーーー♪ ぱりぽり……』
 「ふうっ、やれやれ……」

 またいつもの調子でかりかり食べているクルーリーの姿を見ると安心したのか、冥月も笑顔になった。その一部始終を見ていた武彦は、彼女のあまりに意外な反応を見て目を丸くする。

 「なんだ、こっちから頼まなくてもいてくれそうだな。」
 『きき。ききーーー♪』
 「む、う。草間に頼まれる義理はなくてもだな、こ、こいつを放っておけないだろう。引き取りに来るまでは付き合ってやる。一応、暇だからな。」

 武彦は「わかったよ」と返事すると、零に「ということらしい」としたり顔で伝えた。そんな彼の表情が気に入らなかったのか、冥月は逆の頬にパンチを食らわせる。もちろんクルーリーには当たらないように心がけての一撃だ。しかし、さっきほどのダメージはない。あくまで「余計なことを言うな」というツッコミのパンチだった。武彦のミスで始まった奇妙な動物・クルーリーとの触れ合いは楽しい時間を演出してくれそうだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2778/黒・冥月  /女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は珍獣との濃密な時間をお楽しみください!

今回はまるっきり冥月さん専用のシチュノベみたいになりました(笑)。
初めて女性っぽい(!)ところを書かせていただきましたが、私も驚きましたよ!
なんか……女性ってなんともねぇ、かわいい部分があるんだなぁと思いました(笑)。

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!