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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ここ掘れワンワン
●オープニング【0】
 梅雨の合間、空晴れ渡る7月のある日のこと。草間興信所の所長である草間武彦は、あるビル建築工事現場近くに姿を見せていた。
「あちぃ……。たく、人が汗かいてる最中、あっちは冷房効いた所で愛人と……か」
 暑さのせいか、ついついそんなことを愚痴る草間。今ちょうど、浮気調査の真っ最中だったのである。あとはもう、調査対象の夫が愛人の女性のマンションから出てくる所さえ撮れば調査完了なのだが、それを待つには暑い最中の外に居なければならない訳で……。
「……暑くても腹は減るしな」
 草間はコンビニの袋から菓子パンを取り出すと、開けて一口噛り付いた。と、その時だった。どこからともなく現れた犬が草間のそばへやってきたのは。見た感じは柴犬であろうか。
「ん……何だ?」
 犬はじーっと草間の菓子パンを見つめている。腹でも空かせているのだろうか。
「しょうがないな」
 草間は菓子パンを少しちぎると、犬の前にひょいと投げてやった。あんまりまとわりつかれると、張り込んでいるのがばれてしまうかもしれない。なら、とっとと空腹を満たしてやって追い払うのが一番だと考えたのである。
 犬はふるふると尻尾を振ると、すぐにその菓子パンを口に入れた。あっという間になくなってしまう。そしてまた草間のことを見つめるので、草間はやれやれといった様子で残りの菓子パンもその犬に与えたのだった。
 菓子パンを平らげた犬は2、3度草間の足元を回った後、ととととっと工事現場の方へと入っていってしまった。作業員たちはそんな犬を気にすることなく作業を続けている。やがて犬は大量の砂利が積まれた場所のそばへ行くと、くるっと振り向いて草間に視線を向けた。
「うん?」
 草間が注意深く様子を見ていると、その犬は右の前脚で地面を掘るような仕草を見せた。まるで、掘ってくれとでも言うかのように。
(何か昔話であったな、こういうの)
 などと思いながら草間が余所見をしている間に、犬はどこかへと消え去ってしまっていた。
 さてその日の夕方。無事に写真を撮り、草間零の待つ事務所へと草間が戻ってきた。
「お帰りなさいです」
「ただいま。ああ零、悪いが何人か連絡取ってくれるか?」
「え、何かあったんですか?」
「……真夜中に花咲か爺さんしに行くんだよ」
 そう言って苦笑する草間。小声でこう付け加えた。
「何が出てくるか分からんけどな」
 さあ、一緒に掘ってみますか?

●忍び込む者たち【1】
 真夜中の工事現場というものは、日中の騒がしさが嘘のように静まり返っている。まあ夜間工事をやっているならまた別だが、この現場はそうではなかった。
「警備員が居ないのは好都合だったな」
 無事に工事現場に忍び込み、小声で草間武彦がつぶやいた。その手には、大きなシャベルが握られている。無論、掘るための道具だ。
「あの……本当にいいんですか? 入っちゃって……」
 同じく小声で、草間零が心配そうに周囲をきょろきょろ見回しながら尋ねてきた。辺りに草間たち以外の気配は感じられない。
「見付かったら1晩お泊りさせられても文句は言えないと思うぞ」
 淡々と答える草間。そして、じろりと零の方を見てこう付け加えた。
「……だからお前は留守番してろって言ったろ?」
「だって心配じゃないですか」
 零の言うことももっともだ。真夜中に穴を掘りに行くなんて突然言われたら、いったい何をする気なのかと気が気でなくなってしまうではないか。
「犬も歩けば棒に当たる」
 背後に注意を払っていた守崎啓斗がぼそりとつぶやいた。同じく手にはスコップが握られている。
「草間も歩けば事件に当たる」
「俺は犬か」
 と苦笑しつつ、何やら言い返そうとしたが、まだ啓斗のつぶやきは続いていた。
「……しかも高確率で」
「…………」
 言い返そうとしていた言葉を飲み込み、草間は無言で鼻の頭を掻いた。草間も、何か予感めいたものは感じているのかもしれない。
「そんなに気になったのか。犬が地面を掻いただけなのに……」
 溜息を吐く啓斗。まあ、ついてきた自分も自分であるが。やはりどこか、気になったのだろう。
「しっかし草間も物好きだよなー」
 と会話に割り込んできたのは、啓斗の弟の守崎北斗だった。
「昔話そのままなら出てくるのは大判小判だけど、東京もそれもこんな場所で出てくるっつーったら……」
 そこまで言うと、北斗はじっと草間の顔を見た。
「穏便なもんじゃねー気がすんだけどさー?」 苦笑する北斗。確かに、大判小判は出てきやしないだろう。札束の入った鞄なら出てきても不思議ではないが、どう考えてもそれは真っ当なものではないに違いない。
「ま、付き合う俺も同類っちゃ同類だけどさ」
 この北斗の言葉が、ここに居る者たちのことを確実に言い表わしていた。話を聞いてここに来た以上、皆同類であるのだ。
「面白そうだしね。ちょうど締切もなかったし」
 と、最後の同類であるミネルバ・キャリントンが北斗の言葉に同意するかのごとく言った。いわゆるライトノベル作家であるミネルバだが、こういう経験も作品を書く上ではプラスに働くことだろう。そもそも宝探しなんて、ライトノベルと相性が悪くない題材ではないか。
 そのミネルバであるが、持っていたシャベルがちょっと変わっていた。そういえば先程まで、何やら手を動かしていたようだが……?
「何だ、そのシャベル?」
 草間がそう尋ねると、ミネルバはシャベルがよく見えるように持ち上げながら答えてくれた。
「軍隊で使っていた折り畳み式のシャベルよ」
「……なるほど、持ち運びしやすいのは便利だろうしな」
 至極納得する草間。
「けどさー」
 北斗が忠告するように草間に話しかけた。
「万一の時のこと考えてんのか?」
「ああ、考えてるとも」
「へー。んじゃ聞かせてくれよな」
「身元引受人は桜桃署の連中に頼むのが一番いいだろうな」
「もう捕まること前提かよ!!」
 思わず北斗は突っ込んでしまった。桜桃署といえば、刑事の月島美紅や築地大蔵警部補が居る所である。北斗としては、草間が何も考えていないようならば、美紅や築地に連絡の1本でも入れておけばいいのではないかと提案してみてもいいかと思っていたのだが……いたのだが……。
(……どうでもよくなってきたな……)
 ある意味では草間も自覚しているようだから、北斗はそれ以上何も言わないことにした。

●掘る前に【2】
 一同は草間が犬を見たという砂利のそばまでやってきた。砂利は一同の背丈近くまで盛られている。いやはや、実に大量だ。
「ここだ。ここで前脚を動かしてたんだ」
 犬が掘るような仕草を見せた場所を、草間は足で指し示した。
「ところでさ、草間はその犬に見覚えはねーの?」
「ないな」
 北斗の疑問にきっぱりと言い切る草間。
「ないのに気になってるのが、俺も不思議なんだ」
「……ここを掘るの? それとも、この砂利の下なのかしら、草間さん?」
 ミネルバが確認するように草間に言った。
「どっちとも言えないな。それにこの砂利の量だ。まずは手前から掘ってみて、何も出なけりゃ少し砂利の真下へと掘ってみればいいんじゃないか」
 掘り方のイメージを指で表しながら、草間がミネルバに答えた。まあ砂利をどけてから掘ってゆこうとすると、どれほどの時間がかかるかも分からないし、草間の出した案は現実的な案だろう。
「でも歴史的、考古学的価値のある物がもし出てきたら、工事関係者にはいい迷惑でしょうね」
「どうしてですか?」
 零がきょとんとしてミネルバに尋ねた。
「工事がストップする可能性があるからよ。警察、文部科学省、文化庁、マスコミ、野次馬……エトセトラエトセトラ」
「ああ、調査が入るんですね」
 ミネルバの説明に納得する零。もっとも今のミネルバの口振りからすると、まずそんなものは出てこないだろうと考えているように思える。
「……出てくるとしたら、非常に現実的な物でしょうけど」
 頭の中では何が出てくるか、おおよその推測が出来ているようだが、ミネルバはそのものずばりの単語は口にしなかった。恐らくその単語については、他の皆もうっすらとは思っている物であろうから……。
「啓斗、何やってんだ。空を見上げて」
 草間がふと、啓斗が空を見上げていることに気付いて声をかけた。
「いや……誰か隠れてたりしてないかと思ったんだが、杞憂だったらしい。気配もない」
 と答える啓斗。ここに来る前、時間もなかったのでビルの所有者だけ調べてきたのだが、真っ当な所で別段問題があるようにも思えなかった。それでもまあ、足元ばかりでなくビルの方にも注意を払うことを、啓斗は怠らぬよう心掛けることにした。
「そうか。じゃ……そろそろ掘ってゆくか」
 そう言って草間が、煙草を口にくわえた。すると、北斗が思い出したようにこう言った。
「草間さぁ? 工事現場って、結構引火物多いって知ってた?」
 それを聞いた草間は、くわえた煙草を無言で元に戻したのだった……。

●そして、出てきたのは【3】
 零を見張りにし、他の4人で一斉に掘ってゆく。4人で掘ってゆくとさすがに早い。その中でも一番手際はいいのが、意外にもミネルバであった。
「懐かしいわね……」
 掘り進めながら、ミネルバがぽつりとつぶやいた。草間が聞き返す。
「何がだ?」
「よくこれで、塹壕掘りの訓練をさせられたっけ」
 ……軍隊での必須作業ですね、ええ。そりゃあ手際がよくって当然だ。
「シャベルは武器にもなるのよね」
 軍隊時代の懐かしさからか、そんなことを口にするミネルバ。
「殴ったら痛ぇもんな」
「……突き刺すことも出来るぞ」
 口々に言う北斗と啓斗。
「で、これで掘った穴に埋める、と」
 草間さん……それはちょっと黒いです、発言が。て、何か啓斗さんとミネルバさんが小さく頷いてるしー!
「結構知られている話だけど」
 ミネルバはそう前置きしてから、このような話をしてくれた。
「大戦中、ドイツ軍がソ連を攻めた時、寒さで銃が凍り付いて使い物にならなかったとか」
「その手の話は他にもあるな。ナポレオンはロシアに負けたんじゃなく、ロシアの冬に負けたんだとかどうとか」
 草間が聞いた話を口にした。どっちの話でも言えることは、ロシアの冬は外から攻め込んできた者たちにとっては、とてつもない脅威であるということだ。
「だから……武器として信頼できたのは、シャベルと手榴弾だけだったらしいわ」
「何かそれ、すげぇ両極端な組み合わせじゃね?」
 思わず呆れてしまう北斗。その時である、啓斗が何かに気付いたのは。
「そのまま!」
 小声だが強い声で、啓斗は皆の動きを止めさせた。
「今……先に何か当たった感触があった」
 と言うが早いか、スコップを置くとその感触があった場所へしゃがみ込み、手でその辺りの土を取り除いていった。
 そして――出てきた物に、一同は一瞬息を飲んだ。
「参ったな……」
「……やっぱり、ね」
 溜息を吐く草間とミネルバ。
「……これ……作り物じゃねえ……よなあ……」
 そう言って北斗は、ちらと啓斗を見た。啓斗はその、出てきた物を注意深く見つめていた。
「足……たぶん右足か……」
 ぼそりとつぶやく啓斗。目の前には白く細い物がいくつもあった。人はそれを、白骨と呼ぶ。
「どうしたんですか?」
 草間たちの異変を感じ、零が穴の所までやってきた。
「え……!」
 零もそれを見て、やはり絶句する。
「さて……と」
 草間が苦笑いを浮かべながら、皆の顔を見回した。
「誰が桜桃署に電話をかける?」
 管轄は違うけれども、このまま素直に110番すれば全員数日は帰れなくなるだろうから、それは非常によい判断であった……。

●白骨死体の正体【4】
 それから3日が経った。あの夜、工事現場に居た一同は草間興信所に集まっていた。
「滅茶苦茶怒られたよなあ……」
 北斗がぼそっとつぶやくと、目の前に置かれていた大きな煎餅を1枚手に取って食べ始めた。
「怒られただけで済んでよかったんだ」
 と、啓斗が北斗を諭すように言った。
「犯人扱いされても文句は言えなかっただろう、あの状況では」
「犯人は捕まったのかしら?」
 ミネルバが尋ねると、草間はこくっと頷いた。
「捕まったそうだ……桜桃署の手で」
「え? だって管轄が……」
「桜桃署の連中が追ってた事件に絡んでるんだ」
 疑問を口にしようとした零を制して草間が言った。
「見付かったあの白骨死体だがな。神聖都学園の女生徒だそうだ、高等部の」
「……何であんな所に埋められてんだよ」
 もっともな北斗の疑問。草間は深い溜息を吐いてからそれに答えた。
「仲間の報復にあったんだそうだ……。彼女が殺した奴の、な」
 あの……それって、どういうことですか?
「付き合ってた男が居たんだ。その男がな、彼女に薬を無理矢理やらせようとして……揉み合っているうちに、たまたまつかんだはさみで刺し殺したんだそうだ。で、彼女は逃げ出して、桜桃署がそれを追っていたんだが……」
「その前に、男の仲間に捕まったのね」
「そういうことだ」
 ミネルバの言葉に頷く草間。
「何しろその男、結構な量の薬を隠し持ってたらしいからな。仲間にも在り処を教えず」
「酷過ぎます……そんなのって……」
 零はふるふると頭を振ると、うつむいてしまった。
「……何にせよ、俺たちが見付け出したことで一気に事態が動いた訳だな。お手柄はあの犬さ」
 と言うと、草間は窓の外に目をやった。
「結局、その犬は……」
 啓斗がそんな質問をすると、草間は窓の外を見つめたまま、思い出したように答えた。
「ああ、1つ言い忘れてたな。その彼女の白骨死体より上の層に……犬の白骨死体も見付かったそうだ――」

【ここ掘れワンワン 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
                / 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、意外な物を掘り出してしまったお話をお届けいたします。
・このお話は実は4月に神聖都学園で不成立になった高原のお話を受けてのものとなっておりました。そちらでは逃げている少女を探す内容だったのですが、不成立となったので結局探し出すことが出来ず……このような結果になってしまった次第です。
・今回のお話としては、つまり草間が見たのは犬の幽霊であるかもしれなく……。犬も埋められていたのは、彼女の白骨死体を発見されにくくするカモフラージュか、あるいは埋めている最中に邪魔をしてきたかして、はずみで殺してしまったからかのどちらかでしょう。
・守崎啓斗さん、46度目のご参加ありがとうございます。ビルなどについてはちょっと杞憂でしたね。草間が歩けば事件に当たるのは、確かにその通りで。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。