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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


101064
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 程よく橙に染まった空。もう一時間もすれば、夕餉の時間だ。
 今日の夕飯は何だろう、そんな事を楽しみにしながら、天王寺・綾は住処であるあやかし荘へと帰って来た。管理人の因幡・恵美の作る料理は、高級料理に慣れた綾でも舌鼓を打つほど美味しい。考えるだけで空きっ腹を自覚した。
 そんな綾が足を止めたのは、玄関の前で右往左往する恵美を見止めたからだった。
「どないしたの、あんた」
「あ、綾さん!! 嬉璃ちゃんと柚葉ちゃんが、居なくなってしまって!!」
 見てませんか、と走り寄って来る恵美の顔は蒼白だ。「はぁ?」と返してしまってから、
「見とるわけないやろ、うち大学やってんで?」
 俯いた恵美に慌てて言い直した。
「でも、あの子らが居ないなんて珍しい事でも無いやろー。大方どっかで遊んでるんとちゃうの」
 第一見た目は幼女でも、片や齢百歳の座敷童子様だ。もう一方も違わず妖怪である。ちょっとやそっとの事で目の色変える事もないだろう、というのは今までの経験にも基ずく。
「でも……お昼ご飯にも出て来なくて」
 どうにも朝ごはんの後から見ていないらしい。それに、と続いて差し出されたルーズリーフを、綾は片眉を上げて受け取った。
「……何や、コレ?」
 どうやら嬉璃から柚葉に向けられたもので、そこには【101064の部屋で待ってるぞ。時間厳守ぢゃ!!】等と、独特の口調で文字が綴られている。どうでもいいが、達筆だ。
「ただ遊んでるだけなら構わないんです。でも101064の部屋って、何処の部屋だか分からないし……」
「――あぁ、」
「分かるんですか!?」
 綾は曖昧に頷きつつも、剥き出しの鎖骨を掻きながら声を潜めた。
「意味は分かったわ。でも、どの部屋かは皆目分からへん」



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 T
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 綾の前で「困ったわ」と顔を曇らす恵美は、どうやらその場から動く様子が無い。綾の見た限り、彼女は二人が戻らない限り夕飯を作り出さないだろう。
 自分の腹は限界を訴えかけているというのに――こうなったら、さっさと二人を見つけ出すしかない。
 だけれど何処の部屋かも分からないし、綾自身は二人の失踪などてんで気にしていないのである。
 当然のように、本人が動く筈がなかった。

「ちょっと来てんか」
 と不機嫌な声に電話で住所だけを告げられ、目的地へやって来てしまってから、シュヴァル・ヴァルツェは固まってしまった。
 見覚えがある、という事に気がついたのは最早逃げられない所まで来てしまってからで。
 その腕は、「逃がさへんでー」と言った感満載の綾にホールドされている。
 「幽霊の類が出る」とあやかし荘に関わりたがらないシュヴァルの性質を理解した上で、あやかし荘より手前の住所を示唆した綾の作戦勝ちである。
 女とは思えない強さでシュヴァルの腕を引っ張っている綾は、にこやかに
「平気や。今日、幽霊出ーへんから」
等と根拠の無い事を言っているが、そんな事はシュヴァルにとって知った事では無い。せめてもの抵抗と足を突っ張っているが、段々とその身体はあやかし荘の方向へと引き摺られていた。
「俺に何の用だっ」
 蒼天の色の瞳に脅えの色が走る。
「簡単、簡単。ちょっと人を探して欲しいんや。嬉璃や柚葉は幽霊とちゃうし」
「片方は猫だろ!?」
「狐や」
「それぐらいおまえで探したら良いだろう? 自分の家だろうがっ」
 シュヴァルの発言が最もだったからか、綾はそれを無視した。二人の様子を不思議そうに眺める恵美の横を通り過ぎて、シュヴァルの身体はあやかし荘の中へと押し入れられる。
「おい、」
 おまえ、と続けようとした言葉は、綾の満面に浮かんだ笑顔に凍り付いた。淀みの無い笑顔なのに、その目が笑っていない。
「逃げてもええんよ? そん変わり自分、これから一生幽霊に纏わりつかれる覚悟、出来てるんやろな?」
 まるで自分のお株を奪うよな凄まじい脅し文句に、シュヴァルは最早拒否など出来なかった。



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 U
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 あやかし荘の住人からの電話に出たのが、そもそもの間違いだった。
 そんな風に後悔してみても、後の祭りだ。
 何か手掛かりがないのか、と聞いてみた所、綾は非常に面倒臭そうにこう言った。
「101064の部屋に居るらしい」
「……何処だ、それ」
「そんなん分かってたら自分呼んだりせーへんわ!!」
 人に物を頼む態度ではけしてない。
 シュヴァルは額に浮かんだ青筋を添えた指先で押さえながら、ため息をついた。
「もう、いい」
 そう言って、手伝う気も無いらしい綾を放置してあやかし荘の長い廊下を歩き出した。

 101064――テントウムシの部屋。
 テントウムシとはあれである。赤色の丸い羽の上に黒い点の模様、というのが一般的の虫だ。
 幽霊の類とは関係が無さそうだ、と秘かに安心するシュヴァルの足取りは、心なしか軽い。黒い長衣のローブが弾んで、時々中から白い色が見え隠れしていた。
 とはいえ、あやかし荘の部屋数は無限。長い廊下の両端に等間隔にあるドアは、何の変哲も無い古びた木造のそれ。あかずの間とて多数。
 そこかしこで魑魅魍魎が蠢いている事も少なくない場所である。
 そんな場所であるからしてシュヴァルとしてはあまり活発に動き回りたく無い。
 ――無いのだが。
 結局の所件の部屋の特徴なんてさっぱり分からないものだから、一つ一つ虱潰しに調べていくしかない現状である。
 周囲に目一杯気を配りながら、それでも優雅に、長い廊下を颯爽と行く。



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 V
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 そんな事をしながら一時間余り。
 何の進展も無ければ、心配したような幽霊との遭遇も無く、シュヴァルはあやかし荘を徘徊していた。
「ここに居るかチビ共」
 扉をノックする姿は適当感が否めない。不機嫌に歪めた優美な眉の下、蒼い瞳の中に瞬くのはうんざりとした色。反対の手は長い金髪を苛立たしげに捩っている。
 ノックすれどもすれども中からは何の返答も、人の気配も無い。
 次の部屋も、向かいも然り。
 それぞれの部屋のドアの横には、部屋の呼び名なのだろう、【椿の間】だとか【桜の間】だとかと刻まれた札がかかっており、次の部屋は【薺の間】とあった。ただ上には剥れ掛けた長方形の紙が張り付いている。それを捲ってみれば、【ペンペン草の間】とある。
 ここには人の気配。
 シュヴァルが遠慮の無い拳でノックすると、中から悲鳴じみた「ひゃいっ」という返事が返って来た。
 しばらく間を置いて、ゆっくりと内側にドアが開く。
 顔を出したのは、気弱そうな眼鏡の青年。上目遣いにシュヴァルを確認した後、身体を縮めて呟いた。
「あ、あの……何か御用でしょうか?」
 不興な顔を隠さないシュヴァルに、相手は異様に脅えていた。
「おまえ、チビ共を見たか」
 詰問調のシュヴァルの言葉に、青年は数度瞬いた後、
「……へぇ?」
素っ頓狂な返答にシュヴァルの空気が更に重苦しくなる。
「座敷童子と狐妖怪の事だ、愚図めが」
「みみみみ見てませんっ!!」
 初対面の相手に言われる事ではない、と怒り出すような性質では無い青年――三下・忠雄は、そのままシュヴァルに首根っこを掴まれて部屋から引きずり出された。
「ならば101064の部屋は知っているか」
「知り、し、知りません〜!」
 がたがたと震えながらの三下。
 それを睥睨するようなシュヴァルが、鼻を鳴らす。
「あ、あの……嬉璃さんと柚葉ちゃん、が、どうかしたんですか?」
「そんな事はおまえには関係が無いっ!」
 シュヴァルが一喝すれば、すみませんと更に小さくなる三下。関係が無い、で言えばシュヴァル本人もそうなのだ。何がどうなっているのか、そこら辺はよく分からない。ただ自分は、101064の部屋から二人を見つけ出してくるだけだ。
 しばらく脅える三下を見下ろしていたシュヴァルだったが、埒が明かないと悟ったのだろう。大きくため息をついた後、
「まあいい。おまえ、俺に付き合え」
 そう言って、有無を言わさず三下を巻き込んだ。



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 W
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 そうして三下に部屋をノックさせながら、更に30分。
 進展しない変わりに一度、シュヴァルの避けたかった最たるものが飛び出して来た。本能で銃をぶっ放し事なきを得たのだが、そこからシュヴァルの機嫌は更に悪い。
 前を行く三下が振り返れない程の殺伐とした空気を纏っているのである。
 三下は早く逃げ出したいといわんばかりに小走りで、次から次へと部屋をノックしていく。
「嬉璃さーん、柚葉ちゃん〜」
 呼びかけては数秒待ち、反応が無ければ次へ。シュヴァルの歩みが止まる前に、どんどん先へ行く。
 そうやって三下が数秒立ち止まった後、次へ行こうとした瞬間。
 外側に思いっきり開いた扉が、三下に見事にクリーンヒットした。壁とドアに挟まれた哀れ三下は、「むぎゅっ」と潰れた声を上げた。
 が、シュヴァルはそれどころでは無い。
 部屋から飛び出て来た気配は人のそれとは違う。
 ローブの中から取り出した二挺拳銃を構えると、相手が何物だか認識する前に、乾いた発砲音が響いた。
 一瞬沈み込んだ影が大きく跳躍して、シュヴァルの頭上を飛び越える。照準を外さず追撃すると、影は中空で器用に身を捻り、弾道をかわした。
 その影が降り立つ前に、部屋からもう一つ異質な気配が躍り出る。
 シュヴァルは振り向き様にもう一発。
 容赦ない事に拳銃に込めた弾丸は【即死】の効果を持つ。
 しかし二つの影には、かわされてしまった。
 前後のそれに横向きになった状態で拳銃を向ける。
 その目が見開かれるのと、気絶した三下が崩れ落ちるのは同時だった。
「何をするのぢゃ、突然!!」
「危なかったでしょー!!」
 小さな影、と持ったものは、二人の子供。白いおかっぱ頭に大きなリボンの着物娘と、頬を膨らませた狐耳の少女。
「おんし、何のつもりぢゃっ!」
 いきり立つ二人組みに、シュヴァルは呆気に取られてしまった。
 というのも、その奇妙なナリに目を奪われてしまったからで。
「聞いとるのか!?」
「って、ああ〜! さんしたが伸びてるよっ」
 半球から頭と手足が出ているような、奇抜というしかない格好。否、きぐるみといえばいいのか。背中はまるっとした形で、赤地に黒い斑点が入っている。
 ――なる程。
「天道虫、か……」
 一体何の仮装なのか、探し人二人はシュヴァルから戦闘心を奪うには十分過ぎた――。


 さて、その後どうしたか、というと。
 嬉璃から容赦なく叩き起こされた三下と、普段着に着替えた二人の少女を連れ帰ったシュヴァルは、恵美から歓待を受けた。
 つまり、夕飯に招待されたのである。
 妖怪と一緒に仲良く食事、それが幽霊のうろつくあやかし荘という場所である。
 疲れ切ったシュヴァルは早々に食事を追え、さっさとあやかし荘を後にした。

 シュヴァルにとってはどうでも良い事だったが、座敷童子と狐妖怪の仮装の理由は、その後も永遠の謎となる――。




END


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■登場人物■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【8058/ヴァルツェ・シュヴァル/男性/28歳/表:貴族、裏:一族の主】

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■ライター通信■
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初めまして!この度はご発注有難うございました。この度執筆を努めさせていただきました、ハイジと申します。
いかがでしたでしょうか?シュヴァルさん初の依頼、少しでもお楽しみ頂ければ幸いなのですが……口調とか、イメージと合わなかったらごめんなさい。

またお目にかかれる機会があると嬉しく思います。
ありがとうございました!