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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.2



 見事と言えるプロポーションを包むのは真紅のチャイナドレス。
 スリットの深く入ったその衣服の明姫リサは、はっきり言って目立つ。強烈に目立つ。
 久々に遊びに来た中華街だというのに、リサは楽しくない。面白くもなかった。
(……うん、慣れてるけどね)
 けどね?
 自分に問いかけて、答える。
 道行く見知らぬ男たちがこぞってこちらを見るとき、まずは胸元を見てくる。失敬な、と思ってしまう。
 次に見てくるのは顔。そこでなんだか嬉しそうな顔をされる。……美人、と思われたのか、はたまた期待を裏切らない容姿だったのかは謎だが。
 じろじろ見てくる者もいれば、見てはいけないと咄嗟に視線を逸らす者、どうでもいいと目もくれない者と様々だ。
「ん?」
 そんな人々の中に、目立つ色の髪の頭を見つけた。
 いや、ウィッグかなにかじゃないか? と脳裏をかすめる。
 視線で、その人ごみに埋もれている緑色の頭を追う。ふらふらと、まるで酔っ払いのような動きをしている……。
「………………」
 予感は的中しそう。
 リサはそちらに近づいていく。
 後姿が見えた!
 ひょろりとした背中と体躯に、間違いないと確信する。
 夏見未来。そう名乗った少女だ。まるで少年のように肉付きの薄い体をしている。
 何をしているのかは知らないが、彼女はあちこちに目を遣り、そしてふらふら〜っと左右に揺れて歩いている。気味が悪かった。
(んん? なにをしているのかしら?)
 歩調を速めて近づき、声をかける。
「未来」
 ぴたり、と彼女は足を止めて振り向いた。
 無邪気そのものの瞳がこちらを射抜く。その強烈なインパクトにリサは内心たじろいだ。
(あ、あら? こんな子だったかしら?)
「こんばんは〜」
 ぺこーっと微妙なお辞儀をする未来は顔をあげた後、首を傾げた。
「どちらさま〜?」
 やっぱりね、と思わずにはいられなかった。そうじゃないかなあ、とは思っていたんだけど。
「アケヒメよ、アケヒメ」
「……おー」
 やや遅れて未来が掌をぽんと打つ。
「おっきいお胸のひと!」
(いや、どこを指差してるのよ。そこじゃないでしょ、憶えるところってのは)
 なんだか印象の大半がそこみたいで、嫌だ。悲しくなる。
(……考え過ぎよ、私。そう、だって今日は服も髪型も違うもの)
 だから、胸の部分だけしかわからなかった。それだけのことよ。
 名前よりも身体的特徴のほうが強烈に残っていたというのは、嬉しいのかそうでないのか……。
「アケヒメのお胸はおっきいねー。しぼまないの?」
「……しぼむ?」
「あれ? 違った? ちっちゃくならないの? あれれ? しわしわにならないの?」
「…………………………」
 明らかにニホンゴの使い方が……なってない。
 こほん、と小さく咳をして、リサはにっこりと笑みを向けた。
「ねえ未来」
「んー?」
「ミクって呼んでいい?」
「いいよ。いいよ! じゃあミクね! もうミク!」
「私のことはリサって呼んでいいから」
「………………」
 そこでぽかーんと口を開けられ、硬直されてしまう。
 首をゆっくり傾げたあとに、あー、と妙な低い声を出されて……。
「そうだ! アケヒメはリサだったね。リサだからアケヒメなんだよね?」
「??? え?」
「わかったよ。じゃあリサはリサね。リサー、こんばんわー」
「こ、んばんわ」
 つられるようにリサは頷く。どうにも……調子がズレてしまう。
「ミクはここで何をしてるの?」
 目的はそこだ。リサはまっすぐに未来を見つめる。
 先月も未来は一人で夜中、徘徊していたのだ。挙句、不良どもに絡まれていた。
 未来は首を傾げながら「んー」と洩らし、空を指差す。
「言われたもの、さがしてるの!」
「いわれたもの?」
「そうだねー。リサは知ってる? 星の在処」
「ホシのアリカ?」
 思わず、未来の指差した先を見上げる。はっきりとは見えない星空。ただ暗いだけのような気もする。
「星って?」
「ホシはホシだよー!」
(……ホシ? 空の?)
 だとすれば、地上には落ちていない。それとも、隕石の欠片でも探しているとか?
 未来は再び落ち着きをなくし、ぴょんぴょんとその場で跳んだ。
「あー、ないねないね。探さないとね! えへへ! どんなのなんだろー」
「………………」
 これは……なんていうか。
(……目を離せないというか……放っておけないというか……)
 今までにいないタイプの人種だ。……どちらかというと、ドウブツ?
(なんかタヌキに似ている気もするのよね……アライグマっていうか、イメージだけなんだけれど)
 とにかく落ち着かせよう。
「ねえねえミク、ちょっと小腹がすかない?」
「こばらってなに? あばらの親戚?」
「…………軽い食事をしない?」
「しょくじってなに?」
 無垢な瞳にさらされて、リサは顔には出さないが完全に困り果ててしまう。未来をこの場から動かすのは容易ではないようだ。
「休憩よ、きゅうけい。お休みしましょう? ずっと探してても、疲れたら意味がないもの」
「う?」
 しばし未来が沈黙し、リサの言葉を吟味していた。そして「うん!」と大きな声で頷く。
「わかった。なにか罰を与えるの?」
「……それは『求刑』じゃないかしら?」



 なんとか未来をリサ御用達の中華料理店まで連れてきた。適当な注文をして、さりげなく時間を気にする。
 ……夜の食事は特に気をつけなければならない。肌や体型に影響が出たり、色々とあるのだから。
 お茶を飲んでいたリサは、向かい側の席に座っている未来をまじまじと観察する。
 店内の明かりに照らされていると、はっきりと髪の色が目立つ。それに反した漆黒の瞳。凡庸な顔立ちとか細い肉体。
 個室が空いていて良かったと安心していたら、未来がイスをがたがたと揺らした。
「リサリサ! ここにあるのかな。星がここにあるの? ありそう!」
「……え? いえ、ないと思うけど……」
 ……こんな小料理屋に『お星様』はないと思う……。
「ミクはどこに住んでるの?」
「……すみか」
「そう、住処。住居ね」
「あー……あっち」
 指差す方向をリサは見遣る。
「ん?」
「あっち。あっちのへん。あっちかも。あっちだと思う」
「……町の名前とか、番地とかは?」
「あっち」
 くいくいと指差すだけの未来は、笑顔だ。
 『あっち』ではわからない。
「……じゃあ家族は? ご両親とか、兄弟とかは?」
「ミクはミクだけだよ。ミクだもん」
「…………」
 またも、理解できない答えを返された。まともに返してくれる気がないのではと疑ってしまいそうになるが……。
 運ばれてきたスープを見て未来が「これなーに!」と拍手しながら瞳をきらきらさせているのを見れば、演技でもわざとでもないことがわかる。
 リサはスープの皿を掴んでそっと持ち上げている未来を観察しながら、次の質問を口にした。
「……じゃあ、ミクはどうして星を探してるの?」
「必要だからだよ!」
「必要って……どうして?」
「どうしても!」
 後光が見えそうなほど無邪気な笑顔だった。
(ま、まぶしいような気がするのは……気のせいだと思う)
 自分を納得させつつ、リサは少しだけ顔を俯かせる。
 放っておけないけれど、長時間この調子ではこちらも疲労してしまう。
「……星って」
 そっと顔をあげると、未来は皿を掴んだままそれを口に傾けている。火傷してしまう!
 慌てて目を見開いた瞬間、未来は動きを止めた。
「あー……あー、うん。熱いものは冷ますのね。ふーふーするのか。ふーふーって、リサはできる?」
「…………」
「……むぐ。あつい? んー。べつに。べつになんともない。んー、美味い? べつに不味くはない。ん? 不味い?」
 言葉遊びを楽しむように未来は一人でぶつぶつ言いながらスープをあっという間に飲み干してしまう。
 凝視しているリサに気付いて未来は首を傾げた。
「どうした、リサはおねむ? おねむっていうのは、睡眠を欲することを示しているわけだけど、どう?」
「……ミクって……いや、なんでもないわ。
 それよりも、星を探すの、手伝ってもいいかしら?」
「んー……じゃあ」
 未来は照れたように笑った。
「リサには星がみえるのかな? みえるんだよね?」
「どんな形とか、色々教えてくれたらお手伝いできるわよ」
「それはミクにもわからないのだー! ガハハ!」
 その笑い方はどうだろう?
「星は星で、きらきらしてて、あったかくて、ほわほわしてて、ピカピカしている!」
「………………すごく、抽象的ね」
「チューショー?」
「とにかく手伝うわ。私にはわからないけど、見つけたらミクにはわかるのよね?」
「たぶんね!」
 自信満々に言う未来に、納得するまで付き合うとリサは決めた。こうなったらとことんやってやろうではないか。



 結局、未来についてわかったことは少ししかない。
 星を探している、ということだが……。
(そもそも空の星は……見つけるっていうのかしら? プラネタリウムにでも……あれはでも、星と言えないような)
 未来はずんずんと歩いている。それにリサが続くというかたちになっていた。
 それに今日はもう一つ目標がある。
(ミクを必ず家まで送り届けるわ! 絶対に)
 あっち、というのがどこか気になる。
 あてもないように歩き続ける未来は、ふらふらと左右に揺れつつ視線をあちこちに動かしていた。背後から見ると、奇妙すぎる。
「……ミク」
 声をかけると、そこで未来がこちらを振り返った。あれ? という顔をした。
「……えっとぉ……そうだ! リサだ、リサ! どうしたの? こんばんわー」
「さっきからずっと居たでしょ?」
「あれ?」
「星が見つかったらどうするの?」
「帰るよ?」
「……いえ、そうじゃなくて……」
 お、おかしい。会話が微妙に成立していない……。
「そうだ! もう帰ろう! そうしよう!」
 いきなり言い出して未来が走り出す。
「ちょ、ちょっとミク! 送るからもうちょっと大人しく……!」
「リサー、ありがとうねー。またミクに会ったらよろしくねー。たぶんよろしくー」
 大きく手を振った未来がリサの身体能力でさえ追いつけないほど遠くに居る。おかしい。だって。
(なんでこんなに走ってるのに……)
 ふ、とまた未来の気配が消えた。
 慌ててそこに行ってみるが、未来の姿はどこにもない。
「なんなの……?」
 星を探している不思議少女、なんて……。
「意味わからないわよ……!」
 けれども未来の声は決して、リサの声に応えてはくれなかった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 探し物が判明しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。